10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?

水空 葵

文字の大きさ
4 / 39
本編

4. いつもの光景

しおりを挟む
「手紙……お父様に渡さないと……」

 涙が尽きて落ち着いた頃、私は手紙の存在を思い出した。

 机の上に置いてあるから忘れることはない。
 けれども、こういう時は早めに行動した方がいいのよね。

 とはいっても、玄関でお父様出迎えるという日々の行動に変わりはない。そこに手紙を渡すということが加わるだけだ。

「お嬢様、どちらに行かれるのですか?」
「お父様を出迎えるだけよ?」

 どういうわけか、焦りを浮かべる侍女。
 私が首を傾げると、慌てた様子で部屋に連れ戻されてしまった。

「お嬢様、その状態で旦那様の前に行かれては、旦那様が驚かれてしまいます」
「どういうこと……?」
「とりあえず、姿見で確認してください!」

 言われるがままに、姿見の前に向かう。
 そして気付いた。

「私、まだ冷静じゃなかったみたいね……。教えてくれてありがとう」

 少しだけれど瞼が腫れていて、化粧もボロボロ。
 こんな状態をお父様が見たら卒倒するかもしれない。

 だから急いで顔を洗って、簡単な治癒魔法で瞼の腫れを治した。
 魔法は貴族の血を引いている者なら誰でも使えるものなのだけど、こういう時は本当に便利なのよね。

「これで大丈夫かしら?」
「はい、問題ないと思います」

 視線だけで意図を察してくれた侍女が頷いてくれた。
 今度こそ玄関に向かう。

 でも、私が辿り着いた時には既にお父様の姿があった。

「お父様、お帰りなさい」
「ただいま、ソフィア。何かあったのか?」
「これをケヴィン様に頼まれましたの」

 そう口にしながら封筒を手渡すと、お父様は執事からペーパーナイフを受け取って封を開けた。

「面会か。昨日ソフィアが言ってた通り、彼が浮気しているのなら話の内容は想像がつくが……」
「婚約を無かったことにする覚悟は出来ています」
「ああ、分かっている。心残りは無いか?」
「ないと言えば嘘になります。でも、こうするしか道はないので……。覚悟なら出来ていますわ」

 お父様の方を真っすぐ見て、私の意思を伝えた。
 婚約破棄したくなくても向こうは侯爵家だから、従うしかないのだけれど。

 普段は表情が読めないお父様だけれど、少しだけ悲しそうに、そして悔しそうにしていた。

「そうか……。そういうことなら、すぐに面会を受け入れることにしよう。他に話はあるか?」
「いえ、これだけです」


 軽く頭を下げて、この場を去る私。
 気になって振り返ってみると、お父様は頭を抱えていた。

 もう夕食に向かわないといけないのだけれど、この時間になっても私の気持ちが晴れることはなかった。


「あっ、お嬢様! 夕食のお時間です!」
「分かっているわ」
「早くしないと冷めてしまいます!」

 私を探していたのか、息を切らしながら駆け寄ってくる侍女。
 彼女に急かされるようにして食堂に入ると、お母様とお兄様がいつもと変わらない様子で出迎えてくれた。

「旦那様、早くしてください。全員揃ってますよ!」
「今はそういう気分ではないんだが……」
「腹が減ってはなんとやら、とりあえず食べるが先です!」

 執事に押されて入室するお父様。
 一応、コノヒトすごく強いのだけれど……お母様と執事には弱いのよね。

 それから、みんなで明るい話をしたりしたからか、お皿の上が空になる頃には気分が楽になっていた。

「ソフィア、これいる?」
「お兄様……私を太らせるつもりなの……?」

 オレンジ色のフルーツが嫌いなお兄様にデザートを押し付けられそうになったけど、しっかりお断りしました。

「ソフィアは細すぎるんだよ……もう少し食べろ」

 おだてられても乗せられませんよ? 一度の油断が命取りなのよ。 
 とりあえず……。

「お兄様がオレンジ食べたくないだけですよね?」
「っ……!? ソフィアが落ち込んでたから励まそうと思ったんだよ」
「今の間は何よ?」

 図星だったみたいね。
 好き嫌い、早く直してください!

 ちなみに、お兄様との会話で敬語を使わないのは「敬語だと他人みたいだからやめて」と言われてるからです。
 普段は敬語にしないようにしているけれど、怒ると忘れてしまうみたいです……。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。

有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。 けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。 ​絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。 「君は決して平凡なんかじゃない」 誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。 ​政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。 玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。 「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」 ――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結】傲慢にも程がある~淑女は愛と誇りを賭けて勘違い夫に復讐する~

Ao
恋愛
由緒ある伯爵家の令嬢エレノアは、愛する夫アルベールと結婚して三年。幸せな日々を送る彼女だったが、ある日、夫に長年の愛人セシルがいることを知ってしまう。 さらに、アルベールは自身が伯爵位を継いだことで傲慢になり、愛人を邸宅に迎え入れ、エレノアの部屋を与える暴挙に出る。 挙句の果てに、エレノアには「お飾り」として伯爵家の実務をこなさせ、愛人のセシルを実質の伯爵夫人として扱おうとする始末。 深い悲しみと激しい屈辱に震えるエレノアだが、淑女としての誇りが彼女を立ち上がらせる。 彼女は社交界での人脈と、持ち前の知略を駆使し、アルベールとセシルを追い詰める貴族らしい復讐を誓うのであった。

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

幸運を織る令嬢は、もうあなたを愛さない

法華
恋愛
 婚約者の侯爵子息に「灰色の人形」と蔑まれ、趣味の刺繍まで笑いものにされる伯爵令嬢エリアーナ。しかし、彼女が織りなす古代の紋様には、やがて社交界、ひいては王家さえも魅了するほどの価値が秘められていた。  ある日、自らの才能を見出してくれた支援者たちと共に、エリアーナは虐げられた過去に決別を告げる。 これは、一人の気弱な令嬢が自らの手で運命を切り開き、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転の物語。彼女が「幸運を織る令嬢」として輝く時、彼女を見下した者たちは、自らの愚かさに打ちひしがれることになる。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

処理中です...