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第125話 閑話 Eクラスのクリスマス会
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〔12月24日 Eクラスクリスマスパーティー! 会費2000円、参加者大募集!〕
このような張り紙がEクラスの掲示板に張られたのは1週間前の出来事。なんやかんや言いつつも、クラスの生徒たちの間ではこの話題で持ち切りとなる。
「ふーん、男子たちが張り切って準備しているんだ」
「どうしようかな… どうせ暇だし、参加しようかな」
「彼氏がいたら、今頃はクリスマスで盛り上がっているんだけどねぇ~」
「世間から隔離同然の魔法学院じゃあ、彼氏と出会う機会すらないでしょう」
全寮制でしかも厳しい訓練が課されている魔法学院では、必然的に生徒は学院外に出る機会が少ない。上級生になれば学院内部で気の合うパートナーを見つけてカップルが成立するケースがあるが、授業とダンジョン内での活動に時間を取られて二人っきりのひと時を過ごすなど夢のまた夢という生徒が大半。
女子たちが張り紙を前にして相談している様子をこっそりと窺うのは、言わずと知れた頼朝たちの一団に他ならない。今回彼らがこの企画の発案者となっている。
「シメシメ、女子たちの反応は思いの外悪くないぞ」
「年に一度のイベントだから、みんな乗り気になっているようだな」
「いいか、このチャンスを絶対に逃すんじゃないぞ!」
クリスマスパーティーを女子と仲良くなる絶好の機会と考えているモテない男たち。彼らは張り紙の反応に手応えを感じて心の中でガッツポーズをしている。そんな男たちの背後に音もなく立つ小柄な影がある。気配を殺した桜が頼朝たちの怪しげな動向に目を光らせているとは気付いていない彼らに背後から声をかける。
「そこのゴミ共は、揃って何を企んでいるんですか?」
「そ、その声は… ボス、急に後ろに立たないでくださいよ!」
「寿命が20年は縮んだぁ~!」
「ボ、ボス! 企んでいるなど滅相もありません! 自分たちはクラスのクリスマスパーティーを企画しているのであります!」
直立不動で桜に返事をする男たち、無言のプレッシャーを感じてその額には一筋の冷や汗が流れている。だがそんな頼朝たちの極限の緊張とは裏腹に、桜のお祭り好きな血が騒ぎ出し始める。
「ほほう! そういう話なら私も一肌脱ぎますわ。イベントは楽しく盛り上げないといけません」
「きょ、許可していただけるんですかぁぁ!」
「当り前ですわ。この桜様がバッチリ協力しますから、楽しいイベントにしましょう」
何を隠そう、当の桜が一番乗り気になっている。クリスマスと聞いて、イベント好きの血が騒いで止まらなくなっている。
「ツリーや飾り付けの準備は私が手配しますから、男子たちはパーティーが盛り上がるようにしっかり進行の計画を立ててくださいね。ああそうです! 料理は学生食堂に特注しますから、心配いりませんわ」
「ボス、色々とありがとうございます。気合を入れてパーティーを盛り上げますので、自分たちに任せてください」
こうして桜からお墨付きを得た男子一同は、ますます張り切ってパーティー準備に邁進するのであった。
◇◇◇◇◇
そして迎えた12月24日。この前日に魔法学院の2学期は終了しており、朝から自由に過ごす時間となっている。その時間をすべてクリスマスパーティーの準備に費やす男たちの姿がある。
「ボスから渡された装飾の飾り付けから始めるぞ」
「モールは天井の中心から端に向かって伸ばしていけよ!」
「おーい、誰か脚立を抑えてくれ」
「窓の飾りはこんな感じでいいか?」
机や椅子はすべて廊下に出されてガランとした教室に様々な飾り付けが施されていくと、それだけでなんだか気分がウキウキしてくる。男子達の手による装飾がほぼ完了を迎えた頃に、教室の中に桜が入ってくる。
「中々いいセンスですわ。華やかな感じになってきましたよ。さて、それでは教室の中心にクリスマスツリーを置きましょうか」
アイテムボックスから取り出すは、桜が業者にリースで発注した高さ2メートル近いかなり大きなツリー。このところダンジョン攻略で懐が温かい桜が自腹で奮発した品となっている。
「ボス、ずいぶん大きなツリーですね」
「所々に金属の皿が取り付けられていますが、これはどうするんですか?」
「ああ、ここにはロウソクを立てるんですよ。電気を消してロウソクの炎を見つめるのもいいかなと思いましたから」
イベント準備に一片も手を抜こうとしない桜、その資金力にものを言わした剛毅な振る舞いに男子一同恐縮している。
「それではパーティーの進行にキャンドルファイアーを取り入れさせていただきましょうか」
「それがいいですわ。あとは部屋の周囲に机を置いて、テーブルクロスを敷いてから料理を並べましょう。30分前に学生食堂に料理を取りに行けば十分間に合いますわね」
「何から何までありがとうございます」
「ボス、ご協力に厚く感謝いたします」
こうして着々と、パーティーの準備が進んでいくのであった。
◇◇◇◇◇
Eクラスのクリスマスパーティー開始は午後6時となっている。時間が迫ってくると、クラスの生徒たちが続々と教室に集まってくる。
「ええぇぇ! 思っていたよりもずっと本格的じゃないの!」
「なんだか凄い豪華なパーティーって感じよね」
「ツリーが素敵ね」
「お料理もたくさんあるわよ」
一番最初に教室に入ってきた女子のグループが目を丸くしている。大スポンサーである桜の資金力と男子たちの働きによって、思いもかけないくらいの立派なパーティー会場が出来上がっている。
装飾だけではなくてテーブルクロスが掛けられた机の上には、オードブル、サラダ、サンドイッチやフライドコカトリスといった軽食の他に、ロングホーンブルの塊肉を丸々ローストした巨大な皿が目を引いている。もちろんそのほかにも各種多様な料理が所狭しと用意されているのはいうまでもない。
「桜ちゃん、肝心のクリスマスケーキはどうなっているんですか?」
「明日香ちゃん、ケーキはパーティーが始まってから披露しますから」
「それはとっても楽しみです。期待していますよ~」
「明日香ちゃん、くれぐれも食べ過ぎないでくださいね。ついにスカートが入らなくなったんですから」
「何のことかよくわかりません!」
桜と明日香ちゃんが並んで教室に入ってくる。明日香ちゃんの期待は、いつものようにもっぱらデザートに向かっているよう。それよりもスカートが入らなくなったって、本当に大丈夫なのか?
桜たちにやや遅れて、聡史が美鈴とカレンを伴って教室に入ってくる。本来Aクラスの二人は特別ゲストとしてこのパーティーに招待されている。
「まあ、ずいぶん頑張ったのね」
「Eクラスの皆さんくらいの団結力がAクラスにもあったらいいんですが…」
カレンが愚痴をこぼしている。Aクラスでこのような催しをしようという動きは皆無らしい。クラスメートをライバルとして見ている生徒が大半では、親睦を図るパーティーの開催など所詮は夢物語なのかもしれない。
こうしてクラスの生徒全員が集まると、いよいよパーティー開始の時間を迎える。
司会役を務めるのは頼朝で、マイクを手にして会場の正面に立つと乾杯の発声を行う。
「皆様、本日はEクラスのクリスマスパーティーにお集まりいただきましてありがとうございます。それではこの一年間の出来事に感謝をして、来年はさらなる活躍を祈りながら乾杯いたします。皆様、グラスをお持ちください」
各自がジュースやノンアルコールのシャンパン風の飲み物を満たしたグラスを手にする。用意が整ったのを確認した頼朝が一際大きな声で音頭をとる。
「それでは皆様、カンパーーイ!」
「「「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」」
なかなか堂に入った頼朝の司会進行ぶりでに全員が初っ端から大盛り上がり。カンパイが終わるとしばし歓談する生徒と、料理に手を付ける生徒に分かれる。
「ローストビーフを希望する人はこちらに一列に並んでくださいね~」
巨大な肉の塊を切り分けているのは、ブルーホライズンのリーダーを務める真美。聡史から借りたミスリルのナイフを両手に持って、スパスパと大きなローストビーフを手早く切り分けている。
その両横では、サンタコスをした絵美と渚が列を作る生徒が手にする皿にローストビーフと付け合わせのマッシュポテトを取り分けている。美鈴が保温魔法を掛けているので、いまだに湯気が立ち上る出来立てのままというのが生徒たちを驚かせている。
するとここで…
「千里、私も何か手伝おうかな?」
「お願いだから美晴は手を出さないでぇぇ! 絶対に大惨事になるから」
世の中には適材適所という言葉がある。ガサツな脳筋女子の美晴に手伝わそうものなら、どのような結果になるかは火を見るよりも明らか。千里が必死になって止めに入るのも無理からぬ話。
ある程度参加者のお腹が膨らむ頃合いを見計らって、頼朝がマイクを手に取る。
「それでは本日のクリスマスケーキが登場です。皆様、我らがボスにご注目ください」
ドヤ顔の桜が頼朝の横に並ぶ。まだ何もしないうちからこのドヤ顔は、一体どのようなつもりなのであろうか?
「今年のクリスマスのために、2種類のケーキを用意させていただきましたわ。まずはこちら… ブッシュドノエルです」
わざわざ手品の演出のように見せながら、桜はアイテムボックスから縦長の箱を5つ取り出す。箱を開くと、中からはフランスでは一般的なクリスマスケーキである薪を模した特大ブッシュドノエルが登場する。1つで10人前はたっぷりある特注品に参加者からの声が上がる。
「「「「「「「「「おおおぉぉぉ!」」」」」」」」
会場が歓声と拍手に包まれる。だが桜のドヤ顔は一向に終わらない。
「続きましては、イチゴのタルトですわ」
デンと登場するは、縦横50センチ四方のムースの土台にこれでもかとイチゴが乗ったこれまた特注のタルト。それもひとつではなくて、全部で3つも用意されているのは実に圧巻の光景。
「「「「「「「「「おおおぉぉぉ!」」」」」」」」
再び歓声が上がる。だが桜のドヤ顔は収まるどころかますますドヤドヤしていく。
「このままでは食べにくいですから、これからケーキを切り分けます。お兄様、どうぞ!」
桜がすべてのケーキをテーブルに置くと、聡史が右手にミスリルの短剣を手にして立つ。やおら手にする剣を3メートル離れた場所から振るうと、剣から放たれた斬撃によってケーキはきれいに等分されていく。聡史による剣技の妙が披露されて、会場は全員が首を捻っている。
「な、なんで離れた場所からケーキが切れるのよ?」
「知らないわよ! 何か手品のような仕掛けがあるんでしょう」
タネも仕掛けもそこにはない。聡史がただ単に斬撃の方向を綿密に制御してケーキを等分に切り分けるように作用させた結果がコレ。
そしてそんな周囲の驚きに満ちた声など全く関係なしに、ケーキに飛びついていく人影が…
「待ってました! いただきま~す!」
生徒たちが首を捻っている間隙をついてケーキが置かれるテーブルに突進していったのは、予想通り明日香ちゃん。あっという間に3個、4個と立て続けに口に運んでいく。このままでは本当にスカートがぁぁぁ!
桜と聡史によるデモンストレーションが終わって、男子も女子も料理とケーキを口にしながら和やかな時間が過ぎていく。気の合う生徒同士が気軽に話をする打ち解けた雰囲気が会場に広がっていく。
モテない男子たちも、勇気を振り絞って女子たちとの話のとっかかりを求めて会場をゾンビの如く彷徨っている。せっかく会話の糸口を見つけても、そこから話が続かないのがモテない男たちの悲しさだが、まあドンマイということにしておこう。
そろそろ宴もたけなわになった頃合いを見計らって、再び頼朝がマイクを握る。
「皆様、ただいまからクリスマスツリーを取り囲んで、キャンドルファイアーを行います。ツリーの周りに並んでいただけますようにお願いいたします」
生徒たちは司会の言葉に従って、部屋の中央に置かれたツリーを取り囲むようにして集まっている。ここで黒子の衣装を着こんだ男子生徒が登場して、ツリーに取り付けられた金属の皿に乗るロウソクに火を灯す。
「電気を消しますので、皆様は中央のツリーに灯るロウソクの炎を見つめてください」
ツリーの電飾は一旦落とされて、12本のロウソクの炎だけが教室内を灯す明かりとなる。今までの和やかな会場の雰囲気とは一転して、そこにはちょっとした厳かなムードが流れる。
「ツリーに飾られた12本のロウソクは、今年の1月から12月をそれぞれ表します。月日が経つように1本ずつ消していきますので、皆様は過ぎ去った日々を回顧しながら炎を見送ってください」
頼朝、ナイス司会ぶりだ! 何度もリハーサルを繰り返しただけの成果を見せている。会場の参加者は頼朝につられるように今年の1月から自分の身に起きた出来事を思い返す。
「4月… 魔法学院に入学しました」
希望に満ちた入学式を思い返す一同、あの頃に比べて自分はどれだけ成長したかなどと考えを巡らす。
「7月、夏休みの季節でした」
頼朝の声に合わせて、7本目のロウソクが黒子によって消される。参加者の中でことにブルーホライズンのメンバーは、自分たちの運命が一変した伊豆の旅行の件を思い出している。
「8月、熱いさなかの模擬戦トーナメントがありました」
千里の目がウルウルしている。本戦にも出られなくて肩を落としたあの日、だが聡史の目に留まって魔法の才能が開花して… 自分の運命が大きく動いたあの日を彼女は絶対に忘れないと誓う。
そして9月、10月、11月と進んで、残っているロウソクは最後の1本となる。
「最後のロウソクは、今年1年の各自の行いが来年への希望に繋がるように祈るためにあります。来年の自分の在りたい姿を心に描いて、実現していくように祈りましょう」
いよいよキャンドルファイヤーはクライマックスか? 頼朝、バカのくせに見事な司会ぶりだぞ!
「それでは間もなく最後のロウソクを消します。今一度温かな炎の輝きを見つめましょう」
一同の目が最後のロウソクに注がれる。ユラユラと揺らめく炎は、温かい輝きとともに未来への誓いの証と誰もが感じている。その時…
プゥ~!
「スマン、屁こいた」
「元原、テメェは一番のいい場面が台無しだろうがぁぁぁ!」
「くせぇぇぇ! 元原、お前は何を食っているんだよぉぉぉ!」
厳かな雰囲気がガラガラと音を立てて崩壊する。たった1発の屁でせっかく用意したキャンドルファイアーのクライマックスがギャグパートに落ちぶれた瞬間を迎えている。
「ククク… この絶妙なタイミングで」
「キャハハハハ、元原ったら下品」
「だ、ダメだ、笑いが、と、止まらない…」
最初は小さな笑い声であったのが、燎原之火のごとく参加者に伝染して、今やパーティー会場が笑いのるつぼと化している。
パチン!
頼朝が指を一つ鳴らすと、黒子が音もなく元原の背後に迫る。手際よく猿轡を噛まして両手を粘着テープでグルグル巻きにすると、教室の扉を開けて外に連れ出していく。
廊下でバキッとかドカッなどという音とともに悲鳴のような声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだろう。バカは体で覚えさせないと理解できないのだから仕方がない。
「アクシデントはつきものです。それでは最後の炎を消しましょう」
頼朝必死のフォローが入るが、会場は未だにそれどころではない。
「く、苦しい! 笑いが… と、止まらねぇ」
「ククククク、無理だぁぁ! あんなタイミングで屁なんかされたら何の抵抗もできねぇ」
「腹筋がぁぁ! 俺の腹筋がぁぁ!」
「元原のバカさ加減もここに極まって… ってもうダメぇぇ! 思い出しただけで笑いが…」
「これがEクラスなのよ。最後の最後で締まらないんだから… プッ!」
「元原、なんであと1分我慢できなかったんだよぉぉ!」
これぞ素晴らしきEクラスの仲間たち。神妙な顔で一年を振り返るよりも、笑い飛ばして過去を忘れるのがお似合いと改めて自覚しているよう。
元原のせいで台無しになったキャンドルファイアーの分を取り戻そうと、司会の頼朝は急きょテンションをアゲアゲにしてマイクを握り締める。
「さあ、気を取り直していきましょう! 皆さん、もう笑い治まりましたか?」
「まだ無理だぁ! 誰か助けてくれぇぇ!」
「い、息ができねぇぞぉぉ!」
男女とも大半の生徒が未だにゼイゼイ喘いでいる。必死に手を伸ばして酸素を求める姿が、そこらじゅうに溢れている惨たらしい光景。屁の1発でこんな修羅場をもたらした元原の責任は大きい。
だが頼朝はメゲない。不屈の闘志でマイクを握り続ける。
「お待たせしました! ただ今からサンタクロースによるプレゼントの時間です。皆さん、大きな声でサンタさんを呼びましょう! せーの、サンタさ~ん!」
シーーーン
頼朝は耳に手を当てて聞こえないという表情をかます。ようやく笑いの大洪水から立ち直ったばかりで、いきなり大きな声が出せるか! 今はそれよりも酸素を寄越せ! という頼朝への反感が会場に渦巻いている。
「もい一度呼んでみましょう! サンタさ~ん!」
「・・・・・・」
子供かっ! という失笑が上がり、誰も声を出さない様子。頼朝は真剣な表情で参加者に訴える。
「いいのかな? サンタさんが素晴らしいプレゼントを用意して出番を待っているよ! ちなみにうちのボスがサンタの衣装を着てスタンバイしているから、声が聞こえないとヤバいことになるかもしれないよ! みんな、わかったかな? それじゃあ気を取り直してもう一度呼んでみよう! サンタさ~ん!」
「「「「「「「サンタさ~ん!」」」」」」
「は~い! お待たせ~!」
司会者の脅迫もどきのMCによって無理やり声を出しているかのような返事が聞こえると、すかさず教室の扉がガラガラと開け放たれる。
そこに立っているのは、トナカイの着ぐるみに身を包んだ聡史とサンタに扮した桜の兄妹。さらに二人に続いて、天使姿のカレンとまんまルシファー姿の美鈴まで教室に入ってくる。
「なんだかすごいコスプレだぞ! 天使と悪魔が出てくるなんて大した演出だな」
「あの羽は背中から直接生えているように見えるけど、どういう仕組みになっているんだ?」
「カ、カレンさんの神々しいお姿がぁぁ!」
「美鈴お姉様! こっちを向いてくださ~い!」
男子に圧倒的人気のカレンと、なぜか女子のファンが多い美鈴。ルシファー様とは知らずに、お姉様キャラとして崇拝している女子が秘かに蔓延っている模様。
すっかり元原ショックが癒えた会場では、カレンと美鈴がコスプレの体で本性を露わしているとも知らずに、得体の知れない熱気に包まれている。そんな中で桜がマイクを握る。
「さあさあ、この1年間頑張ってきたEクラスのみんなにプレゼントだよ! 順番に列を作ってひとりずつプレゼントを受け取るんだよ!」
素早く黒子が前に立つ四人の前にテーブルを準備する。桜は背中に下げていた白い袋を置くと、早く列を作るように全員に促す。
「ほらほら、早く並ばないとなくなっちゃうかもしれないからね! 一列に並ぶんだよ!」
促されるままに男子も女子も列を作り始めて、コスプレ姿の四人からプレゼントが入った小さな箱を受け取っている。丁寧にラッピングされて色とりどりのリボンで結ばれた小箱は、すべて美鈴とカレンの手作業で包装されたもの。桜と明日香ちゃんも手伝おうとしたのだが、あまりに下手クソで美鈴からダメ出しを食らっていたのはご愛敬。
「師匠、ありがとうございます!」
「箱を開けて中身を確認するといい」
「はい、すぐに開けさせてもらいます」
ほのかが聡史からプレゼントを受け取っている。どうやらブルーホライズンは全員聡史から手渡されるように決まっているらしい。
「ボス、ありがとうございます」
「結構いい物が入っていますから、楽しみに開けてください」
頼朝たちは桜からプレゼントをもらっている。個人によって渡す品が決まっているようで、ラッピングされた箱には小さく名前が書かれている。
他の生徒も美鈴やカレンからプレゼントを受け取って、仲のいい生徒同士が集まってさっそく開封の儀に入る。
「何が入っているんだろうな?」
「ボスが結構いい物が入っていると言っていたぞ」
頼朝たちがリボンを解いて箱を開けると中からは腕輪や指輪が出てくる。それらにはメモ書きが添えられており、そこには…
[体力を向上させる腕輪]
[魔法防御アップの指輪]
[魔力が高まるペンダント]
このような記載が為されている。桜の大盤振る舞いによってEクラスの生徒全員に何らかの効果があるマジックアイテムが配られたよう。ダンジョン管理事務所で引き取ってもらうと最低でも数十万は下らないマジックアイテムをクラス全員に配るなんて、桜の太っ腹度合いは限度を超えているように感じられる。
だが桜にも事情がある。異世界のダンジョン攻略でこの程度の指輪や腕輪だったら数百個単位でアイテムボックスに死蔵されている。そんなところに持ってきてこの度のダンジョン連続攻略で、再びマジックアイテムが大幅に増加してしまった。もちろんいくつかは売っているのだが、あまり大量に市場に出回ると値崩れを起こすため捌ける数には限度がある。
このような事情でこのままアイテムボックスに眠らせるよりも、クラスの生徒にクリスマスプレゼントで渡したほうがいいと、桜自身が判断した結果がこのような形となっている。
対してマジックアイテムを受け取った生徒はといえば…
「なんだか凄い物をもらっちゃったな」
「師匠、こんな物をいただいていいんですか?」
「気にするな。たまたま手に入った品だから遠慮なく使ってくれ」
気前よく答えている聡史も、桜と一緒に今回のマジックアイテム放出に加わっている。桜と共に処分に困るくらいアイテムを抱えているのは彼も同様。
マジックアイテムという高価なプレゼントを受け取ったEクラスの生徒たちはテンションマックスを振り切っており、口々に聡史や桜にお礼を言いに集まってくる。プレゼントのおかげで、すっかり元原ショックは払拭されたよう。
こうしてパーティ会場は熱気に包まれたまま、その後はカラオケ大会となってクリスマスパーティーは寮の門限ギリギリまで続く。その頃…
「だ、誰か助けてくれ~」
手足をガムテでグルグル巻きにされて廊下に転がされたままの元原だけは、すっかり忘れ去られて放置され続けるのであった。
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このような張り紙がEクラスの掲示板に張られたのは1週間前の出来事。なんやかんや言いつつも、クラスの生徒たちの間ではこの話題で持ち切りとなる。
「ふーん、男子たちが張り切って準備しているんだ」
「どうしようかな… どうせ暇だし、参加しようかな」
「彼氏がいたら、今頃はクリスマスで盛り上がっているんだけどねぇ~」
「世間から隔離同然の魔法学院じゃあ、彼氏と出会う機会すらないでしょう」
全寮制でしかも厳しい訓練が課されている魔法学院では、必然的に生徒は学院外に出る機会が少ない。上級生になれば学院内部で気の合うパートナーを見つけてカップルが成立するケースがあるが、授業とダンジョン内での活動に時間を取られて二人っきりのひと時を過ごすなど夢のまた夢という生徒が大半。
女子たちが張り紙を前にして相談している様子をこっそりと窺うのは、言わずと知れた頼朝たちの一団に他ならない。今回彼らがこの企画の発案者となっている。
「シメシメ、女子たちの反応は思いの外悪くないぞ」
「年に一度のイベントだから、みんな乗り気になっているようだな」
「いいか、このチャンスを絶対に逃すんじゃないぞ!」
クリスマスパーティーを女子と仲良くなる絶好の機会と考えているモテない男たち。彼らは張り紙の反応に手応えを感じて心の中でガッツポーズをしている。そんな男たちの背後に音もなく立つ小柄な影がある。気配を殺した桜が頼朝たちの怪しげな動向に目を光らせているとは気付いていない彼らに背後から声をかける。
「そこのゴミ共は、揃って何を企んでいるんですか?」
「そ、その声は… ボス、急に後ろに立たないでくださいよ!」
「寿命が20年は縮んだぁ~!」
「ボ、ボス! 企んでいるなど滅相もありません! 自分たちはクラスのクリスマスパーティーを企画しているのであります!」
直立不動で桜に返事をする男たち、無言のプレッシャーを感じてその額には一筋の冷や汗が流れている。だがそんな頼朝たちの極限の緊張とは裏腹に、桜のお祭り好きな血が騒ぎ出し始める。
「ほほう! そういう話なら私も一肌脱ぎますわ。イベントは楽しく盛り上げないといけません」
「きょ、許可していただけるんですかぁぁ!」
「当り前ですわ。この桜様がバッチリ協力しますから、楽しいイベントにしましょう」
何を隠そう、当の桜が一番乗り気になっている。クリスマスと聞いて、イベント好きの血が騒いで止まらなくなっている。
「ツリーや飾り付けの準備は私が手配しますから、男子たちはパーティーが盛り上がるようにしっかり進行の計画を立ててくださいね。ああそうです! 料理は学生食堂に特注しますから、心配いりませんわ」
「ボス、色々とありがとうございます。気合を入れてパーティーを盛り上げますので、自分たちに任せてください」
こうして桜からお墨付きを得た男子一同は、ますます張り切ってパーティー準備に邁進するのであった。
◇◇◇◇◇
そして迎えた12月24日。この前日に魔法学院の2学期は終了しており、朝から自由に過ごす時間となっている。その時間をすべてクリスマスパーティーの準備に費やす男たちの姿がある。
「ボスから渡された装飾の飾り付けから始めるぞ」
「モールは天井の中心から端に向かって伸ばしていけよ!」
「おーい、誰か脚立を抑えてくれ」
「窓の飾りはこんな感じでいいか?」
机や椅子はすべて廊下に出されてガランとした教室に様々な飾り付けが施されていくと、それだけでなんだか気分がウキウキしてくる。男子達の手による装飾がほぼ完了を迎えた頃に、教室の中に桜が入ってくる。
「中々いいセンスですわ。華やかな感じになってきましたよ。さて、それでは教室の中心にクリスマスツリーを置きましょうか」
アイテムボックスから取り出すは、桜が業者にリースで発注した高さ2メートル近いかなり大きなツリー。このところダンジョン攻略で懐が温かい桜が自腹で奮発した品となっている。
「ボス、ずいぶん大きなツリーですね」
「所々に金属の皿が取り付けられていますが、これはどうするんですか?」
「ああ、ここにはロウソクを立てるんですよ。電気を消してロウソクの炎を見つめるのもいいかなと思いましたから」
イベント準備に一片も手を抜こうとしない桜、その資金力にものを言わした剛毅な振る舞いに男子一同恐縮している。
「それではパーティーの進行にキャンドルファイアーを取り入れさせていただきましょうか」
「それがいいですわ。あとは部屋の周囲に机を置いて、テーブルクロスを敷いてから料理を並べましょう。30分前に学生食堂に料理を取りに行けば十分間に合いますわね」
「何から何までありがとうございます」
「ボス、ご協力に厚く感謝いたします」
こうして着々と、パーティーの準備が進んでいくのであった。
◇◇◇◇◇
Eクラスのクリスマスパーティー開始は午後6時となっている。時間が迫ってくると、クラスの生徒たちが続々と教室に集まってくる。
「ええぇぇ! 思っていたよりもずっと本格的じゃないの!」
「なんだか凄い豪華なパーティーって感じよね」
「ツリーが素敵ね」
「お料理もたくさんあるわよ」
一番最初に教室に入ってきた女子のグループが目を丸くしている。大スポンサーである桜の資金力と男子たちの働きによって、思いもかけないくらいの立派なパーティー会場が出来上がっている。
装飾だけではなくてテーブルクロスが掛けられた机の上には、オードブル、サラダ、サンドイッチやフライドコカトリスといった軽食の他に、ロングホーンブルの塊肉を丸々ローストした巨大な皿が目を引いている。もちろんそのほかにも各種多様な料理が所狭しと用意されているのはいうまでもない。
「桜ちゃん、肝心のクリスマスケーキはどうなっているんですか?」
「明日香ちゃん、ケーキはパーティーが始まってから披露しますから」
「それはとっても楽しみです。期待していますよ~」
「明日香ちゃん、くれぐれも食べ過ぎないでくださいね。ついにスカートが入らなくなったんですから」
「何のことかよくわかりません!」
桜と明日香ちゃんが並んで教室に入ってくる。明日香ちゃんの期待は、いつものようにもっぱらデザートに向かっているよう。それよりもスカートが入らなくなったって、本当に大丈夫なのか?
桜たちにやや遅れて、聡史が美鈴とカレンを伴って教室に入ってくる。本来Aクラスの二人は特別ゲストとしてこのパーティーに招待されている。
「まあ、ずいぶん頑張ったのね」
「Eクラスの皆さんくらいの団結力がAクラスにもあったらいいんですが…」
カレンが愚痴をこぼしている。Aクラスでこのような催しをしようという動きは皆無らしい。クラスメートをライバルとして見ている生徒が大半では、親睦を図るパーティーの開催など所詮は夢物語なのかもしれない。
こうしてクラスの生徒全員が集まると、いよいよパーティー開始の時間を迎える。
司会役を務めるのは頼朝で、マイクを手にして会場の正面に立つと乾杯の発声を行う。
「皆様、本日はEクラスのクリスマスパーティーにお集まりいただきましてありがとうございます。それではこの一年間の出来事に感謝をして、来年はさらなる活躍を祈りながら乾杯いたします。皆様、グラスをお持ちください」
各自がジュースやノンアルコールのシャンパン風の飲み物を満たしたグラスを手にする。用意が整ったのを確認した頼朝が一際大きな声で音頭をとる。
「それでは皆様、カンパーーイ!」
「「「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」」
なかなか堂に入った頼朝の司会進行ぶりでに全員が初っ端から大盛り上がり。カンパイが終わるとしばし歓談する生徒と、料理に手を付ける生徒に分かれる。
「ローストビーフを希望する人はこちらに一列に並んでくださいね~」
巨大な肉の塊を切り分けているのは、ブルーホライズンのリーダーを務める真美。聡史から借りたミスリルのナイフを両手に持って、スパスパと大きなローストビーフを手早く切り分けている。
その両横では、サンタコスをした絵美と渚が列を作る生徒が手にする皿にローストビーフと付け合わせのマッシュポテトを取り分けている。美鈴が保温魔法を掛けているので、いまだに湯気が立ち上る出来立てのままというのが生徒たちを驚かせている。
するとここで…
「千里、私も何か手伝おうかな?」
「お願いだから美晴は手を出さないでぇぇ! 絶対に大惨事になるから」
世の中には適材適所という言葉がある。ガサツな脳筋女子の美晴に手伝わそうものなら、どのような結果になるかは火を見るよりも明らか。千里が必死になって止めに入るのも無理からぬ話。
ある程度参加者のお腹が膨らむ頃合いを見計らって、頼朝がマイクを手に取る。
「それでは本日のクリスマスケーキが登場です。皆様、我らがボスにご注目ください」
ドヤ顔の桜が頼朝の横に並ぶ。まだ何もしないうちからこのドヤ顔は、一体どのようなつもりなのであろうか?
「今年のクリスマスのために、2種類のケーキを用意させていただきましたわ。まずはこちら… ブッシュドノエルです」
わざわざ手品の演出のように見せながら、桜はアイテムボックスから縦長の箱を5つ取り出す。箱を開くと、中からはフランスでは一般的なクリスマスケーキである薪を模した特大ブッシュドノエルが登場する。1つで10人前はたっぷりある特注品に参加者からの声が上がる。
「「「「「「「「「おおおぉぉぉ!」」」」」」」」
会場が歓声と拍手に包まれる。だが桜のドヤ顔は一向に終わらない。
「続きましては、イチゴのタルトですわ」
デンと登場するは、縦横50センチ四方のムースの土台にこれでもかとイチゴが乗ったこれまた特注のタルト。それもひとつではなくて、全部で3つも用意されているのは実に圧巻の光景。
「「「「「「「「「おおおぉぉぉ!」」」」」」」」
再び歓声が上がる。だが桜のドヤ顔は収まるどころかますますドヤドヤしていく。
「このままでは食べにくいですから、これからケーキを切り分けます。お兄様、どうぞ!」
桜がすべてのケーキをテーブルに置くと、聡史が右手にミスリルの短剣を手にして立つ。やおら手にする剣を3メートル離れた場所から振るうと、剣から放たれた斬撃によってケーキはきれいに等分されていく。聡史による剣技の妙が披露されて、会場は全員が首を捻っている。
「な、なんで離れた場所からケーキが切れるのよ?」
「知らないわよ! 何か手品のような仕掛けがあるんでしょう」
タネも仕掛けもそこにはない。聡史がただ単に斬撃の方向を綿密に制御してケーキを等分に切り分けるように作用させた結果がコレ。
そしてそんな周囲の驚きに満ちた声など全く関係なしに、ケーキに飛びついていく人影が…
「待ってました! いただきま~す!」
生徒たちが首を捻っている間隙をついてケーキが置かれるテーブルに突進していったのは、予想通り明日香ちゃん。あっという間に3個、4個と立て続けに口に運んでいく。このままでは本当にスカートがぁぁぁ!
桜と聡史によるデモンストレーションが終わって、男子も女子も料理とケーキを口にしながら和やかな時間が過ぎていく。気の合う生徒同士が気軽に話をする打ち解けた雰囲気が会場に広がっていく。
モテない男子たちも、勇気を振り絞って女子たちとの話のとっかかりを求めて会場をゾンビの如く彷徨っている。せっかく会話の糸口を見つけても、そこから話が続かないのがモテない男たちの悲しさだが、まあドンマイということにしておこう。
そろそろ宴もたけなわになった頃合いを見計らって、再び頼朝がマイクを握る。
「皆様、ただいまからクリスマスツリーを取り囲んで、キャンドルファイアーを行います。ツリーの周りに並んでいただけますようにお願いいたします」
生徒たちは司会の言葉に従って、部屋の中央に置かれたツリーを取り囲むようにして集まっている。ここで黒子の衣装を着こんだ男子生徒が登場して、ツリーに取り付けられた金属の皿に乗るロウソクに火を灯す。
「電気を消しますので、皆様は中央のツリーに灯るロウソクの炎を見つめてください」
ツリーの電飾は一旦落とされて、12本のロウソクの炎だけが教室内を灯す明かりとなる。今までの和やかな会場の雰囲気とは一転して、そこにはちょっとした厳かなムードが流れる。
「ツリーに飾られた12本のロウソクは、今年の1月から12月をそれぞれ表します。月日が経つように1本ずつ消していきますので、皆様は過ぎ去った日々を回顧しながら炎を見送ってください」
頼朝、ナイス司会ぶりだ! 何度もリハーサルを繰り返しただけの成果を見せている。会場の参加者は頼朝につられるように今年の1月から自分の身に起きた出来事を思い返す。
「4月… 魔法学院に入学しました」
希望に満ちた入学式を思い返す一同、あの頃に比べて自分はどれだけ成長したかなどと考えを巡らす。
「7月、夏休みの季節でした」
頼朝の声に合わせて、7本目のロウソクが黒子によって消される。参加者の中でことにブルーホライズンのメンバーは、自分たちの運命が一変した伊豆の旅行の件を思い出している。
「8月、熱いさなかの模擬戦トーナメントがありました」
千里の目がウルウルしている。本戦にも出られなくて肩を落としたあの日、だが聡史の目に留まって魔法の才能が開花して… 自分の運命が大きく動いたあの日を彼女は絶対に忘れないと誓う。
そして9月、10月、11月と進んで、残っているロウソクは最後の1本となる。
「最後のロウソクは、今年1年の各自の行いが来年への希望に繋がるように祈るためにあります。来年の自分の在りたい姿を心に描いて、実現していくように祈りましょう」
いよいよキャンドルファイヤーはクライマックスか? 頼朝、バカのくせに見事な司会ぶりだぞ!
「それでは間もなく最後のロウソクを消します。今一度温かな炎の輝きを見つめましょう」
一同の目が最後のロウソクに注がれる。ユラユラと揺らめく炎は、温かい輝きとともに未来への誓いの証と誰もが感じている。その時…
プゥ~!
「スマン、屁こいた」
「元原、テメェは一番のいい場面が台無しだろうがぁぁぁ!」
「くせぇぇぇ! 元原、お前は何を食っているんだよぉぉぉ!」
厳かな雰囲気がガラガラと音を立てて崩壊する。たった1発の屁でせっかく用意したキャンドルファイアーのクライマックスがギャグパートに落ちぶれた瞬間を迎えている。
「ククク… この絶妙なタイミングで」
「キャハハハハ、元原ったら下品」
「だ、ダメだ、笑いが、と、止まらない…」
最初は小さな笑い声であったのが、燎原之火のごとく参加者に伝染して、今やパーティー会場が笑いのるつぼと化している。
パチン!
頼朝が指を一つ鳴らすと、黒子が音もなく元原の背後に迫る。手際よく猿轡を噛まして両手を粘着テープでグルグル巻きにすると、教室の扉を開けて外に連れ出していく。
廊下でバキッとかドカッなどという音とともに悲鳴のような声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだろう。バカは体で覚えさせないと理解できないのだから仕方がない。
「アクシデントはつきものです。それでは最後の炎を消しましょう」
頼朝必死のフォローが入るが、会場は未だにそれどころではない。
「く、苦しい! 笑いが… と、止まらねぇ」
「ククククク、無理だぁぁ! あんなタイミングで屁なんかされたら何の抵抗もできねぇ」
「腹筋がぁぁ! 俺の腹筋がぁぁ!」
「元原のバカさ加減もここに極まって… ってもうダメぇぇ! 思い出しただけで笑いが…」
「これがEクラスなのよ。最後の最後で締まらないんだから… プッ!」
「元原、なんであと1分我慢できなかったんだよぉぉ!」
これぞ素晴らしきEクラスの仲間たち。神妙な顔で一年を振り返るよりも、笑い飛ばして過去を忘れるのがお似合いと改めて自覚しているよう。
元原のせいで台無しになったキャンドルファイアーの分を取り戻そうと、司会の頼朝は急きょテンションをアゲアゲにしてマイクを握り締める。
「さあ、気を取り直していきましょう! 皆さん、もう笑い治まりましたか?」
「まだ無理だぁ! 誰か助けてくれぇぇ!」
「い、息ができねぇぞぉぉ!」
男女とも大半の生徒が未だにゼイゼイ喘いでいる。必死に手を伸ばして酸素を求める姿が、そこらじゅうに溢れている惨たらしい光景。屁の1発でこんな修羅場をもたらした元原の責任は大きい。
だが頼朝はメゲない。不屈の闘志でマイクを握り続ける。
「お待たせしました! ただ今からサンタクロースによるプレゼントの時間です。皆さん、大きな声でサンタさんを呼びましょう! せーの、サンタさ~ん!」
シーーーン
頼朝は耳に手を当てて聞こえないという表情をかます。ようやく笑いの大洪水から立ち直ったばかりで、いきなり大きな声が出せるか! 今はそれよりも酸素を寄越せ! という頼朝への反感が会場に渦巻いている。
「もい一度呼んでみましょう! サンタさ~ん!」
「・・・・・・」
子供かっ! という失笑が上がり、誰も声を出さない様子。頼朝は真剣な表情で参加者に訴える。
「いいのかな? サンタさんが素晴らしいプレゼントを用意して出番を待っているよ! ちなみにうちのボスがサンタの衣装を着てスタンバイしているから、声が聞こえないとヤバいことになるかもしれないよ! みんな、わかったかな? それじゃあ気を取り直してもう一度呼んでみよう! サンタさ~ん!」
「「「「「「「サンタさ~ん!」」」」」」
「は~い! お待たせ~!」
司会者の脅迫もどきのMCによって無理やり声を出しているかのような返事が聞こえると、すかさず教室の扉がガラガラと開け放たれる。
そこに立っているのは、トナカイの着ぐるみに身を包んだ聡史とサンタに扮した桜の兄妹。さらに二人に続いて、天使姿のカレンとまんまルシファー姿の美鈴まで教室に入ってくる。
「なんだかすごいコスプレだぞ! 天使と悪魔が出てくるなんて大した演出だな」
「あの羽は背中から直接生えているように見えるけど、どういう仕組みになっているんだ?」
「カ、カレンさんの神々しいお姿がぁぁ!」
「美鈴お姉様! こっちを向いてくださ~い!」
男子に圧倒的人気のカレンと、なぜか女子のファンが多い美鈴。ルシファー様とは知らずに、お姉様キャラとして崇拝している女子が秘かに蔓延っている模様。
すっかり元原ショックが癒えた会場では、カレンと美鈴がコスプレの体で本性を露わしているとも知らずに、得体の知れない熱気に包まれている。そんな中で桜がマイクを握る。
「さあさあ、この1年間頑張ってきたEクラスのみんなにプレゼントだよ! 順番に列を作ってひとりずつプレゼントを受け取るんだよ!」
素早く黒子が前に立つ四人の前にテーブルを準備する。桜は背中に下げていた白い袋を置くと、早く列を作るように全員に促す。
「ほらほら、早く並ばないとなくなっちゃうかもしれないからね! 一列に並ぶんだよ!」
促されるままに男子も女子も列を作り始めて、コスプレ姿の四人からプレゼントが入った小さな箱を受け取っている。丁寧にラッピングされて色とりどりのリボンで結ばれた小箱は、すべて美鈴とカレンの手作業で包装されたもの。桜と明日香ちゃんも手伝おうとしたのだが、あまりに下手クソで美鈴からダメ出しを食らっていたのはご愛敬。
「師匠、ありがとうございます!」
「箱を開けて中身を確認するといい」
「はい、すぐに開けさせてもらいます」
ほのかが聡史からプレゼントを受け取っている。どうやらブルーホライズンは全員聡史から手渡されるように決まっているらしい。
「ボス、ありがとうございます」
「結構いい物が入っていますから、楽しみに開けてください」
頼朝たちは桜からプレゼントをもらっている。個人によって渡す品が決まっているようで、ラッピングされた箱には小さく名前が書かれている。
他の生徒も美鈴やカレンからプレゼントを受け取って、仲のいい生徒同士が集まってさっそく開封の儀に入る。
「何が入っているんだろうな?」
「ボスが結構いい物が入っていると言っていたぞ」
頼朝たちがリボンを解いて箱を開けると中からは腕輪や指輪が出てくる。それらにはメモ書きが添えられており、そこには…
[体力を向上させる腕輪]
[魔法防御アップの指輪]
[魔力が高まるペンダント]
このような記載が為されている。桜の大盤振る舞いによってEクラスの生徒全員に何らかの効果があるマジックアイテムが配られたよう。ダンジョン管理事務所で引き取ってもらうと最低でも数十万は下らないマジックアイテムをクラス全員に配るなんて、桜の太っ腹度合いは限度を超えているように感じられる。
だが桜にも事情がある。異世界のダンジョン攻略でこの程度の指輪や腕輪だったら数百個単位でアイテムボックスに死蔵されている。そんなところに持ってきてこの度のダンジョン連続攻略で、再びマジックアイテムが大幅に増加してしまった。もちろんいくつかは売っているのだが、あまり大量に市場に出回ると値崩れを起こすため捌ける数には限度がある。
このような事情でこのままアイテムボックスに眠らせるよりも、クラスの生徒にクリスマスプレゼントで渡したほうがいいと、桜自身が判断した結果がこのような形となっている。
対してマジックアイテムを受け取った生徒はといえば…
「なんだか凄い物をもらっちゃったな」
「師匠、こんな物をいただいていいんですか?」
「気にするな。たまたま手に入った品だから遠慮なく使ってくれ」
気前よく答えている聡史も、桜と一緒に今回のマジックアイテム放出に加わっている。桜と共に処分に困るくらいアイテムを抱えているのは彼も同様。
マジックアイテムという高価なプレゼントを受け取ったEクラスの生徒たちはテンションマックスを振り切っており、口々に聡史や桜にお礼を言いに集まってくる。プレゼントのおかげで、すっかり元原ショックは払拭されたよう。
こうしてパーティ会場は熱気に包まれたまま、その後はカラオケ大会となってクリスマスパーティーは寮の門限ギリギリまで続く。その頃…
「だ、誰か助けてくれ~」
手足をガムテでグルグル巻きにされて廊下に転がされたままの元原だけは、すっかり忘れ去られて放置され続けるのであった。
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