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第39話 ブルーホライズン
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翌日の朝、魔法学院の理事長室で東十条篤胤は日々の日課である報告を秘書から聞いている。
「ご当主様、特待生暗殺に派遣しました部隊は失敗いたしました」
「なんだと、我が流派の腕利きを数多く揃えて送り込んだはずではないのか?」
「はい、最も気付かれにくい呪蜘蛛の術を操る者を送り込みましたが、2名が死亡して他の者も気絶させられて道路に放り出されておりました」
「あの者たちが死んだだと? そんなバカな話が有り得るかぁぁ!」
理事長は机を叩いて怒りを露わにするが、秘書は冷静な表情で報告を続ける。
「残念ながら事実でございます。私にとってもこの結果は真に意外でした。結果から申し上げらば、例の特待生に呪蜘蛛の術が破られたと考えて間違いございません」
「特待生のあの2名がそれほどの力を持っているというのか? 俄かにそんな話が信じられぬ」
「ですが手の者は破れました。これは揺るぎない事実でございます」
さすがに秘書にここまで理路整然と説明されてしまうと、彼女の話に信憑性を感じざるを得ない。理事長は瞑目しながら一旦頭の中を整理を試みる。
学院生といえば通常は駆け出しの冒険者レベル。いやほとんどの生徒がそこまで到達しておらず、いわば冒険者の卵に過ぎない。プロの陰陽師にかかれば赤子の手を捻るようなものだったはず。
ところが蓋を開けてみれば、そのプロがあっさりと返り討ちにあっている。いくら特待生だからといってこのような信じられない出来事があるのだろうか。しかも今回送り出したのは最上級の腕を持った手練れ。娘の雅美の応援につけた手合いとは段違いの高度な技の持ち主を選りすぐっている。それが…
様々な考えが浮かんでは消えて理事長の頭の中は千々に乱れる。秘書の話を信じようにもこれまでの自身の経験が邪魔をして、事ここに及んでもいまだに耳にした事実を受け入れがたい。
だがひとつだけはっきりしている点がある。それはこのままあの特待生を放置しておくと学院内での自らの権限は学院長の思うままに剥奪されていくという断じて許しがたい未来。
「絶対に例の特待生をこのままにはしておけぬ。さて、どうすればよいか?」
理事長の眼光には何らかの対応策を出せという意味が込められている。秘書はその意を汲んで暗殺が失敗した場合に備えて用意していた第二案を提示する。
「此度の暗殺計画が失敗しましたので、東十条家の者では手に負えないと判断して間違いはございません」
「ではこのまま手を拱いているというのか?」
「ご当主様、そうではございません。外部の者を利用するのです。ちょうどいい具合に例の特待生に恨みを持つ者がおります」
「外部の人間… 役に立つのであろうな?」
「役に立たない場合は使い捨てにすればよいだけです。東十条家には害は及びません」
「まあ、そうであるな。よかろう、詳しく聞かせてくれ」
「はい、現在…」
秘書からもたらされる案に聞き入る理事長。そして全て聞き終えてから、彼はその内容に納得した表情で大きく頷くのであった。
◇◇◇◇◇
伊豆の旅行から帰ってきた聡史たちのパーティーは美鈴を除いた四人が第3訓練場に集まっている。バカンスのために2日間訓練を休んでいたので、その分を取り返す意味で午前中はここでひと汗かこうという目論見のよう。
現在美鈴は生徒会に顔を出して不在。夏休みにも拘わらず、終えなければならない仕事が山のようにある。むしろこの2日間休んだ分だけ彼女の元に回されてくる仕事は増えているかもしれない。
聡史は訓練を開始するにあたって、自分たちのパーティーメンバーに連絡事項を伝えている。
「今日からここにいる〔ブルーホライズン〕の五人が一緒に訓練に参加することになったから面倒を見てもらいたい。昨日まで一緒に旅行に行った間柄だから気心は知れているよな」
「「「「「どうぞよろしくお願いしま~す!」」」」
新入りの五人が頭を下げて挨拶をしている。それを見た桜は…
「お兄様、私がみっちり鍛えてよろしいのでしょうか?」
「却下だ。彼女たちは俺が教える。もちろん、桜、明日香ちゃん、カレンの三人にも手伝ってもらうつもりだ」
「お兄様は、女子を囲いたいのですね」
桜の底意地の悪い発言にカレンの目がキラリと光る。表情は笑顔なのに、なぜかその目だけが笑っていない。聡史の背筋に一瞬冷たいものが駆け抜ける。
「違ぁぁぁぁう! まずは武器の扱いをもう一度基本から教えていくんだ。変な誤解を生むような発言は慎んでくれ」
同じ場所で準備体操をしているEクラスの男子から一瞬どす黒いオーラが立ち込め掛かったが、彼らはすぐに引っ込めて何食わぬ顔で体を動かしている。いつの間にかずいぶん器用になったものだ。そのうち立派なオーラ使いになれるかもしれない。
それよりも気になるのは、この場にいる男子生徒の数がいつの間にか増えていること。一緒に伊豆に行った8名の他に今日から新たに3名が加わっている。どうやらカレンと同じ場所でトレーニングできるという話を聞きつけたよう。Eクラス全体から名だたるオッパイ星人がこの場に大集結している。
「それでは桜は明日香ちゃんとカレンの訓練を頼む。俺はこっち側で五人を担当するから」
「仕方がないですわねぇ~」
こうして聡史は桜たちとは別れてブルーホライズンの五人を引き連れてひとまずは訓練場の隅に向かっていく。芝生の上に全員を座らせてから今後の説明を開始。
「当分はここで武器の扱い方を練習しながら、時々俺が一緒にダンジョンに入っていく。実際にゴブリンと戦う様子を見ておきたいからな。それに先立って全員のステータスを確認させてもらっていいか?」
「はい、もちろんです」
即断したのはリーダーを務める竹内真美。自分たちの実態を知ってもらわなければどこを重点的にトレーニングしていくのか計画の立てようがないくらいは彼女もわかっている。
ということで、五人が順番にステータス画面を開く。
【竹内 真美】 16歳 女
職業 剣士
レベル 5
体力 36
魔力 38
敏捷性 33
精神力 46
知力 40
所持スキル 剣術ランク1 パーティー指揮ランク1
【蛯名 ほのか】 16歳 女
職業 剣士
レベル 5
体力 34
魔力 26
敏捷性 39
精神力 32
知力 40
所持スキル 剣術ランク1 敏捷性上昇ランク1
【片野 渚】 16歳 女
職業 槍士
レベル 5
体力 37
魔力 25
敏捷性 28
精神力 27
知力 35
所持スキル 槍術ランク1 気配察知ランク1
【山尾 美晴】 16歳 女
職業 戦士
レベル 5
体力 45
魔力 11
敏捷性 22
精神力 23
知力 25
所持スキル 戦斧術ランク1 気合強化ランク1
【荒川 絵美】 16歳 女
職業 槍士
レベル 5
体力 29
魔力 19
敏捷性 25
精神力 27
知力 36
所持スキル 槍術ランク1 敏捷性上昇ランク1
こう言っては身もふたもないが、五人ともこれといった特徴がないドングリの背比べといったステータス。桜が鍛え上げる前の明日香ちゃんよりもちょっとだけマシという感じだろうか。訓練を引き受けたはいいが、聡史としては前途多難を予想せざるを得ない。
「全員まだレベル5か…」
「はい、すいません。1階層に入っても3回に1回しかゴブリンを倒せないんです」
返事をする真美の表情は申し訳なさでいっぱい。彼女の頭の中には「見捨てられてしまったらどうしよう…」という思いが過っている。
「倒せない時はどうするんだ?」
「逃げます」
「は?」
「全員で逃げ出します」
「逃げるのかい!」
ほぼ初期の明日香ちゃんを5人も抱えてしまったとあっては、さすがに抜本的な対策を講じなくてはならないと頭を悩ませる聡史。とはいえ気を取り直して、次なる案件に入る。
「各自のステータスは大体理解した。次に武器を見せてくれ」
武器は各々の戦闘力に直結する重要なファクター。明日香ちゃんがトライデントと偶然出会ってその能力が花開きつつあるように、どんな武器を手にするかで戦いにおいて結果が変わってくる。
「私はこれです」
真美が聡史に差し出したのは何の変哲もない普及品の剣。長さも女子が手にするにはちょうどいいし重さも手頃といえる。
「これが私の剣です」
ほのかの剣を見た瞬間、聡史の表情が曇る。その剣は身長が150センチそこそこしかないほのかにとっては明らかに長すぎる。手に取った感触も刃渡りが長い分だけ重たく感じる。
「この剣は扱いにくくないか?」
「竹刀と同じくらいの長さがいいかなと思って用意したんですが、重たくてすぐに腕が上がらなくなります」
「まあ、そうだろうな。それじゃあ、次」
「この槍です」
渚が差し出したのは柄が木製で穂先だけが金属の槍。異世界の歩兵が手にする最も安物の槍に相当する。
「うーん… 棍棒を持ったゴブリン相手なら何とかなるけど、この槍では上位種には太刀打ちできないな。はい次!」
「この斧です」
美晴が手にするのはホームセンターでも販売しているような手斧。林業従事者であればこれでいいのかもしれないが、魔物相手ではあまりにもお粗末すぎる。
「問題がありすぎだろう! そもそもこの斧でどうやって魔物の攻撃を受けるんだ?」
「その辺は気合で何とかします」
はい、脳筋1名発見! たったひと言の美晴の返事だけでどのような戦い方をしているのか聡史には見当がついてくる。
「それじゃあ、最後は?」
「この槍です」
絵美が手にするのはダンジョンという状況に合わせた短槍。標準の槍に比べて柄の長さが3分の2ほどで取り廻しがしやすい。だがその分だけ槍の特性であるリーチの長さが犠牲になっているのは確か。
五人の武器を確認した聡史はここで結論を下す。
「よくわかった。武器の全とっかえだ。このままだと確実に死ぬぞ」
「「「「「ええぇぇぇぇぇ!」」」」」
「ええ! …じゃないだろうがぁぁ! 本当に死ぬからな」
「でも私たち新しい武器を買うお金なんて持っていないです」
「心配するな。俺の訓練を受けている期間は武器を無料で貸し出す。今からこの場に並べていくから好きな得物を選ぶんだ」
こうして聡史はアイテムボックスを総ざらいする勢いで各種の剣や槍を次々に芝生の上に置いていく。何もないところから武器が取り出される光景に五人はポカーンとして口を開けて眺めている。
「それから美晴はこのどちらかを選ぶんだ」
聡史が最後に取り出したのは総金属製で長い柄の先に斧と槍と引っかき爪が取り付けられたハルバートと、同様に金属製の短斧と盾の組み合わせ。
「うーん…… どっちがいいか迷うな」
美晴は真剣な表情でハルバートを手にしたり盾や短斧の感触を確かめている。散々迷った末に美晴が下した結論は…
「よ~し! こっちにするぜ」
結局彼女が選択したのは盾と短斧の組み合わせ。この結果に聡史が予想通りとニヤリとした笑みを浮かべている。手斧一つ持ってゴブリンと戦うとなったら、さぞかし防御面で苦労したであろうと見透かしているよう。
美晴が選んだ斧は神鋼製で頑丈さと切れ味を兼ね備えており、攻撃力はドワーフ謹製の折り紙付き。だがそれよりも重要なのは盾のほうだといえる。ドワーフの名工が作り上げたこの盾は内側が柔軟性に富んだ軟鉄で外側が硬い神鋼という複合構造で、金貨にして100枚の値が付く一品と相成っている。
美晴が自分の武器を決定すると、彼女を皮切りに次々と他の女子が選んだ剣や槍を聡史に見せにくる。まずいの一番に来たのはほのか。
「聡史さん、これなんかどうでしょうか?」
彼女が手にするのは先日聡史がダンジョンで使用したのと同型の短剣。こちらも前述の通り神鋼で作られており、鋭い切れ味を誇っている。
「ああ、これでいいんじゃないか。この前俺も使ってみたけど一撃でゴブリンの首が簡単に落ちたぞ」
「ええぇぇぇ! そんなに斬れるんですかぁぁぁ!」
使い手の腕もあるが、それだけのポテンシャルを秘めた剣なのは間違いない。実際に使用した聡史の感想を聞いて逆にほのかが驚いている。だが彼女の選択は聡史の目からしても大正解。小柄なほのかでも片手で扱えるというメリットは大きい。
「それじゃあ、これもおまけで渡しておこうか」
聡史はアイテムボックスから小型の盾を取り出す。こちらも軽量なのでほのかには扱いやすい。ただしオールミスリル製というのは本人にはまだ内緒にしておく。防具には金を掛けるべしというのは聡史の持論でもある。
ほのかの装備が決定すると、今度はリーダーの真美が聡史の元にやってくる。驚くことに彼女の手には2本の剣が握られている。
「あの~… 聡史さん。この2本を貸してもらえないでしょうか?」
「1本じゃダメなのか?」
「実は二刀流を試してみたいんです。難しいとは思うんですが、この剣ならばヤレそうな気がするんです」
真美が手にするのは剣の種類でいえばレイピアに該当する細身の品。手にした感触が軽いのはこちらもオールミスリル製のおかげ。その分切れ味は抜群でしかも丈夫なので刃毀れなど滅多に起こさない。
「困難にチャレンジするのは感心な心掛けだ。頑張ってみろ!」
「はい、ありがとうございます」
聡史から掛けられた励ましの言葉にニッコリと微笑んで真美はその場を次のメンバーに明け渡す。そこに立っているのは渚。
「この槍にしたいなぁ… って思うんです」
「何か理由があるのか?」
「手にするとピッタリと馴染んでくるんです。口では説明しきれないんですが、何となく相性がいいような気がします」
「そうなのか… いいんじゃないかな」
渚が選んだ一品は〔疾風の槍〕という銘を与えられている。熟練してくると槍自体に付与された風属性魔法を操れるようになる。渚が手に馴染むというのは、ひょっとしたら彼女自身に風属性の魔法スキルがあるのかもしれない。そもそも彼女の名前からして風や水に縁がありそう。
そして最後に絵美がやってくる。
「最初からこの槍しか目に入りませんでした」
「ほう、これはずいぶん面白いものを選んだな」
聡史の目が笑っている。絵美が手にするのは〔ロンギヌス〕と銘を打たれた、明日香ちゃんのトライデントに引けを取らない神話級の槍。果たして彼女に使いこなすことが可能かどうかはいまだ未知数ではあるが、チャレンジしたいという意思を聡史は尊重する。
これで各自の武器が決定したので、ここから訓練が開始される。
「それじゃあ、各自十分に距離をとって素振りから開始だ。俺が順番に後ろから声を掛けるから、間違っても武器を向けないでくれよ」
「「「「「はい!」」」」」
もちろんこれは聡史の冗談。五人は間隔を開けてたった今選んだばかりの武器を手にして素振りを開始。そんな中で聡史が真っ先に声を掛けたのは美晴。
「美晴は斧の素振りをするよりも先に盾の使い方をマスターしろ。一旦斧を置いて両手で盾を構えろ」
「はい」
美晴の盾はかなり大型の部類に入る。この盾を上手く使いこなせれば最前列で敵の攻撃を防ぐタンク役を務められるかもしれない。ということで盾の技術向上のために木刀を手にした聡史が美晴に打ち掛かっていく。
「ほらほら、しっかりガードしろよ!」
「打ち掛かってくるスピードが早すぎて全然追いつかないですよ~」
「追いつかないと、こうなるんだからな」
バシッ!
「イタタぁぁぁぁ!」
木刀を横薙ぎにして打ち掛かる聡史の攻撃を防ぐために、美晴は盾を左方向に向ける。だがそれはフェイントで、ガラ空きになった右手を小手の要領で叩いている。
もちろん聡史は手加減をしているが、打たれた美晴は涙目になって蹲る。だが聡史はそんな甘えた態度を許さない。
「痛いのは右手だ。無事な左手で盾を構えろ」
「はい」
美晴は自らのスキル〔気合強化〕を発動して立ち上がる。これは「痛みは気合いで我慢する」という脳筋ならではのスキル。ちなみに頼朝もこのスキルの保持者というのは偶然ではない。Eクラス男子は相当数の人間がこのスキルを保持している。女子で持っているのは実は美晴ただひとりというのはまあなんとなくわかる話。
そして再び打ち合う二人。だが今度も…
「ふぎゃぁぁぁ!」
今度は右足の向う脛を押さえて美晴が芝生の上を転がり回る。美晴の盾の動きが間に合わずに聡史の木刀がヒットした模様。
「痛いのは俺じゃない。さっさと立つんだ!」
「うぅぅ… き、気合だぁぁぁ!」
再び美晴は立ち上がる。青アザになっている脛は相当疼いていそうだが、気合を込めればまだ動くよう。
聡史の木刀はすべて計算ずくで振り降ろされている。最も効率よく美晴が盾をかざす動きを体で覚えるようにして木刀を振るっている。その数分後…
「みぎゃぁぁぁ!」
踏んづけられた猫のような叫びをあげて美晴は地面に崩れ落ちる。今度は左足を押さえて一向に立ち上がろうとはしない。さすがに気合では補えないダメージを食らったよう。
「おーい、カレン。ちょっと来てもらえるか」
「は~い」
ダウンしている美晴の元へカレンがやってくる。左足を押さえている美晴は汗でグシャグシャな状態。暑さのせいで汗をかいたのか、はたまた痛みに耐える脂汗なのかは本人にしかわからない。
カレンの右手から白い光が発せられると、あっという間に美晴の傷は癒えていく。
「うう痛い… あれ? 痛みがなくなったぞ」
不思議そうな表情をして立ち上がる美晴、だがここから聡史による第2ラウンドが開始されるとは、まだこの時点では彼女は気が付いていないのだった。
【お知らせ】
9月12日の投稿より小説のタイトルを変更させていただきます。確定ではありませんが当面の仮タイトルは以下の予定です。お間違えの無いようにご承知おきください。
〔異世界から日本に戻ったらなぜか魔法学院に入学。ダンジョンで活動しているうちにパーティーメンバーがどんどん強くなっていくので楽が出来ると思ったらとんでもない間違いだったでござる〕
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「ご当主様、特待生暗殺に派遣しました部隊は失敗いたしました」
「なんだと、我が流派の腕利きを数多く揃えて送り込んだはずではないのか?」
「はい、最も気付かれにくい呪蜘蛛の術を操る者を送り込みましたが、2名が死亡して他の者も気絶させられて道路に放り出されておりました」
「あの者たちが死んだだと? そんなバカな話が有り得るかぁぁ!」
理事長は机を叩いて怒りを露わにするが、秘書は冷静な表情で報告を続ける。
「残念ながら事実でございます。私にとってもこの結果は真に意外でした。結果から申し上げらば、例の特待生に呪蜘蛛の術が破られたと考えて間違いございません」
「特待生のあの2名がそれほどの力を持っているというのか? 俄かにそんな話が信じられぬ」
「ですが手の者は破れました。これは揺るぎない事実でございます」
さすがに秘書にここまで理路整然と説明されてしまうと、彼女の話に信憑性を感じざるを得ない。理事長は瞑目しながら一旦頭の中を整理を試みる。
学院生といえば通常は駆け出しの冒険者レベル。いやほとんどの生徒がそこまで到達しておらず、いわば冒険者の卵に過ぎない。プロの陰陽師にかかれば赤子の手を捻るようなものだったはず。
ところが蓋を開けてみれば、そのプロがあっさりと返り討ちにあっている。いくら特待生だからといってこのような信じられない出来事があるのだろうか。しかも今回送り出したのは最上級の腕を持った手練れ。娘の雅美の応援につけた手合いとは段違いの高度な技の持ち主を選りすぐっている。それが…
様々な考えが浮かんでは消えて理事長の頭の中は千々に乱れる。秘書の話を信じようにもこれまでの自身の経験が邪魔をして、事ここに及んでもいまだに耳にした事実を受け入れがたい。
だがひとつだけはっきりしている点がある。それはこのままあの特待生を放置しておくと学院内での自らの権限は学院長の思うままに剥奪されていくという断じて許しがたい未来。
「絶対に例の特待生をこのままにはしておけぬ。さて、どうすればよいか?」
理事長の眼光には何らかの対応策を出せという意味が込められている。秘書はその意を汲んで暗殺が失敗した場合に備えて用意していた第二案を提示する。
「此度の暗殺計画が失敗しましたので、東十条家の者では手に負えないと判断して間違いはございません」
「ではこのまま手を拱いているというのか?」
「ご当主様、そうではございません。外部の者を利用するのです。ちょうどいい具合に例の特待生に恨みを持つ者がおります」
「外部の人間… 役に立つのであろうな?」
「役に立たない場合は使い捨てにすればよいだけです。東十条家には害は及びません」
「まあ、そうであるな。よかろう、詳しく聞かせてくれ」
「はい、現在…」
秘書からもたらされる案に聞き入る理事長。そして全て聞き終えてから、彼はその内容に納得した表情で大きく頷くのであった。
◇◇◇◇◇
伊豆の旅行から帰ってきた聡史たちのパーティーは美鈴を除いた四人が第3訓練場に集まっている。バカンスのために2日間訓練を休んでいたので、その分を取り返す意味で午前中はここでひと汗かこうという目論見のよう。
現在美鈴は生徒会に顔を出して不在。夏休みにも拘わらず、終えなければならない仕事が山のようにある。むしろこの2日間休んだ分だけ彼女の元に回されてくる仕事は増えているかもしれない。
聡史は訓練を開始するにあたって、自分たちのパーティーメンバーに連絡事項を伝えている。
「今日からここにいる〔ブルーホライズン〕の五人が一緒に訓練に参加することになったから面倒を見てもらいたい。昨日まで一緒に旅行に行った間柄だから気心は知れているよな」
「「「「「どうぞよろしくお願いしま~す!」」」」
新入りの五人が頭を下げて挨拶をしている。それを見た桜は…
「お兄様、私がみっちり鍛えてよろしいのでしょうか?」
「却下だ。彼女たちは俺が教える。もちろん、桜、明日香ちゃん、カレンの三人にも手伝ってもらうつもりだ」
「お兄様は、女子を囲いたいのですね」
桜の底意地の悪い発言にカレンの目がキラリと光る。表情は笑顔なのに、なぜかその目だけが笑っていない。聡史の背筋に一瞬冷たいものが駆け抜ける。
「違ぁぁぁぁう! まずは武器の扱いをもう一度基本から教えていくんだ。変な誤解を生むような発言は慎んでくれ」
同じ場所で準備体操をしているEクラスの男子から一瞬どす黒いオーラが立ち込め掛かったが、彼らはすぐに引っ込めて何食わぬ顔で体を動かしている。いつの間にかずいぶん器用になったものだ。そのうち立派なオーラ使いになれるかもしれない。
それよりも気になるのは、この場にいる男子生徒の数がいつの間にか増えていること。一緒に伊豆に行った8名の他に今日から新たに3名が加わっている。どうやらカレンと同じ場所でトレーニングできるという話を聞きつけたよう。Eクラス全体から名だたるオッパイ星人がこの場に大集結している。
「それでは桜は明日香ちゃんとカレンの訓練を頼む。俺はこっち側で五人を担当するから」
「仕方がないですわねぇ~」
こうして聡史は桜たちとは別れてブルーホライズンの五人を引き連れてひとまずは訓練場の隅に向かっていく。芝生の上に全員を座らせてから今後の説明を開始。
「当分はここで武器の扱い方を練習しながら、時々俺が一緒にダンジョンに入っていく。実際にゴブリンと戦う様子を見ておきたいからな。それに先立って全員のステータスを確認させてもらっていいか?」
「はい、もちろんです」
即断したのはリーダーを務める竹内真美。自分たちの実態を知ってもらわなければどこを重点的にトレーニングしていくのか計画の立てようがないくらいは彼女もわかっている。
ということで、五人が順番にステータス画面を開く。
【竹内 真美】 16歳 女
職業 剣士
レベル 5
体力 36
魔力 38
敏捷性 33
精神力 46
知力 40
所持スキル 剣術ランク1 パーティー指揮ランク1
【蛯名 ほのか】 16歳 女
職業 剣士
レベル 5
体力 34
魔力 26
敏捷性 39
精神力 32
知力 40
所持スキル 剣術ランク1 敏捷性上昇ランク1
【片野 渚】 16歳 女
職業 槍士
レベル 5
体力 37
魔力 25
敏捷性 28
精神力 27
知力 35
所持スキル 槍術ランク1 気配察知ランク1
【山尾 美晴】 16歳 女
職業 戦士
レベル 5
体力 45
魔力 11
敏捷性 22
精神力 23
知力 25
所持スキル 戦斧術ランク1 気合強化ランク1
【荒川 絵美】 16歳 女
職業 槍士
レベル 5
体力 29
魔力 19
敏捷性 25
精神力 27
知力 36
所持スキル 槍術ランク1 敏捷性上昇ランク1
こう言っては身もふたもないが、五人ともこれといった特徴がないドングリの背比べといったステータス。桜が鍛え上げる前の明日香ちゃんよりもちょっとだけマシという感じだろうか。訓練を引き受けたはいいが、聡史としては前途多難を予想せざるを得ない。
「全員まだレベル5か…」
「はい、すいません。1階層に入っても3回に1回しかゴブリンを倒せないんです」
返事をする真美の表情は申し訳なさでいっぱい。彼女の頭の中には「見捨てられてしまったらどうしよう…」という思いが過っている。
「倒せない時はどうするんだ?」
「逃げます」
「は?」
「全員で逃げ出します」
「逃げるのかい!」
ほぼ初期の明日香ちゃんを5人も抱えてしまったとあっては、さすがに抜本的な対策を講じなくてはならないと頭を悩ませる聡史。とはいえ気を取り直して、次なる案件に入る。
「各自のステータスは大体理解した。次に武器を見せてくれ」
武器は各々の戦闘力に直結する重要なファクター。明日香ちゃんがトライデントと偶然出会ってその能力が花開きつつあるように、どんな武器を手にするかで戦いにおいて結果が変わってくる。
「私はこれです」
真美が聡史に差し出したのは何の変哲もない普及品の剣。長さも女子が手にするにはちょうどいいし重さも手頃といえる。
「これが私の剣です」
ほのかの剣を見た瞬間、聡史の表情が曇る。その剣は身長が150センチそこそこしかないほのかにとっては明らかに長すぎる。手に取った感触も刃渡りが長い分だけ重たく感じる。
「この剣は扱いにくくないか?」
「竹刀と同じくらいの長さがいいかなと思って用意したんですが、重たくてすぐに腕が上がらなくなります」
「まあ、そうだろうな。それじゃあ、次」
「この槍です」
渚が差し出したのは柄が木製で穂先だけが金属の槍。異世界の歩兵が手にする最も安物の槍に相当する。
「うーん… 棍棒を持ったゴブリン相手なら何とかなるけど、この槍では上位種には太刀打ちできないな。はい次!」
「この斧です」
美晴が手にするのはホームセンターでも販売しているような手斧。林業従事者であればこれでいいのかもしれないが、魔物相手ではあまりにもお粗末すぎる。
「問題がありすぎだろう! そもそもこの斧でどうやって魔物の攻撃を受けるんだ?」
「その辺は気合で何とかします」
はい、脳筋1名発見! たったひと言の美晴の返事だけでどのような戦い方をしているのか聡史には見当がついてくる。
「それじゃあ、最後は?」
「この槍です」
絵美が手にするのはダンジョンという状況に合わせた短槍。標準の槍に比べて柄の長さが3分の2ほどで取り廻しがしやすい。だがその分だけ槍の特性であるリーチの長さが犠牲になっているのは確か。
五人の武器を確認した聡史はここで結論を下す。
「よくわかった。武器の全とっかえだ。このままだと確実に死ぬぞ」
「「「「「ええぇぇぇぇぇ!」」」」」
「ええ! …じゃないだろうがぁぁ! 本当に死ぬからな」
「でも私たち新しい武器を買うお金なんて持っていないです」
「心配するな。俺の訓練を受けている期間は武器を無料で貸し出す。今からこの場に並べていくから好きな得物を選ぶんだ」
こうして聡史はアイテムボックスを総ざらいする勢いで各種の剣や槍を次々に芝生の上に置いていく。何もないところから武器が取り出される光景に五人はポカーンとして口を開けて眺めている。
「それから美晴はこのどちらかを選ぶんだ」
聡史が最後に取り出したのは総金属製で長い柄の先に斧と槍と引っかき爪が取り付けられたハルバートと、同様に金属製の短斧と盾の組み合わせ。
「うーん…… どっちがいいか迷うな」
美晴は真剣な表情でハルバートを手にしたり盾や短斧の感触を確かめている。散々迷った末に美晴が下した結論は…
「よ~し! こっちにするぜ」
結局彼女が選択したのは盾と短斧の組み合わせ。この結果に聡史が予想通りとニヤリとした笑みを浮かべている。手斧一つ持ってゴブリンと戦うとなったら、さぞかし防御面で苦労したであろうと見透かしているよう。
美晴が選んだ斧は神鋼製で頑丈さと切れ味を兼ね備えており、攻撃力はドワーフ謹製の折り紙付き。だがそれよりも重要なのは盾のほうだといえる。ドワーフの名工が作り上げたこの盾は内側が柔軟性に富んだ軟鉄で外側が硬い神鋼という複合構造で、金貨にして100枚の値が付く一品と相成っている。
美晴が自分の武器を決定すると、彼女を皮切りに次々と他の女子が選んだ剣や槍を聡史に見せにくる。まずいの一番に来たのはほのか。
「聡史さん、これなんかどうでしょうか?」
彼女が手にするのは先日聡史がダンジョンで使用したのと同型の短剣。こちらも前述の通り神鋼で作られており、鋭い切れ味を誇っている。
「ああ、これでいいんじゃないか。この前俺も使ってみたけど一撃でゴブリンの首が簡単に落ちたぞ」
「ええぇぇぇ! そんなに斬れるんですかぁぁぁ!」
使い手の腕もあるが、それだけのポテンシャルを秘めた剣なのは間違いない。実際に使用した聡史の感想を聞いて逆にほのかが驚いている。だが彼女の選択は聡史の目からしても大正解。小柄なほのかでも片手で扱えるというメリットは大きい。
「それじゃあ、これもおまけで渡しておこうか」
聡史はアイテムボックスから小型の盾を取り出す。こちらも軽量なのでほのかには扱いやすい。ただしオールミスリル製というのは本人にはまだ内緒にしておく。防具には金を掛けるべしというのは聡史の持論でもある。
ほのかの装備が決定すると、今度はリーダーの真美が聡史の元にやってくる。驚くことに彼女の手には2本の剣が握られている。
「あの~… 聡史さん。この2本を貸してもらえないでしょうか?」
「1本じゃダメなのか?」
「実は二刀流を試してみたいんです。難しいとは思うんですが、この剣ならばヤレそうな気がするんです」
真美が手にするのは剣の種類でいえばレイピアに該当する細身の品。手にした感触が軽いのはこちらもオールミスリル製のおかげ。その分切れ味は抜群でしかも丈夫なので刃毀れなど滅多に起こさない。
「困難にチャレンジするのは感心な心掛けだ。頑張ってみろ!」
「はい、ありがとうございます」
聡史から掛けられた励ましの言葉にニッコリと微笑んで真美はその場を次のメンバーに明け渡す。そこに立っているのは渚。
「この槍にしたいなぁ… って思うんです」
「何か理由があるのか?」
「手にするとピッタリと馴染んでくるんです。口では説明しきれないんですが、何となく相性がいいような気がします」
「そうなのか… いいんじゃないかな」
渚が選んだ一品は〔疾風の槍〕という銘を与えられている。熟練してくると槍自体に付与された風属性魔法を操れるようになる。渚が手に馴染むというのは、ひょっとしたら彼女自身に風属性の魔法スキルがあるのかもしれない。そもそも彼女の名前からして風や水に縁がありそう。
そして最後に絵美がやってくる。
「最初からこの槍しか目に入りませんでした」
「ほう、これはずいぶん面白いものを選んだな」
聡史の目が笑っている。絵美が手にするのは〔ロンギヌス〕と銘を打たれた、明日香ちゃんのトライデントに引けを取らない神話級の槍。果たして彼女に使いこなすことが可能かどうかはいまだ未知数ではあるが、チャレンジしたいという意思を聡史は尊重する。
これで各自の武器が決定したので、ここから訓練が開始される。
「それじゃあ、各自十分に距離をとって素振りから開始だ。俺が順番に後ろから声を掛けるから、間違っても武器を向けないでくれよ」
「「「「「はい!」」」」」
もちろんこれは聡史の冗談。五人は間隔を開けてたった今選んだばかりの武器を手にして素振りを開始。そんな中で聡史が真っ先に声を掛けたのは美晴。
「美晴は斧の素振りをするよりも先に盾の使い方をマスターしろ。一旦斧を置いて両手で盾を構えろ」
「はい」
美晴の盾はかなり大型の部類に入る。この盾を上手く使いこなせれば最前列で敵の攻撃を防ぐタンク役を務められるかもしれない。ということで盾の技術向上のために木刀を手にした聡史が美晴に打ち掛かっていく。
「ほらほら、しっかりガードしろよ!」
「打ち掛かってくるスピードが早すぎて全然追いつかないですよ~」
「追いつかないと、こうなるんだからな」
バシッ!
「イタタぁぁぁぁ!」
木刀を横薙ぎにして打ち掛かる聡史の攻撃を防ぐために、美晴は盾を左方向に向ける。だがそれはフェイントで、ガラ空きになった右手を小手の要領で叩いている。
もちろん聡史は手加減をしているが、打たれた美晴は涙目になって蹲る。だが聡史はそんな甘えた態度を許さない。
「痛いのは右手だ。無事な左手で盾を構えろ」
「はい」
美晴は自らのスキル〔気合強化〕を発動して立ち上がる。これは「痛みは気合いで我慢する」という脳筋ならではのスキル。ちなみに頼朝もこのスキルの保持者というのは偶然ではない。Eクラス男子は相当数の人間がこのスキルを保持している。女子で持っているのは実は美晴ただひとりというのはまあなんとなくわかる話。
そして再び打ち合う二人。だが今度も…
「ふぎゃぁぁぁ!」
今度は右足の向う脛を押さえて美晴が芝生の上を転がり回る。美晴の盾の動きが間に合わずに聡史の木刀がヒットした模様。
「痛いのは俺じゃない。さっさと立つんだ!」
「うぅぅ… き、気合だぁぁぁ!」
再び美晴は立ち上がる。青アザになっている脛は相当疼いていそうだが、気合を込めればまだ動くよう。
聡史の木刀はすべて計算ずくで振り降ろされている。最も効率よく美晴が盾をかざす動きを体で覚えるようにして木刀を振るっている。その数分後…
「みぎゃぁぁぁ!」
踏んづけられた猫のような叫びをあげて美晴は地面に崩れ落ちる。今度は左足を押さえて一向に立ち上がろうとはしない。さすがに気合では補えないダメージを食らったよう。
「おーい、カレン。ちょっと来てもらえるか」
「は~い」
ダウンしている美晴の元へカレンがやってくる。左足を押さえている美晴は汗でグシャグシャな状態。暑さのせいで汗をかいたのか、はたまた痛みに耐える脂汗なのかは本人にしかわからない。
カレンの右手から白い光が発せられると、あっという間に美晴の傷は癒えていく。
「うう痛い… あれ? 痛みがなくなったぞ」
不思議そうな表情をして立ち上がる美晴、だがここから聡史による第2ラウンドが開始されるとは、まだこの時点では彼女は気が付いていないのだった。
【お知らせ】
9月12日の投稿より小説のタイトルを変更させていただきます。確定ではありませんが当面の仮タイトルは以下の予定です。お間違えの無いようにご承知おきください。
〔異世界から日本に戻ったらなぜか魔法学院に入学。ダンジョンで活動しているうちにパーティーメンバーがどんどん強くなっていくので楽が出来ると思ったらとんでもない間違いだったでござる〕
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