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32. 新しい環境で①
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視線を窓の外に戻すと、見慣れた門扉が後ろに流れていく。
普段ならコラーユ邸に必ず入っていた馬車は勢いを緩めずに進み続け、クルヴェット邸の門をくぐった。
今日からしばらくの間、私はここで暮らすことになる。
まだシリル様のご両親やクルヴェット邸の使用人との親交が浅いから、上手く立ち回れるか心配だ。
けれども、出迎えはいつにも増して盛大で、私も歓迎されているのだと察せる。
クルヴェット家の侍従達の中にはリズの姿もあり、声には出さなかったものの嬉しい気持ちがこみ上げてきた。
「お嬢様、荷物をお持ちしますね」
「ありがとう」
リズは私の前に歩み出ると、いつもと同じように私の荷物を受け取ってくれる。
コラーユ家の侍従達には買収された疑いがかけられているのに、彼女が私と接することを許されているのが不思議だ。
「シリル様、私はどの部屋に向かえば良いでしょうか?」
「俺の部屋の隣が空いているから、そこになるはずだ」
まだシリル様も把握し切れていないようで、彼は執事に確認してから私の手をとった。
「俺の部屋の隣だから、案内するよ」
「ありがとうございます」
「一応言っておくが、邸の中では敬語を使わなくて良い」
「……気を付けるわ」
そうして二階に上がり、今日から私の私室になるという部屋に向かう。
結婚はまだ先のことでも、シリル様の部屋は代替わりをしてからも変わる予定が無いそうだから、私の部屋も変わる予定は無いのだと思う。
「この部屋だから、好きなタイミングで開けて」
「……緊張するわ」
おそるおそる扉を開けると、想像していたよりも大きな部屋が飛び込んできた。
真ん中には天蓋付きのベッドが、その手前には立派なソファとテーブル、反対側には読書やお茶を楽しむのにちょうど良さそうな机と椅子が置かれている。
天蓋付きのベッドは中々見る機会が無いから、どんな反応をしていいのか分からない。
「こんなに広いお部屋で本当に良いのかしら?」
「将来の侯爵夫人が狭い部屋で過ごすほうが問題だ。この扉の中は衣装部屋になっていて、こっちは風呂がある。あまり広くないが、身体は伸ばせる」
気になって扉を開けると、十着近くのドレスが見えた。試さないと分からないけれど、この広さなら百着くらい余裕で入りそうだ。
もう一つの扉の方は脱衣所とお風呂になっていた。コラーユ邸にも各部屋にお風呂があったものの、これほど広くはなかった。
湯舟もシリル様が足を伸ばしても余裕があるほど大きく、うっかり溺れないか心配になるほどだ。
「一応、部屋の紹介はこんな感じだ。
足りないものがあれば、すぐに用意する」
「今はこれで十分すぎるくらいよ。至れり尽くせりすぎて、頭が上がらないわ」
「これくらいはしないと、家の威信に関わるんだ。だから気にしなくて良い」
「それでも、感謝の気持ちは変わらないわ」
そんな言葉を交わしてから、私は外行きのドレスから着替えるために衣装部屋へと入った。
ここにあるドレスはすべて私が持っているもので、コラーユ邸から運ばれてきたのだと分かる。
その中から動きやすくて見た目も綺麗なものを選び、手早く着替えていく。
パーティーの時に着るようなドレスは一人で着替えられないけれど、今日はどちらも一人で着られるものだから、この場には私しかいない。
着替えを終えて部屋に戻ると、リズが荷解きを終えたところだった。
「荷解きありがとう。
……少し気になったのだけど、どうしてリズは疑われなかったの?」
今は自由に過ごせる時間。
だから、私はソファに腰かけてから、気になっていることを問いかけた。
買収が一つでも起こっていれば、他の使用人も買収されている可能性が高くなる。
だから私はクルヴェット邸で過ごすことになっているのだけど、リズが疑われなかったことが不思議なのだ。
私はリズのことを信頼しているけれど、他者が見れば一様に疑わしい使用人になってしまう。
無実を証明できれば私との接触が許されると思うけれど、その証明すること自体が不可能に思える。
「私も最初は疑われていました。でも、お嬢様への忠誠を五時間かけて語ったら許されたのです」
「五時間も……よくそんなに語れたわね」
嬉しいけれど、ちょっと引いた。
でも、これは幸せなことだから、口にも顔にも出さない。
「これだけお仕えしているので、五時間なんて簡単です。
許されるのなら、あと四時間は語りたかったくらいなので!」
「喉を痛めそうね……」
そう口にした時。
ちょうど夕食の時間になったようで、部屋の扉がノックされた。
慌てて立ち上がったせいで足を捻ってしまったけれど、気にせず扉まで足をすすめる。
「クラリス、言い忘れていた。もうすぐ夕食の時間だから、準備してほしい。
今日は俺の両親も同席するが、服は普段着で大丈夫だ」
「本当に大丈夫なの……?」
扉を開けてから問い返すと、しっかりとした頷きが返ってくる。
ちょうどその時、視界の端にはシリル様のお母様の姿が見えた。
彼女は今の私が纏っているものよりも簡素なデザインのドレスに身を包んでいる。
ここで外行きのドレスに着替える方が失礼になるから、私はそのままシリル様と共にダイニングに足を向けた。
その直後。
足首がズキズキと痛み、つい立ち止まってしまう。
「クラリス……?」
「ごめんなさい。さっき足を捻ってしまって……」
「耐え難いほどの痛みなら医者を呼ぶが、どうしたい?」
「そこまで酷くはないわ」
「分かった。しかし、階段を降りるのは難しいだろうから、少し失礼するよ」
一体何が起こるのかと身構えていると、シリル様に軽々と横抱きにされた。
所謂お姫様抱っこ。想像するだけなら華々しいけれど、本当にされると少し怖い。
けれどシリル様は少しも震えず、次第に安心感が勝ってくる。
「重くないですか……?」
「軽いと思う。まさかとは思うが、骨と皮しかない、なんてことは無いよな?」
「腕を触ると分かるけど、ちゃんとお肉も付いているわ」
私の体型は令嬢の平均より細めだと思うけれど、病的なほど細いと思ったことは無い。
シリル様に心配されたのも旅行初日に寝落ちてしまった時が初めてだったのよね……。
まさかとは思うけれど、彼が力持ちすぎて、私が軽すぎると感じているのかしら?
普段ならコラーユ邸に必ず入っていた馬車は勢いを緩めずに進み続け、クルヴェット邸の門をくぐった。
今日からしばらくの間、私はここで暮らすことになる。
まだシリル様のご両親やクルヴェット邸の使用人との親交が浅いから、上手く立ち回れるか心配だ。
けれども、出迎えはいつにも増して盛大で、私も歓迎されているのだと察せる。
クルヴェット家の侍従達の中にはリズの姿もあり、声には出さなかったものの嬉しい気持ちがこみ上げてきた。
「お嬢様、荷物をお持ちしますね」
「ありがとう」
リズは私の前に歩み出ると、いつもと同じように私の荷物を受け取ってくれる。
コラーユ家の侍従達には買収された疑いがかけられているのに、彼女が私と接することを許されているのが不思議だ。
「シリル様、私はどの部屋に向かえば良いでしょうか?」
「俺の部屋の隣が空いているから、そこになるはずだ」
まだシリル様も把握し切れていないようで、彼は執事に確認してから私の手をとった。
「俺の部屋の隣だから、案内するよ」
「ありがとうございます」
「一応言っておくが、邸の中では敬語を使わなくて良い」
「……気を付けるわ」
そうして二階に上がり、今日から私の私室になるという部屋に向かう。
結婚はまだ先のことでも、シリル様の部屋は代替わりをしてからも変わる予定が無いそうだから、私の部屋も変わる予定は無いのだと思う。
「この部屋だから、好きなタイミングで開けて」
「……緊張するわ」
おそるおそる扉を開けると、想像していたよりも大きな部屋が飛び込んできた。
真ん中には天蓋付きのベッドが、その手前には立派なソファとテーブル、反対側には読書やお茶を楽しむのにちょうど良さそうな机と椅子が置かれている。
天蓋付きのベッドは中々見る機会が無いから、どんな反応をしていいのか分からない。
「こんなに広いお部屋で本当に良いのかしら?」
「将来の侯爵夫人が狭い部屋で過ごすほうが問題だ。この扉の中は衣装部屋になっていて、こっちは風呂がある。あまり広くないが、身体は伸ばせる」
気になって扉を開けると、十着近くのドレスが見えた。試さないと分からないけれど、この広さなら百着くらい余裕で入りそうだ。
もう一つの扉の方は脱衣所とお風呂になっていた。コラーユ邸にも各部屋にお風呂があったものの、これほど広くはなかった。
湯舟もシリル様が足を伸ばしても余裕があるほど大きく、うっかり溺れないか心配になるほどだ。
「一応、部屋の紹介はこんな感じだ。
足りないものがあれば、すぐに用意する」
「今はこれで十分すぎるくらいよ。至れり尽くせりすぎて、頭が上がらないわ」
「これくらいはしないと、家の威信に関わるんだ。だから気にしなくて良い」
「それでも、感謝の気持ちは変わらないわ」
そんな言葉を交わしてから、私は外行きのドレスから着替えるために衣装部屋へと入った。
ここにあるドレスはすべて私が持っているもので、コラーユ邸から運ばれてきたのだと分かる。
その中から動きやすくて見た目も綺麗なものを選び、手早く着替えていく。
パーティーの時に着るようなドレスは一人で着替えられないけれど、今日はどちらも一人で着られるものだから、この場には私しかいない。
着替えを終えて部屋に戻ると、リズが荷解きを終えたところだった。
「荷解きありがとう。
……少し気になったのだけど、どうしてリズは疑われなかったの?」
今は自由に過ごせる時間。
だから、私はソファに腰かけてから、気になっていることを問いかけた。
買収が一つでも起こっていれば、他の使用人も買収されている可能性が高くなる。
だから私はクルヴェット邸で過ごすことになっているのだけど、リズが疑われなかったことが不思議なのだ。
私はリズのことを信頼しているけれど、他者が見れば一様に疑わしい使用人になってしまう。
無実を証明できれば私との接触が許されると思うけれど、その証明すること自体が不可能に思える。
「私も最初は疑われていました。でも、お嬢様への忠誠を五時間かけて語ったら許されたのです」
「五時間も……よくそんなに語れたわね」
嬉しいけれど、ちょっと引いた。
でも、これは幸せなことだから、口にも顔にも出さない。
「これだけお仕えしているので、五時間なんて簡単です。
許されるのなら、あと四時間は語りたかったくらいなので!」
「喉を痛めそうね……」
そう口にした時。
ちょうど夕食の時間になったようで、部屋の扉がノックされた。
慌てて立ち上がったせいで足を捻ってしまったけれど、気にせず扉まで足をすすめる。
「クラリス、言い忘れていた。もうすぐ夕食の時間だから、準備してほしい。
今日は俺の両親も同席するが、服は普段着で大丈夫だ」
「本当に大丈夫なの……?」
扉を開けてから問い返すと、しっかりとした頷きが返ってくる。
ちょうどその時、視界の端にはシリル様のお母様の姿が見えた。
彼女は今の私が纏っているものよりも簡素なデザインのドレスに身を包んでいる。
ここで外行きのドレスに着替える方が失礼になるから、私はそのままシリル様と共にダイニングに足を向けた。
その直後。
足首がズキズキと痛み、つい立ち止まってしまう。
「クラリス……?」
「ごめんなさい。さっき足を捻ってしまって……」
「耐え難いほどの痛みなら医者を呼ぶが、どうしたい?」
「そこまで酷くはないわ」
「分かった。しかし、階段を降りるのは難しいだろうから、少し失礼するよ」
一体何が起こるのかと身構えていると、シリル様に軽々と横抱きにされた。
所謂お姫様抱っこ。想像するだけなら華々しいけれど、本当にされると少し怖い。
けれどシリル様は少しも震えず、次第に安心感が勝ってくる。
「重くないですか……?」
「軽いと思う。まさかとは思うが、骨と皮しかない、なんてことは無いよな?」
「腕を触ると分かるけど、ちゃんとお肉も付いているわ」
私の体型は令嬢の平均より細めだと思うけれど、病的なほど細いと思ったことは無い。
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