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第123話 閑話 桜と明日香ちゃんの松山道中記
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魔族の伯爵マンスール改め、美鈴の配下となった魔公爵レイフェンを連れたデビル&エンジェルは、ワゴン車に乗って松山駐屯地へと入っていく。
「大魔王様、この地はもしやヴァルハラの兵が集う場所ですかな」
「その通り、1名で数百人を相手できる屈強なる兵が多数おるゆえに、迂闊に戦いなど挑むでないぞ」
「も、もちろんでございまする。ところであちらに並ぶ鉄製の箱は何でございましょうか?」
「あれなるは戦車だ。火を吹く魔道兵器であるな。2、3両でそなたらの国の街であったら簡単に攻め滅ぼすぞ」
「さすがはヴァルハラであります。さては地上に天罰を下す神々からもたらされた武器でございますな」
色々と勘違いしているレイフェンだが、口にしている言葉の意味は概ね合っている。異世界の武器と比較すれば、そこに並ぶ戦車一つとっても天罰級の破壊をもたらすであろう。
「くれぐれも魔族の管理をよろしくお願いいたします」
たまたま宇都宮駐屯地には捕虜管理施設があったのだが、ここ松山にはそのような施設はまだ準備されていない。聡史たちの案内を務める駐屯地の副司令は、レイフェンが心から美鈴に心服しているのか疑問を持っているような表情を浮かべている。
「どうか安心してください。すでに魔王の配下としての名を捨て去って、新たな生き方を選択していますから」
美鈴の説明に副司令はやや安堵した様子だが、周辺には小銃を手にする自衛隊員が小隊単位で居並ぶ様子を見ると、警戒を解くつもりはないと明白に宣言しているに等しいとしか言いようがない。
このように厳重に警戒はされているものの、聡史たちはひとまず用意された個室に通されて一晩ゆっくり過ごすのであった。
◇◇◇◇◇
翌日デビル&エンジェルが朝食をとっていると、聡史のスマホに着信が入る。
「もしもし、楢崎です」
「私だ」
着信の主は学院長。
「朝からどうしましたか?」
「魔族の扱いに関して、ダンジョン管理室の内部で意見が分かれて処遇が決まらない。明日私が松山に出向いて面通しをするから、それまでは駐屯地で待機してもらいたい」
「了解しました。駐屯地の方々に迷惑が掛からないように、なるべく外に出ないようにします」
この結果、デビル&エンジェルはもう1日松山駐屯地に滞在することになった。
その日の昼前…
トントントン!
聡史の部屋をノックする音が響く。
「お兄様、ちょっといいですか?」
「なんだ、桜か。入っていいぞ」
聡史が声を掛けると、室内に桜が入ってくる。そしてなぜかそのあとに続いてもうひとつの人影が… その影は明日香ちゃんに他ならない。
ジッとしていられない妹と違う意味で我慢がきかない明日香ちゃんという組合わせが何かを企む表情でやってくるものだから、聡史の表情に緊張の色が浮かぶのも已む無し。
「お兄様、今日一日暇になりましたから、私と明日香ちゃんで松山市内を観光しようと思いまして。よろしいですよね」
「お兄さん、八校戦では食べ歩きができなかったので、是非とも松山名物が食べたいんですよ~」
桜と明日香ちゃんがおねだりモードで聡史に迫っている。元々この二人はレイフェンとは特に大きな関わりは持ってない。むしろ2回も死に至らしめられた記憶が蘇ってレイフェンが挙動不審に陥るから、桜をある程度遠ざけておくほうがいいかもしれないと聡史も考えている。
さらに変にトラブルを起こされるよりも、気ままに観光してもらって機嫌よく過ごした方が駐屯地に迷惑が掛からないだろうという考えが働くのも聡史としては致し方なし。
「いいだろう。駐屯地の副司令官に許可を得てから外に出るんだぞ」
「さすがはお兄様ですわ! 話が分かります」
「桜ちゃん、やりました! これで念願の食べ歩きが実現しますよ~」
二人は満面の笑みを浮かべて、駐屯地の司令部へそそくさと向かうのであった。
◇◇◇◇◇
副司令から許可を得た桜と明日香ちゃんは、送迎用のワゴン車に乗って松山駅にほど近い場所で駐車場に降り立つ。
「桜ちゃん、おススメの名物デザートってどんな感じなんですか?」
「明日香ちゃん、それは見てのお楽しみですわ」
「なんだかとっても期待が膨らんできましたよ~」
明日香ちゃんがこれだけ盛り上がっているのは、桜がスマホで見つけたご当地グルメの有名店にこれから向かうためというのが主な理由。というか、それ以外にはない。断じてない!(キリッ)
それはともかくとして、桜によるとその店には全国的に名を轟かす驚異のご当地デザートが置いてあるらしい。
二人はさっそくナビを見ながらその店に向かって歩いていく。目的の店は降り立った駐車場から歩いて2分の場所で、ビルの1階にあるシャレた造りの店構えが本日の二人のお目当てとなっている。
「桜ちゃん、なんだか可愛い感じのお店ですよ~」
「いい感じですね。美味しそうな気配がひしひしと伝わってきますわ」
「あれ? ご当地名物のデザートの有名店のはずですよね。でもお店の看板はトンカツ屋さんですよ?」
「そうですよ。このトンカツ屋さんが本日の目的のお店ですから」
「トンカツ屋さんのデザートなんて、本当に大丈夫なのかという気がしてきますよ~」
明日香ちゃんはやや不安な気持ちを抱えている様子だが、桜は一向に頓着せずに店に入っていこうとする。だがその前に…
「明日香ちゃん、私が手を引いていきますから、目を瞑ってください。そのほうがお目当てのデザートを見た時のインパクトがありますからね」
「インパクト? ひょっとしたらものすごく大きなデザートが出てくるとか? これはちょっと期待感が出てきましたよ~」
店の前にはメニューのサンプルが飾られており、それを明日香ちゃんが見てしまったらお楽しみが半減してしまう。だからこそ桜は、わざわざ目を瞑らせたのだろう。
そして、明日香ちゃんの手を引いたまま案内された席に向かっていく。
「ふぅ~、やっと席に座れましたよ~。桜ちゃん、早くお目当てのデザートを注文しましょう!」
「フフフ、明日香ちゃんはもう待ち切れないんですね。それでは店員さんに注文しますから、全部私にお任せしてもらいますよ」
明日香ちゃんの了解を得て、桜は店員さんに注文を伝える。明日香ちゃんが座っている後ろの壁にメニューがデカデカと張られているが、完全にブラインドに入っているため桜が何を注するのか全然わかっていない。
「幻のトンカツ定食と魅惑のヒレカツ定食、カツ盛り定食、ハニーマスタードカツセット、全部キャベツマシマシのご飯大盛りで! それから、このパフェを二つお願いします」
「はい、ありがとうございます」
店員さんは桜からの注文を受けると戻っていく。その姿を見送った明日香ちゃんは、桜に向かって身を乗り出す。
「桜ちゃん、なんだかパフェという声が聞こえてきましたよ~。このお店でパフェが味わえるんですか?」
「明日香ちゃん、全ては料理が届いてからのお楽しみですわ」
桜はイタズラっぽい笑みを浮かべたまま、明日香ちゃんを煙に巻いている。そして待つことしばし…
「お待たせしました。幻のトンカツ定食と魅惑のヒレカツ定食はどちらですか?」
「はい、私です。取り皿を2枚お願いします」
桜が定食を受け取ると、定食のお皿からトンカツ、キャベツ、ご飯を取り分けて、明日香ちゃんに手渡している。
「桜ちゃん、ありがとうございます。それよりも、なんで私の分のご飯を一人前頼まなかったんですか?」
「フフフ、それも含めてお楽しみですから」
謎の言葉を残して、桜はテーブルに並ぶトンカツ定食を食べ始める。ここまでの流れはごく当たり前のトンカツ屋の極々当たり前の光景と、明日香ちゃんの目に映っている。
桜の態度にやや疑問を感じながらも、明日香ちゃんは桜から分けてもらったトンカツとご飯を口にする。
「美味しいトンカツですね。でもこのくらいの量では、いくらなんでも私のお腹はいっぱいになりませんよ~」
「まあまあ、全てはデザートのためですから」
なおもイタズラっぽい笑みを浮かべつつ、桜は後から運ばれてきたカツ盛り定食とハニーマスタードカツセットまであっという間に完食する。その食欲は止まるところを知らない。あまりの食べっぷりに、周囲のお客さんをドン引きさせている。
そしてついに、ついに本日のメインとなる明日香ちゃん待望のデザートが運ばれてくる。
「お待たせしました。トンカツパフェです」
「はぁ~?」
明日香ちゃんの目が点になっている。目の前に置かれたのはスライスされたリンゴやキウイフルーツ、ミカンやチェリーなどが美しくあしらわれたフルーツパフェで、シャレたガラス製の器の一番下には抹茶アイスが置かれて、その上には生クリームがたっぷりとトッピングされている。
ここまでは、普通のパフェとしか呼べない。だが店員さんは確実に「トンカツパフェ」と言ったはず。そして、明日香ちゃんの目が点になっている。
その原因はパフェの最も外側にまるで花びらのごとくに6切れのトンカツが差し込まれていること。初見の人は大概そのあまりにも違和感ありすぎなフォルムにしばし声を失うケースが多々あるそう。
そして二人の前に置かれたのが、これぞ松山が誇るご当地グルメとして全国に知られる〔トンカツパフェ〕に他ならない。国民的な人気を誇る鉄道のスゴロク的なゲームにも実装されている、知る人ぞ知るという超有名なメニューとなっている。
明日香ちゃんは目の前に置かれたトンカツパフェをじっと見つめてから、桜に視線を向ける。さらにもう一度トンカツパフェに目を遣ってから、改めて桜に向き直る。
「桜ちゃん、パフェにトンカツが刺さっていますが…」
「それはトンカツパフェですから当たり前ですわ」
「いやいや、そういう問題じゃないですよ~。なんでパフェにトンカツなんですか! その理由が知りたいんですよ~」
「明日香ちゃん、世の中には意外な組み合わせがあるんですよ。まあ騙されたと思って食べてみてください。こんな感じでトンカツにフルーツやクリームを載せて、手で掴んで食べるのがおススメらしいですよ」
桜はカラッと揚げたあとに冷やされたパフェ用のトンカツに、スライスされたリンゴを載せてから生クリームをたっぷりつけて口に運ぶ。
「ややや! これは新たな世界がベールを脱ぎましたわ! 有り得ない組み合わせと思いがちですが、実に美味です。さあさあ、明日香ちゃんも食べてみてください!」
桜が本当に美味しそうな表情で食べているのを見て、明日香ちゃんも怖々とトンカツパフェに手を伸ばす。その表情は、まだまだ心から桜を信じていないよう。
そして意を決した明日香ちゃんは、トンカツにスライスリンゴと生クリームを載せて一口…
「( ,,`・ω・´) ンンン?」
最初の一口を相当躊躇ったはずの明日香ちゃんだったが、ペロリと手にした一切れを食べ終えている。そしてその表情はピカピカのピカリンコといった具合に光り輝いている。
「桜ちゃん、これは新たな発見ですよ~。まさかトンカツとパフェがこんなに相性がいいとは思いませんでした!」
明日香ちゃんの世界感が180度転換している。ソースがかかったトンカツとフルーツ、そしてクリームが奏でるハーモニーが絶妙な味わいをもたらしている。一見有り得ないこの組み合わせこそが、意外な美味しさを口内で醸成するポイントらしい。
「明日香ちゃん、私のおススメのご当地グルメはいかがですか?」
「桜ちゃん、これは満点ですよ~! トンカツがデザートになるなんて世界の歴史を変える大発明です」
「ネットでお取り寄せもできるみたいですよ」
「桜ちゃん、お言葉ですがネット通販などというものは、私のデザートに対する美学に反します! こうして実際にお店に足を運んでこそ、真の美味しさを味わえるんですよ~」
「今度取り寄せてみるつもりですが、明日香ちゃんは食べないんですね」
「もちろん食べます! 桜ちゃんは私の親友ですから一緒に食べましょう!」
発言がコロコロ変わる明日香ちゃん、とはいえ右手をグッと握り締めて熱くデザート論を語っている姿は情熱に溢れている。そして言いたいことを言った後は、もう夢中になってトンカツパフェを食べまくるのであった。
そして全てを食べ切った明日香ちゃんは、名残惜しそうにトンカツパフェが入っていたガラス製の器を見つめている。
「うう~… もう一杯行きたいところですが、お腹がいっぱいでもう入りません。本当に残念です」
「パフェとトンカツの組み合わせですからね~。カロリーの面では凄いことになりそうです」
定食を3人前以上完食した桜が言うべきセリフではないような気がするが、レベル600オーバーともなると消費するカロリーも半端ではないので、あっという間に本日の昼食も消化されてしまうのだろう。毎日大量の食事を食べても一向に太らないのが桜の体質的な特徴。これだけをとっても、並の人間には有り得ない話だろう。
「「ごちそうさまでした~」」
「ありがとうございました~」
お会計を済ませて店を出た二人は、腹ごなしに松山城を見学したり、商店街を眺めながら道後温泉までやってくる。
「桜ちゃん、美味しい昼ご飯の後は温泉が待っているなんで、完全に観光気分ですよ~」
「明日香ちゃん、タンジョン攻略のご褒美ですから、きっとこのくらいは許してもらえます」
もちろん二人は、歩いている途中に伊予柑ソフトクリームだとか、霧の森大福、揚げ鯛バーガーなどをチェックしている。温泉でお腹をへらしてからこれらの品々をとっくりと味わうつもりのよう。桜と明日香ちゃん二人掛かりのグルメレーダーは、美味しいご当地の名物を逃すはずはない。
こうして色々な店に顔を出して、午後から夕方にかけての二人の食べ歩き&温泉ツアーは幕を閉じる。満足げな二人は、昼前に降り立った駐車場で駐屯地から配車される迎えのワゴン車を待っている。
「桜ちゃん、色々と食べたおかげでもうお腹いっぱいですよ~。さすがに晩ご飯はパスしようかな~」
「私は普通にいただきますわ。明日香ちゃんは脇腹の贅肉と相談しながら食事をしてください」
「ムキィィィィ! せっかく忘れていたのに、桜ちゃんは何でそんな話を思い出させるんですかぁぁ!」
「明日香ちゃんが忘れないように絶えず戒めるのは、親友としての私の役割ですから」
食べ終わってからのお約束が炸裂している。明日香ちゃんは桜の一言で大ダメージを食らった模様。だがもうデザートを我慢しないと決心した明日香ちゃんには怖いものは存在しない。スカートのホックが怪しくなろうとも、これから先もデザートを食べまくる所存なのだろう。
「それにしてもいい街ですわ。機会があったらまたやってきたいものです」
「桜ちゃんが言う通りですよ~! いつかまたトンカツパフェを食べたいです」
こうして食べ歩きと温泉ですっかり松山の街に魅了された二人は、すっかり満足した表情で駐屯地に戻っていくのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! いいねボタンにつきましては連打してもらえると大喜びしますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆様の応援を心よりお待ちしております。
「大魔王様、この地はもしやヴァルハラの兵が集う場所ですかな」
「その通り、1名で数百人を相手できる屈強なる兵が多数おるゆえに、迂闊に戦いなど挑むでないぞ」
「も、もちろんでございまする。ところであちらに並ぶ鉄製の箱は何でございましょうか?」
「あれなるは戦車だ。火を吹く魔道兵器であるな。2、3両でそなたらの国の街であったら簡単に攻め滅ぼすぞ」
「さすがはヴァルハラであります。さては地上に天罰を下す神々からもたらされた武器でございますな」
色々と勘違いしているレイフェンだが、口にしている言葉の意味は概ね合っている。異世界の武器と比較すれば、そこに並ぶ戦車一つとっても天罰級の破壊をもたらすであろう。
「くれぐれも魔族の管理をよろしくお願いいたします」
たまたま宇都宮駐屯地には捕虜管理施設があったのだが、ここ松山にはそのような施設はまだ準備されていない。聡史たちの案内を務める駐屯地の副司令は、レイフェンが心から美鈴に心服しているのか疑問を持っているような表情を浮かべている。
「どうか安心してください。すでに魔王の配下としての名を捨て去って、新たな生き方を選択していますから」
美鈴の説明に副司令はやや安堵した様子だが、周辺には小銃を手にする自衛隊員が小隊単位で居並ぶ様子を見ると、警戒を解くつもりはないと明白に宣言しているに等しいとしか言いようがない。
このように厳重に警戒はされているものの、聡史たちはひとまず用意された個室に通されて一晩ゆっくり過ごすのであった。
◇◇◇◇◇
翌日デビル&エンジェルが朝食をとっていると、聡史のスマホに着信が入る。
「もしもし、楢崎です」
「私だ」
着信の主は学院長。
「朝からどうしましたか?」
「魔族の扱いに関して、ダンジョン管理室の内部で意見が分かれて処遇が決まらない。明日私が松山に出向いて面通しをするから、それまでは駐屯地で待機してもらいたい」
「了解しました。駐屯地の方々に迷惑が掛からないように、なるべく外に出ないようにします」
この結果、デビル&エンジェルはもう1日松山駐屯地に滞在することになった。
その日の昼前…
トントントン!
聡史の部屋をノックする音が響く。
「お兄様、ちょっといいですか?」
「なんだ、桜か。入っていいぞ」
聡史が声を掛けると、室内に桜が入ってくる。そしてなぜかそのあとに続いてもうひとつの人影が… その影は明日香ちゃんに他ならない。
ジッとしていられない妹と違う意味で我慢がきかない明日香ちゃんという組合わせが何かを企む表情でやってくるものだから、聡史の表情に緊張の色が浮かぶのも已む無し。
「お兄様、今日一日暇になりましたから、私と明日香ちゃんで松山市内を観光しようと思いまして。よろしいですよね」
「お兄さん、八校戦では食べ歩きができなかったので、是非とも松山名物が食べたいんですよ~」
桜と明日香ちゃんがおねだりモードで聡史に迫っている。元々この二人はレイフェンとは特に大きな関わりは持ってない。むしろ2回も死に至らしめられた記憶が蘇ってレイフェンが挙動不審に陥るから、桜をある程度遠ざけておくほうがいいかもしれないと聡史も考えている。
さらに変にトラブルを起こされるよりも、気ままに観光してもらって機嫌よく過ごした方が駐屯地に迷惑が掛からないだろうという考えが働くのも聡史としては致し方なし。
「いいだろう。駐屯地の副司令官に許可を得てから外に出るんだぞ」
「さすがはお兄様ですわ! 話が分かります」
「桜ちゃん、やりました! これで念願の食べ歩きが実現しますよ~」
二人は満面の笑みを浮かべて、駐屯地の司令部へそそくさと向かうのであった。
◇◇◇◇◇
副司令から許可を得た桜と明日香ちゃんは、送迎用のワゴン車に乗って松山駅にほど近い場所で駐車場に降り立つ。
「桜ちゃん、おススメの名物デザートってどんな感じなんですか?」
「明日香ちゃん、それは見てのお楽しみですわ」
「なんだかとっても期待が膨らんできましたよ~」
明日香ちゃんがこれだけ盛り上がっているのは、桜がスマホで見つけたご当地グルメの有名店にこれから向かうためというのが主な理由。というか、それ以外にはない。断じてない!(キリッ)
それはともかくとして、桜によるとその店には全国的に名を轟かす驚異のご当地デザートが置いてあるらしい。
二人はさっそくナビを見ながらその店に向かって歩いていく。目的の店は降り立った駐車場から歩いて2分の場所で、ビルの1階にあるシャレた造りの店構えが本日の二人のお目当てとなっている。
「桜ちゃん、なんだか可愛い感じのお店ですよ~」
「いい感じですね。美味しそうな気配がひしひしと伝わってきますわ」
「あれ? ご当地名物のデザートの有名店のはずですよね。でもお店の看板はトンカツ屋さんですよ?」
「そうですよ。このトンカツ屋さんが本日の目的のお店ですから」
「トンカツ屋さんのデザートなんて、本当に大丈夫なのかという気がしてきますよ~」
明日香ちゃんはやや不安な気持ちを抱えている様子だが、桜は一向に頓着せずに店に入っていこうとする。だがその前に…
「明日香ちゃん、私が手を引いていきますから、目を瞑ってください。そのほうがお目当てのデザートを見た時のインパクトがありますからね」
「インパクト? ひょっとしたらものすごく大きなデザートが出てくるとか? これはちょっと期待感が出てきましたよ~」
店の前にはメニューのサンプルが飾られており、それを明日香ちゃんが見てしまったらお楽しみが半減してしまう。だからこそ桜は、わざわざ目を瞑らせたのだろう。
そして、明日香ちゃんの手を引いたまま案内された席に向かっていく。
「ふぅ~、やっと席に座れましたよ~。桜ちゃん、早くお目当てのデザートを注文しましょう!」
「フフフ、明日香ちゃんはもう待ち切れないんですね。それでは店員さんに注文しますから、全部私にお任せしてもらいますよ」
明日香ちゃんの了解を得て、桜は店員さんに注文を伝える。明日香ちゃんが座っている後ろの壁にメニューがデカデカと張られているが、完全にブラインドに入っているため桜が何を注するのか全然わかっていない。
「幻のトンカツ定食と魅惑のヒレカツ定食、カツ盛り定食、ハニーマスタードカツセット、全部キャベツマシマシのご飯大盛りで! それから、このパフェを二つお願いします」
「はい、ありがとうございます」
店員さんは桜からの注文を受けると戻っていく。その姿を見送った明日香ちゃんは、桜に向かって身を乗り出す。
「桜ちゃん、なんだかパフェという声が聞こえてきましたよ~。このお店でパフェが味わえるんですか?」
「明日香ちゃん、全ては料理が届いてからのお楽しみですわ」
桜はイタズラっぽい笑みを浮かべたまま、明日香ちゃんを煙に巻いている。そして待つことしばし…
「お待たせしました。幻のトンカツ定食と魅惑のヒレカツ定食はどちらですか?」
「はい、私です。取り皿を2枚お願いします」
桜が定食を受け取ると、定食のお皿からトンカツ、キャベツ、ご飯を取り分けて、明日香ちゃんに手渡している。
「桜ちゃん、ありがとうございます。それよりも、なんで私の分のご飯を一人前頼まなかったんですか?」
「フフフ、それも含めてお楽しみですから」
謎の言葉を残して、桜はテーブルに並ぶトンカツ定食を食べ始める。ここまでの流れはごく当たり前のトンカツ屋の極々当たり前の光景と、明日香ちゃんの目に映っている。
桜の態度にやや疑問を感じながらも、明日香ちゃんは桜から分けてもらったトンカツとご飯を口にする。
「美味しいトンカツですね。でもこのくらいの量では、いくらなんでも私のお腹はいっぱいになりませんよ~」
「まあまあ、全てはデザートのためですから」
なおもイタズラっぽい笑みを浮かべつつ、桜は後から運ばれてきたカツ盛り定食とハニーマスタードカツセットまであっという間に完食する。その食欲は止まるところを知らない。あまりの食べっぷりに、周囲のお客さんをドン引きさせている。
そしてついに、ついに本日のメインとなる明日香ちゃん待望のデザートが運ばれてくる。
「お待たせしました。トンカツパフェです」
「はぁ~?」
明日香ちゃんの目が点になっている。目の前に置かれたのはスライスされたリンゴやキウイフルーツ、ミカンやチェリーなどが美しくあしらわれたフルーツパフェで、シャレたガラス製の器の一番下には抹茶アイスが置かれて、その上には生クリームがたっぷりとトッピングされている。
ここまでは、普通のパフェとしか呼べない。だが店員さんは確実に「トンカツパフェ」と言ったはず。そして、明日香ちゃんの目が点になっている。
その原因はパフェの最も外側にまるで花びらのごとくに6切れのトンカツが差し込まれていること。初見の人は大概そのあまりにも違和感ありすぎなフォルムにしばし声を失うケースが多々あるそう。
そして二人の前に置かれたのが、これぞ松山が誇るご当地グルメとして全国に知られる〔トンカツパフェ〕に他ならない。国民的な人気を誇る鉄道のスゴロク的なゲームにも実装されている、知る人ぞ知るという超有名なメニューとなっている。
明日香ちゃんは目の前に置かれたトンカツパフェをじっと見つめてから、桜に視線を向ける。さらにもう一度トンカツパフェに目を遣ってから、改めて桜に向き直る。
「桜ちゃん、パフェにトンカツが刺さっていますが…」
「それはトンカツパフェですから当たり前ですわ」
「いやいや、そういう問題じゃないですよ~。なんでパフェにトンカツなんですか! その理由が知りたいんですよ~」
「明日香ちゃん、世の中には意外な組み合わせがあるんですよ。まあ騙されたと思って食べてみてください。こんな感じでトンカツにフルーツやクリームを載せて、手で掴んで食べるのがおススメらしいですよ」
桜はカラッと揚げたあとに冷やされたパフェ用のトンカツに、スライスされたリンゴを載せてから生クリームをたっぷりつけて口に運ぶ。
「ややや! これは新たな世界がベールを脱ぎましたわ! 有り得ない組み合わせと思いがちですが、実に美味です。さあさあ、明日香ちゃんも食べてみてください!」
桜が本当に美味しそうな表情で食べているのを見て、明日香ちゃんも怖々とトンカツパフェに手を伸ばす。その表情は、まだまだ心から桜を信じていないよう。
そして意を決した明日香ちゃんは、トンカツにスライスリンゴと生クリームを載せて一口…
「( ,,`・ω・´) ンンン?」
最初の一口を相当躊躇ったはずの明日香ちゃんだったが、ペロリと手にした一切れを食べ終えている。そしてその表情はピカピカのピカリンコといった具合に光り輝いている。
「桜ちゃん、これは新たな発見ですよ~。まさかトンカツとパフェがこんなに相性がいいとは思いませんでした!」
明日香ちゃんの世界感が180度転換している。ソースがかかったトンカツとフルーツ、そしてクリームが奏でるハーモニーが絶妙な味わいをもたらしている。一見有り得ないこの組み合わせこそが、意外な美味しさを口内で醸成するポイントらしい。
「明日香ちゃん、私のおススメのご当地グルメはいかがですか?」
「桜ちゃん、これは満点ですよ~! トンカツがデザートになるなんて世界の歴史を変える大発明です」
「ネットでお取り寄せもできるみたいですよ」
「桜ちゃん、お言葉ですがネット通販などというものは、私のデザートに対する美学に反します! こうして実際にお店に足を運んでこそ、真の美味しさを味わえるんですよ~」
「今度取り寄せてみるつもりですが、明日香ちゃんは食べないんですね」
「もちろん食べます! 桜ちゃんは私の親友ですから一緒に食べましょう!」
発言がコロコロ変わる明日香ちゃん、とはいえ右手をグッと握り締めて熱くデザート論を語っている姿は情熱に溢れている。そして言いたいことを言った後は、もう夢中になってトンカツパフェを食べまくるのであった。
そして全てを食べ切った明日香ちゃんは、名残惜しそうにトンカツパフェが入っていたガラス製の器を見つめている。
「うう~… もう一杯行きたいところですが、お腹がいっぱいでもう入りません。本当に残念です」
「パフェとトンカツの組み合わせですからね~。カロリーの面では凄いことになりそうです」
定食を3人前以上完食した桜が言うべきセリフではないような気がするが、レベル600オーバーともなると消費するカロリーも半端ではないので、あっという間に本日の昼食も消化されてしまうのだろう。毎日大量の食事を食べても一向に太らないのが桜の体質的な特徴。これだけをとっても、並の人間には有り得ない話だろう。
「「ごちそうさまでした~」」
「ありがとうございました~」
お会計を済ませて店を出た二人は、腹ごなしに松山城を見学したり、商店街を眺めながら道後温泉までやってくる。
「桜ちゃん、美味しい昼ご飯の後は温泉が待っているなんで、完全に観光気分ですよ~」
「明日香ちゃん、タンジョン攻略のご褒美ですから、きっとこのくらいは許してもらえます」
もちろん二人は、歩いている途中に伊予柑ソフトクリームだとか、霧の森大福、揚げ鯛バーガーなどをチェックしている。温泉でお腹をへらしてからこれらの品々をとっくりと味わうつもりのよう。桜と明日香ちゃん二人掛かりのグルメレーダーは、美味しいご当地の名物を逃すはずはない。
こうして色々な店に顔を出して、午後から夕方にかけての二人の食べ歩き&温泉ツアーは幕を閉じる。満足げな二人は、昼前に降り立った駐車場で駐屯地から配車される迎えのワゴン車を待っている。
「桜ちゃん、色々と食べたおかげでもうお腹いっぱいですよ~。さすがに晩ご飯はパスしようかな~」
「私は普通にいただきますわ。明日香ちゃんは脇腹の贅肉と相談しながら食事をしてください」
「ムキィィィィ! せっかく忘れていたのに、桜ちゃんは何でそんな話を思い出させるんですかぁぁ!」
「明日香ちゃんが忘れないように絶えず戒めるのは、親友としての私の役割ですから」
食べ終わってからのお約束が炸裂している。明日香ちゃんは桜の一言で大ダメージを食らった模様。だがもうデザートを我慢しないと決心した明日香ちゃんには怖いものは存在しない。スカートのホックが怪しくなろうとも、これから先もデザートを食べまくる所存なのだろう。
「それにしてもいい街ですわ。機会があったらまたやってきたいものです」
「桜ちゃんが言う通りですよ~! いつかまたトンカツパフェを食べたいです」
こうして食べ歩きと温泉ですっかり松山の街に魅了された二人は、すっかり満足した表情で駐屯地に戻っていくのであった。
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語り掛けてきたアドバイザーとやらが言うにはそこは何とダンジョン!?
で、探索の報酬としてどんな望みも叶えてくれるらしい。
ならば俺の願いは決まっている。
よくある強力無比なスキルや魔法? 使い切れぬ莫大な財産?
否! 俺が望んだのは「君の様なアドバイザーにず~~~~~っとサポートして欲しい!」という願望。
万全なサポートを受けながらダンジョン探索にのめり込む日々だったのだが…何故か元居た会社の後輩や上司が訪ねて来て…
チート風味の現代ダンジョン探索記。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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