26 / 44
26. 初めての旅行②
しおりを挟む
あの後、私達はお花畑の誘惑を振り切って馬車に戻った。
次に向かうのは、クルヴェット邸の食事を支えている農村だ。
「―—あまり見どころは無いが、何か気付きがあれば遠慮なく言って欲しい」
「分かりました。何か問題でも起きているのですか?」
「今は何も起きていないが、俺や父上が気付いていない異変があるかもしれない。婚約したばかりの時に申し訳ないが、将来のためだと思って協力してほしい」
今回の旅行は私がクルヴェット領について学ぶという意味もあるから、彼のお願いを断るつもりは欠片もない。
家によって違うけれど、嫁いでくる令嬢に求められることは大きく分けて二つ。執務の補佐と、社交界で他家との繋がりを強くすることだ。
クルヴェット家は既に多くの家との繋がりを持っているから、私には執務を補佐する力がより求められていると思う。
これから受けることになる教育も、領地に関することが中心だから間違いない。
「協力するのは当然ですわ。私に出来ることなら何でもします」
「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」
そうして数時間かけて馬車に揺られ、窓の外には広大な畑が見える。
これら全て、邸の食事になるというから驚きだ。コラーユ邸の食事事情も似たようなものだけれど、使用人の分を含めても、この半分にも満たない。
馬車は小さな木組みの建物の前で止まり、私はシリル様の手を借りて慎重に降りる。
この場所を境に麦と野菜とで分かれていて、綺麗に景色が変わっていた。
「簡単に説明すると、この近くで採れた麦はこの水車小屋で小麦にしてから運ばれてくる。向こうに村が見えると思うが、あの中に倉庫があって、飢饉の時に耐えられるようにしている」
「備えも万全なのですね。野菜の方はどうしていますの?」
「頃合いになったものから収穫して、そのまま馬車で運ばれてくる。料理になるまで一日もかからないはずだ」
王都に近いからこそ出来ることで、クルヴェット家の力が垣間見える。
けれど、遠くを眺めていると、麦の色がここと少し違うことに気付いた。
「シリル様、向こうの麦の下の方が少し黄色くなっているのですけど、気のせいでしょうか?」
「俺には分からないが、確認しよう」
麦の葉が黄色くなっていると、収穫にも影響してくる。
原因は色々あるけれど、土地が痩せてきているときに多かったはずだ。
もっとも、近くで見ないと分からないから、私達は細い道を十分近く歩いて移動する。
近くで見ると違和感はあまり感じられないけれど、この辺りの麦はなんだか元気がない気がする。
「……俺が見ても何も分からないが、クラリスの目の方が正しいだろう。土地が痩せてきているのだろうから、新しく開墾しよう」
「本当に些細な差なのですね」
「ああ。皆も分からないだろう?」
シリル様が護衛達に問いかけると一斉に首が縦に振られる。
私一人だけの意見なのに、それを受け入れてくれるシリル様の懐は本当に広いのだろう。
普通は多数意見に押しつぶされてしまうから、信頼してくれていることが嬉しかった。
けれど、私が間違えた時に正してもらえるのか心配になる。
「シリル様。もし私が間違えていたら、どうなってしまうのですか?」
「今回のことが間違いかどうかは分からないが、すぐに答えが分かることなら、次に繋げてもらおうと考えている」
「そう言っていただけて安心しました」
「こちらこそ、意見を言ってもらえて助かったよ。ありがとう」
今回のことはすぐに答えが出ないけれど、間違っていたとしても開墾が無駄になることはないと思う。
余れば活用法を考えれば良いのだから、今のうちに使い道を考えておくことにした。
「―—他に気になったところはあるかな?」
「いえ、これだけですわ」
「分かった。では、そろそろ邸に向かおう」
シリル様はそう口にすると、私に手を差し出す。
そこに自分の手を重ねね、馬車の方へと足を向けた。
日は傾いてきていて、少しだけひんやりとした風と麦の香りが私達を包んだ。
次に向かうのは、クルヴェット邸の食事を支えている農村だ。
「―—あまり見どころは無いが、何か気付きがあれば遠慮なく言って欲しい」
「分かりました。何か問題でも起きているのですか?」
「今は何も起きていないが、俺や父上が気付いていない異変があるかもしれない。婚約したばかりの時に申し訳ないが、将来のためだと思って協力してほしい」
今回の旅行は私がクルヴェット領について学ぶという意味もあるから、彼のお願いを断るつもりは欠片もない。
家によって違うけれど、嫁いでくる令嬢に求められることは大きく分けて二つ。執務の補佐と、社交界で他家との繋がりを強くすることだ。
クルヴェット家は既に多くの家との繋がりを持っているから、私には執務を補佐する力がより求められていると思う。
これから受けることになる教育も、領地に関することが中心だから間違いない。
「協力するのは当然ですわ。私に出来ることなら何でもします」
「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」
そうして数時間かけて馬車に揺られ、窓の外には広大な畑が見える。
これら全て、邸の食事になるというから驚きだ。コラーユ邸の食事事情も似たようなものだけれど、使用人の分を含めても、この半分にも満たない。
馬車は小さな木組みの建物の前で止まり、私はシリル様の手を借りて慎重に降りる。
この場所を境に麦と野菜とで分かれていて、綺麗に景色が変わっていた。
「簡単に説明すると、この近くで採れた麦はこの水車小屋で小麦にしてから運ばれてくる。向こうに村が見えると思うが、あの中に倉庫があって、飢饉の時に耐えられるようにしている」
「備えも万全なのですね。野菜の方はどうしていますの?」
「頃合いになったものから収穫して、そのまま馬車で運ばれてくる。料理になるまで一日もかからないはずだ」
王都に近いからこそ出来ることで、クルヴェット家の力が垣間見える。
けれど、遠くを眺めていると、麦の色がここと少し違うことに気付いた。
「シリル様、向こうの麦の下の方が少し黄色くなっているのですけど、気のせいでしょうか?」
「俺には分からないが、確認しよう」
麦の葉が黄色くなっていると、収穫にも影響してくる。
原因は色々あるけれど、土地が痩せてきているときに多かったはずだ。
もっとも、近くで見ないと分からないから、私達は細い道を十分近く歩いて移動する。
近くで見ると違和感はあまり感じられないけれど、この辺りの麦はなんだか元気がない気がする。
「……俺が見ても何も分からないが、クラリスの目の方が正しいだろう。土地が痩せてきているのだろうから、新しく開墾しよう」
「本当に些細な差なのですね」
「ああ。皆も分からないだろう?」
シリル様が護衛達に問いかけると一斉に首が縦に振られる。
私一人だけの意見なのに、それを受け入れてくれるシリル様の懐は本当に広いのだろう。
普通は多数意見に押しつぶされてしまうから、信頼してくれていることが嬉しかった。
けれど、私が間違えた時に正してもらえるのか心配になる。
「シリル様。もし私が間違えていたら、どうなってしまうのですか?」
「今回のことが間違いかどうかは分からないが、すぐに答えが分かることなら、次に繋げてもらおうと考えている」
「そう言っていただけて安心しました」
「こちらこそ、意見を言ってもらえて助かったよ。ありがとう」
今回のことはすぐに答えが出ないけれど、間違っていたとしても開墾が無駄になることはないと思う。
余れば活用法を考えれば良いのだから、今のうちに使い道を考えておくことにした。
「―—他に気になったところはあるかな?」
「いえ、これだけですわ」
「分かった。では、そろそろ邸に向かおう」
シリル様はそう口にすると、私に手を差し出す。
そこに自分の手を重ねね、馬車の方へと足を向けた。
日は傾いてきていて、少しだけひんやりとした風と麦の香りが私達を包んだ。
675
あなたにおすすめの小説
熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。
しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。
「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」
身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。
堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。
数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。
妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
婚約破棄された令嬢、冷酷騎士の最愛となり元婚約者にざまぁします
腐ったバナナ
恋愛
婚約者である王太子から「平民の娘を愛した」と婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリアナ。
周囲の貴族たちに嘲笑され、絶望の淵に立たされる。
だがその場に現れた冷酷無比と噂される黒騎士団長・アレクシスが、彼女を抱き寄せて宣言する。
「リリアナ嬢は、私が妻に迎える。二度と誰にも侮辱はさせない」
それは突然の求婚であり、同時にざまぁの始まりだった。
「君からは打算的な愛しか感じない」と婚約破棄したのですから、どうぞ無償の愛を貫きください。
木山楽斗
恋愛
「君からは打算的な愛しか感じない」
子爵令嬢であるフィリアは、ある時婚約者マルギスからそう言われて婚約破棄されることになった。
彼女は物事を損得によって判断する傾向にある。マルギスはそれを嫌に思っており、かつての恋人シェリーカと結ばれるために、フィリアとの婚約を破棄したのだ。
その選択を、フィリアは愚かなものだと思っていた。
一時の感情で家同士が決めた婚約を破棄することは、不利益でしかなかったからだ。
それを不可解に思いながら、フィリアは父親とともにマルギスの家に抗議をした。彼女はこの状況においても、利益が得られるように行動したのだ。
それからしばらく経った後、フィリアはシェリーカが危機に陥っていることを知る。
彼女の家は、あくどい方法で金を稼いでおり、それが露呈したことで没落に追い込まれていたのだ。
そのことを受けて元婚約者マルギスが、フィリアを訪ねてきた。彼は家が風評被害を恐れたことによって家を追い出されていたのだ。
マルギスは、フィリアと再び婚約したいと申し出てきた。彼はそれによって、家になんとか戻ろうとしていたのである。
しかし、それをフィリアが受け入れることはなかった。彼女はマルギスにシェリーカへの無償の愛を貫くように説き、追い返すのだった。
そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。
木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。
彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。
スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。
婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。
父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?
木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。
彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。
混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。
そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。
当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。
そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。
彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。
※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。
婚約破棄された令嬢のささやかな幸福
香木陽灯
恋愛
田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。
しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。
「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」
婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。
婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。
ならば一人で生きていくだけ。
アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。
「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」
初めての一人暮らしを満喫するアリシア。
趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。
「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」
何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。
しかし丁重にお断りした翌日、
「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」
妹までもがやってくる始末。
しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。
「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」
家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。
殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる