異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第128話 二人の勇者

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「う~ん… これは困りました。どうすればいいのでしょうか?」

 真剣な表情で迷っている…… のではなかった! 異性が目撃したら百年の恋も冷めるほどにドン引きするニヘラ~という気味の悪い笑みを浮かべて学生食堂のカウンターに並んでいるのは、言わずと知れた明日香ちゃん。


「明日香ちゃん、何をそんなに迷っているんですか?」

「桜ちゃん、今日から12月ですよ! 月替わりの季節のフルーツパフェが、違う果物に変更になる日なんです。ああ~、それなのに… どうして新作の3種類のベリーサンデーなんて魅惑的なメニューが今日から登場するんですか… これは迷わずにはいられませんよ~」

 毎度お馴染み明日香ちゃんによるどうでもいい悩みが桜に明かされる。一緒に並んでいる桜は「一体私にどうしろというんですか?」という表情で放置を決め込んでいる。


「桜ちゃん、今日は特別に両方注文するのはいかがでしょうね?」

「今穿いている一回り大きなサイズのスカートと相談してください」

「ぐぬぬ… さすがに一度に2つは諦めないと不味いようです」

 デザートを我慢しないと決心した明日香ちゃんにも、どうやら最後の理性が残っていたよう。昼食のデザートを2品注文するという暴挙をなんとか回避しようと心の中で懸命に葛藤している。今現在明日香ちゃんの脳内では、天使と悪魔が血で血を洗う最終決戦を行っているに違いない。まあ、どうでもいいのだが…


 愛媛の伊予ダンジョンから戻ってきたデビル&エンジェルは、束の間の学院生活に戻っている。もちろん次なるダンジョンアタックが決定するまでの、ほんのわずかな時間の学院生活に過ぎない。言ってみれば準備期間に当たるダンジョン攻略の合間の時間を魔法学院でのひと時を過ごしているのであった。





   ◇◇◇◇◇




 1年生は本日は学科の授業が行われており、午後の授業が終わるとEクラスの生徒の多数は第3訓練場に向かう。本日も自主連に汗を流そうという面々でゾロゾロ歩いており、その中には異世界からの留学生であるマリウスたちも含まれている。

 ついこの間までデビル&エンジェルと一緒に洞爺ダンジョンを攻略して戻ってきた彼らは、魔法学院での生活がそろそろ1カ月を迎えようとしている。クラスの仲間たちと一緒に過ごす学院生活にもだいぶ順応して、周囲を見回す余裕が出てきた時期に差し掛かっている。

 第3訓練場に向かうマリウスの眼には、遠目にAクラスの集団が移動している姿が飛び込んでくる。そのうちのひとりの姿が、マリウスの勘に触れるものがあったよう。


「ちょっと用があるから、先に行ってくれ」

「いいわよ。先に自主練を始めているわ」

 集団から別れて来た道を戻ろうとするマリウスをディーナ王女たちが見送る。そのままマリウスは足早にAクラスの生徒たちを追い掛けると、彼らの背後から声を掛ける。


「ちょっと待ってもらえないか。そこの君、ぜひとも話がしたいんだが」

「俺ですか?」

「ああ、君と話がしたいんだ。少しの間時間をもらえないか」

「わかりました。立ち話でよかったら」

 マリウスが声を掛けたのは、勇者の職業を持つ浜川茂樹。同じ勇者として、マリウスの直観に彼の存在が他の生徒とは違って見えたよう。同様に茂樹も、マリウスの存在に何らかの自分との共通点を見い出している。二人の勇者が、この時に魔法学院で初の邂逅を迎えている。

 二人はAクラスの集団から離れて校舎の陰になる場所まで歩いていく。


「さて、ここなら誰にも聞かれずに話ができそうだね。単刀直入に聞くよ。君は勇者の資格を持っているね」

「そういうあなたも、もしかして勇者なんですか?」

 茂樹自身、Eクラスに編入してきたマリウスたちと話をするのはこれが初めて。だが彼の勘では、留学生の五人は何らかの事情のある特別な存在だと告げている。ことにマリウスという存在は、もしかしたら自分と同様の勇者なのではないかと漠然と感じていた。それも自分よりも多くの修羅場を潜り抜けた歴戦の勇者なのではないかと…


「ハハハ、今の発言が全てを物語っているね。勇者が発する雰囲気は独特だからひと目でわかったよ」

「自分もなんとなくあなたと共通点を感じていました」

 やはり先輩格のマリウスの眼は間違っていなかったよう。茂樹が素直に認める姿をマリウスは好ましいものと受け止めている。


「さて、勇者の先輩としてアドバイスを送りたい。君は現在迷っているようだね」

「はい、その通りです。自分が勇者として満足な結果を残せないジレンマで、どうすればいいのか毎日が苦悩の連続です」

 茂樹は例の八高戦の失格の件以来、自身が経験した記憶すらない特大のスランプに陥っている。

 ダンジョンでゴブリンを相手にしても取り逃がすケースが度々発生しており、仲間たちからの信頼は現在地に落ちているといっても過言ではない。パーティーの間で「名ばかりの勇者」と秘かに囁かれていることももちろん耳に入っているが、その陰口に反論すらできない自らの情けなさを甘んじて受け入れるしかないというのが今の茂樹が置かれている立場。


「勇者の苦悩か… 私にも経験があるよ。小さな村から出て来たばかりの当時は大した力もなくてね、周囲からは『役に立たない勇者だ』と陰口を叩かれたものだ」

 マリウスは今年で22歳、茂樹よりも6歳年上となる。その分下積み生活の苦労も多数経験している。今やマハティール王国の王女と一緒にパーティーを組むまでになっているが、ここまでに至る道のりは決して平坦であるはずもない。



「マリウスさん、ひとつだけ教えてください。勇者は何のために存在しているんですか?」

 茂樹は真顔でマリウスに尋ねている。自分の勇者としての在り方が見つからないゆえに、茂樹は藁にも縋る気持ちでマリウスを頼っているのだろう。


「これはいきなり勇者の存在の本質に関する質問だね。答えは… 残念ながら存在しないよ。というか、人それぞれに勇者としての在り方に関する考えなんて様々だ。それをいちいち取り上げていたら収拾がつかない」

「そうですか… 簡単には見つからない。確かにその通りだと思います」

 マリウスの答えを聞いた茂樹の肩がガックリと落ちている。何らかのヒントを期待したのだが、何も得られなかった結果に落ち込んでいるよう。そんな茂樹を見かねたように、マリウスはさらに言葉を重ねる。


「勇者の存在理由など、恐らくは誰にもわからない話だ。だけどね、勇者に与えられた役割についてその一端なら知っているよ」

「えっ! それは何ですか?」

 やや下を向いていた茂樹の顔が急に上を向いている。


「勇者を動かすのは、人々の希望だと思う。人々が平穏な生活を送りたいと望めばその人々を守るために戦うし、人々が満ち足りた生活を送っていて戦いを望まないのであれば、剣を置いて辺境で畑でも耕すさ。それが勇者の宿命だよ」

 マリウスの独白は異世界で経験した真実に裏打ちされているだけに一言一言に重みがある。彼は常に名もなき民を守るために、その命を懸けてこれまで戦い続けてきた。もちろん王や王都を守ろうという気持ちも持っているが、マリウスの本音としては身を守る術のない庶民の命を何とか救おうと懸命に闘い続けてきたという自負がある。

 ただその戦いについてはここまで終始劣勢を強いられており、多くの罪もない命を魔族の侵攻によって無意味に散らせてしまった忸怩たる思いが彼を苛んでいるという面も多々見受けられる。

 その劣勢を何とか引っ繰り返そうとして、教会にもたらされた神託に従ってダンジョンの攻略に踏み切る決断を下す。結果としてこうして日本にやってきて、デビル&エンジェルと共闘しながら祖国に戻ろうとしている現在、その神託はもしかしたら成就されるかもしれないという小さな光明を見い出している。


「人々の希望…」

 そしてマリウスの言葉は、長いトンネルの先にポツンと一筋の光明が浮かび上がるがごとくに、茂樹に今までとはまったく違う心持ちをもたらしている。


「そうだよ、人々の希望に応えるのが勇者の使命だ。力がなければ小さな希望を叶えるがいい。力があればより大きな希望を叶えるために剣を取れ。そして必要がなくなったら、人々の前から姿を消して平穏な世界を片隅から見守ればいいさ」

「俺は自分が強くなるのが勇者としての使命だと考えていました。でもそれは間違いだったんですね」

「それがすべて間違いとは言わないよ。でもいきなり強くなれるわけではないさ。その時その時で、いかにして誰かに役に立てるかを常に考えるしかないんだ」

「人々の希望を少しずつでもいいから叶えながら、自分が強くなってより大きな希望を…」

「そう、勇者というのは時には人々の希望そのものでもあるんだ。王や教会にすら、その役割は果たせないだろう。行く行くは君自身が希望そのものになっていくんだよ」

 マリウスから与えられた課題は茂樹にとってはあまりにも重たいもののように感じられる。現代日本において人々の希望かを叶えるなど、希望の数が多すぎてとても叶えようがない話であろう。

 だがマリウスには、何らかの考えがあるよう。


「近々、君にも人々の希望を目にする機会があるかもしれない。その時こそ、今の私の言葉の意味が真に理解できるだろうね。今日はこうして話し合えてよかった。またいつか一緒に語り合いたい」

「ありがとうございました。ちょっとだけ肩の荷が下りたような、だけどもっと重たい物を背負ったような複雑な心境ですが、今まで自分が悩んでいたのは本当にちっぽけな問題だとわかりました。またいつか、色々と教えてください」

 こうして二人の勇者は、わずかな時間言葉を交わしあって別れていくのであった。




   ◇◇◇◇◇

 

 
 この日の夜に、政府からの緊急発表が行われる。各テレビ局は通常の番組を急遽変更して、総理大臣と防衛大臣が並んで座っている姿を映している。


「長らく世間で議論の的となっておりましたダンジョンに関して、総理並びに防衛大臣から重要な発表があります」

 司会を務める官房長官が話を切り出すと、記者会見場には固唾をのむ緊張した空気が流れる。夥しいカメラのフラッシュが焚かれて、画面の総理大臣の顔は繰り返し眩い光によって照らされるが、依然としてそのその表情は硬いままで口を真一文字に結んでいる。

 フラッシュの閃光が止むと、総理大臣は一度原稿に目を落としてから重々しく口を開く。


「先般世間を騒がせておりますダンジョンですが、自衛隊関係者の努力によりまして現在12か所のうち8か所までが最深部まで攻略を完了いたしました」

 会見場には大きなどよめきとともに、さらに盛んにフラッシュが焚かれる。その光が収まるのを確認してから、総理はさらに話を続ける。


「最深部まで攻略をしたダンジョンを詳細に調査した結果、そこには別の世界と繋がる通路が存在しておりました。そして過去に3回発生したしましたダンジョンから魔物が溢れる集団暴走は、異世界から日本に対する侵略であると結論付けました」

 会見場にはさらに大きなどよめきが広がっていく。異世界からの侵略行為と聞いて、詳しい事情を知らない大多数のマスコミ関係者の頭には、エイリアン型の異星人が地下から侵攻してくる図式が浮かんでいる。だがその空想は、総理大臣の発言を引き継いだ防衛大臣の発言でその場で否定される。


「先日那須ダンジョンで、約十万に上る魔物による集団暴走が発生したしました。この件に関して広域に避難指示が発令されましたが、1名の犠牲者を出すこともなく自衛隊によって鎮圧されました。この集団暴走の裏で糸を引いていたのは、異世界の魔族を名乗る少数の集団でした。彼らを捕虜にして事情を聴取した結果、魔族を率いる魔王と呼ばれる存在が日本への侵攻を企てており、この魔物の集団暴走は我が国に対する攻撃の一環であります」

 再び記者席には大きなどよめきが広がる。中には席を立つ記者も現れての大騒ぎであった。


「おい、明日の朝刊の一面は差し替えだ!」

「本社に今すぐ一報を届けろ! 続報は順次こちらから送るから、すぐに一面を空けておくんだ!」

「9時から特番を組みこめ! 魔族の侵攻を特集しろ!」

 慌ただしい動きを開始する記者たちをよそに、防衛大臣の話はさらに続けられていく」


「我が国はすでにダンジョンを攻略する戦力を整えております。現在残っている4か所のダンジョンを速やかに攻略して、魔族による侵攻をダンジョン内部で食い止める方策を準備しております。そのためには数百人規模の部隊をダンジョン下層に送り込んで、異世界との通路を塞ぐ作戦を講じる予定です」

 ここまでが、政府が予定していた公式発表。異世界に部隊を送り込むという内容は隠蔽して、ダンジョンの最深部で通路を塞ぐという作戦に言い換えている。どうせ誰もそこまでやってこれる人間はいないので、通路の手前で待ち構えようがその先に踏み込んで異世界で戦おうが。目撃者などどこにも存在しない。だからこそ、政府は部隊の派遣に舵を切ったともいえる。

 総理大臣と防衛大臣の発言を引き継いだ官房長官が、集まっている記者に向かって発言する。


「いくつか質問を受け付けます。挙手してください」

「はい、○○新聞の鳥井です。現在のダンジョンの安全性はどの程度保たれているのですか? また、今後魔物の集団暴走が発生する可能性はありますか?」

 この質問を受けて、直接ダンジョン対策を管轄する防衛大臣が回答し始める。


「一般的に冒険者と呼ばれるダンジョン調査を行う方々にとっては、ダンジョンという場所は依然として危険なままであります。ですが自衛隊の特殊集団にとっては、攻略は平均で3日という難易度となっております。特殊集団にとってはダンジョン内部は大した危険はないといっても過言ではありません。それから集団暴走に関しては常に人工衛星から監視しており、異変が生じたならば即座に特殊集団を送り込んで鎮圧する準備が整っております」

 防衛大臣の発言にある特殊集団とは、もちろんデビル&エンジェルを指している。もちろん国家機密に属する重大事項なので、個人やパーティーに関する情報を一切明かさないのは当然の措置。


「ダンジョンを3日で攻略する集団というのは、具体的にどんな人物ですか?」

「自衛隊内部の機密に属しますので明かせません」 

「部隊の名称などはありますか?」

「明かせません」

「その集団の人数等は?」

「明かせません」

 とまあ、このような木で鼻を括った質疑が行われてこの度の発表は終了する。もちろんこの政府の公式発表は各方面に激震をもたらすには十分すぎる内容。

 その夜のニュースはどのテレビ局でもダンジョンの特集が組まれて、これまで一般には大して認識が広まっていなかったダンジョンの存在が改めてクローズアップされる形となる。日本の一般の視聴者の間には魔族の侵攻の部分だけが強調されており、不安が増長される好ましくない副作用が生じているが、これはこの発表を視聴率に繋げたいマスコミの手口であって、後々ネットにその遣り口が悪し様に取り上げられて大炎上するのであった。


 もちろんこの発表は世界各国にも同時に広がって、各国政府やダンジョン関係者に衝撃をもたらしていく。冷静な対応をしているのは、アメリカ、フランス、ロシアの3国のみで、これは件の留学生から何らかの情報が流されたと考えて間違いない。



 そしてその翌日の魔法学院では…


「師匠! ダンジョンを攻略して回っているのは、絶対に師匠たちのパーティーですよね」

「昨日の発表で、やっと納得がいきました! このところ外に出掛ける機会が多いと思ったら、日本中のダンジョンを攻略して回っていたんじゃないですか」

 ブルーホライズンに取り囲まれた聡史は四方八方から集中砲火を浴びているが、依然として口を割らないまま無言を貫いている。その一方で桜といえば…


「ボ、ボス… もしかしてダンジョンを攻略したのは…」

「何のことかわかりませんわ」

「でもボスたち以外には考えられませんが…」

「私に口答えする気ですか?」

「め、滅相もございません!」

 頼朝たちは、桜による暴力を背景とした圧力に屈して、これ以上何も言えないままであった。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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「早く投稿して!」

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