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29. 中心の町へ②
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宿を出てから三時間ほどが過ぎ、窓の外には立派な城壁が見えた。
あの城壁の中に、これから泊まる予定のクルヴェット家の本邸がある。
この町―—領都クルヴェスは王都にこそ劣るものの、王国内でも五本の指に入るほど栄えているらしい。
これから泊まる本邸は町の中にある丘の上にそびえ立っていて、ここからでも赤みがかった綺麗なお屋敷が見える。
「あと二十分くらいで着くと思う。眠かったら、今のうちに寝ると良い」
「ありがとうございます。でも……まだお昼前ですから、大丈夫ですわ」
景色を眺めているとシリル様から心配するような声をかけられた。
昨日はどういうわけか、眠気をあまり感じていないのに寝落ちてしまったから、今日は同じ過ちを繰り返さないように、寄りかからないようにしようと思う。
「……そうか。だが、無理はしなくて良い。無理をして倒れてほしくは無いからな」
「今は元気なので大丈夫です」
今はシリル様に身体を預けても眠気なんて感じないのに、昨日は気を失うようにして眠ったというから、自分の身体のことなのに理解に苦しむ。
ただの疲労なら良いのだけど、何かの病だと想像すると恐ろしかった。
「それなら良かった」
「今日はご迷惑をおかけしないように気を付けますわ」
「迷惑とは思わないが、昨日と同じ寝落ち方をされたら医者を呼ぼうと思う」
シリル様も私と同じことを考えているようで、そんな言葉が返ってくる。
すると、馬車が城門をくぐったようで、窓の外の景色が一気に街並みへと変わった。
往来が激しいからか、馬車はゆっくりと進んでいく。
そうして更に十分ほどかけて馬車は丘を登っていき、ついにクルヴェット邸の門をくぐった。
「庭園、すごく広いのですね。驚きましたわ」
「管理が大変という問題はあるが、敷地を出ずに散歩出来るから、安心して過ごせると思う」
「健康的に過ごせますのね」
玄関前の庭園も広いけれど、建物の方も立派な造りをしていて、王都の邸の三倍以上も大きいと思う。
これを綺麗に維持しているなんて、クルヴェット家の力が恐ろしい。
「ああ。だから、俺のご先祖様はほとんど病気をしなかったそうだ。俺もそうだが、母上と父上が風邪をひいたところは見たことが無い」
「私もそうなれるでしょうか?」
「しっかり運動すれば、流行り病とは無縁になれると思う」
彼がそう口にすると、馬車が止まる。
今回もシリル様が先に降りて、私は彼の手を借りて慎重に降りた。
これから誰かに挨拶をするわけではないけれど、お屋敷の雰囲気が立派だから、身だしなみが気になってしまう。
馬車に長時間乗っていたから何かしら乱れていても不思議はないけれど、侍女に確認してもらっても一つも直されなかった。
「準備は良いかな?」
「いつでも大丈夫ですわ」
シリル様の言葉に頷くと、彼の手で玄関扉が開けられる。
中に入ると、三階まで続く吹き抜けに、巨大なシャンデリアが目に入った。
壁や天井にもたくさんの装飾が施されていて、こうして見ているだけでも吸い込まれそうだ。
シリル様が当主になる時にはここが私の家になると思うと、不思議な感じがする。
ちなみに、大抵の貴族は社交シーズン中は王都に構えた邸で暮らし、パーティーが無い時期になると領地に構える本邸で暮らす。
シリル様が爵位を継げば、ここが私の家にもなるから、今日はお屋敷の中を頭に焼き付けたい。
「部屋は二階に用意しているから、案内するよ」
「お願いしますわ」
シリル様の手を握ったまま、弧を描く階段を上る。
二階からはシャンデリアが目の前に見えて、つい視線を奪われそうになった。
「この部屋は自由に使ってもらって構わない。俺の部屋はここだから、何かあったら声をかけてほしい」
「こんなに広いお部屋、本当に私一人で使って良いのでしょうか……?」
あまりの広さに不安になり問いかけると、シリル様ははっきりと頷いた。
けれども、そんな時。使用人がシリル様に何かの合図をすると、彼は「すまない」とだけ言って私室に入ってしまった。
「……何かあったのね」
「時間はかからないと思いますが、良くない知らせだと思います」
うっかり呟きが漏れると、侍女がそんな声をかけてくれた。
どうやら安心は出来そうにないから、私は何が起きていても大丈夫なようにと覚悟を決める。
「クラリス、コラーユ家の料理人が買収された可能性が出てきた。目的はまだ分からないが、暗殺を企てている可能性が高い」
「……暗殺、ですか?」
暗殺という言葉が受け入れられず、つい聞き返してしまう。
ようやく幸せになれそうだと思ったのに……。
「食事に毒を入れる算段なのだろうが、既にクラリスの父上と母上が気付いているらしい。黒幕を突き止めるために、しばらくは泳がせると聞いている。
ただ、クラリスが毒に倒れる姿は見たくないから、安全になるまで俺の家で保護してほしいとお願いされた」
「分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「謝るのは黒幕の方だ。クラリスは被害を受けているのだから、もっと気楽にして良い」
シリル様はそう口にしているけれど、彼に迷惑をかけることに変わりはない。
でも、これは私達の仲を深める良い機会でもあるから、前向きに考えようと思った。
あの城壁の中に、これから泊まる予定のクルヴェット家の本邸がある。
この町―—領都クルヴェスは王都にこそ劣るものの、王国内でも五本の指に入るほど栄えているらしい。
これから泊まる本邸は町の中にある丘の上にそびえ立っていて、ここからでも赤みがかった綺麗なお屋敷が見える。
「あと二十分くらいで着くと思う。眠かったら、今のうちに寝ると良い」
「ありがとうございます。でも……まだお昼前ですから、大丈夫ですわ」
景色を眺めているとシリル様から心配するような声をかけられた。
昨日はどういうわけか、眠気をあまり感じていないのに寝落ちてしまったから、今日は同じ過ちを繰り返さないように、寄りかからないようにしようと思う。
「……そうか。だが、無理はしなくて良い。無理をして倒れてほしくは無いからな」
「今は元気なので大丈夫です」
今はシリル様に身体を預けても眠気なんて感じないのに、昨日は気を失うようにして眠ったというから、自分の身体のことなのに理解に苦しむ。
ただの疲労なら良いのだけど、何かの病だと想像すると恐ろしかった。
「それなら良かった」
「今日はご迷惑をおかけしないように気を付けますわ」
「迷惑とは思わないが、昨日と同じ寝落ち方をされたら医者を呼ぼうと思う」
シリル様も私と同じことを考えているようで、そんな言葉が返ってくる。
すると、馬車が城門をくぐったようで、窓の外の景色が一気に街並みへと変わった。
往来が激しいからか、馬車はゆっくりと進んでいく。
そうして更に十分ほどかけて馬車は丘を登っていき、ついにクルヴェット邸の門をくぐった。
「庭園、すごく広いのですね。驚きましたわ」
「管理が大変という問題はあるが、敷地を出ずに散歩出来るから、安心して過ごせると思う」
「健康的に過ごせますのね」
玄関前の庭園も広いけれど、建物の方も立派な造りをしていて、王都の邸の三倍以上も大きいと思う。
これを綺麗に維持しているなんて、クルヴェット家の力が恐ろしい。
「ああ。だから、俺のご先祖様はほとんど病気をしなかったそうだ。俺もそうだが、母上と父上が風邪をひいたところは見たことが無い」
「私もそうなれるでしょうか?」
「しっかり運動すれば、流行り病とは無縁になれると思う」
彼がそう口にすると、馬車が止まる。
今回もシリル様が先に降りて、私は彼の手を借りて慎重に降りた。
これから誰かに挨拶をするわけではないけれど、お屋敷の雰囲気が立派だから、身だしなみが気になってしまう。
馬車に長時間乗っていたから何かしら乱れていても不思議はないけれど、侍女に確認してもらっても一つも直されなかった。
「準備は良いかな?」
「いつでも大丈夫ですわ」
シリル様の言葉に頷くと、彼の手で玄関扉が開けられる。
中に入ると、三階まで続く吹き抜けに、巨大なシャンデリアが目に入った。
壁や天井にもたくさんの装飾が施されていて、こうして見ているだけでも吸い込まれそうだ。
シリル様が当主になる時にはここが私の家になると思うと、不思議な感じがする。
ちなみに、大抵の貴族は社交シーズン中は王都に構えた邸で暮らし、パーティーが無い時期になると領地に構える本邸で暮らす。
シリル様が爵位を継げば、ここが私の家にもなるから、今日はお屋敷の中を頭に焼き付けたい。
「部屋は二階に用意しているから、案内するよ」
「お願いしますわ」
シリル様の手を握ったまま、弧を描く階段を上る。
二階からはシャンデリアが目の前に見えて、つい視線を奪われそうになった。
「この部屋は自由に使ってもらって構わない。俺の部屋はここだから、何かあったら声をかけてほしい」
「こんなに広いお部屋、本当に私一人で使って良いのでしょうか……?」
あまりの広さに不安になり問いかけると、シリル様ははっきりと頷いた。
けれども、そんな時。使用人がシリル様に何かの合図をすると、彼は「すまない」とだけ言って私室に入ってしまった。
「……何かあったのね」
「時間はかからないと思いますが、良くない知らせだと思います」
うっかり呟きが漏れると、侍女がそんな声をかけてくれた。
どうやら安心は出来そうにないから、私は何が起きていても大丈夫なようにと覚悟を決める。
「クラリス、コラーユ家の料理人が買収された可能性が出てきた。目的はまだ分からないが、暗殺を企てている可能性が高い」
「……暗殺、ですか?」
暗殺という言葉が受け入れられず、つい聞き返してしまう。
ようやく幸せになれそうだと思ったのに……。
「食事に毒を入れる算段なのだろうが、既にクラリスの父上と母上が気付いているらしい。黒幕を突き止めるために、しばらくは泳がせると聞いている。
ただ、クラリスが毒に倒れる姿は見たくないから、安全になるまで俺の家で保護してほしいとお願いされた」
「分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「謝るのは黒幕の方だ。クラリスは被害を受けているのだから、もっと気楽にして良い」
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