異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第19話 隠し部屋で待っているのは

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 転移の光に包まれて一瞬の浮遊感の後に周囲の景色が実体化してくる。

 ドスドスン

 ダンジョン内での転移に慣れている聡史と桜は何事もなかったかの表情で床に立っているが、このような経験は初めてであった美鈴と明日香ちゃんは尻もちをついて目から火花が飛び散っている。


「痛たたたた、お尻が痛いですよ~」

「はぁ~、ビックリしたわ。あら、どんな恐ろしい場に行くのかと思っていたら意外と普通の場所なのね」

 周囲を見回している美鈴の目に飛び込んできた景色は赤茶色のレンガが敷き詰められている床と壁に囲まれたバスケットコート2面分程の空間。特にこれといった目ぼしい物はないが、唯一空間の最も奥まった箇所には祭壇を模しているかのような木組みのテーブル状の台が置かれている。


「お兄さん、桜ちゃん、元の場所に早く戻りましょうよ~」

「明日香ちゃん、どこに出口があるんですか?」

「あれ? そう言われてみると、どこにも出口が見当たりませんねぇ。どうしましょうか?」

 桜の指摘に明日香ちゃんは不安げな表情を浮かべている。この空間は確かに出入りする通路がどこにも繋がっていない不思議な場所のように思えてくる。自分が置かれた状況をようやく自覚してどうやって元に場所に戻ればよいのか… お花畑の住人である明日香ちゃんも不安を覚えたよう。

 その時…


「あれは何かしら?」

 祭壇の手前に黒い靄のように魔力が集まり、何かを形作るかのように蠢き始める。そして次第に薄い影が実体化するように輪郭がはっきりとしてくる。


「ま、まさかあれは。オーク?」

 美鈴がその方向を指さして声を上げてから慌てて口を押える。学院の生徒はオークを倒すほどの実力を持っている者はいない。もしダンジョンでオークに出会ったら「武器を放り出してでもその場から逃げ出せ」と、口を酸っぱくして教えられている。5階層までに出現する最強の魔物こそがオークなのは紛れもない事実。


「や、やっぱり普通の場所じゃなかったですよ~」

 明日香ちゃんはそう叫ぶと、ヘナヘナと床に崩れ落ちて白目を剥いて気を失う。よくもまあこんな性根で魔法少女を目指せるものだと兄妹は呆れ顔。それはともかく、聡史は冷静な表情のまま告げる。


「美鈴、あれはオークではないな。上位種のオークジェネラルだ」

「ええぇぇぇ!」

 聡史からさらなる絶望的な宣告が下されると美鈴の顔は真っ青になる。だが桜の反応は美鈴の考えの斜め上をブッチギッている。


「美鈴ちゃん、そんなに怖がる必要はありませんわ。あそこにいるのは単なる肉ですの」

「えっ? 桜ちゃんは何をわけのわからないことを言っているの」

「美鈴ちゃんも心配症が過ぎますわ。あそこにいるのは単なる肉ですからどうぞご安心を。お兄様、ひと思いに全滅させてきます」

 そう言い残すと桜はオークジェネラルに向かって突進を開始する。その後ろ姿に向かって何らかの考えがあるのか聡史が声を掛ける。


「桜、2体仕留めて1体はこちらに回してくれ。美鈴はファイアーボールを準備しろ」

「お兄様、承知いたしましたわ」

「聡史君、わ、私がやるの?」

「ああ、美鈴の魔法に期待しているぞ」

 聡史に励まされて、美鈴は教えられた通りにファイアーボールの術式を準備する。その間に桜はと言えば…


「観念して、肉になりなさいませ」

 無鉄砲にも単身で3体のオークジェネラルに向かって突っ込んでいく。

 桜を迎え撃とうとするオークジェネラルは身長が2メートル強。イノシシを擬人化したようなフォルムで筋骨隆々としたその体は通常のオークよりも一回り大きい。さらに全身を包む革鎧と革製の兜、右手にはロングソード、左手には革を張った盾を構えている。このような強敵に対して桜は臆することなく真正面から突っ込んでいく。

 直進してくる桜の体はオークジェネラルの目の前。飛び込んでこようとする獲物に向けて3体が一斉にロングソードを振り上げる。

 だがその瞬間、桜の姿がオークジェネラルの目の前から消え失せた。真っ直ぐに突っ込むと見せかけて直前で左側にカットアウトすると、3体の中で左に立っている1体の真横に瞬時に移動している。

 桜の目の前にはがら空きのオークジェネラルの脇腹。当然のように手加減なしのストレートが目に捉えられない速度で放たれる。

 ブモオォォ!

 僅か1発のパンチでオークジェネラルの肋骨は粉砕され、内臓や心臓、肺までが破裂する。有り余るパンチの勢いはそれだけに止まらずに、その個体を吹き飛ばしてミサイルのような勢いで隣の個体に衝突させる。


 ブモーォ!

 更に玉突きになって、そのまた隣の個体にもぶつかる。

 ブモー!

 こうして僅か1発の桜によるパンチで3体のオークジェネラルは折り重なるように倒れ込む。こうなると逆にその巨体が災いして中々起き上がれなくってしまう。まだ息のあるオークジェネラルはなんとかして起き上がろうと地面でもがき合うが、そんな隙だらけの様子を桜は絶対に見逃さない。


「やはり肉になる運命でしたわね」

 動きを止めている最初の1体の下敷きとなって、なんとか抜け出そうと足掻いている個体の首に踵を落とす。

 ブモオォォォ!

 断末魔の叫びを上げるとオークジェネラルは息絶えていく。聡史の指示通りに2体を仕留めた桜はそのまま気配を消してオークの後ろ側に佇む。ひとたび彼女がこうして気配を絶つと、そこに居るのかどうかすらわからなくなる高度な気配の消し方だ。

 地面に転がされた3体のうちで、最も右側にいた個体は比較的ダメージが軽かったよう。訳が分からぬ間に自らをこのような目に遭わせた相手を探そうと周囲を見回すが、気配を絶った桜をその目で発見できない。だが前を向けば三人の人間がいる。しかもそのうちのひとりは倒れたままで抵抗できない様子が窺える。絶好の獲物を発見したとばかりに再び床を踏みしめて立ち上がる。体は若干フラ付いてはいるが、闘争本能はいまだ健在のよう。


「美鈴、魔法だ」

「は、はい」

 美鈴の右手からはスタンバイを完了していたファイアーボールが飛び出していき、オークジェネラルの胴体のど真ん中に着弾する。

 ドーン!

 閉ざされた空間に爆発音が響き、直撃を受けたオークジェネラルはその衝撃で後方に飛ばされる。


「やったわ」

 美鈴の表情は魔法が無事に命中した安堵感に包まれる。だが…

 ブモオォォ!

 オークジェネラルは剣を手に立ち上がる。雄叫びを上げたその姿は湧き上がってくる怒りに身を震わせているかのよう。オークジェネラルは確かに魔法の直撃を受けていた。だが革鎧越しであったために致命傷となるようなダメージではない。元々オーク種は生命力が強いうえに、分厚い皮下脂肪と有り余る筋肉が体を覆っているので見た目通りに頑丈。だからこそ学院生の手にを得ない魔物に指定されている。

 復活の雄叫びを上げるオークジェネラルの姿を見た美鈴は全身が硬直して身動きひとつできない。魔法の効果が無かったショックとオークジェネラルの本能的に恐怖を呼び起こす姿に精神が負けてしまっている。


「仕方がないな」

 その小さな呟き声を残して美鈴の隣から黒い影が疾走する。右手はミスリル製のロングソードに持ち替えて雄叫びを上げるオークジェネラルに音もなく接近していく。


「悪いな、死んでくれ」

 その言葉とともにミスリルの剣を一閃すると、オークジェネラルの首が体からズルリとズレる。次第にそのズレが大きくなって頭が体から転がり落ちると同時に、オークジェネラルの巨体は真後ろに倒れていく。

 この光景を見届けた聡史はゆっくりと美鈴に振り返る。


「美鈴、魔法が当たったからといって油断すると命取りに繋がるからな」

「は、はい、聡史くん、ありがとう。助かったわ」

 美鈴はこのオークジェネラルとの一戦で大きな教訓を学んでいる。最後のトドメを刺すまでは絶対に油断できないのが魔物との戦いなのだと。そして白目を剥いて倒れている明日香ちゃんはご想像通り何も学んでいない。


「お兄様、肉をゲットですわ」

 桜がホクホクして木の皮に包まれたオーク肉のブロックを抱えてくる。その他に魔石を3個、気絶している明日香ちゃんに代わって迅速に回収を終える。


「聡史君、魔物の肉なんて本当に食べられるのかしら?」

「ああ、高級黒豚と遜色ない味だぞ」

「美鈴ちゃん、特にトンカツにするととっても美味しいですわ」

 兄妹が力強くその肉の美味しさを説くが、美鈴にはどうにも半信半疑な様子。異世界ではオーク肉というのは定番中の定番ではあるが、日本においては馴染みが無いのは当然。


「それよりも、そろそろ明日香ちゃんを起こしてやらないのか?」

「そうでした、すっかり忘れるところでした」

 桜はオーク肉をアイテムボックスにしまうと、続いて小ビンを取り出して中の液体を明日香ちゃんの口に流し込む。


「桜ちゃん、まさかそれは」

「美鈴ちゃん、魔法の液体ですから苦さで目が覚めますわ」

 揺すって起こせばよさそうなものだが、桜はわざわざ明日香ちゃんにポーションを飲ませている。実に友達思いの性格。やがて明日香ちゃんの喉がゴクリと音を鳴らすと…


「うへぇぇ、苦いですよ~」

 ポーションには気付け薬としての作用はない、明日香ちゃんは、えも言えないその味に我慢できずに目を覚ましただけ。

 ようやく立ち上がった明日香ちゃんは相変わらずポーションの苦さに顔をしかめっ放し。だがいつまでもグズグズしていられないので、この空間で唯一の手掛かりとなりそうな祭壇に向かって四人は歩き出す。

 近付いててわかったのだが、その上には長細い木箱が置いてある。


「特に罠が仕掛けてある様子もないですわね~」
 
 桜が無造作にその箱を開けると、中にはネジくれた木の頭の部分をくり抜いて黒い石を嵌め込んだ杖が出てくる。


「まるで仙人が用いるような杖ですわ」

 桜はその杖を手に取ると興味なさげに聡史に渡す。受け取った聡史は一旦アイテムボックスに仕舞い込む。


「聡史君、さっきから色んな物を出したり仕舞ったりしているけど、どういう仕組みなのかしら?」

「ああ、これはアイテムボックスだ。スキルのひとつだな」

「なんだか便利なスキルね」

 美鈴の言葉通り非常に便利なスキル。何でも放り込んで持ち運べるうえに、アイテムボックスの内部は時間が停止しているので、生ものでもいつまでも保存がきく。更にインデックス機能が付いており、仕舞った物品の名称がわかる。さすがに鑑定スキルのように用途までは調べられないが、インデックスに〔ミスリルの剣〕といった具合に表示される。


「わかったぞ、どうやらこの杖は〔黒曜石の杖〕という名称のアイテムだ。おそらく魔法に関係のあるアイテムだと思うが、あとでゆっくりと調べてみよう。それまでは俺が預かっておく」

 こうしている間に何もなかった空間の床に魔法陣が現れる。どうやらこの杖を手に入れると出現する仕組みのよう。


「オーク肉が手に入りましたしお宝もゲットしましたわ。それでは戻りましょうか」

「桜ちゃんのおかげで酷い目に遭いましたよ~」

 こうしていまだにボヤキが止まらない明日香ちゃんを励ましながら、四人は魔法陣の中へと消えていくのだった。



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