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第17話 大山ダンジョン 1
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桜に引っ張られるようにして四人は大山ダンジョン管理事務所へとやってくる。
ダンジョン管理事務所の設立主体は日本政府であるが、運営は市町村から委託された第3セクターとなっている。日本においてはこの事務所が異世界でいうところの冒険者ギルドの代役に相当する。
主な業務はダンジョンに出入りする調査員の管理となる。ちなみにこの調査員というのがダンジョン内を探索する人々の公式名称であるが、一般的には冒険者と呼ばれるケースが多い。
その他に事務所から冒険者宛てにクエストが告示される場合もある。ダンジョン内で手に入る薬草を採取してほしいとか、特定の魔物の魔石が欲しいなどという依頼を事務所が受理して、冒険者がダンジョンに入って依頼をこなすシステムが出来上がっている。
ところで、なぜ日本においてダンジョンの活動主体が冒険者に委ねられているのだろうか?
ダンジョンが形成された初期の頃には自衛隊が内部に入って魔物の討伐を行っていた時期があった。だが、自衛隊の武装は狭いダンジョンの通路には不向きな作りとなっている。戦車や装甲車はもちろん、大型の重火器すら持ち込みが難しい。
必然的に、アサルトライフルやマシンガンといった、歩兵手持ちの銃が主要武器となる。だが、さらなる問題が生じる。銃には弾丸が必要で、手持ちの銃弾を撃ち切ってしまえば役に立たない。一定数の階層までは到達可能ではあるものの、さらに何十階層にも及ぶダンジョンにおいて、ひとりの自衛隊員が運べる弾数におのずと限界がある以上、そこから先の補給が困難となるのは明白。
もちろん武器弾薬だけではなくて水や食料も背負うことを考えると、現代武器の使用は困難と結論付けざるを得なかった。
このような流れの中で、最終的に武器は剣や魔法が最も適しているということに落ち着いていく。そして、そこから志願した冒険者が活躍の場を得る時代となるのだった。
聡史たちが事務所にやってくる頃には、これからダンジョンに入ろうと意気込む1年生が大勢フロアーで手続きの順番を待っている。
その列に聡史たちが並ぶと横から声が掛かる。
「聡史、お前たちもダンジョンに入るのか?」
振り返るとそこには頼朝とその仲間たちのEクラス男子の姿が。
「ああ、誰かと思ったら頼朝か。まあいってみれば今日は下見のようなものかな」
「それにしても、珍しい組み合わせだな。二宮は足を引っ張るなよ」
頼朝たちは人数不足で一度だけ明日香ちゃんをパーティーに加えた過去があった。その時に散々足を引っ張られた苦い経験を今更ながらに思い出しているかの表情を浮かべている。
「心配しなくても、大丈夫ですよ~。桜ちゃんに丸投げしますから」
あくまでも他力本願の明日香ちゃん。こんな調子だからどこのパーティーからも相手にされなくなるという重大な問題点に早く気が付いてもらいたい。
その後ろでは美鈴が…
「確か、Eクラスの…」
「美鈴ちゃん、このウドの大木は、尊氏ですわ。むむ、なんだか違うような… 家康でしたか?」
「桜、頼朝だぞ。それぞれの時代の幕府の初代将軍をピンポイントで外すなよ」
頼朝はガタイがいい。だがそれを称して「ウドの大木」とは、桜の言い草は失礼にもほどがある。しかも名前を間違えるし…
「副会長、藤原頼朝です。どうぞよろしくお願いします」
桜に対して卑屈なまでの態度で頭を下げた頼朝であったが、美鈴に対してはごく普通に一礼している。やはりこの男、桜の危険な香りを嗅ぎ取っていたのか…
「こちらこそよろしくお願いします。西川美鈴です」
美鈴はその名の通りに、涼やかな表情で挨拶をしている。
だが、頼朝は何か不安でもあるのか、美鈴に確認する。
「副会長、大丈夫なんですか? そんなジャージ姿で」
「ええ、聡史君と桜ちゃんがいれば何とかなるでしょう」
実は頼朝だけでなく、ダンジョンに来ている生徒全員がプロテクターとヘルメットに身を包んで、手や腰には武器を所持している。一方聡史たちは演習用のジャージにTシャツ、しかも丸腰ときては、誰が見ても不安に映るのは当然だろう。
「秀吉、心配など不要ですわ」
「だから頼朝だって。今度は将軍からも外れたぞ。関白だからな」
桜は何度聞いても頼朝の名前を覚える気はなさそう。ここまで間違われると、さすがに頼朝も涙目になっている。なんとも気の毒な…
こうして頼朝が桜のオモチャになっているうちに順番がきて入場手続きが完了する。同時にパーティー登録と大山ダンジョンの5階層までのマップを受け取る。
「桜、各階層のマップだ」
「お兄様、確認いたしますわ」
桜は異世界でも常にパーティーの先頭を務めていた。その卓越した気配察知能力と人知を超えた戦闘力をもってすれば、彼女以上に優れた先鋒など何処にもいないと言い切れる。むしろ桜ひとりで大抵の魔物を片付けてしまうので、後続は暇を持て余すケースが大半という事態も度々引き起こしてくれる。
そういえばかつての聡史と桜の日本でのホームグラウンドは秩父ダンジョン。ここ大山ダンジョンは初潜入なので、慎重を期して聡史は桜にマップを確認させている。
「お兄様、第3階層のこの辺りが気になりますわ」
「3階層か… 今からそこまで行くとしたら往復で4時間は必要だな」
美鈴のタイムリミットがあるだけに、聡史はどうしようかと頭を悩ませる。だが桜はお構いなしの態度。
「美鈴ちゃん、今日は生徒会をサボりましょう。一気にレベルを上げるには、どうしてもこの辺りまで出向く必要がありますわ」
「ええぇぇ! 桜ちゃん。それはちょっと無理よ」
「無理ではありませんわ。学生の本分は授業に情熱を注ぐことです。生徒会活動など二の次ですわ」
単に桜がその場所まで行きたかっただけであるが、学生の本分まで持ち出されては美鈴としても返す言葉に詰まる。仕方なしに生徒会宛に欠席の連絡を入れざるを得ない。この有無を言わせぬ強引さこそが桜。
もちろん桜はシメシメという表情でメールを送る美鈴の様子を見ている。とことん自分の都合に他人を巻き込むとってもお茶目な性格をしている。
「それでは3階層まで最短距離を進むぞ。桜が先頭で、美鈴、明日香ちゃんの順で続いてくれ。一番後ろは俺が守る」
こうして四人は、大山ダンジョン内部へと足を踏み入れる。
念のために桜は両手にオリハルコンの籠手を装着。この籠手は厳密にいえばガントレットといったほうが正しい。全身を金属鎧で覆った騎士が両手を守る用途で嵌める防具に区分される。だがひとたび拳で戦う桜が装着すると、両手を守りつつ敵に大きなダメージを与えて地獄に誘う凶器に変貌する。しかも最強の硬度を誇るオリハルコン製なので、たいていの魔物は一撃で片が付く。
このような強力な武装は現在の日本には存在しない。ダンジョンの上層部では明らかにオーバーキル。だが桜は今日も自らの手に馴染んだ相棒と呼ぶべきこの籠手を常に手にして戦うつもりのよう
対して聡史はアイテムボックスから取り出した異世界製の神鋼で出来た短剣を手にしている。神鋼とは鉄に少量のミスリルを混ぜた金属で、鉄よりも丈夫で魔力との相性が良い。この剣一本取っても稀代の名工と謳われたドワーフが丹念に打った逸品。兄妹のアイテムボックスにはいかほどの貴重な武器やアイテムの類が収蔵されているのか想像もつかない。
ちなみに聡史が手にする短剣は切れ味は折り紙付きでダンジョンの上層階では桜の籠手と同様にオーバーキル。だが聡史は狭い通路での取り回しを重視してこの剣を選択している。
もちろん美鈴と明日香ちゃんは武器など手にしてはいない。だが美鈴には機会があれば魔法を放つように聡史から指示が出されている。
ダンジョンに入った入り口付近は、どちらの方向に向かおうかと迷っている生徒たちで少々混雑している。四人はこの混雑を避けて通路の奥へと一目散に進んでいく。
そのまま五分ほど歩いていると桜からの警告が飛ぶ。
「どうやらゴブリンのようですわ。1体ですから心配いりません」
桜が気配を察知してからきっかり10秒後に、通路の曲がり角から緑色の体に額から伸びる一本角、腰巻一枚身に纏って手には粗末な棍棒を持つゴブリンが現れる。
桜はやや足を速めて後続から離れて前進すると、無造作にゴブリンへ接近していく。対するゴブリンは奇声を上げながら棍棒を振り上げる。だが…
「遅いですわ」
接近する桜が最後の5歩で一気に加速すると、ゴブリンはその動きに全くついていけない。やや引き気味にした桜の右拳がゴブリンに向かっていく。
ギギャアァァァァァァァ!
尾を引くような長い悲鳴を残してゴブリンは通路の曲がり角の壁まで吹き飛んでそのまま壁のシミとなる。当然ながら何の抵抗もできないままに絶命した模様。明日香ちゃんは口をポッカリ開いてその光景を眺めているだけ。美鈴も何が起きたのか理解できずに聡史に振り返る。
「聡史君、桜ちゃんが近づいたと思ったらゴブリンが飛んでいっちゃったわ。何がどうなっているのよ?」
「桜の動きに美鈴たちの目がついていけなかっただけだ。普通に殴って倒したぞ」
「殴っただけでゴブリンがあんな簡単に飛んでいくものなの?」
「まあ、そこは桜だからなぁ」
「美鈴さん、桜ちゃんですから、きっと私たちの理解を超えているんですよ~」
ようやく気を取り直した明日香ちゃん、すでにその表情は色々と諦めているよう。理解できないものは放置しようと考えを切り替えている。さすがは桜と長い付き合いがある親友。
そこへ桜が声を掛ける。
「明日香ちゃん、何もしないのはヒマでしょうから、ゴブリンの魔石を拾い集めてください。3個集めると食堂のパフェが食べられますわ」
「桜ちゃん、それは本当ですか~! 私、1個も見逃さずに拾いますから任せてください」
デザートが懸かるとこうも態度が違うのか。明日香ちゃんは素早くゴブリンが消え去った場所に向かい、濁った緑色の魔石を拾い上げて大事そうにポケットへと仕舞い込む。あとこの魔石2個で大好物のパフェにありつけるのだから、その目はいつの間にかキラキラ仕様に変貌。
このような感じで、通路に出てくるのはゴブリンだけという1階層を進んでいく。もちろん桜が、ワンパンで片づけて明日香ちゃんが魔石を拾うというコンビネーションは健在。
「美鈴さん、全然緊張感がないですよ~」
「そうねぇ… 他の子とダンジョンに入った時はもっと周囲を警戒していたはずよね」
「なんだか、桜ちゃんが『危険はない!』と言っていた意味が分かったような気がしますよ~」
「桜ちゃんひとりで全部終わってしまうんですもの。魔法の用意はしても撃つ暇なんかなさそうね」
確かに美鈴と明日香ちゃんが喋っている通りで、かつてここまで安全なダンジョン探索は日本では存在しなかったであろう。
そのタネを明かすと、実は桜は異世界で幾度となく単独ダンジョン制覇を成し遂げているのだった。桜と聡史のステータス画面を見ると、一番最後のダンジョン記録という項目がある。そこに記載されているのは、聡史が踏破レベル6に対して桜はなんと11という数字。聡史が6か所の異世界ダンジョンを踏破したのに対して、桜は11か所を制覇していた。つまり5か所は単独アタックで最深部のラスボスを倒してきた証明となる。
いくらなんでも戦闘狂の血が騒ぎすぎであろう。これが聡史と桜のレベルの違いを生み出している原因でもある。桜のほうが倍近く聡史を上回っているこの事実。本当に恐ろし過ぎる娘だといえよう。
その後、桜がゴブリンを4体倒した時…
ピコーン
明日香ちゃんの頭の中でチャイムのような音が鳴る。
「あっ! 今レベルアップしましたよ~」
さらに桜が6体倒すと…
ピコーン
「あら、私もレベルアップしたわ」
これほど安全簡単なレベルアップ法はない。桜について歩けばよいだけなんて、いくらなんでもムシが良すぎる。だが、これが実際にこの場で起きている事実なだけに美鈴と明日香ちゃんも信用せざるを得ない。
その後も美鈴と明日香ちゃんは、ただ普通にダンジョンの通路を歩いているだけでレベルアップを繰り返していくのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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ダンジョン管理事務所の設立主体は日本政府であるが、運営は市町村から委託された第3セクターとなっている。日本においてはこの事務所が異世界でいうところの冒険者ギルドの代役に相当する。
主な業務はダンジョンに出入りする調査員の管理となる。ちなみにこの調査員というのがダンジョン内を探索する人々の公式名称であるが、一般的には冒険者と呼ばれるケースが多い。
その他に事務所から冒険者宛てにクエストが告示される場合もある。ダンジョン内で手に入る薬草を採取してほしいとか、特定の魔物の魔石が欲しいなどという依頼を事務所が受理して、冒険者がダンジョンに入って依頼をこなすシステムが出来上がっている。
ところで、なぜ日本においてダンジョンの活動主体が冒険者に委ねられているのだろうか?
ダンジョンが形成された初期の頃には自衛隊が内部に入って魔物の討伐を行っていた時期があった。だが、自衛隊の武装は狭いダンジョンの通路には不向きな作りとなっている。戦車や装甲車はもちろん、大型の重火器すら持ち込みが難しい。
必然的に、アサルトライフルやマシンガンといった、歩兵手持ちの銃が主要武器となる。だが、さらなる問題が生じる。銃には弾丸が必要で、手持ちの銃弾を撃ち切ってしまえば役に立たない。一定数の階層までは到達可能ではあるものの、さらに何十階層にも及ぶダンジョンにおいて、ひとりの自衛隊員が運べる弾数におのずと限界がある以上、そこから先の補給が困難となるのは明白。
もちろん武器弾薬だけではなくて水や食料も背負うことを考えると、現代武器の使用は困難と結論付けざるを得なかった。
このような流れの中で、最終的に武器は剣や魔法が最も適しているということに落ち着いていく。そして、そこから志願した冒険者が活躍の場を得る時代となるのだった。
聡史たちが事務所にやってくる頃には、これからダンジョンに入ろうと意気込む1年生が大勢フロアーで手続きの順番を待っている。
その列に聡史たちが並ぶと横から声が掛かる。
「聡史、お前たちもダンジョンに入るのか?」
振り返るとそこには頼朝とその仲間たちのEクラス男子の姿が。
「ああ、誰かと思ったら頼朝か。まあいってみれば今日は下見のようなものかな」
「それにしても、珍しい組み合わせだな。二宮は足を引っ張るなよ」
頼朝たちは人数不足で一度だけ明日香ちゃんをパーティーに加えた過去があった。その時に散々足を引っ張られた苦い経験を今更ながらに思い出しているかの表情を浮かべている。
「心配しなくても、大丈夫ですよ~。桜ちゃんに丸投げしますから」
あくまでも他力本願の明日香ちゃん。こんな調子だからどこのパーティーからも相手にされなくなるという重大な問題点に早く気が付いてもらいたい。
その後ろでは美鈴が…
「確か、Eクラスの…」
「美鈴ちゃん、このウドの大木は、尊氏ですわ。むむ、なんだか違うような… 家康でしたか?」
「桜、頼朝だぞ。それぞれの時代の幕府の初代将軍をピンポイントで外すなよ」
頼朝はガタイがいい。だがそれを称して「ウドの大木」とは、桜の言い草は失礼にもほどがある。しかも名前を間違えるし…
「副会長、藤原頼朝です。どうぞよろしくお願いします」
桜に対して卑屈なまでの態度で頭を下げた頼朝であったが、美鈴に対してはごく普通に一礼している。やはりこの男、桜の危険な香りを嗅ぎ取っていたのか…
「こちらこそよろしくお願いします。西川美鈴です」
美鈴はその名の通りに、涼やかな表情で挨拶をしている。
だが、頼朝は何か不安でもあるのか、美鈴に確認する。
「副会長、大丈夫なんですか? そんなジャージ姿で」
「ええ、聡史君と桜ちゃんがいれば何とかなるでしょう」
実は頼朝だけでなく、ダンジョンに来ている生徒全員がプロテクターとヘルメットに身を包んで、手や腰には武器を所持している。一方聡史たちは演習用のジャージにTシャツ、しかも丸腰ときては、誰が見ても不安に映るのは当然だろう。
「秀吉、心配など不要ですわ」
「だから頼朝だって。今度は将軍からも外れたぞ。関白だからな」
桜は何度聞いても頼朝の名前を覚える気はなさそう。ここまで間違われると、さすがに頼朝も涙目になっている。なんとも気の毒な…
こうして頼朝が桜のオモチャになっているうちに順番がきて入場手続きが完了する。同時にパーティー登録と大山ダンジョンの5階層までのマップを受け取る。
「桜、各階層のマップだ」
「お兄様、確認いたしますわ」
桜は異世界でも常にパーティーの先頭を務めていた。その卓越した気配察知能力と人知を超えた戦闘力をもってすれば、彼女以上に優れた先鋒など何処にもいないと言い切れる。むしろ桜ひとりで大抵の魔物を片付けてしまうので、後続は暇を持て余すケースが大半という事態も度々引き起こしてくれる。
そういえばかつての聡史と桜の日本でのホームグラウンドは秩父ダンジョン。ここ大山ダンジョンは初潜入なので、慎重を期して聡史は桜にマップを確認させている。
「お兄様、第3階層のこの辺りが気になりますわ」
「3階層か… 今からそこまで行くとしたら往復で4時間は必要だな」
美鈴のタイムリミットがあるだけに、聡史はどうしようかと頭を悩ませる。だが桜はお構いなしの態度。
「美鈴ちゃん、今日は生徒会をサボりましょう。一気にレベルを上げるには、どうしてもこの辺りまで出向く必要がありますわ」
「ええぇぇ! 桜ちゃん。それはちょっと無理よ」
「無理ではありませんわ。学生の本分は授業に情熱を注ぐことです。生徒会活動など二の次ですわ」
単に桜がその場所まで行きたかっただけであるが、学生の本分まで持ち出されては美鈴としても返す言葉に詰まる。仕方なしに生徒会宛に欠席の連絡を入れざるを得ない。この有無を言わせぬ強引さこそが桜。
もちろん桜はシメシメという表情でメールを送る美鈴の様子を見ている。とことん自分の都合に他人を巻き込むとってもお茶目な性格をしている。
「それでは3階層まで最短距離を進むぞ。桜が先頭で、美鈴、明日香ちゃんの順で続いてくれ。一番後ろは俺が守る」
こうして四人は、大山ダンジョン内部へと足を踏み入れる。
念のために桜は両手にオリハルコンの籠手を装着。この籠手は厳密にいえばガントレットといったほうが正しい。全身を金属鎧で覆った騎士が両手を守る用途で嵌める防具に区分される。だがひとたび拳で戦う桜が装着すると、両手を守りつつ敵に大きなダメージを与えて地獄に誘う凶器に変貌する。しかも最強の硬度を誇るオリハルコン製なので、たいていの魔物は一撃で片が付く。
このような強力な武装は現在の日本には存在しない。ダンジョンの上層部では明らかにオーバーキル。だが桜は今日も自らの手に馴染んだ相棒と呼ぶべきこの籠手を常に手にして戦うつもりのよう
対して聡史はアイテムボックスから取り出した異世界製の神鋼で出来た短剣を手にしている。神鋼とは鉄に少量のミスリルを混ぜた金属で、鉄よりも丈夫で魔力との相性が良い。この剣一本取っても稀代の名工と謳われたドワーフが丹念に打った逸品。兄妹のアイテムボックスにはいかほどの貴重な武器やアイテムの類が収蔵されているのか想像もつかない。
ちなみに聡史が手にする短剣は切れ味は折り紙付きでダンジョンの上層階では桜の籠手と同様にオーバーキル。だが聡史は狭い通路での取り回しを重視してこの剣を選択している。
もちろん美鈴と明日香ちゃんは武器など手にしてはいない。だが美鈴には機会があれば魔法を放つように聡史から指示が出されている。
ダンジョンに入った入り口付近は、どちらの方向に向かおうかと迷っている生徒たちで少々混雑している。四人はこの混雑を避けて通路の奥へと一目散に進んでいく。
そのまま五分ほど歩いていると桜からの警告が飛ぶ。
「どうやらゴブリンのようですわ。1体ですから心配いりません」
桜が気配を察知してからきっかり10秒後に、通路の曲がり角から緑色の体に額から伸びる一本角、腰巻一枚身に纏って手には粗末な棍棒を持つゴブリンが現れる。
桜はやや足を速めて後続から離れて前進すると、無造作にゴブリンへ接近していく。対するゴブリンは奇声を上げながら棍棒を振り上げる。だが…
「遅いですわ」
接近する桜が最後の5歩で一気に加速すると、ゴブリンはその動きに全くついていけない。やや引き気味にした桜の右拳がゴブリンに向かっていく。
ギギャアァァァァァァァ!
尾を引くような長い悲鳴を残してゴブリンは通路の曲がり角の壁まで吹き飛んでそのまま壁のシミとなる。当然ながら何の抵抗もできないままに絶命した模様。明日香ちゃんは口をポッカリ開いてその光景を眺めているだけ。美鈴も何が起きたのか理解できずに聡史に振り返る。
「聡史君、桜ちゃんが近づいたと思ったらゴブリンが飛んでいっちゃったわ。何がどうなっているのよ?」
「桜の動きに美鈴たちの目がついていけなかっただけだ。普通に殴って倒したぞ」
「殴っただけでゴブリンがあんな簡単に飛んでいくものなの?」
「まあ、そこは桜だからなぁ」
「美鈴さん、桜ちゃんですから、きっと私たちの理解を超えているんですよ~」
ようやく気を取り直した明日香ちゃん、すでにその表情は色々と諦めているよう。理解できないものは放置しようと考えを切り替えている。さすがは桜と長い付き合いがある親友。
そこへ桜が声を掛ける。
「明日香ちゃん、何もしないのはヒマでしょうから、ゴブリンの魔石を拾い集めてください。3個集めると食堂のパフェが食べられますわ」
「桜ちゃん、それは本当ですか~! 私、1個も見逃さずに拾いますから任せてください」
デザートが懸かるとこうも態度が違うのか。明日香ちゃんは素早くゴブリンが消え去った場所に向かい、濁った緑色の魔石を拾い上げて大事そうにポケットへと仕舞い込む。あとこの魔石2個で大好物のパフェにありつけるのだから、その目はいつの間にかキラキラ仕様に変貌。
このような感じで、通路に出てくるのはゴブリンだけという1階層を進んでいく。もちろん桜が、ワンパンで片づけて明日香ちゃんが魔石を拾うというコンビネーションは健在。
「美鈴さん、全然緊張感がないですよ~」
「そうねぇ… 他の子とダンジョンに入った時はもっと周囲を警戒していたはずよね」
「なんだか、桜ちゃんが『危険はない!』と言っていた意味が分かったような気がしますよ~」
「桜ちゃんひとりで全部終わってしまうんですもの。魔法の用意はしても撃つ暇なんかなさそうね」
確かに美鈴と明日香ちゃんが喋っている通りで、かつてここまで安全なダンジョン探索は日本では存在しなかったであろう。
そのタネを明かすと、実は桜は異世界で幾度となく単独ダンジョン制覇を成し遂げているのだった。桜と聡史のステータス画面を見ると、一番最後のダンジョン記録という項目がある。そこに記載されているのは、聡史が踏破レベル6に対して桜はなんと11という数字。聡史が6か所の異世界ダンジョンを踏破したのに対して、桜は11か所を制覇していた。つまり5か所は単独アタックで最深部のラスボスを倒してきた証明となる。
いくらなんでも戦闘狂の血が騒ぎすぎであろう。これが聡史と桜のレベルの違いを生み出している原因でもある。桜のほうが倍近く聡史を上回っているこの事実。本当に恐ろし過ぎる娘だといえよう。
その後、桜がゴブリンを4体倒した時…
ピコーン
明日香ちゃんの頭の中でチャイムのような音が鳴る。
「あっ! 今レベルアップしましたよ~」
さらに桜が6体倒すと…
ピコーン
「あら、私もレベルアップしたわ」
これほど安全簡単なレベルアップ法はない。桜について歩けばよいだけなんて、いくらなんでもムシが良すぎる。だが、これが実際にこの場で起きている事実なだけに美鈴と明日香ちゃんも信用せざるを得ない。
その後も美鈴と明日香ちゃんは、ただ普通にダンジョンの通路を歩いているだけでレベルアップを繰り返していくのだった。
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