異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第111話 異世界からの来訪者

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 ひとまずは最下層でのラスボス討伐を終えた聡史だが、まったく予想外の異世界からの客人たちをどのように取り扱ってよいのやらまったく見当がつかない状況。一介の魔法学院生に過ぎない自分にこのような判断は重すぎると考えた彼は、どうやら丸投げを決め込んだ模様。

 転移魔法陣で1階層まで一気に戻ってから攻略メンバーと異世界からの客人を一旦ミーティングルームに収容してから学院長に連絡を入れる。


「もしもし、楢崎です」

「早かったな、攻略を終えたのか?」

「はい、筑波ダンジョンのラスボスは倒してきました」

「そうか、ご苦労だった。何か発見はあったか?」

「えーと… なんと申しましょうか、発見というよりも証人が現れました」

「証人だと? どういうことだ?」

「最下層で異世界から転移した人物を救助しました。彼らの扱いをどうするか、学院長に相談しようと思いまして…」

 聡史の衝撃の告白に、さすがの学院長もしばし通話の向こう側で考え込む様子。その後に答えが返ってくる。


「さすがに私の一存では決められない案件だな。各所と連絡を取るから、それまではその場で人目につかないように保護してもらえるか」

「了解しました。ダンジョン管理事務所で事情を聴きながら学院長の指示を待ちます」

「なるべく早めに連絡を入れる。待っていてくれ」

「了解しました」

 こうして聡史が通話を切ってミーティングルームに戻ると、桜と明日香ちゃんの姿が消えている。また面倒事から逃げ出したのかという疑いを抱きつつ美鈴に尋ねる。


「桜と明日香ちゃんはどこに行ったんだ?」

「管理事務所の食堂に全員分の食事を用意してもらおうと思って、今二人が注文しにいっているわ」

 どうやら面倒事から逃げ出したのではなかったよう。確かに昼もやや過ぎているので、聡史やマギーたちは空腹を感じる頃合いなのは間違いない。まして激戦を重ねて最下層に辿り着いた異世界からの来訪者は、疲労と空腹でプレートメイルのマリウス以外は椅子に座ったまま眠り込んでいる。

 マリウスの前には自販機で購入した缶コーヒーが置かれており、彼は初めて味わう甘さと苦みが混ざった飲み物に不思議そうな表情を浮かべている。


「マリウスさん、少しは落ち着きましたか?」

「落ち着くだって? これほどまでに豪華な場所に連れてこられて落ち着けると思うかい? こんなきれいな部屋や椅子とテーブル、そして味わい深いこの不思議な飲み物、この建物は王宮なのかな?」

「いや、ここは言ってみれば冒険者ギルドの事務所ですよ。この世界ではごくありふれた建物といっていいでしょうね」

「ギルドだって! 一体何がどうなっているんだ?! この世界は全てが王宮のような美しい建物なのかい?」

 これがカルチャーギャップというものであろう。マリウスの世界の冒険者ギルドは石造りの中世的な造りであって、その内部は日本の近代建築とは程遠い古めかしい内装が当たり前。雑多な種族の冒険者がクエストを求めて集う猥雑な環境こそが、マリウスが知っているギルドのあるべき姿といえよう。社会的、もしくは文化的に地球の中世レベルの世界からやってきた人間からすれば、管理事務所の建物は超未来的な建築物と映っているのであろう。


「この世界はマリウスの世界よりも何百年分も技術が進んだ社会なんです。その分魔法に頼らずに生活ができる仕組みが出来上がっています。その件は追々に説明するとして、マリウスたちは何の目的でダンジョンに入っていたんですか?」

「我々人族の国家はマハティール王国という。我が王国は長い歴史に渡って魔族と血みどろの戦争を繰り広げてきたんだ。長年勝敗はつかずに、いたずらに犠牲者だけが増えていく泥沼の戦いだったよ」

「その戦いは、どのくらいの期間続いているんですか?」

「記録がある限り5百年は続いているだろう。最大の敵である魔王は、この間ずっと敵の国家に君臨し続けている。その魔王を倒さない限り、我らは常に魔族の侵攻に怯えて暮らす生活が続くんだ」

 魔族の寿命は長い。エルフなどと並んで数百年~千年近くは生きるといわれている。マリウスが属するマハティール王国は絶え間ない魔族による侵略に曝されてきたのであろう。


「魔族の国は何と呼ばれているんですか?」

「ナズディア王国と彼らは主張している」

 この証言によって聡史の脳内で話が繋がる。以前捕らえた魔族は自らの国家をナズディア王国と白状していた。つまり、この世界への侵攻を企む魔族の国家とマリウスたちが戦っている魔族の国家は同一ということになる。


「そのナズディア王国の先兵はつい先日十万以上の魔物を従えてダンジョンからこの国にも侵攻してきましたよ」

「なんだって! それは痛ましい話だ。多くの犠牲が出たのだろう」

「いいえ、犠牲はひとりも出ていません。俺たちが撃退しました」

「まさか! 人間の手で魔族をそんな簡単に撃退できるのか? とんでもない数の魔物も一緒にいたのだろう」

「確かにドラゴンも出現しました。けっして軽く片付けたとは言えませんが、こちらの犠牲者は出さずに全滅に追い込めました。魔物を操っていた魔族を捕えたから、今頃は色々聞きだし終えている頃だと思います」

「魔族まで捕らえたのか! この国はどんな凄い戦士が… ああ、目の前にいるか」

 マリウスは、つい先程目の前でダンジョンのラスボスを聡史が一撃で倒した場面を思い出したよう。あれほどの強力な戦士がひとりでもいたら魔族といえども撃退は可能だと納得した表情。

 ちょうどその時、事務所の食堂に出向いていた桜と明日香ちゃんが戻ってくる。


「お兄様、皆さん、お腹が空いたでしょうからお昼にしましょう。筑波名物シャモ定食を用意してもらいました」

「美味しそうですよ~。いい香りが食欲をそそります」

 桜がアイテムボックスから次々にトレーに乗った定食を取り出すと、明日香ちゃんが各自に手渡していく。普段働かない明日香ちゃんだが、食べ物が目の前にあるとせっせと動いている。どうせデザートもしっかりと購入しているんだろう。

 ミーティングルームのテーブルには地鶏を甘辛くソテーした熱々の料理に味噌汁、漬物、小鉢が並んだ食事が湯気を立てている。マリウスたちは見たこともない料理に目を丸くするのはいうまでもない。


「眠っている皆さんも起こしてあげてください。ご飯を食べると元気が出てきます」

 これはもちろん桜の持論にすぎない。どんなに疲れていてもお腹いっぱい食べれば元気になると頭から信じている。

 マリウスが仲間の肩を揺すって次々に目を覚ましにかかる。薄っすらと目を開けた彼らは、目の前にある魅惑的な香りを放つ珍しい料理に誰もが目を見張っている。


「なんて美しい皿なんだ! 王族や貴族でさえもこのような美しい装飾が入った皿を用いてないぞ」

「この皿1枚でも、王国に持ち帰ったら莫大な財産だな」

 市販品のごく普通の皿に彼らは目を丸くしている。それほどまでに技術力に差があるという見本だろう。


「この香りは、もう我慢できません!」

「調味料をふんだんに用いた食事なんて、王国ではこれ以上ない贅沢ですね」

 女性二人は料理が放つ香りに圧倒されている。ごくごく一般的な管理事務所の食堂で提供される定食に過ぎないのだが、戦乱で調味料すら不足する生活にあっては、しっかりとした味がついているだけで豪華な食事に該当するのであろう。そして食事に口をつけると…


「もうダメ! こんな美味しい料理がこの世に存在するなんて…」

「異国の料理を初めて口にしましたが、これほどまでに素晴らしいとは…」

 女性二人はシャモ定食に完全にノックアウトされている。だがそれよりも凄いのは男性三人組。彼らはなにかに取り憑かれたように声も出さずに料理を掻き込んでいる。シャモ定食の魔力に魅入られて、何もかも忘れて一心不乱に食べている。

 すっかりトレーに乗っている料理を平らげた異世界からの客人は、揃って名残惜しそうに空になった皿を眺めている。元々冒険者というのは大食漢が多い。それは男女を問わずにどこの世界でも体力勝負の稼業だから。

 だが食事に関して絶対に妥協しない桜がその点を見逃すはずがない。次の品をアイテムボックスから取り出している。


「こちらが常陸牛を使用したハンバーガーです。それから女性の皆さんにはパフェを用意しました」

 紙に包んであるハンバーガーを手渡す桜。その包みを広げて、肉が挟んであるパンを食べた彼らの反応は…


「何という旨さだぁぁぁ! こんな食べ物があったのかぁぁ!」

「こんな美味いパンなら、何個でもいけるぜぇぇ!」

「俺たちが知っているパンとは根本的に違っている。この世界の食べ物はどれもこれも素晴らしすぎるぞ!」

 男性諸氏は、すっかり常陸牛ハンバーガーの虜になっている。そしてパフェを口にした女性二人は…


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 無言で顔を見合わせたかと思ったら、魂を引き込まれたかの勢いでパフェを食べている。もはや言葉は無用なくらい、彼女たちはパフェに夢中な様子。さらに男性陣がまだ物足りなさそうにしているので、桜は彼らを引き連れてカウンターで食べたいものを購入させようと連れ出していく。ちなみにその間に明日香ちゃんもちゃっかりパフェを堪能中。


 とまあ、こんな感じで人生がひっくり返るような昼食を終えた異世界からの客人は、ようやく満腹になって多少落ち着きを取り戻す。今回の食事に関してはすべて桜のおごりだったので、各自が料理を誉めつつ桜に礼を述べている。


「いいんですよ。ダンジョン完全攻略で有り余るお金が入ってきますからお礼には及びません」

 さすがは桜、実に太っ腹なところを見せている。まだ大山ダンジョンのドロップアイテムの清算も終わっていないうちにこうして筑波ダンジョンまで攻略したのだから、下手をすると億単位の金額が手に入っても不思議ではない。


 そして改めて自己紹介が始まる。先に聡史たち、続いてマギーたちが紹介を終える。その後は異世界から来た皆さんの順番となる。


「改めて自己紹介をしよう。僕はマリウス、22歳だ。あまり公言したくないが勇者と呼ばれている。ダンジョンを攻略すれば魔族を倒す手掛かりが得られるという神託が下されて、ここにいるメンバーとともに最下層まで辿り着いた。でもラスボスとの戦いで自分たちの実力不足を痛感させられたよ」

 マリウスは異世界の勇者らしい。それにしては偉そうに振る舞ったり奢っている言動が見当たらない。なかなか謙虚で誠実な性格のように見受けられる。


「なるほど、そんな事情があって危険を顧みずにダンジョンに挑んだんですか。ところでマリウスさんは貴族ですか?」

 聡史の質問にマリウスは首を振る。


「いや、ディーナとメルドス以外は平民の出身だよ。王国の騎士や貴族の兵はとうに戦場に散って、庶民出身で活躍する冒険者が魔族と対峙しなければならないほど我が国は追い詰められているんだ」

「そうですか、戦況はマハティール王国側からすれば悪化しているんですね」

「その通りだよ。もっと僕たちに力があれば、多くの民を救えるんだが…」

 マリウスが唇を噛み締めている。その無念な胸中は察するに余りある。続いて…


「俺はアルメイダだ。槍聖の職業を持っている。先祖代々立派な農民だ」

「俺はメルドス、剣聖と呼ばれている。名ばかりの騎士の家柄の三男だから、実質的には庶民と何ら変わりはない」

 男性二人は、それなりにポテンシャルの高い職業を持っている。そうでなくては勇者のお供など務まらないであろう。そして女性陣へと話題が移る。


「私はロージー、魔法職だけど回復が専門です。実家は辺境の街で宿屋を営んでいます」

 いわゆる白魔法師という存在だろうか。彼女がパーティーには欠かせない回復役を務めているそうだが、このダンジョンでのラスボスとの戦いでは魔力が尽きて倒れてしまったらしい。そして最後に…


「命を救っていただいた皆様に改めてお礼申し上げます。紹介が遅くなりましたが、私はオンディーヌ=ド=ミカエラ=マハティール、マハティール王国の第二王女です」

 本物のお姫様がご登場と相成る。どおりでマリウスが彼女を紹介する際に口籠ったわけだ。王族の身分など軽々しく明かせないという事情があったのであろう。異なる世界とはいえ、王族には敬意を払わなければならない。ディーナ王女はその点を考慮して、あえて聡史たちに身分を明かさなかったのだろうと考えられる。


「王女様でしたか。大変失礼しました、これまでのご無礼をお許しください」

 聡史が詫びの文言を口にしている。だが逆にディーナのほうが聡史の態度に慌てて両手を体の前で振っている。


「どうか頭を上げてください。恩人に対して私が頭を下げるべきです」

 そう言って彼女は深々と頭を下げる。どうやら王族だからといって、庶民を下に見るというような悪しき習慣は彼女には無縁のよう。


「我が国は現在、真の存亡の危機にあります。貴族だとか平民だとか、そのような愚かな身分の違いを乗り越えて協力しないとあっという間に滅びの淵を迎えるのです。ですから私も、勇者であるマリウス様に協力してダンジョンに向かったのです」

 想像以上にマハティール王国は追い込まれている実情がディーナ王女の口から明かされる。国が滅びようかとしている事態に身分の違いなどを声高に叫んでも何ら解決をもたらさない。この事実を身につまされて彼女は感じているのだろう。王族とはいえ中々苦労している様子が伝わってくる。

 だが逆を返せば、これまで彼女が経験した苦労が身分差に囚われない気高い心根と思い遣りに溢れるその性格を形成してきたのではないだろうか。

 これに対して、聡史がこちら側の事情を説明し始める。


「どうやら聞いた限りでは、マハティール王国は相当追い込まれているように感じます。王女殿下をはじめとして皆さんは一刻も早く国に戻りたいでしょうが、実は戻るルートが現状ではわかっていません。この国にある12か所のダンジョンのうちのいずれかから国元に戻れると思いますが、攻略はこれから取り掛からなければならないんです」

「そんな…」

 ディーナをはじめとする勇者パーティーのメンバーの顔が一瞬で曇る。すぐに自分たちの世界の戻れない… これがどのような意味かは、彼ら自身が一番よくわかっているはず。


「ですが安心してください。現在自分たちが本格的に攻略に乗り出しています。遅くとも2か月以内にはすべてのダンジョンを攻略するつもりです。それまではマハティール王国がなんとか持ち堪えてくれることを祈りましょう」

「はい、わかりました。皆様の肩に我が国の命運が懸かっていると申し上げても過言ではありません。どうかよろしくお願いいたします」

 2か月以内という期限を聡史が胸を張って保証するダンジョンの攻略に一縷の望みを託して、再び深く頭を下げるディーナ王女であった。


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