異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第32話 神聖魔法

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 カレンが開示したステータスは次の通り。

【神崎 カレン】  16歳 女 

 職業        ……

 レベル       12

 体力        51

 魔力       150

 敏捷性       29

 精神力      120
 
 知力        75

 所持スキル   回復魔法ランク3 状態異常回復ランク1 解毒ランク1 精神力上昇ランク1 物理防御上昇ランク1 魔法防御上昇ランク1 魔力回復ランク1 神聖魔法ランクMAX

 カレンは、このパーティーに加わってからレベルが5段階上昇している。それに伴って各数値も上昇しているが、この度世界樹の杖を装備したことで神聖魔法がスキルに加わっている。どのような原理か正確には断定できないが、世界樹に蓄積された膨大な英知の一部が杖に保存されており、それが杖の所持者に影響をもたらしたものと考えられる。

 ともあれ、日本で神聖魔法を使用可能であったのは勇者ひとりであったが、カレンは魔法界においてその勇者に匹敵する重要な人物と見做されるようになっていくことであろう。


「カレンさんが急に偉くなっちゃいましたよ~」

「偉いなんて、そんな… 今までと変わらないです」

 明日香ちゃんから尊敬の目で見られているが、カレンは首をブルンブルン振って否定する。スキルが増えたところで今までと変わらない自身であると訴えているが、底辺Eクラスの明日香ちゃんから見れば雲の上の人に見えてしまうのも仕方がないかもしれない。

 なにしろ明日香ちゃんはついこの間までEクラスでも実技の評価で断トツのビリ。桜に鍛えられてさすがにビリからは脱出したが、今でも総合的な評価ではやはりEクラスというのは厳然たる事実。


「神聖魔法なんて、すごく興味が湧くわね」

 明日香ちゃんとは対照的に美鈴は神聖魔法の術式がどのように構成されているのかという点に興味を惹かれている。解析結果次第ではもしかしたら自分も使用可能なのではと純粋な期待を向けているらしい。

 カレンと美鈴はAクラスの実技試験で勇者のホーリーアローを目撃している。あのような強力な攻撃魔法を身に着ければ、それは自身にとってもパーティーにとっても大いに役立つと考えるのは当然であろう。


「聡史さん、早速この魔法を使用してもいいでしょうか?」

「いや、まだテストも何もしていない魔法をダンジョンでいきなり使用するのはヤメておいたほうがいいだろう。学院に戻ってから試し撃ちをして、取り扱い方を自分のものにしてからだな。今日は今まで通りで我慢してもらいたい」

「はい、わかりました。ちょっと残念ですが…」

 申し出を却下されたカレンは心なしかシュンとしている。せっかく魔物の討伐に参加できると思ったのがお預けとなって、ご飯を待たされる子犬のような顔になっている。元が人目を惹く美人なので、こうして落ち込む表情はなんとも美しい。


 だが、そんなガッカリ顔のカレンに対して希望をもたらす使者が現れる。


「カレンさん、スキルの欄にある〔物理防御上昇〕とか〔魔法防御上昇〕っていうのはどんな効果があるんですか?」

 質問した明日香ちゃんはスキルについてほとんど知識がない。無知ゆえの素朴な疑問であるが、カレンがハッとした表情に変わる。


「このスキルは、誰かの防御力を20パーセント引き上げるスキルなんです。このパーティーの皆さんには必要ないかなと思っていたんですが、よかったら明日香ちゃんに掛けてみましょうか」

「そうなんですか。ぜひお願いします」

 トライデントを手にする明日香ちゃんは本人が全く気付かないうちに槍自体が保有するスキルで攻撃力を自動的に3倍にマシマシにされている。それと比較して防御力に関しては相変わらず段ボールよりちょっとだけマシ程度の紙装甲。もちろん学院支給のプロテクターとヘルメットを装着してはいるものの、防御力が上昇するのは大歓迎。なぜなら明日香ちゃんは痛い目に遭うのが大嫌いだから。

 ということで魔物とのバトル開始の前にカレンが明日香ちゃんに物理防御上昇の術式を使用して午前中よりもより安全にグレーウルフを討伐していく。

 もちろん役割を得たカレンも大喜びで、何回も明日香ちゃんに防御力上昇を掛けている。本来ならば回復魔法を用いるために魔力を節約するべきなのだが、聡史から「いざとなったら、魔力ポーションがある」と聞かされて柄にもない大盤振る舞いをしていた。





   ◇◇◇◇◇






 昼食後、パーティーは3時近くまで4階層を回っては通路に出現する魔物を次々に狩っていく。

 途中で桜がこの日2体目のホワイトパールミンクを仕留めて、再び明日香ちゃんのセレブ祭りが開催される。3万円で大はしゃぎとはずいぶん安いセレブではないだろうか。

 こうしてパーティーは当初の予定通りに午後4時前にはダンジョンを出て管理事務所へ戻ってくる。

 いよいよ明日香ちゃん最大のお楽しみであるドロップアイテムを買い取ってもらう時間がやってくる。桜のアイテムボックスからは昨日と今日の分の収穫が次々に取り出されて買い取りカウンターに並べられていく。


「桜ちゃん、こうして見るとかなりの量ですよ~」

「2日分ですからねぇ。それなりにまとまった量になりますわ」

 果たしていくらになるのかドキドキワクワクの明日香ちゃん。何しろ金欠でデザートをゲットするためにわざわざ秩父まで遠征してきたのだから、その成果に大きな期待を寄せている。

 買い取りの係員は手慣れた手付きで次々にドロップアイテムを鑑定していく。毛皮等はその品質をチェックして、魔石は魔力測定機で計測されていく。


「お待たせしました。ホワイトパールミンクの毛皮2枚で6万2千円、グレーリザードの皮が4枚で2万4千円、グレーウルフの毛皮が8枚で1万6800円、魔石が34個で2万4百円…… 合計で12万3千2百円ですね。源泉徴収10パーセントで、11万880円になります」

「さ、桜ちゃん、どうしましょうか? 本当にセレブになっちゃいましたよ~」

「まあまあの金額ですね。セレブにはずいぶん足りない気がしますが」

 五人で分配しても明日香ちゃんにとってはこれから先1か月間毎日デザートを食べられる金額。だが桜にとっては5日程度で使い切ってしまう額なので、明日香ちゃんほどの喜びは感じていない。


「お兄様、これだけの金額になりました」

「そうか、一人2万にはなるな… 残りはパーティー共有財産としてキープしておきたいんだが」

「「「「賛成!」」」」

 全員から了解を得たので、リーダーの聡史から今回の報酬が分配される。冒険者を本業としている人間からするとやや物足りない金額ではあるが、衣食住に恵まれている学院生の身からすればこれで十分な気がする。


 こうして帰途に就こうとする聡史たちだが、管理事務所の係員が呼び止める。


「楢崎君、ちょっと話したいことがあるんだ。あっちの部屋に寄ってもらえるかい?」

「はい、わかりました。ちょっと待ってもらえるか」

 聡史は、メンバーに断ってから別室へ入っていく。そこにはもうひとり別の係員も待機している。


「帰り際で申し訳なかったね。実はダンジョン管理事務所で行方不明になっていたパーティーに関する情報提供に対して報奨金を用意していたんだ。金額は50万。受け取ってもらえるかね?」

「いえ、辞退します。不幸な目に遭われた方へのお見舞いにしてください」

「そうか… 了解したよ。君の意向通りに被害者の家族にお見舞いとして支給することにしよう」

「よろしくお願いします」

 聡史はこの申し出をきっぱりと断っている。人の不幸に乗じて金儲けをするような真似をしたくないという意思の表れだろう。亡くなった人たちと面識があるわけではないが、せめてもの慰めとしてもらいたいという聡史の気持であった。


「おまたせした。それじゃあ、学院に戻ろうか」

「はい、お兄様」

 管理事務所の係員と聡史との間にどんな話し合いがあったのか知る由もないメンバーたちはこうして学院へと戻っていく。おそらく彼女たちに相談したところで、全員が受け取れないという結論を下すであろうと聡史は考えている。このパーティーはそういう意味でお人好しの集まりかもしれない。だからこそ仲間として信じ合える。

 そんな感慨を抱きながら聡史もメンバーの輪に加わってバスに乗り込むのであった。





   ◇◇◇◇◇






 聡史たちが秩父から戻ってきた翌日の魔法学院は、夏休みまであと3日ということもあって終日自由課題となっている。

 本来ならば1~3年生までの各パーティーは朝からダンジョンへ向かうのだが、明日まで大山ダンジョンは閉鎖中のため各訓練場には生徒の姿が溢れ返って芋の子を洗うような状態が続く。

 ちなみに大山ダンジョンであるが、現在自衛隊の2個中隊が入場してゴブリンを片っ端から討伐している。3階層程度であれば弾薬の補給が容易なので、射撃練習も兼ねて自衛隊の皆さんが思う存分実弾をブッパしているという噂が聞こえてくる。

 当然ながらゴブリン相手であれば、剣よりも銃のほうが圧倒的に効率が良い。自衛隊のメンツに懸けて異常発生したゴブリンを手あたり次第討伐している最中と聞こえてくる。本日朝に管理事務所にもたらされた報告では湧き出てくるゴブリンが目に見えて減ってきており、明日から一般入場再開が決定しているのは学院生たちにとっては朗報といえよう。

 話を学院に戻すと、現在聡史たちのパーティーは全員が地下に設置されている第ゼロ演習場に集まっている。日頃は屋外で訓練している桜と明日香ちゃんも珍しく魔法の練習の見学に来ている。二人とも訓練場所が十分に取れなくて屋外での実技演習を諦めて已む無くこの場に来ている… のではないらしい。

 桜との地獄の訓練が中止になった明日香ちゃんは大喜びで魔法の練習を見学している。レベルが上昇しても、もって生まれた性格は中々変わらないよう。ただ、その気持ちはなんとなくわかる気がする。誰もがあんな過激な訓練を進んで受けようとは考えないはず。


 今日は美鈴の練習は後回しにしてカレンの神聖魔法のテストから始めるよう。開始戦に立つカレンと聡史の二人が何か打ち合わせをしている。


「カレン、フィールドの周囲は結界で覆ってあるから遠慮なくブッ放してくれ」

「はい、わかりました」

「最初は何からいくんだ?」

「ホーリーライトです」

 今日は威力が弱い順に試していく予定なので、カレンの答えに聡史は納得した表情で頷く。異世界で活動当時聡史は大賢者が発する神聖魔法を間近で目撃していたので、その威力に関してはおおよその予想がついている。


「桜ちゃん、カレンさんの魔法が楽しみですよ~」

「そうですね。神聖魔法は威力が強烈ですから、もう少し離れて見ていましょう」

 魔法少女に憧れている明日香ちゃんは瞳をキラキラさせて離れた場所からカレンに熱い視線を送っている。「いつかは自分も魔法を操りたい」というのは明日香ちゃんの心からの願いでもある。

 だが明日香ちゃんは気付いていない。トライデントが最後のとどめに魔物の体に流し込む電流は実は明日香ちゃんの魔力を使用している。トライデントを間に挟んでいるものの、明日香ちゃんはすでに電撃の魔法をその手で操っている。無自覚ほど恐ろしいものはない。

 一方美鈴はカレンの神聖魔法を解析するべく、すでに魔法解析スキルを発動して腕まくりをしている。もちろん実技試験の際に勇者の魔法を解析しようと試みたのだが、あまりにその内容が複雑すぎてほとんど読み取れていなかった。この機会に少しでも神聖魔法を解明しておこういう気合を前面に押し出している様子が伝わってくる。


 世界樹の杖を手にするカレンは開始線に立って真剣な表情で精神集中している。手慣れた回復魔法とは違って今回初めて発動するだけに、果たして成功するかどうか若干の不安を感じている表情を見せる。

 秩父ダンジョンで初めて世界樹の杖を手にした際に魔法式が頭の中に流れ込んできたとは言うものの、現段階では杖を手にしているほうがより明確に魔法式をイメージできるらしい。したがって、今日のところはこうして世界樹の杖を手にしてテストに挑んでいる。


「それでは発動します。聖光《ホーリーライト》」

 カレンが手にする世界樹の杖の先端から淡い光が発せられて的に向かって飛翔していく。光は無事に的に命中して何ら効果を発揮しないうちに霧散していく。


「桜ちゃん、桜ちゃん。せっかく魔法が飛んで行ったのに何の効果もなかったですよ~。どうなっているんですか?」

「明日香ちゃん、ちょっと落ち着いてください。今の魔法はちゃんと成功していますから」

「益々わかりませんよ~。もっとしっかり説明してください」

 桜から「威力が強烈」などと聞いていたものだから物凄い魔法が飛び出して大爆発するだろうと身構えていた明日香ちゃんはなんだか肩透かしを食らったように感じているらしい。魔法に関する知識が全くないので、この反応は無理もないであろう。

 対して桜は兄同様に異世界で何度も神聖魔法を目撃しているので、落ち着いた表情をしている。明日香ちゃんよりは多少はマシにしても、魔法に関しては門外漢の桜。それでも、どのような効果があるのかぐらいは過去に自ら目撃した経験で分かっている。


「明日香ちゃん、今カレンさんが発動した魔法はゾンビやスケルトンといった下級アンデッドに効果がある術式ですの」

「ほえぇぇぇ! そんなに凄い魔法なんですか。ところで桜ちゃん、本当にゾンビなんかいるんですか?」

「ええ、普通にいますよ。ダンジョンの10階層ぐらいまで降りると多分出てくるんじゃないですか」

「そ、その時は、気持ち悪いから全部カレンさんにお任せします」

 ビビりな明日香ちゃんはゾンビと聞いただけで腰が引けている。幽霊が大の苦手であるが、ホラー映画も怖くて満足に見ていられないヘタレな明日香ちゃんがここにいる。


 一方聡史は、カレンに歩み寄っていく。


「カレン、ステータスを開いて魔力をどれだけ消費したか確認してくれ」

「はい、聡史さん。えーと、今の1発で魔力を5消費しています」

「そうか、わかった。常に魔力の残量を確認しながらテストを続けてくれ」

「はい」

 こうしてカレンはある程度術式に慣れるまで聖光を撃ち出していく。カレンが杖を向ける方向に正確に聖光が飛んでいくので、どうやら実戦で使用してもオーケーの手応えを彼女自身掴んでいるようだ。


「それでは、次はホーリーアローを試します」

「うん、いいんじゃないか」

 聡史からオーケーが出たので、カレンは再び精神集中をしてから杖を構える。


「ホーリーアロー」

 杖から真っ白な光が的を目掛けて一直線に飛び出していく。

 ズガガガーーン!

 聡史が展開した結界の内部が猛烈な爆発音と白い光で満たされる。その威力は勇者が実技試験で披露したホーリーアローの比ではない。

 魔法を放ったカレン自身もあまりの威力の茫然自失の模様。そして、もうひとり…


「明日香ちゃん、大丈夫ですか?」

「さ、桜ちゃん… ビックリしすぎて、こ、腰が抜けましたよ~」

 明日香ちゃんは目の前で生じた大爆発に驚いて見事なまでに後ろにひっくり返っている。それはもう裏返されたカエルのように両腕を万歳した完璧なコケ方を披露。お笑い芸人でもここまで思い切って体を張れないに違いない。

 もし仮に明日香ちゃんに恋する男子がいたとしても、この姿を見たら恐らくスッとこの場から去っていくであろう。だが安心していい! 今のところ明日香ちゃんに気持ちを寄せる男子は影も形もない! 絶対にどこにもない! 世界中を探し回ってもまず見つからない、ツチノコレベルの幻と断言しておく!


「カレン、魔力はどのくらい消費しているんだ?」

「今ので50くらいです」

「そうなのか? とても魔力50で出せる威力ではないように感じるが… もしかしたら杖の効果が発揮されているのかもしれないな」

「杖の効果ですか?」

 カレンが手にするのは異世界製の世界樹の杖。明日香ちゃんのトライデントと同様の神話級のアーティファクト。この杖が使用者にどのような効果をもたらしているのかはカレン自身にもわかっていない。例えば魔法の効果を増加するとか使用する魔力を半減するとか、何らかの効果を発揮していると想像するしかない。


「カレン、威力を抑えるのは可能か?」

「今のが最低の威力みたいです」

「そうか…」

 聡史は考え込んでいる。こんなバカ威力の魔法をダンジョンの通路で放ったら敵と味方をまとめて吹き飛ばす未来しか浮かばない。ということで、すぐに結論が出る。


「カレンのホーリーアローはボス戦の切り札以外には使用しないように。狭い通路で迂闊に使用するとパーティーが全滅する恐れがあるからな」

「は、はい… わかりました」

 カレンも実はそうなんじゃないかなぁ… なんて心の片隅で思ってはいたが、改めて聡史から宣告されてガーンという表情になっている。


 美鈴は美鈴でベンチに腰掛けたまま頭を抱えている。


「な、何なのよぉぉ! ただでさえ長ったらしい魔法式なのに、重要な部分が『×××××××』って、全部伏字になっているじゃないのよぉぉぉ! 解析なんて絶対に無理よぉぉ!」

 選ばれし者しか使用できない神聖魔法は術式の内容がバレないように魔法式が暗号化されているよう。この難解な式を解読できる人間は神聖魔法に適性がある人間のみと制限かかけられているのであろう。美鈴の魔法解析スキルでどうにかできる代物ではなかった。

 とりあえず当面はカレンの神聖魔法は封印という結論が出たので、本日のカレンのテストはこれにて終了する。これ以上威力がある魔法のテストは、どうやらこの演習場をもってしても不可能と判断するしかない。そのうえカレンの魔力もだいぶ心許なくなっている。さらに上級の神聖魔法はカレンのレベルがもっと上昇してからテストする他なさそう。



 聡史は美鈴をパートナーに変えて魔法術式の練習を開始する。といっても現在こちらはデスクワークの如き作業となっている。

 美鈴が読み取った魔法文字をノートに書きとって、聡史がそれを翻訳する形式で、術式の構文を日本語に訳していく。この作業を開始してから美鈴には〔言語理解ランク1〕のスキルが加わっている。そのおかげで異世界の文字に対する理解が早くなって、以前よりも翻訳作業が楽になっている。

 美鈴の最終目的は異世界の文字に頼らずに日本語で魔法式を構築することにある。そのためには、聡史が知っている限りの魔法式を片っ端から日本語に改めていくという膨大な作業を二人で繰り返している。



「さて、明日香ちゃん、いつまでノビているんですか。場所が空いたから始めますよ」

「ええええ、完全に油断していましたよ~」

 桜は最初から場所が空いたら明日香ちゃんの訓練を実施するつもりでこの第ゼロ演習場に来ている。せっかく身に着きつつある槍術のスキルをもっと伸ばしたいと考えているよう。

 当然そこには、明日香ちゃんの都合などまったく考慮に入ってはいない。どうせならもっとトライデントを使いこなしてもらいたいという、桜なりの思いやりが籠った親切心があるだけ。 

 神聖魔法のテストが終わって暇になったカレンも、明日香ちゃんの準備体操を兼ねて木槍と棒で打ち合いに参加させられている。といっても、全くの初心者であるカレンは桜から懇切丁寧に棒術の基礎を教えられている。いざという時は世界樹の杖を武器にして身を守らないとならない可能性もあるからという理由らしい。


「桜ちゃん、なんでカレンさんにはそんなに丁寧に教えているんですか?」

「えっ、明日香ちゃん、これが普通ですよ」

「絶対に違いますよ~。私の時は最初から『さあ、好きなように打ち掛かってきなさい』って言いながら、実戦並みに私をバシバシ叩いていましたよね。忘れたとは言わせませんよ~」

「さて、何のお話でしょうねぇ? 最近物忘れが激しくって、昨日の晩ご飯すら思い出せませんわ」

 明日香ちゃんを相手にシラを切り続ける桜であった。




 

   ◇◇◇◇◇






 そしてこの日の昼食時。

 魔法学院の学生食堂はいつものように多くの生徒で賑わいを見せている。


「近藤先輩、隣は空いていますか?」

「ああ、浜川か。空いているからいいぞ」

 昼食のトレーを持った〔勇者〕浜川茂樹が声を掛けたのは、すでに食事を終えかけている前生徒会長の近藤勇人。

 両者は実技実習の時間に何度か剣の打ち合いを交わした間柄で、こうして顔を合わせれば何かしら話をする関係であった。

 剣においては勇者は近藤に連戦連敗を重ねている。もちろん魔法を使用しない純粋な剣だけの打ち合いなので、それがそのまま勇者の実力ではない。だが茂樹を軽く一蹴する近藤の剣の腕は学院生の中では飛び抜けたもの。勇者でさえ何合か打ち合ってはあっという間に地面に転がされてしまう。

 唯一この近藤に勝てるのは、おそらく聡史ただひとりであろう。それほど剣の腕においては彼は際立っている。

 現に近藤勇人は先日ゴブリンに取り囲まれた危機の際にも、たったひとりで群れ集まってくるゴブリンたちの頭を叩き割って奮戦していた。

 さすがに我の強い勇者であっても、近藤には一目も二目も置かざるを得ない。


「近藤先輩、この前のゴブリン騒ぎは先輩も巻き込まれたんですか?」

「ああ、3階層の通路のド真ん中辺りにいて立ち往生していたぞ。お前はどうしていたんだ?」

「自分たちは1階層から下に降りようかというタイミングで退避しろという勧告を受けましたが、無視して2階層に降りていきました。結果的には何も問題はなかったので、普段通りにゴブリンを討伐して回りました」

 勇者の話を黙って聞いていた近藤の表情が一変する。食事をしている勇者の胸ぐらを掴み上げながらその巨体が立ち上がる。いきなりのことであったので、勇者は胸ぐらを掴まれたままで目を白黒している。


「浜川! 退避勧告を無視するとはずいぶんな思い上がりだな。お前はパーティーリーダーの最大の務めは何だかわかっているのか?」

 野太い怒声が学生食堂に響く。普段は温厚な人柄として知られている近藤の怒鳴り声に、周囲で食事をしている関係のない生徒たちまでが首をすくめてどう対処していいのか戸惑っている。


「リーダーの務めはパーティーを率いて魔物に打ち勝つことに決まっているじゃないですか」

 勇者も何とか立ち直って逆に近藤に食って掛かる。だが…


「それが思い上がりだと言っているんだぁぁ! いいか、リーダーの務めとは、たとえ臆病者呼ばわりされてでもメンバーを率いて来た時と同じ顔ぶれで無事にダンジョンの外に出ることだぁぁ! 貴様はメンバーの命を預かっている責任をなんだと心得ているのかぁぁ!」

 これだけ言い放つと近藤は勇者を突き放すように席に放り出して、食事を終えたトレーを手にして片付けカウンターへと去っていく。

 その後には近藤の真剣な怒りに触れて唇を噛み締める勇者だけが取り残されるのであった。



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