異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第119話 砦の殲滅戦 前編

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 砦の中にいる魔族部隊の幹部たちは人族の捕縛に向かった小隊のことなどすでに忘れているよう。これまでの彼らにとっては数人の人族を捕らえるなど造作もない仕事であったので、すぐに終わるものと油断し切っていたのも無理からぬ話。

 だが彼らの元に砦の周囲を監視する見張り兵のひとりが飛び込んでくる。城壁の上から捕縛に向かった小隊が聡史によってあっという間に全滅するという信じられない光景を目撃して、慌てて駆け込んできた模様。


「ご報告いたします」

「騒々しいぞ、一体何事だ?」

「はっ、人族の捕縛に向かった小隊があっという間に全滅して、小隊長は捕らえられました」

「なんだと! 相手は高々人族であろうがぁぁぁ! なぜ捕縛に向かわせた小隊が全滅するのだ。そんな馬鹿げた事態が有り得るかぁぁぁ!」

 部隊長は見張りの兵士を怒鳴りつけるが、彼が怒鳴り散らしたところで現在起きている問題が解決するはずもない。隣にいる副隊長が今一度見張り兵から正確な事情を聴取する。どうやらこの副隊長のほうが冷静に状況を分析する能力が備わっているよう。

 そして部隊長に向かって襟を正して緊迫した表情で意見を具申。


「隊長、これは容易ならざる相手が出てきたと考えて間違いありませんぞ。噂に聞く勇者なる者がこの砦を取り戻しに出張ってきたやもしれませぬ」

「勇者だと… うーむ、我らが小隊をあっさりと全滅に追い込むなど、並みの人族では成し得ないはずだ。そなたがいう通り、勇者がこの地に現れたという可能性も考慮に入れるべきであろうな」

 聡史たちの存在を知る由もない魔族たちは、自らの前に立ちはだかる人族を勇者ではないかと疑っているよう。現にマハティール王国には勇者マリウスの名前は轟いており、魔族としても捕虜などからその名前を耳にはしている。とはいってもこの時点で魔族側は勇者の能力や年恰好についての正確な情報を掴んでいるわけではない。

 このような不確かな情報しか持ち得ない魔族たちにとっては、ダンジョンの最下層からこの世界に転移してきた地球の人間が現れるなどという話を信じろというほうが無理であろう。彼らの頭で理解するには話のスケールがあまりに大きすぎて、かつ荒唐無稽すぎて誰もがそのような可能性に考えが及んでいない。

 結局話の流れで、やはり勇者がこの場に現れたという考えがこの場で優位を占めるようになってくる。


「隊長、ここだけの話ですが、マルキース公爵の城が倒壊した件も勇者の仕業だと囁かれております」

「そうか… 公爵閣下でも敵わぬ相手となると、こちらも慎重に対処しなければならないな。こうなってはいた仕方ない。伯爵閣下にもお知らせせねばなるまい」

「承知しました。閣下のお耳にも勇者の件をお届けいたします」

 こうして砦の内部では、マハティール王国侵攻軍の指揮を執るマンスール伯爵を交えての対策会議が始まる。


 マンスール伯爵が上座に座る軍議の席上では、部隊長をはじめとした軍の幹部が顔を揃えている。今回起きた異常事態に関して部隊長から説明がもたらされると、マンスール伯爵は不愉快そうな表情を浮かべる。


「高々人族の数名を捕らえるのに、捕縛に向かった連中は何をしておるのだ?」

「そ、それが… 思うに任せない事態が発生いたしました」

 マンスール伯爵の追及に額に冷や汗を浮かべてしどろもどろに言い訳を始める部隊長。明らかに何かを隠しているその態度にマンスール伯爵はさらに苛立ちを強める。


「20名もの部隊を送ったのだ。人族ごときはあっという間に捕らえてくるはずだ」

「伯爵閣下、お怒りを承知で申し上げますが、相手はどうやら噂に聞く勇者のようでございます」

「勇者だと? そのような者は所詮は伝説にすぎぬ! 貴様らには誇りある魔族の兵という自覚があるのか?」

 マンスール伯爵は、部隊長からの報告を一切認めようとしない。それどころかこの不始末に怒りを露わにする表情を浮かべ始める。

 勇者と疑われる存在がこの場に現れた緊急事態に際して、マンスール伯爵は見ないフリをしているといえる。自らに都合の悪い出来事は見えない聞こえないで通そうとする二流の指揮官のように映る。実際に彼の魔族軍内の評価としては、猪突猛進の蛮将と見做される場合が多い。


 軍議の行方がどうも穏やかな方向で済みそうにない雰囲気のこの場に、新たな報告をもたそうと連絡役の兵士が駆け込んでくる。


「伯爵閣下にご報告申し上げます。人族を捕らえに出向きました小隊長が戻ってまいりました」

「よろしい、すぐにこの席に通せ」

「はっ、ただいま」

 勇者の存在が疑われている現状に一部始終を知っているはずの小隊長が戻ってきたというのは、部隊長以下にとっては朗報ともいえる。伯爵に対して勇者の存在を証明する証言が得られると、彼らなりに考えているよう。

 そして、軍議の場に小隊長が身を縮めながら入ってくる。


「お前が率いる小隊がどうなったのか、伯爵様の御前で報告せよ」

「た、隊長殿… 相手は誠に恐ろしき者たちでありました。我が隊はたったひとりを相手に全滅を喫し、私は捕らえられましたが、なんとか隙を見て逃げ出しました」

「そなたまで捕らえられただと? 魔族としての恥を知れぇぇぇ!」

 伯爵は激高して大声で怒鳴り散らしている。これではせっかくの生き証人がもたらす貴重な情報を十分に生かすなどままならないであろう。ここで小隊長は僭越とは思いながらも伯爵の怒声は無視して、部隊長相手に彼の身に何が起こったのかについての事細かい状況を説明し始める。


「隊長殿、相手は強大な力を秘めた者たちであります」

「強大な力だと! やはり勇者なのか?」

「隊長殿、あの者たちはけっして勇者などではありません。むしろ悪魔です」

 勇者ではないという証言に部隊長はやや安堵した表情を浮かべるが、そのあとに続く「むしろ悪魔」という発言の意味が理解し切れずに、訝しげな表情に変っている。そんな部隊長の表情の変化などお構いなしに、なおも小隊長は話を続ける。


「それから人族の者から指揮官に伝えろと言われたことがあります。彼らは1時間後にこの砦に攻め掛かるそうであります」

「高々数人でこの大軍が待ち構える砦に攻め寄せるというのか? バカも休み休み言え!」

「隊長、伯爵閣下、どうか信じてください。あの者たちは真の悪魔です。準備を万端に整えねば、砦の我が軍勢は恐ろしい目に遭いまする」

 小隊長があまりに鬼気迫る表情で証言するので、伯爵もやや真剣味を帯びた表情へと変わる。それだけでなくて、人族のほうからわざわざ押し掛けてくるのであれば、このまま待っていればよいという考えに切り替わっている。


「よいであろう。そのような無法者がわざわざやってくるのであれば、こちらも用意を整えて待っているとしよう。見張りの兵からは何か報告がないか確認しろ。各隊はすぐに戦の用意を整えるのだ」

 慌ただしく動き出す幹部たち。彼らは配下の兵を集めて戦いの準備に入る。

 砦を囲む石造りの城壁の上では普段の3倍の兵士が弓を構えて接近を図ろうとする者を見逃すまいと目を凝らす。

 広場には武装を整えた兵士たちが剣や槍を手にして気勢を上げる。魔法使いたちは魔法具を身に着けて己の魔法によって敵を滅ぼそうと、虎視眈々と待ち受ける。


 そのような場に、城壁に登っている兵士から大声が飛ぶ。


「こちらに向かってくる人族がいるぞぉぉぉ! 人影は2名、ゆっくりと歩きながら砦に近寄ってくる」

 その声を聞き届けた部隊長は壁に配置されている弓兵隊に指示を飛ばす。


「弓の射程に入ったら、逃げ場がないくらいに矢を飛ばせ! 生意気な人族を射殺した者には伯爵閣下から恩賞が出るぞ!」

「「「「「「「ウオォォォォ!」」」」」」」

 壁の上からは、弓兵隊の大きな歓声が上がるのであった。




    ◇◇◇◇◇




 魔族たちには気取られずに大空に飛び立った美鈴は、漆黒の翼を羽ばたかせて上空から砦の内部を観察している。


「遅まきながら戦いの準備を始めたようね。でもその程度の構えで桜ちゃんの猛攻を防ぎ止めるのが果たして可能かしら? 疑問の余地が多々ありそうね」

 美鈴の眼には城壁の上で弓を構える200人以上の兵士の姿が映っている。それだけでなくて、砦の内部で剣を空に掲げて気勢を上げる部隊の様子や、ローブを身にまとう魔法使いの姿までルシファーの目を通してはっきりと確認できる。


「せっかくの獲物だけど、横取りしたら桜ちゃんに怒られそうね。逃げ場を塞いでおくに留めておきましょう。結界構築」

 上空から放たれた美鈴の術式によって、砦の周囲には何人も越えられない結界が構築されていく。これで魔族たちは袋のネズミに相違ない。これから襲い掛かる過酷な運命を受け入れるしか、彼らに残された道はもはやないように思われるのであった。




  ◇◇◇◇◇




 砦に向かってゆっくりと歩いている兄妹。周囲を見渡してみると砦に近づくにつれて両側から山肌が迫ってくる地形で、狭くなった谷間の部分を塞ぐように砦が設けられている。

 年代を経た古びたレンガが敷き詰められた街道を一歩ずつ進む兄妹の眼には、次第に砦の姿が鮮明に映ってくる。すでにこの場所は美鈴が構築した結界の内部に相当する。


「お兄様、どうやら城壁の上からこちらを狙う弓兵が多数待ち構えているようですね」

「こうじゃないと、桜は面白くないんだろう。お待ちかねのシチュエーションだから思いっきり暴れていいぞ。ただし、なるべく砦は破壊しないでもらいたい」

「承知いたしました。それではお先に行ってまいります」

 桜の口調は、まるでこれから風呂にでも入ってくるかのような至極平常運転な様子。この娘にとっては戦いのさ中こそがあるべき日常だといえよう。その日常の中に自ら飛び込んでいくのが、桜にとっては最も生きている実感を得られるシチュエーションだろう。本当に頭の天辺から爪先まで、余すところなく戦闘狂の血が荒れ狂う勢いで流れている。

 兄に一声掛けると、桜の足は大地を蹴る。その勢いのままに急加速すると、瞬く間に砦が接近してくる。城壁の上に立つ弓兵からは土埃が舞い立つ様子だけ視認可能なものの、桜の姿を直接目視はできない。そもそも新幹線並みの速度でダッシュする相手に、どうやって弓で狙いをつけるのかその方法を知りたいくらいであろう。


「さあ、精々歓迎してくださいませ!」

 猛烈な速度をまったく緩めぬまま砦の手前30メートルまで接近した地点でひと際強く桜の足が大地を蹴り付けるとその小柄な体は宙に舞い上がり、一気に城壁に飛び上がって華麗な着地を決める。


「えっ?!」

 突如現れた桜を間近で目撃した魔族の弓兵は、何が起きたのか理解できないままにわずかに驚きの声を上げている。だが彼が生存して行動できたのはここまで。


「まずは一人目ぇぇ!」

 桜の右ストレートがその驚愕に固まっている弓兵に向かって繰り出されていく。

 ガシッ!

「ウガァァァ!」

 わずかその一撃だけで、最初に桜と遭遇した弓兵は城壁から吹き飛ばされて20メートル下にある地面に叩きつけられていく。叫び声を上げた直後にその体のあちこちから血を噴き出して地に落ちる前にすでに絶命していた模様。


「これから皆さんは仲良く順番に地面に落ちてもらいますわ」

 不敵な表情で宣告すると、桜が一気に動き出す。目にも留まらぬ足捌きで城壁の上を走りながら、弓兵に接近してはパンチを叩きこんで城壁から叩き落としていく。その様子は砦に戻ってきた小隊長が「真の悪魔」と評したそのままといってもいいだろう。


「アギャァァァ!」

「た、助けてぇぇぇ!」

 弓兵たちは断末魔の声を上げて地面に次々に叩き付けられていく。その移動速度があまりに速すぎて、弓兵たちが壁の上に災厄をもたらしている存在の姿を目撃するのは死の直前だという有様。

 ただし、確実に自分が立っている場所に迫ってくる暴力の嵐を待っているのは、弓兵たちの精神では不可能。「このままこの場にいたら間違いなくヤラれる」という心の奥底から湧き上がる生存本能に任せるがままに、無秩序な行動を開始し始める。

 その結果城壁の上がいかような状況になったかといえば、何とか迫りくる未知なる魔の手から逃れようとして、必死になって壁の上から砦の内部に降りようと兵士たちは階段に殺到する形となる。

 これまでは弓兵が等間隔で城壁の上に立ち並んでいたモノだから、桜は順番に片付けていくという作戦だったが、一か所に固まってくれるのならば違う方法が選択できる。


「まとめて葬りますわ。大極波ぁぁ!」

 ドッパーーン!

 大音響を轟かせて階段の周辺が爆発をする。難を逃れようとして階段に殺到していた魔族が20名ほどまとめて吹き飛ばされており、体のパーツがバラバラになって地面に落ちていく。

 弓兵は益々パニックに陥ってひたすら逃げ惑うが、背後から襲い掛かる桜の餌食となってわずか数分で城壁の上から駆逐されていく。


「それでは下に降りましょうか」

 のんびりとした口調ではあるが、この時点で桜は魔族の弓兵100名以上を殺害している。殺意すらなきままに敵を蹂躙するその姿は、神が遣わした裁きの鉄槌その物であるかのよう。




 この様子を上空から眺めている美鈴はというと…


「まあ、桜ちゃんったら、あんなにはしゃいじゃって」

 桜が暴れている光景を楽しげに眺めている。桜がちょっとはしゃいだ結果によって魔族が100人以上命を落としているという事実は、ルシファーを宿す美鈴には一向に気にならないらしい。ルシファーが目覚めてしまった美鈴の精神も桜に負けず劣らず恐ろしいというべきかもしれない。




  ◇◇◇◇◇




 先に砦に向かった桜を見送った聡史は依然としてゆっくりとした足取りで街道を進んでいる。


「そろそろ桜が城壁の弓兵を片付ける頃合いだな」

 聡史の眼には壁の上を逃げ惑う弓兵の姿が映っている。桜を前にしてしまったら、味方が何百何千といようが単に狩られるだけの存在にすぎない。相手が魔物であろうと魔族であろうと桜は一切斟酌しない。敵と認識されたら、その場で全てが終わるのといっても過言ではない。


「それでは俺も参加しようとするか」

 聡史が大地を蹴って駆け出していく。目の前にある砦に向かって一直線に向かう。ひとりで暴れている妹に続いて、いよいよ兄がこれから砦に乗り込んでいくのであった。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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