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EPISODE3 気に食わない転校生
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神谷が転校してきた数日後に行われた中間テスト。その結果を知って俺は驚愕してしまう。嫌な予感は的中してしまった。
「凪、今度の中間テスト二位だったじゃん?」
「え? そうなの? 結果、もう出てたんだ」
「うん。学年の掲示板に張り出してあったよ」
「へぇ。なぁ、一位はもしかして……」
「そう、あの神谷だ!」
自分を囲んで騒ぐ友人たちを軽くあしらう。もう、こいつらはいちいちうるさくて敵わない。
「あいつ、噂通りやっぱ頭いいんだなぁ。転校して早々一位とか、普通あり得ないだろう」
「それに、来月ある体育祭の学年対抗リレー。アンカーが、凪から神谷になったんだろう? 百メートル走で、凄い記録を叩き出したらしいぜ。あいつやっぱり運動神経もいいんだな?」
「凪、お前全然駄目じゃん?」
友人たちの憐れむような視線に腹が立って仕方がないけど……ここでムキになったら、それこそ自分が惨めになってしまう。俺はグッと腹に怒りを押し込めた。
「別に全然気にしてねぇし。ってか、次は絶対一位を奪還する。勿論、リレーのアンカーもな」
「へぇ、さすが余裕じゃん」
「当り前だろう? じゃあな」
ヒラヒラと手を振りながら昇降口に向かう。いつもなら先生に怒られるまで友人たちと話をしているのに、今日は一刻も早く一人になりたかった。
「畜生……」
俺は今回のテストを受けるにあたって、一切手なんて抜いてなどいない。逆に一位を死守したいという思いから、必死にテスト勉強に取り組んだ。
それなのに……。
唇を強く噛み締める。なんて惨めなのだろう。入学してから、一度だって試験で一位を逃したことなんてなかったし、たった一度首位を逃しただけで、周囲の評価がこんなにも下がるなんて思いもしなかった。
いや、みんな面白がっているのかもしれない。普段粋がっているくせに、なんて無様なんだろう、って。
もうすぐ昇降口が見える、そう思ったとき。下駄箱のほうから話し声がする。その声の主に気が付いた俺は、立ち止まった。
あの声は……声を聞いただけで胸がザワザワしてくる。今一番会いたくない人物だった。
「あの、神谷君。話があるんだけどちょっといいかな?」
「ん? なに?」
「あの、あのね。驚かないで聞いてほしいんだけど、私初めて会ったときから神谷君のことが好きだったの。一目惚れってやつかな?」
「一目惚れ? へぇ……」
そう照れくさそうな笑みを浮かべるのは、つい最近自分に告白してきた江野だった。それを見た俺は、真ん丸な瞳を更に見開いた。
江野が俺に告白をしてきたのは約一カ月前。余程勇気を振り絞ったのだろうと感じられるくらい、必死に思いを伝てくれたことだけは、今でも覚えている。
何が『ひまわり畑で麦わら帽子を被って微笑んでいるような可憐な子』、だ。笑わせないでほしい。ただの尻軽女じゃねぇか……。
「顔が良ければだれでもいいのかよ」
奥歯を強く噛み締めれば、ギリギリッと嫌な音がした。あんな尻軽女、フラれてしまえばいい。心の中でそう思う。
なぜ、よりによってこいつに告白をするんだ……そう思えば、腹がたって仕方がない。神谷は、俺から全てを奪っていったんだ。
「申し訳ないけど、俺、今は誰とも付き合う気なんてないから」
「え? でも彼女がいないなら私と……」
「ごめんね。恋愛なんて面倒くさいだけだし」
「そんな……」
突然冷たい言葉を言い放たれた江野が、目に涙を滲ませる。いい気味だ、俺の口角が徐々に上がっていった。
「でも、考えるくらいしてもらえないかな?」
「無理だって言ってるよね? 考える必要もないよ」
「でも……」
あまりにも必死に食い下がる江野を見ていると面白くなってくる。もっと目に物を見せてやろうと、悪魔の尻尾がニョキニョキと生えて来るのを感じた。
「あのさ、邪魔なんだけど。どいてくんない?」
「え?」
「君たちが邪魔で、下駄箱から靴が出せないんだけど?」
江野が俺の声に反応し振り返った瞬間、顔を引き攣らせた。つい最近告白した相手に、別の男に告白している現場を目撃されたのだから、罰が悪いだろう。
「神谷君、変なこと言ってごめんね。じゃあ、私行くね」
それだけ言うと、江野は逃げるように昇降口を後にした。
「ありがとう。助かったよ」
「別にお前を助けたわけじゃない。靴が取れなかったから邪魔だったんだよ」
「そっか。でも助かった」
「フンッ」
その物腰の柔らかい話し方にイラつきを感じた俺は、下駄箱から靴を取り出すと床に叩きつけるように置いた。関わらないと決めたのに、一体何をしているのだろうか。
「君、二組の武内君だろう?」
「あぁ、そうだよ。いい加減お前もどいて。本当に邪魔だから」
「あ、ごめん」
神谷と話したのはこれが初めてだったのに、あまりにも素っ気ない態度をとってしまったことに、少しだけ心が痛む。こんなんじゃ、ただ神谷を妬んでいるだけだ。
そんなことはわかりきっているけど、割り切れない自分がいる。
「武内って、勉強できるんだね?」
「はぁ? それって嫌味?」
「なにが?」
「とぼけてんじゃねぇよ。お前、転校して来て早々、中間テストで一位だっただろうが?」
「あ、うん。そうだったかな?」「そうだったかな、じゃねぇよ」
だんだん腹が立ってくる。転校してきて早々一位になったことを自慢したいのだろうか? そう思えば、腸が煮えくり返りそうになった。
「あのさ、お前が一位になったってことは、お前が転校してくる前に一位だった奴が、脱落したってことなんだよ。そんなこともわからねぇのかよ? 無神経すぎねぇか?」
「まさか、脱落したのって、君かい?」
「あぁ、そうだよ。今回俺は二位だった」
しまった……そう言いたそうに神谷が俯く。そんな申し訳なさそうな顔をしないでほしい。余計俺が惨めになるから。
「一位だけじゃねぇよ。体育祭のリレーのアンカーだって、俺からお前に変更になってた。リレーのアンカーってさ、大体一番足の速い奴が選ばれるじゃん? お前運動神経もいいんだな」
「別に足が速いわけじゃ……」
焦ったように顔を上げる神谷を俺は睨みつける。別に神谷が悪いわけじゃない。そんなことはわかりきっているのに……この苛立ちを鎮めることが、俺にはできなかった。
「それに、さっきお前に告白した子、つい最近俺に告白してきたばかりだったんだ」
「……なんだよ、それ」
「お前、女にもモテて、本当に面白くない。なんなんだよ? 転校してきて早々、俺が今まで手に入れてきたもの全部を奪いやがって」
「はぁ? そんなの俺には関係ないだろう? 君が俺に嫉妬しているだけじゃないか。それとも、君はあの子のことが好きだったの?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ……」
もう我慢の限界だった。こんな風にキレた自分に、今まで言い返してきた奴なんて一人もいなかった。生意気な奴……俺はギュッと拳を握り締めた。
「本当に気に入らねぇ! 俺はお前が大嫌いだ!」
「それは俺も同じだ。初めて会話した同級生にとる態度がこれなんて、あまりもガキ過ぎて笑えてくる。確かに顔はいいけど、みんなが君のことを、性格以外は完璧な奴って噂している理由がよくわかったよ」
「はぁ? テメエ、喧嘩売ってんのか?」
「いいよ。売られた喧嘩は買う主義だ」
全く怯む様子もなく俺を睨みつけてくる、真っ直ぐな眼差しが余計腹立たしい。呼吸がどんどん浅くなり、血が沸騰していくのを感じた。
「もしかして、神谷も俺と同じで性格以外は完璧なタイプか? 善人ぶってても、意地の悪さが滲み出てるぜ?」
「失礼だな。俺は君みたいに非常識じゃない」
「本当にいけ好かない野郎だ」
このまま一発殴ってしまおうか……激情した俺は、握り締めた拳に更に力を籠める。昔から喧嘩だって負けたことなんかなかった。
そのとき「もう下校時刻だぞ。早く帰れ!」という声が聞こえてきて、ハッと我に返る。昇降口を見回っていた教師がひょっこり廊下の角から顔を出した。
「はい、今帰ります」
「おう、気を付けて帰るんだぞ。まだ教室に残ってる生徒はいるかな?」
「はい、まだいると思います」
神谷が人懐こい笑みを浮かべたことで、その場の空気が一変した。冷静を掻いてしまった自分が恥ずかしくなる。
でも、どうしてもこいつは気に入らない。俺は堪忍袋の緒が切れそうになるのを必死に堪えながら、神谷を睨みつけたのだった。
「神谷って、空手で全国大会に出場する猛者らしいぜ?」
後日その噂を聞いた俺の全身から、サッと血の気が引いていく。
――あぁ、駄目だ、あいつの全てが気に入らねぇ。
俺は思いきり自分の頭を掻き毟った。
◇◆◇◆
それからというもの、ことあるごとに俺は神谷と比較された。成績は勿論だけど、どちらのほうがイケメンだとか、どちらのほうが性格がいいだとか……そんなことはどうでもよかったけけれど、つい周囲の人間の言葉に耳を傾けてしまう。
やっぱり、神谷はいけ好かない。
俺の前では憎まれ口を叩いたくせに、皆の前ではヘラヘラと笑っている。おかげであっという間に友達ができたみたいだし、女子からもモテていた。
それでもどんなに可愛い子が告白をしたところで、神谷がオッケーを出すことはないらしい。俺はそれが不思議だった。
先日、抜き打ちで行われた漢字テストの結果が張り出されている掲示板の前で足を止める。そこには、無表情で発表された順位を見つめる神谷がいた。
「おい、一位だったからって調子にのんなよ」
「別にのってないだろう? いちいち突っかかってくるな」
「別に突っかかったわけじゃ……」
「武内は二位か。悔しいのか? 本当にガキだな?」
「なんだと?」
神谷が嫌いなら関わらなければいい。無視して、距離を置けばいいんだ。それなのに、それが俺はできなかった。
気に食わないのに、自然と目で神谷を追いかけて、知らなくてもいいことを知ってしまい腹が立つ。こんな不毛なことをずっと繰り返している。
神谷も神谷なのだ。皆の前ではいい人ぶっている癖に、俺の前では化けの皮が剝がれたように途端に意地が悪くなる。今だって、俺を見下したように笑っているんだ。
――くそ、本当に腹が立つ。
「武内は本当にガキだな。可愛いったらねぇよ」
「うるせぇ、黙れ。可愛いとか言うな」
神谷が俺に向かって微笑んだことさえ、今の俺には腹が立って仕方がなかった。
それからというもの、俺は自然と神谷を目で追うようになった。
ふと渡り廊下から校庭に視線を移せば、神谷は体育の授業らしくグラウンドを走っている。足は速くない、なんて言っていたくせにクラスの誰よりも速くて、誰も追いつける奴なんていない。
「本当に気に入らねぇ」
でも何だろうか……神谷が気になって仕方がない。こんなのは、しなくてもいいエゴサをわざわざして落ち込む、という無意味な行動によく似ている。
遠くからでも神谷はすぐに見つけることができる。悔しいことに神谷は輝いて見えた。
背は高いし、顔はいいし。大勢の友人や女子に囲まれて笑っている神谷。
大嫌いなはずなのに……。
「畜生。なんで目が離せないんだよ」
楽しそうな神谷を見ていることが辛くて、俺は逃げるように、次の授業がある理科室へと向かったのだった。
放課後、図書室で勉強をしている神谷を見つけて、また視線が釘付けになる。高校生にもなると図書室を利用する生徒なんてほとんどいない。でも、神谷はよく図書室で勉強をしていた。
夕日が図書室の中を真っ赤に照らし、もうすぐ下校時間になる。校舎の中には時々生徒の声が聞こえてくるだけで、とても静かだ。そんな中、一生懸命勉強をしている神谷は、悔しいけどやっぱりかっこいい。
長い睫毛が影を落として、時々髪を耳に掛ける仕草が艶っぽくて……訳もわからず鼓動が速くなった。
下校のチャイムが鳴った瞬間神谷が顔を上げて、俺と視線が合う。びっくりした俺は慌てて視線を逸らそうとしたのに……なぜか、それができなかった。
顔を上げた神谷の口角が上がって、唇が言葉を紡ぐ。声は出ていなかったけれど、俺には神谷の言いたいことがわかってしまった。
『見・す・ぎ』
その三文字がわかってしまった俺は、一気に顔に熱が籠った。恥ずかしくて体が小さく震える。
別に、別に俺はお前を見てたわけじゃ……いや、見てたけど……。頭の中が混乱してしまった。
「別にお前を見てたわけじゃねぇし! たまたま通りかかっただけだし! 自惚れんなよな!」
そう大声で言い残すと、図書室から逃げるように立ち去る。遠くから神谷の笑い声が聞こえてきたけれど、そんなことはどうでもいい。
「別にお前を見てたわけじゃ……」
肩で息をしながら階段を駆け下りたのだった。
「凪、今度の中間テスト二位だったじゃん?」
「え? そうなの? 結果、もう出てたんだ」
「うん。学年の掲示板に張り出してあったよ」
「へぇ。なぁ、一位はもしかして……」
「そう、あの神谷だ!」
自分を囲んで騒ぐ友人たちを軽くあしらう。もう、こいつらはいちいちうるさくて敵わない。
「あいつ、噂通りやっぱ頭いいんだなぁ。転校して早々一位とか、普通あり得ないだろう」
「それに、来月ある体育祭の学年対抗リレー。アンカーが、凪から神谷になったんだろう? 百メートル走で、凄い記録を叩き出したらしいぜ。あいつやっぱり運動神経もいいんだな?」
「凪、お前全然駄目じゃん?」
友人たちの憐れむような視線に腹が立って仕方がないけど……ここでムキになったら、それこそ自分が惨めになってしまう。俺はグッと腹に怒りを押し込めた。
「別に全然気にしてねぇし。ってか、次は絶対一位を奪還する。勿論、リレーのアンカーもな」
「へぇ、さすが余裕じゃん」
「当り前だろう? じゃあな」
ヒラヒラと手を振りながら昇降口に向かう。いつもなら先生に怒られるまで友人たちと話をしているのに、今日は一刻も早く一人になりたかった。
「畜生……」
俺は今回のテストを受けるにあたって、一切手なんて抜いてなどいない。逆に一位を死守したいという思いから、必死にテスト勉強に取り組んだ。
それなのに……。
唇を強く噛み締める。なんて惨めなのだろう。入学してから、一度だって試験で一位を逃したことなんてなかったし、たった一度首位を逃しただけで、周囲の評価がこんなにも下がるなんて思いもしなかった。
いや、みんな面白がっているのかもしれない。普段粋がっているくせに、なんて無様なんだろう、って。
もうすぐ昇降口が見える、そう思ったとき。下駄箱のほうから話し声がする。その声の主に気が付いた俺は、立ち止まった。
あの声は……声を聞いただけで胸がザワザワしてくる。今一番会いたくない人物だった。
「あの、神谷君。話があるんだけどちょっといいかな?」
「ん? なに?」
「あの、あのね。驚かないで聞いてほしいんだけど、私初めて会ったときから神谷君のことが好きだったの。一目惚れってやつかな?」
「一目惚れ? へぇ……」
そう照れくさそうな笑みを浮かべるのは、つい最近自分に告白してきた江野だった。それを見た俺は、真ん丸な瞳を更に見開いた。
江野が俺に告白をしてきたのは約一カ月前。余程勇気を振り絞ったのだろうと感じられるくらい、必死に思いを伝てくれたことだけは、今でも覚えている。
何が『ひまわり畑で麦わら帽子を被って微笑んでいるような可憐な子』、だ。笑わせないでほしい。ただの尻軽女じゃねぇか……。
「顔が良ければだれでもいいのかよ」
奥歯を強く噛み締めれば、ギリギリッと嫌な音がした。あんな尻軽女、フラれてしまえばいい。心の中でそう思う。
なぜ、よりによってこいつに告白をするんだ……そう思えば、腹がたって仕方がない。神谷は、俺から全てを奪っていったんだ。
「申し訳ないけど、俺、今は誰とも付き合う気なんてないから」
「え? でも彼女がいないなら私と……」
「ごめんね。恋愛なんて面倒くさいだけだし」
「そんな……」
突然冷たい言葉を言い放たれた江野が、目に涙を滲ませる。いい気味だ、俺の口角が徐々に上がっていった。
「でも、考えるくらいしてもらえないかな?」
「無理だって言ってるよね? 考える必要もないよ」
「でも……」
あまりにも必死に食い下がる江野を見ていると面白くなってくる。もっと目に物を見せてやろうと、悪魔の尻尾がニョキニョキと生えて来るのを感じた。
「あのさ、邪魔なんだけど。どいてくんない?」
「え?」
「君たちが邪魔で、下駄箱から靴が出せないんだけど?」
江野が俺の声に反応し振り返った瞬間、顔を引き攣らせた。つい最近告白した相手に、別の男に告白している現場を目撃されたのだから、罰が悪いだろう。
「神谷君、変なこと言ってごめんね。じゃあ、私行くね」
それだけ言うと、江野は逃げるように昇降口を後にした。
「ありがとう。助かったよ」
「別にお前を助けたわけじゃない。靴が取れなかったから邪魔だったんだよ」
「そっか。でも助かった」
「フンッ」
その物腰の柔らかい話し方にイラつきを感じた俺は、下駄箱から靴を取り出すと床に叩きつけるように置いた。関わらないと決めたのに、一体何をしているのだろうか。
「君、二組の武内君だろう?」
「あぁ、そうだよ。いい加減お前もどいて。本当に邪魔だから」
「あ、ごめん」
神谷と話したのはこれが初めてだったのに、あまりにも素っ気ない態度をとってしまったことに、少しだけ心が痛む。こんなんじゃ、ただ神谷を妬んでいるだけだ。
そんなことはわかりきっているけど、割り切れない自分がいる。
「武内って、勉強できるんだね?」
「はぁ? それって嫌味?」
「なにが?」
「とぼけてんじゃねぇよ。お前、転校して来て早々、中間テストで一位だっただろうが?」
「あ、うん。そうだったかな?」「そうだったかな、じゃねぇよ」
だんだん腹が立ってくる。転校してきて早々一位になったことを自慢したいのだろうか? そう思えば、腸が煮えくり返りそうになった。
「あのさ、お前が一位になったってことは、お前が転校してくる前に一位だった奴が、脱落したってことなんだよ。そんなこともわからねぇのかよ? 無神経すぎねぇか?」
「まさか、脱落したのって、君かい?」
「あぁ、そうだよ。今回俺は二位だった」
しまった……そう言いたそうに神谷が俯く。そんな申し訳なさそうな顔をしないでほしい。余計俺が惨めになるから。
「一位だけじゃねぇよ。体育祭のリレーのアンカーだって、俺からお前に変更になってた。リレーのアンカーってさ、大体一番足の速い奴が選ばれるじゃん? お前運動神経もいいんだな」
「別に足が速いわけじゃ……」
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「それに、さっきお前に告白した子、つい最近俺に告白してきたばかりだったんだ」
「……なんだよ、それ」
「お前、女にもモテて、本当に面白くない。なんなんだよ? 転校してきて早々、俺が今まで手に入れてきたもの全部を奪いやがって」
「はぁ? そんなの俺には関係ないだろう? 君が俺に嫉妬しているだけじゃないか。それとも、君はあの子のことが好きだったの?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ……」
もう我慢の限界だった。こんな風にキレた自分に、今まで言い返してきた奴なんて一人もいなかった。生意気な奴……俺はギュッと拳を握り締めた。
「本当に気に入らねぇ! 俺はお前が大嫌いだ!」
「それは俺も同じだ。初めて会話した同級生にとる態度がこれなんて、あまりもガキ過ぎて笑えてくる。確かに顔はいいけど、みんなが君のことを、性格以外は完璧な奴って噂している理由がよくわかったよ」
「はぁ? テメエ、喧嘩売ってんのか?」
「いいよ。売られた喧嘩は買う主義だ」
全く怯む様子もなく俺を睨みつけてくる、真っ直ぐな眼差しが余計腹立たしい。呼吸がどんどん浅くなり、血が沸騰していくのを感じた。
「もしかして、神谷も俺と同じで性格以外は完璧なタイプか? 善人ぶってても、意地の悪さが滲み出てるぜ?」
「失礼だな。俺は君みたいに非常識じゃない」
「本当にいけ好かない野郎だ」
このまま一発殴ってしまおうか……激情した俺は、握り締めた拳に更に力を籠める。昔から喧嘩だって負けたことなんかなかった。
そのとき「もう下校時刻だぞ。早く帰れ!」という声が聞こえてきて、ハッと我に返る。昇降口を見回っていた教師がひょっこり廊下の角から顔を出した。
「はい、今帰ります」
「おう、気を付けて帰るんだぞ。まだ教室に残ってる生徒はいるかな?」
「はい、まだいると思います」
神谷が人懐こい笑みを浮かべたことで、その場の空気が一変した。冷静を掻いてしまった自分が恥ずかしくなる。
でも、どうしてもこいつは気に入らない。俺は堪忍袋の緒が切れそうになるのを必死に堪えながら、神谷を睨みつけたのだった。
「神谷って、空手で全国大会に出場する猛者らしいぜ?」
後日その噂を聞いた俺の全身から、サッと血の気が引いていく。
――あぁ、駄目だ、あいつの全てが気に入らねぇ。
俺は思いきり自分の頭を掻き毟った。
◇◆◇◆
それからというもの、ことあるごとに俺は神谷と比較された。成績は勿論だけど、どちらのほうがイケメンだとか、どちらのほうが性格がいいだとか……そんなことはどうでもよかったけけれど、つい周囲の人間の言葉に耳を傾けてしまう。
やっぱり、神谷はいけ好かない。
俺の前では憎まれ口を叩いたくせに、皆の前ではヘラヘラと笑っている。おかげであっという間に友達ができたみたいだし、女子からもモテていた。
それでもどんなに可愛い子が告白をしたところで、神谷がオッケーを出すことはないらしい。俺はそれが不思議だった。
先日、抜き打ちで行われた漢字テストの結果が張り出されている掲示板の前で足を止める。そこには、無表情で発表された順位を見つめる神谷がいた。
「おい、一位だったからって調子にのんなよ」
「別にのってないだろう? いちいち突っかかってくるな」
「別に突っかかったわけじゃ……」
「武内は二位か。悔しいのか? 本当にガキだな?」
「なんだと?」
神谷が嫌いなら関わらなければいい。無視して、距離を置けばいいんだ。それなのに、それが俺はできなかった。
気に食わないのに、自然と目で神谷を追いかけて、知らなくてもいいことを知ってしまい腹が立つ。こんな不毛なことをずっと繰り返している。
神谷も神谷なのだ。皆の前ではいい人ぶっている癖に、俺の前では化けの皮が剝がれたように途端に意地が悪くなる。今だって、俺を見下したように笑っているんだ。
――くそ、本当に腹が立つ。
「武内は本当にガキだな。可愛いったらねぇよ」
「うるせぇ、黙れ。可愛いとか言うな」
神谷が俺に向かって微笑んだことさえ、今の俺には腹が立って仕方がなかった。
それからというもの、俺は自然と神谷を目で追うようになった。
ふと渡り廊下から校庭に視線を移せば、神谷は体育の授業らしくグラウンドを走っている。足は速くない、なんて言っていたくせにクラスの誰よりも速くて、誰も追いつける奴なんていない。
「本当に気に入らねぇ」
でも何だろうか……神谷が気になって仕方がない。こんなのは、しなくてもいいエゴサをわざわざして落ち込む、という無意味な行動によく似ている。
遠くからでも神谷はすぐに見つけることができる。悔しいことに神谷は輝いて見えた。
背は高いし、顔はいいし。大勢の友人や女子に囲まれて笑っている神谷。
大嫌いなはずなのに……。
「畜生。なんで目が離せないんだよ」
楽しそうな神谷を見ていることが辛くて、俺は逃げるように、次の授業がある理科室へと向かったのだった。
放課後、図書室で勉強をしている神谷を見つけて、また視線が釘付けになる。高校生にもなると図書室を利用する生徒なんてほとんどいない。でも、神谷はよく図書室で勉強をしていた。
夕日が図書室の中を真っ赤に照らし、もうすぐ下校時間になる。校舎の中には時々生徒の声が聞こえてくるだけで、とても静かだ。そんな中、一生懸命勉強をしている神谷は、悔しいけどやっぱりかっこいい。
長い睫毛が影を落として、時々髪を耳に掛ける仕草が艶っぽくて……訳もわからず鼓動が速くなった。
下校のチャイムが鳴った瞬間神谷が顔を上げて、俺と視線が合う。びっくりした俺は慌てて視線を逸らそうとしたのに……なぜか、それができなかった。
顔を上げた神谷の口角が上がって、唇が言葉を紡ぐ。声は出ていなかったけれど、俺には神谷の言いたいことがわかってしまった。
『見・す・ぎ』
その三文字がわかってしまった俺は、一気に顔に熱が籠った。恥ずかしくて体が小さく震える。
別に、別に俺はお前を見てたわけじゃ……いや、見てたけど……。頭の中が混乱してしまった。
「別にお前を見てたわけじゃねぇし! たまたま通りかかっただけだし! 自惚れんなよな!」
そう大声で言い残すと、図書室から逃げるように立ち去る。遠くから神谷の笑い声が聞こえてきたけれど、そんなことはどうでもいい。
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