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1. 妹と寄り添う婚約者
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「クラリスお嬢様、大変申し上げにくいのですが……」
侍女のリズが言葉を詰まらせる様子を見て、私は勘が当たっていたことを悟った。
異変に気付いたのは最近のこと。婚約者のネイサン様が任されている執務を手伝っていた時、私以外の女性からの甘い手紙を見つけたことがきっかけだった。
その文字は私の妹エリノアのものにそっくりで、浮気しているとすぐに察した。
「ネイサン様がエリーと浮気していたのね」
「はい。それも、お嬢様がクルヴェット領の調査に行かれている間に、エリノア様と応接室で愛を囁き合っておりました」
私は今まで、どこか抜けているネイサン様を支えるために、婚約してから五年間、常に彼のために努力してきた。
判断の参考にと彼が継ぐ領地まで出向くこともあれば、社交の場で恥をかかないよう、彼をリード出来るようにダンスの練習も必死にこなし、本来なら令嬢に求められない計算も身に着け、今は領地経営の勉強に励んでいる。
その努力が……全て無駄になったらしい。
怒りを感じなかったと言えば噓になるけれど、私に期待してくれていた両親を裏切る形になってしまったことが申し訳なかった。
このことを報告すれば、きっと私は両親から叱られる。
男性の浮気は全て女性のせいだと言われる世の中だから、仕方のない事だと分かっている。
それに、報告しないと全てが後手に回ることになるから、両親には包み隠さず報告しないといけない。
「教えてくれてありがとう。お父様とお母様に謝ってくるわ」
「畏まりました」
私は覚悟を決め、今知っていることを報告するためにお父様の執務室に向かった。
ノックをし、許可を得てから中に入ると、お父様とお母様の姿が目に入る。
二人は結婚から二十年近く経つ今も仲が良く、今日も協力して執務にあたっているらしい。書類はまだ山のように残っていて、私とお話する余裕もないように見える。
それなのに、私と目が合うと二人の手が止まった。
「お父様、お母様。ネイサン様に浮気をされてしまいました。
全て私の力が足りなかったせいです。本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げると、お父様が近付いてくる。
普段は優しいお父様だけれど、過ちには厳しく叱るような人だ。
きっと今回は酷く叱責されるわ……。
そう思い身構えると、予想していなかった優しい声をかけられた。
「顔を上げなさい。クラリスは何も悪くない。あれだけ尽くしていて浮気されたなら、ネイサン殿の性根が腐っているというだけだ。
私の方こそ、あの男の本性を見抜けず、本当に申し訳ない」
「わたくしも人を見る目が無かったわ。本当にごめんなさい」
顔を上げると、お父様もお母様も深々と頭を下げていた。
それが余計に申し訳なく思えてきて、いっそのこと罵ってくれた方が気楽だったとさえ思える。
色々な気持ちが混ざって涙が溢れそうになったけれど、今泣いたらお父様とお母様に辛い思いをさせてしまう。
だから、この気持ちは胸の奥に押し込んで、涙を堪えた。
そんな時だった。
「クラリスお嬢様、ネイサン様がいらっしゃいました。
大事なお話があるそうなので、応接室にお通ししております」
執事が部屋の外から声をかけてきた。
「すぐに向かうわ。お父様、お母様、お忙しいのに邪魔をして申し訳ありませんでした。
ネイサン様とお話してきますわ」
「謝らなくて良い。私達はクラリスの味方だ。困ったことがあれば、いつでも相談しなさい」
「ありがとうございます」
私はそれだけ答えて、応接室へと向かう。
その扉は少しだけ開いていて、不思議に思いながらノックする。
「クラリスです。入っても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けると、ネイサン様と彼に寄り添うエリノアの姿が目に入った。
彼女は私と目が合うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ネイサン様、一体これはどういう状況でしょうか?」
「見ての通りだ。勉強ばかりで愛嬌が無いクラリスより、いつもニコニコしているエリノアと一緒に居た方が楽しいんだ。だから、明日のパーティーはエリノアと一緒に参加するよ。
クラリスも参加する約束をしているから、明日は一人で楽しんで」
婚約者の居る人がパーティーに一人で参加すれば、悪い意味で視線を集めることになる。陰口も嫌というほど聞くことなる状況で、楽しめるわけがない。
ネイサンの言葉に、私の中でプツリと何かが切れた気がした。
侍女のリズが言葉を詰まらせる様子を見て、私は勘が当たっていたことを悟った。
異変に気付いたのは最近のこと。婚約者のネイサン様が任されている執務を手伝っていた時、私以外の女性からの甘い手紙を見つけたことがきっかけだった。
その文字は私の妹エリノアのものにそっくりで、浮気しているとすぐに察した。
「ネイサン様がエリーと浮気していたのね」
「はい。それも、お嬢様がクルヴェット領の調査に行かれている間に、エリノア様と応接室で愛を囁き合っておりました」
私は今まで、どこか抜けているネイサン様を支えるために、婚約してから五年間、常に彼のために努力してきた。
判断の参考にと彼が継ぐ領地まで出向くこともあれば、社交の場で恥をかかないよう、彼をリード出来るようにダンスの練習も必死にこなし、本来なら令嬢に求められない計算も身に着け、今は領地経営の勉強に励んでいる。
その努力が……全て無駄になったらしい。
怒りを感じなかったと言えば噓になるけれど、私に期待してくれていた両親を裏切る形になってしまったことが申し訳なかった。
このことを報告すれば、きっと私は両親から叱られる。
男性の浮気は全て女性のせいだと言われる世の中だから、仕方のない事だと分かっている。
それに、報告しないと全てが後手に回ることになるから、両親には包み隠さず報告しないといけない。
「教えてくれてありがとう。お父様とお母様に謝ってくるわ」
「畏まりました」
私は覚悟を決め、今知っていることを報告するためにお父様の執務室に向かった。
ノックをし、許可を得てから中に入ると、お父様とお母様の姿が目に入る。
二人は結婚から二十年近く経つ今も仲が良く、今日も協力して執務にあたっているらしい。書類はまだ山のように残っていて、私とお話する余裕もないように見える。
それなのに、私と目が合うと二人の手が止まった。
「お父様、お母様。ネイサン様に浮気をされてしまいました。
全て私の力が足りなかったせいです。本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げると、お父様が近付いてくる。
普段は優しいお父様だけれど、過ちには厳しく叱るような人だ。
きっと今回は酷く叱責されるわ……。
そう思い身構えると、予想していなかった優しい声をかけられた。
「顔を上げなさい。クラリスは何も悪くない。あれだけ尽くしていて浮気されたなら、ネイサン殿の性根が腐っているというだけだ。
私の方こそ、あの男の本性を見抜けず、本当に申し訳ない」
「わたくしも人を見る目が無かったわ。本当にごめんなさい」
顔を上げると、お父様もお母様も深々と頭を下げていた。
それが余計に申し訳なく思えてきて、いっそのこと罵ってくれた方が気楽だったとさえ思える。
色々な気持ちが混ざって涙が溢れそうになったけれど、今泣いたらお父様とお母様に辛い思いをさせてしまう。
だから、この気持ちは胸の奥に押し込んで、涙を堪えた。
そんな時だった。
「クラリスお嬢様、ネイサン様がいらっしゃいました。
大事なお話があるそうなので、応接室にお通ししております」
執事が部屋の外から声をかけてきた。
「すぐに向かうわ。お父様、お母様、お忙しいのに邪魔をして申し訳ありませんでした。
ネイサン様とお話してきますわ」
「謝らなくて良い。私達はクラリスの味方だ。困ったことがあれば、いつでも相談しなさい」
「ありがとうございます」
私はそれだけ答えて、応接室へと向かう。
その扉は少しだけ開いていて、不思議に思いながらノックする。
「クラリスです。入っても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けると、ネイサン様と彼に寄り添うエリノアの姿が目に入った。
彼女は私と目が合うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ネイサン様、一体これはどういう状況でしょうか?」
「見ての通りだ。勉強ばかりで愛嬌が無いクラリスより、いつもニコニコしているエリノアと一緒に居た方が楽しいんだ。だから、明日のパーティーはエリノアと一緒に参加するよ。
クラリスも参加する約束をしているから、明日は一人で楽しんで」
婚約者の居る人がパーティーに一人で参加すれば、悪い意味で視線を集めることになる。陰口も嫌というほど聞くことなる状況で、楽しめるわけがない。
ネイサンの言葉に、私の中でプツリと何かが切れた気がした。
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