異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第124話 美鈴たちとレイフェンの処遇

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 時間はやや巻き戻って聡史たちが異世界の砦を攻撃するちょっと前の話、ここは宇都宮駐屯地にある地下の捕虜収容施設。魔公爵を名乗る魔族をこの場に捕虜として捕らえている場所なのだが、その地下にある監禁用の監獄では…


「フフフ、ようやくこの忌々しい手枷の術式が解読できたわい」

 捕らえられた魔公爵が、誰にも聞こえないような呟きを口にしている。近代兵器の数々を寄せ付けない強固なシールドと一個連隊を一撃で滅ぼす破滅的な魔法を用いる魔公爵をこの場に幽閉するためにその両腕の自由を奪うと同時に、魔力を封印する魔法具の手枷は必需品だったはず。

 だがこの手枷は聡史が所持する隷属の腕輪とは異なり身体能力と魔力に大幅な制限を加えるに止まっており、精神まで縛ってはいない。魔公爵は従順なフリをしながら長い時間をかけて手枷に込められている術式の解読に成功た模様。


「さて、あとはこの術式を打ち破るように魔力を流していけばよいのだな。おそらくはこの個所が最も術式防御が脆い点であろう。わずかでも綻びが出来たならば、あとは我の魔力でどうにでもなる」

 魔公爵は術式が書き込んである箇所に必要以上の魔力で負荷を加えていく。それはコンピューターのプログラムにハッキングを仕掛けていくがごとくの精緻にわたる作業に他ならない。ちなみに手枷は魔公爵のすべての魔力を奪ってはいない。体質そのものが魔力に同化しているためすべての魔力を絶たれると生命そのものが維持できなくなってしまうという理由で、最小限の魔力の流れは確保されている。この手枷の仕組みを利用して脱出を試みようとは、さすがは魔族の中でも貴族に任ぜられたことだけはある。

 魔公爵は体内の魔力を一点集中して術式そのものを破壊しようと目論み、かつ精神を集中していく。彼の額に汗が滲み出したその時…

 カチッ!

 何かが外れるような小さな音が響くと、手枷は効力を失って公爵の体は有り余る魔力で満たされていく。同時に制限されていた体力も元通りとなって、両腕に力を加えると金属製の手枷が引き千切れて外れる。

 魔王の片腕を務める公爵であるというからには、この程度の能力を当然所持しているのだろう。油断していたとはいえ、背後からの一撃で気絶させた聡史のほうがあらゆる意味で基準がおかしい。


「さて、忌々しい人族をこの手で滅ぼしてから魔王様の元へと戻るとするか。魔法剣よ、この手に!」

 魔力を右手に集中すると、その手には魔力で形作られた剣が握られている。魔公爵はその剣を振り上げて、牢獄のこちら側と向こう側を仕切る特殊アクリル樹脂製の厚さ30センチにも及ぶ透明な隔壁を一刀両断。

 ジリリリリリリリーーン!

 捕虜収容施設に異変が発生したのを感知した警報装置が作動して、牢獄の異常事態を駐屯地の隊員全員が通告する。いや実はすでにその前から監視モニターで魔公爵の動きは管理室に筒抜けだったというのが本当のところ。

 モニター画面を注視していた収容施設の管理責任士官が即座に命令を下す。


「どうやら手枷を外したようだな。脱走を企てる捕虜には酌量の余地はない! 全隊員に発砲許可を出す。速やかに処分せよ! これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない!」

 魔族が脱走を企てるという非常時に備えて駐屯地内では想定マニュアルを策定済みなのは言うまでもない。各隊員は事前訓練に従って何重にも渡るバリケードを築いて、魔族を駐屯地の外に出さないように小銃をはじめとした各種の武器を構えて戦闘体制に移行する。

 そして牢獄を脱出しようとする魔公爵がまず最初に突破しようというのが、牢獄を直接監視していた地下集中管理室となる。


「間もなくドアから出てくるはずだ。各員、構え!」

 管理室の警備隊長の号令に合わせて、警備小隊の隊員が一斉に小銃をドアに向けて構える。この最も危険な部署に配置されるは、魔物の集団暴走とその後の魔族の襲撃を潜り抜けて生き残ったレベル50オーバーの猛者揃いの部隊。一度死んでいる彼らは、何があろうと臆しない不動の精神と高い身体能力を身に着けている。

 ガシャーーン!

 厚さ15センチに及ぶチタン合金製の強化ドアが内側から十字に切れ目が入ると轟音を立てて崩れ去る。ポッカリと開いたドアがあった場所からは、魔力で出来た剣を手にする魔公爵が姿を現す。


「よくも我をこのような狭き場所に閉じ込めたな。礼としてこの地にある人族の命を悉く奪い去ってくれるわ!」

 高らかにかつ自信たっぷりに宣言する魔公爵、だが隊長の指揮の下に警備部隊は一糸乱れない対応を開始する。


「各員、発砲開始ぃ!」

 タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!

 合計10丁の小銃が一斉に火を吹く。銃口から発せられた7.6ミリNATO弾は余さずに魔公爵に向かって飛翔する。


「ハハハハハ! そのようなこざかしい金属の塊など、我がシールドの前には… 何だとぉぉぉぉ!」

 魔公爵の目には、銃弾を浴びる度にシールドが刻一刻と侵食されていく様子がくっきり目に焼き付けられている。異世界ではどのような武器やバリスタから放たれる大型の攻城兵器すら撥ね返した自慢のシールドが、あっという間に心許なくなっていく様子に魔公爵の顔が見る見る引き攣っていく。

 以前那須ダンジョンから出てきた魔族が自衛隊の携行ロケット弾だろうが戦車砲だろうが全て寄せ付けなかったのを覚えているだろうか?

 だからこそ、このような事態に備えて学院長は万全の策を講じていた。カレンと美鈴に命じて魔族のシールドを打ち破る銃弾を準備しているという驚くべき先見の明。

 具体的には現在隊員がぶっ放している7.6ミリ弾にはカレンの天界の光が込められている。闇魔法で構築された魔公爵のシールドをカレンの天使の力がいいように食い破っていく。

 宇都宮駐屯地を立ち去る間際に、学院長がカレンと美鈴に命じたのはこの銃弾の作製に他ならない。


「ば、馬鹿な! なぜこうも簡単に我のシールドが破られていくのだぁぁ!」

 魔公爵は絶賛混乱中。相次いで魔力を行使してシールドの再強化を試みるも、容赦なく飛んでくる銃弾が食い破っていく速度のほうが圧倒的に早い。そしてついにシールドは完全に破られて、魔公爵の体にカレン謹製の天界の光が込められた銃弾が次々に着弾する。


「グワァァァァ!」

 着弾した個所から血を噴き出しているものの、魔公爵はそのレベルの高さゆえにいまだ持ち堪えている。だが10丁の小銃が撃ち出す弾丸に圧倒されて、反撃の余地を見つけられないままに悪戯に出血量が増えていく。


「これでトドメだ!」

 隊長が手にする小銃には、たった1発だけ弾が込められているだけ。だがこれこそが、魔族を地獄に葬り去る美鈴特製のダークフレイムの術式が込められた銃弾。


「発砲、今!」

 タン!

 乾いた音を残して1発の銃弾が一直線に魔公爵に向かって飛んでいく。そして着弾…

 ボン!

 漆黒の炎が湧き立って魔公爵の体が火に包まれる。


「ウギャァァァァ! 熱い、熱いぃぃ!」

 叫び声を上げながらコンクリート製の床を転がり回るが、魔公爵を包む炎は一向に衰える気配を見せない。それどころか周辺には一切燃え広がらずに、魔公爵の体だけを確実に灰に変えていく。

 そして20秒も経過しないうちに、真っ白な灰だけがその場には残される。


「掃討完了! 各員、戦闘態勢解除! 警戒態勢に移行せよ」

 燃え尽きた灰が何らかの動きを見せないか緊張しながら隊員が見守るものの、30分が経過しても異常は見当たらない。真っ白な灰となった魔公爵の体は再生するはずもなく、ただその場に以前は人型であったのだろうという形跡だけを残している。


「現時点をもって警戒を解く! 片付けにかかれ!」

 最終的に燃え尽きた灰は金属製の容器に集められて厳重に管理保管される措置が取られる。こうして宇都宮駐屯地全体が緊張に包まれた魔公爵の脱走未遂事件が解決を見る。

 実はこの一件が尾を引いたおかげで、レイフェンの受け入れについてダンジョン管理室の意見が分かれているなどとはまったく知る由もない聡史たちであった。



   ◇◇◇◇◇




 昼過ぎに松山駐屯地にヘリが到着すると、学院長が降りてくる。


「早速魔族が収容されている宿泊施設に案内してもらいたい」

「はっ! 神崎大佐、こちらです」

 駐屯地の副司令官の階級は中佐、学院長は予備役とはいえ大佐なので、このような対応を受けるのは当然だろう。その公にはされていない能力だけでも、階級など関係なく最大限の敬意を払われるのは当たり前なのだが…


「こちらの部屋です」

 副司令官に案内されて学院長が会議室へ入ろうとすると…


「そうなんですよ~! トンカツパフェが美味しくって」

「トンカツとパフェの組み合わせなんて、ちょっと想像できないわね」

「そもそもその食べ物は食事なのかデザートなのか判別が困難ですね」

「カレンさん、難しいことは考えないで、好きなように食べればいいんすよ~」

 女子たちが件のトンカツパフェに関して熱い意見を交わしている様子が廊下まで漏れている。そんな喧騒の中で、聡史が学院長の到着に気付く。


「学院長、お待ちしていました」

「前置きはいい、異世界でお前たちが遭遇した経過を話してもらおうか」

「はい、秩父ダンジョンの最下層を攻略してから…」

 こうして聡史や美鈴の口から、異世界で起きた事件の数々が語られていく。話を聞いているうちに、学院長の眉間には見る見る深いシワが増えていく。


「…で、ナズディア王国とマハティール王国の戦争に介入したのか」

「すいません、情報を聞き出すつもりだったんですが、行きがかり上砦を占領している魔族は全滅させました。放置しておくと間もなくマハティール王国の王都まで攻め込まれて多数の犠牲が出ると予想されたので…」

「人助けのために自分たちで千人以上殺しているのでは世話ないな。まあいい、お前たちが異世界でどのように行動するかまでは、こちらから監督のしようがない。今起きている状況をどのように我が国のダンジョン対策に生かすかが肝心だからな」

 どうやら学院長は異世界の戦乱すらも日本へのダンジョン経由の侵攻を防ぎ止める材料にしようという思惑を抱いているらしい。非情なようだが異世界での人族と魔族との戦いがどのような経過を辿ろうとも、優先すべきは日本の防衛という確固たる信念を持っている。


「それで、砦を占領していた魔族の責任者がこの男なのか?」

「はい、以前はマンスールと名乗っていましたが、現在はレイフェン=クロノワールとなって、私に仕えています」

「西川准尉の配下か…… そこのレイフェンとやら、貴様は何が目的だ?」

 学院長の眼光がレイフェンに突き刺さる。並の人間ならば、そのひと睨みで気を失ってしまう程の危険な光が宿っている。だがレイフェンは、学院長に一礼してから落ち着いた口調で答える。


「私は大魔王様のお力に心から心酔いたしました。慈悲深き大魔王様のためにこの一身を捧げてお仕えすることこそ、我が唯一の望みでございます」

 静かに述べるレイフェンの表情には嘘偽りなど一片もない。自らの心中を簡潔に述べ切ったその表情は、ある意味晴れ晴れとしているかのよう。


「そうか、立派な心掛けだな。いいだろう、このまま魔法学院で引き取ろう。それから西川、二宮、カレンの3名はダンジョン攻略の功績を認めて特待生に処遇することが決まった。学院に戻ったら部屋の引っ越しをしておくんだ」

「「「特待生ですかぁぁ!」」」

 名指しされた三人の声が揃っている。だが冷静に考えてみればこの処遇は納得がいくであろう。ダンジョン攻略者を一般の生徒と同じ扱いにはできないという学院側の意向が強く働いているものと考えられる。


「学院長、俺たちの部屋に三人とも来るんですか?」

「いや、新たな特待生寮を造った。ほれ、研究棟の最上階に無駄に広い部屋があっただろう」

「無駄に広い部屋… ひょっとして理事長室ですか」

「そうだ。あの理事長をクビにした後、文科省から名ばかりの理事長が派遣されてきた。職員室の奥にある物置をきれいにした場所が現在の理事長室となっている。役人の兼任で週1回しか顔を出さない人間にはちょうどいいだろう」

 物置が新たな理事長室というのはさすがにやりすぎではないかと思うが、この学院長ならやりかねない。学院の運営に部外者が余計な口を挟まないように理事長のポストは名実ともに形骸化させているので、その意味を理解させるために敢えてこのような待遇となったのだろう。この辣腕こそが、前理事長に私物化されかかった魔法学院を正常化してきたカギといえる。


 こうして聡史たちは、学院長が乗ってきたヘリで魔法学院へ戻っていくのであった。




   ◇◇◇◇◇




「ここが新しい部屋なのね」

「桜ちゃんたちの部屋よりも広いですよ~」

「なんだか他の生徒に皆さんに申し訳ないような気がします」

 美鈴、明日香ちゃん、カレンの三人が、新たに割り当てられた特待生寮に目を見張っている。聡史たち兄妹が使用している部屋よりもさらに一回り広くて、リビング、バストイレ、簡易キッチン、三つの寝室が用意された豪華な部屋に三人は文句のつけようもない表情。

 ちなみにレイフェンは、理事長秘書の控え室を学生寮に間取り変更した隣室が宛がわれており、以後はその部屋で寝泊まりすることになっている。

 さらにレイフェンの学院での立場なのだが、さすがに外見がオッサンなので留学生と言い張るのは無理がある。そこで臨時講師というポストが急遽用意されて、魔法の講義と実技を学院生に行なうことが決定する。

 つい2、3日前までは魔族として人間を殺戮しまくっていたのに急に講師が務まるのか、美鈴の胸中には若干の不安が過ぎっているのは仕方がないかもしれない。この辺は彼女がしっかりと手綱を握って暴走しないようにコントロールする必要があるだろう。


「大魔王様、お荷物はこちらに置けばよろしいでしょうか?」

「ああ、レイフェン。わざわざ運んでくれたのね。ありがとう、そこでいいわ」

「他に御用はございますか?」

「そうねぇ~… 今のところ大丈夫よ。自分の部屋で休んでちょうだい。ああ、それよりも大事なことがあったわ。学院内では私のことを『大魔王』と呼ばないようにしてね」

「しかしすべての闇を統べる大魔王様には他の呼び方など存在いたしませんぞ」

「大魔王では他の生徒がドン引きするでしょう。いいから名前で呼んでもらえるかしら」

「承知いたしました。それでは以降は『美鈴様』とお呼びいたします」

「それでいいわ。おねがいね」

「美鈴様、御用の際はいつでもお呼びくださいませ」

 こうしてレイフェンは隣の部屋に下がっていく。


「なんだか新鮮な気持ちですよ~」

「そうね、この部屋で私たちの新たな学院生活がスタートするのね」

「なにしろこの3、4か月は色々ありましたから、しばらくは腰を落ち着けて学院生活を送りたいです」

 明日香ちゃんと美鈴は特待生寮でスタートする新たな生活に期待する表情だが、どうやらカレンはこのところの忙しさにやや閉口している様子。確かに全く腰を据えて勉学に励む日常がほとんどなかったも同然だったから仕方がないかもしれない。だが美鈴は……


「カレン、その希望は当分叶わないわよ。何しろ桜ちゃんがいるんですもの」

「ああ~… 桜ちゃんは絶対にジッとしていられませんよね」

「そ、その件はあまり深く考えないようにしましょう」

 天使すらも現実逃避をするとは、これまでどれだけ桜に引っ張りまわされたのかという思いが三人の胸に去来する。

 とまあこんな感じで、美鈴、明日香ちゃん、カレンの、新しい特待生寮での生活がスタートするのであった。


       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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