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第48話 夏後半の予定
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聡史が理事長を屈服させて、桜が東十条家の拠点を急襲した日から1週間が経過している。すでに8月も10日を過ぎて、魔法学院の夏休みは残り少ない状況。
この日はいつものように午前中をトレーニングに充てて午後はダンジョンへと向かう予定であったのだが、聡史が学院長から呼び出しを受けて不在となったので急遽ダンジョン行きは中止にして休養となる。主に明日香ちゃんが「たまにはのんびりしましょうよ~!」と強く主張したわがままがなぜか今日に限って全会一致で認められた結果であった。
特待生寮で休養を取っているのは、桜、美鈴、明日香ちゃん、カレンの4人で、食堂からテークアウトしたデザートを囲みながら和やかな会話が弾んでいる。
ちなみにブルーホライズンの五人は今日も元気にダンジョンに向かっている。彼女たちはレベルが10に到達して、聡史の付き添いが無くてもゴブリン相手に堂々と立ちまわれるまでに成長している。ステータス上のレベルが10とか20などといったキリのいい数字に到達すると各自が所持しているスキルのレベルも上昇する仕組みのようで、渚の気配察知が1から2へ、真美のパーティー指揮も同様に1から2へと上昇した結果、1階層であれば余裕をもって探索に臨めるようになっている。
あと1、2回聡史が引率して彼女たちが複数のゴブリンに適応可能と見極めがついたら、ブルーホライズンは単独で2階層を探索する予定となっている。学院中の1年生を見渡してみてもまだAクラスの3つのパーティーしか2階層へ降りていないこの時点で、Eクラスの彼女たちが単独で2階層に降りていくのはある意味快挙と言えるだろう。それを可能にするだけの聡史の厳しい訓練にブルーホライズンの5人が体を張って応えた結果といえよう。
話はそれたが、現在特待生寮のリビングは滅多に見られないマッタリとした空気に包まれている。主に明日香ちゃんの醸し出す雰囲気に他の3人が流されているよう、珍しく桜までが普段にはない気を抜いた表情でクリームあんみつを口にしている。
「はあぁ~、こうして涼しい場所でノンビリするのもいいですね~」
「たまにはこんな日も必要ですわ。毎日気を張っているだけではなくって、時にはリラックスするのも大切なんです」
桜の主張に他の3人は頷いている。人間張り詰めているばかりでは長続きしない。こうして気を抜ける場所では緊張を解いてゆっくりと過ごす時間が必要だとこの場の全員が感じている。
「それにしても夏休みもあっという間に過ぎていきますね。もう8月も半ばに差し掛かっていますよ」
「そうねぇ… あと1週間もしたら2学期が始まるわね」
カレンが何気なく口にしたセリフに美鈴が相槌を打つ。だがそこに明日香ちゃんの驚きの声がリビングに広がった。
「ええぇぇぇぇ! 夏休みって、8月いっぱいまでじゃないんですかぁぁぁ?!」
「明日香ちゃん、それは中学校までのお話よ。魔法学院では8月の17日から2学期がスタートするの」
凄いぞ明日香ちゃん! 夏休みですっかり気が緩んで2学期がスタートする日を思いっ切り勘違いしていたらしい。この娘の能天気さは他者の追随を許さない圧倒的なレベル。美鈴からこの場で教えてもらわなかったら2学期がスタートしてもひとりで夏休みを満喫するつもりだったかもしれない。
だがもうひとり、そんな事情を知らない人物がいる。
「そうだったんですか。私も初めて聞きましたわ。それで、まだ暑いさなかに普通の授業が開始するんですか?」
魔法学院に途中から編入した桜も一年間の授業予定などまったく頭に入っていなかった様子。ただしまだ桜の場合は明日香ちゃんと比較すれば多少の弁解の余地は残る。2週間ほど授業を受けてから期末試験が始まりそのまま夏休みとなったのだから、年間予定など頭に入れる暇もなかったのは当然だろう。
「そうね、桜ちゃんは入学時のガイダンスを聞いていないから知らないのも無理はないわね。この学院では8月の後半から模擬戦週間が始まるのよ」
「模擬戦週間? なんですか、それは?」
「美鈴さん、私も初めて耳にしましたよ~」
「明日香ちゃんは絶対に知っておくべきじゃないかと思いますが…」
桜同様にいかにも今初めて聞きましたと言わんばかりの表情をしている明日香ちゃんに対して、カレンが控えめなツッコミを入れている。だがその程度の可愛らしいツッコミなど明日香ちゃんには通じるはずがない。もっと思いっ切りドカーンと正面からカマシてやらないと、明日香ちゃんのお花がいっぱい咲き乱れる脳内には届かない。
この明日香ちゃんの態度には、さすがに生徒会副会長の立場にある美鈴は「どうにかしないといけない」と自らの使命のごとくに心に深く念じている。同時にここまで無知でよくぞ魔法学院の生徒としてやってこられたものだと、変な部分で感心もしているよう。だがこのままでは埒が明かないので、美鈴は明日香ちゃんを含めて納得してもらえるように今一度懇切丁寧な説明を開始する。
「模擬戦週間というのは文字通り学年の生徒がトーナメント形式で対戦するのよ。魔法部門と近接戦闘部門があって、それぞれにエントリーした生徒がトーナメント表に従って勝ち上がりを目指して対戦していくの」
「ほほう、それは中々面白そうな催しですわね」
「ああ、桜ちゃんと聡史君はシード扱いだから学年トーナメントには参加しないわ。すでに開催要項が生徒会に届いているの。特待生の二人は各学年トーナメント上位者による全学年トーナメントから参加するみたいね」
「そうでしたか… 1年生の他のクラスの皆様を軽くブチノメシテ差し上げようと思ったんですが、ちょっと残念ですわ。まあその分は2、3年生をブッ飛ばしますから最終的な帳尻は合うでしょう」
桜が物騒な発言をしている。上級生を相手にしてレベル600オーバーの底力を見せつけてやろうかと考えているらしい。本気とまではいかなくとも、ある程度の力はこの際見せておこうという魂胆を秘めている。どうにか模擬戦で死者だけは出してもらいたくないもの。
両眼に危険極まりない光を湛えている桜とは別に、こちらは極めてお気楽な表情の明日香ちゃんが口を開く。
「トーナメントというからには、クジ運が大切ですよ~。できれば同じクラスの人と対戦したいです」
確かに楽な相手と戦いたいというのは誰にも共通する気持ちであろう。殊に何事も楽をしたがる明日香ちゃんにとっては、切実な思いであるのは言うまでもない。だが美鈴は残念そうに首を振る。
「もうトーナメント表は出来上がっているから、あとはそこにエントリーする人の名前を当て嵌めていくだけなの。今回の模擬戦には期末試験の成績を反映する時間が足りなかったから、入学試験の成績を元にして決定されるわ。つまり入試順位1位と200位が一回戦で当たるのね」
「むむ? 入試順位の1位とは、いったいどなたですか?」
「Aクラスの勇者ね」
「200位とは…… ああ、この場にいましたわ」
桜の指摘通り、その視線の先で暢気にフルーツパフェを食べている人物こそが話題の200位御当人。ついついパフェに夢中になって今の会話をまるっきり聞いていなかった明日香ちゃん、だが桜の視線に何かに気が付いたのか、つと顔を上げる。
「あれ、桜ちゃん。私の顔に何かついていますか?」
「明日香ちゃんの対戦相手は、すでに決定しているようですの」
「ええぇぇぇ! クジ引きもやらせてもらえないんですかぁぁぁ!」
この場の話の流れくらいはしっかり頭に入れていろ! ちょっとだけ残っていたフルーツパフェに気を取られて、ついついうわの空になっていた自分自身を深く反省してもらいたい。
「明日香ちゃんは魔法スキルが無いので近接戦闘部門しかエントリーできませんの。ということで明日香ちゃんの一回戦の相手はAクラスの勇者ということで決定しましたわ」
「ええぇぇぇぇぇ! ゆ、勇者ですかぁぁぁぁ! ところで、勇者って誰ですか? もしかして廚2病を患った気の毒な人だったりして」
ズコーン! …と全員が揃ってコケている。物を知らないにもほどがあり過ぎだろう。明日香ちゃんは勇者の存在すら知らなかったのがこの場で明らかとなる。ついこの間ダンジョンで顔を合わせたにも拘らず、勇者と美鈴の遣り取りなどすっかり忘れている。一体どういう世界にこれまで生きていたのか不思議でならない。どうやら明日香ちゃんにとっては、勇者との対戦よりもクジ引きが出来ないということのほうがより大きな問題らしい。
「あ、明日香ちゃん、よく今まで学院生としてやって来られましたね。ある意味凄いですわ」
「えへへ、桜ちゃん。そんなに褒められても困りますよ~」
「褒めているじゃないですぅぅぅ! もうちょっと常識を身に付けろと言っているんですぅぅぅ!」
リビングを埋め尽くす桜の盛大なツッコミが鳴り響いても、明日香ちゃんはキョトンとしたまま。これはどうにも大物の片鱗を予感させずにはいられない。
ひとまず明日香ちゃんは横に置いといて、話題は美鈴とカレンへと移る。
「美鈴ちゃんは魔法部門にエントリーするんですか?」
「そうね、戦闘訓練をしていないから魔法で頑張るしかないわね」
「まあ、美鈴ちゃんの実力でしたら楽々勝ち抜けるでしょう。カレンさんはどうするんですか?」
「神聖魔法はまだ封印してあるので、棒術でエントリーしようと思っています!」
「それはいいですね。現在の棒術スキルはどうなっていますか?」
「ついこの間ランク2になりました」
「でしたら十分に戦えますわ。それでは各自トーナメントを勝ち抜く覚悟で、明日から対人戦の訓練を強化しましょう」
「「ええぇぇぇぇ! これ以上強化されると本当に死にますぅぅ!」」
明日香ちゃんとカレンの一糸乱れぬハーモニーがリビングに響く。本当にこれ以上桜からシゴかれたら命がいくつあっても足りないと感じている今日この頃のよう。
すると、ここで桜が何かに気が付いたような表情になる。一体何だろうか
「美鈴ちゃん、このトーナメントに優勝すると何か特典があるのでしょうか?」
「もちろん成績の参考とされるし、上位に入れば八校戦の出場機会が得られるわ」
「ああ、八高線ですか。懐かしいですわ。小学校の時に飯能までピクニックに出掛けましたね」
「そうそう、桜ちゃんが電車の中ではしゃぎっぱなしで… って、違ぁぁぁぁぁう! 八校戦よ、八・校・戦! 全国にある8つの魔法学院の対抗戦が10月に予定されているの。各校がプライドを懸けてトーナメントにシノギを削るのよ」
「ほほう、それは面白そうですねぇ。もしかして全国的に注目を集めるんですか」
「冒険者を目指す人たちとか、若い戦力をスカウトしたい既存の冒険者パーティーからは注目されているわね。甲子園のようなテレビ中継はないけど」
「それはちょっと残念ですわ。私の華麗な戦いぶりが全国ネットで放送されないんですか」
「いや、全国放送なんかしたら、桜ちゃんの登場シーンは全部モザイクが掛けられるでしょうね。衝撃的過ぎて、一般視聴者には見せられないから!」
「私は18禁ですのぉぉぉぉぉ?!」
今度は、納得がいかない感満載の表情に満ちた桜の叫びがリビングに響き渡るのであった。
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この日はいつものように午前中をトレーニングに充てて午後はダンジョンへと向かう予定であったのだが、聡史が学院長から呼び出しを受けて不在となったので急遽ダンジョン行きは中止にして休養となる。主に明日香ちゃんが「たまにはのんびりしましょうよ~!」と強く主張したわがままがなぜか今日に限って全会一致で認められた結果であった。
特待生寮で休養を取っているのは、桜、美鈴、明日香ちゃん、カレンの4人で、食堂からテークアウトしたデザートを囲みながら和やかな会話が弾んでいる。
ちなみにブルーホライズンの五人は今日も元気にダンジョンに向かっている。彼女たちはレベルが10に到達して、聡史の付き添いが無くてもゴブリン相手に堂々と立ちまわれるまでに成長している。ステータス上のレベルが10とか20などといったキリのいい数字に到達すると各自が所持しているスキルのレベルも上昇する仕組みのようで、渚の気配察知が1から2へ、真美のパーティー指揮も同様に1から2へと上昇した結果、1階層であれば余裕をもって探索に臨めるようになっている。
あと1、2回聡史が引率して彼女たちが複数のゴブリンに適応可能と見極めがついたら、ブルーホライズンは単独で2階層を探索する予定となっている。学院中の1年生を見渡してみてもまだAクラスの3つのパーティーしか2階層へ降りていないこの時点で、Eクラスの彼女たちが単独で2階層に降りていくのはある意味快挙と言えるだろう。それを可能にするだけの聡史の厳しい訓練にブルーホライズンの5人が体を張って応えた結果といえよう。
話はそれたが、現在特待生寮のリビングは滅多に見られないマッタリとした空気に包まれている。主に明日香ちゃんの醸し出す雰囲気に他の3人が流されているよう、珍しく桜までが普段にはない気を抜いた表情でクリームあんみつを口にしている。
「はあぁ~、こうして涼しい場所でノンビリするのもいいですね~」
「たまにはこんな日も必要ですわ。毎日気を張っているだけではなくって、時にはリラックスするのも大切なんです」
桜の主張に他の3人は頷いている。人間張り詰めているばかりでは長続きしない。こうして気を抜ける場所では緊張を解いてゆっくりと過ごす時間が必要だとこの場の全員が感じている。
「それにしても夏休みもあっという間に過ぎていきますね。もう8月も半ばに差し掛かっていますよ」
「そうねぇ… あと1週間もしたら2学期が始まるわね」
カレンが何気なく口にしたセリフに美鈴が相槌を打つ。だがそこに明日香ちゃんの驚きの声がリビングに広がった。
「ええぇぇぇぇ! 夏休みって、8月いっぱいまでじゃないんですかぁぁぁ?!」
「明日香ちゃん、それは中学校までのお話よ。魔法学院では8月の17日から2学期がスタートするの」
凄いぞ明日香ちゃん! 夏休みですっかり気が緩んで2学期がスタートする日を思いっ切り勘違いしていたらしい。この娘の能天気さは他者の追随を許さない圧倒的なレベル。美鈴からこの場で教えてもらわなかったら2学期がスタートしてもひとりで夏休みを満喫するつもりだったかもしれない。
だがもうひとり、そんな事情を知らない人物がいる。
「そうだったんですか。私も初めて聞きましたわ。それで、まだ暑いさなかに普通の授業が開始するんですか?」
魔法学院に途中から編入した桜も一年間の授業予定などまったく頭に入っていなかった様子。ただしまだ桜の場合は明日香ちゃんと比較すれば多少の弁解の余地は残る。2週間ほど授業を受けてから期末試験が始まりそのまま夏休みとなったのだから、年間予定など頭に入れる暇もなかったのは当然だろう。
「そうね、桜ちゃんは入学時のガイダンスを聞いていないから知らないのも無理はないわね。この学院では8月の後半から模擬戦週間が始まるのよ」
「模擬戦週間? なんですか、それは?」
「美鈴さん、私も初めて耳にしましたよ~」
「明日香ちゃんは絶対に知っておくべきじゃないかと思いますが…」
桜同様にいかにも今初めて聞きましたと言わんばかりの表情をしている明日香ちゃんに対して、カレンが控えめなツッコミを入れている。だがその程度の可愛らしいツッコミなど明日香ちゃんには通じるはずがない。もっと思いっ切りドカーンと正面からカマシてやらないと、明日香ちゃんのお花がいっぱい咲き乱れる脳内には届かない。
この明日香ちゃんの態度には、さすがに生徒会副会長の立場にある美鈴は「どうにかしないといけない」と自らの使命のごとくに心に深く念じている。同時にここまで無知でよくぞ魔法学院の生徒としてやってこられたものだと、変な部分で感心もしているよう。だがこのままでは埒が明かないので、美鈴は明日香ちゃんを含めて納得してもらえるように今一度懇切丁寧な説明を開始する。
「模擬戦週間というのは文字通り学年の生徒がトーナメント形式で対戦するのよ。魔法部門と近接戦闘部門があって、それぞれにエントリーした生徒がトーナメント表に従って勝ち上がりを目指して対戦していくの」
「ほほう、それは中々面白そうな催しですわね」
「ああ、桜ちゃんと聡史君はシード扱いだから学年トーナメントには参加しないわ。すでに開催要項が生徒会に届いているの。特待生の二人は各学年トーナメント上位者による全学年トーナメントから参加するみたいね」
「そうでしたか… 1年生の他のクラスの皆様を軽くブチノメシテ差し上げようと思ったんですが、ちょっと残念ですわ。まあその分は2、3年生をブッ飛ばしますから最終的な帳尻は合うでしょう」
桜が物騒な発言をしている。上級生を相手にしてレベル600オーバーの底力を見せつけてやろうかと考えているらしい。本気とまではいかなくとも、ある程度の力はこの際見せておこうという魂胆を秘めている。どうにか模擬戦で死者だけは出してもらいたくないもの。
両眼に危険極まりない光を湛えている桜とは別に、こちらは極めてお気楽な表情の明日香ちゃんが口を開く。
「トーナメントというからには、クジ運が大切ですよ~。できれば同じクラスの人と対戦したいです」
確かに楽な相手と戦いたいというのは誰にも共通する気持ちであろう。殊に何事も楽をしたがる明日香ちゃんにとっては、切実な思いであるのは言うまでもない。だが美鈴は残念そうに首を振る。
「もうトーナメント表は出来上がっているから、あとはそこにエントリーする人の名前を当て嵌めていくだけなの。今回の模擬戦には期末試験の成績を反映する時間が足りなかったから、入学試験の成績を元にして決定されるわ。つまり入試順位1位と200位が一回戦で当たるのね」
「むむ? 入試順位の1位とは、いったいどなたですか?」
「Aクラスの勇者ね」
「200位とは…… ああ、この場にいましたわ」
桜の指摘通り、その視線の先で暢気にフルーツパフェを食べている人物こそが話題の200位御当人。ついついパフェに夢中になって今の会話をまるっきり聞いていなかった明日香ちゃん、だが桜の視線に何かに気が付いたのか、つと顔を上げる。
「あれ、桜ちゃん。私の顔に何かついていますか?」
「明日香ちゃんの対戦相手は、すでに決定しているようですの」
「ええぇぇぇ! クジ引きもやらせてもらえないんですかぁぁぁ!」
この場の話の流れくらいはしっかり頭に入れていろ! ちょっとだけ残っていたフルーツパフェに気を取られて、ついついうわの空になっていた自分自身を深く反省してもらいたい。
「明日香ちゃんは魔法スキルが無いので近接戦闘部門しかエントリーできませんの。ということで明日香ちゃんの一回戦の相手はAクラスの勇者ということで決定しましたわ」
「ええぇぇぇぇぇ! ゆ、勇者ですかぁぁぁぁ! ところで、勇者って誰ですか? もしかして廚2病を患った気の毒な人だったりして」
ズコーン! …と全員が揃ってコケている。物を知らないにもほどがあり過ぎだろう。明日香ちゃんは勇者の存在すら知らなかったのがこの場で明らかとなる。ついこの間ダンジョンで顔を合わせたにも拘らず、勇者と美鈴の遣り取りなどすっかり忘れている。一体どういう世界にこれまで生きていたのか不思議でならない。どうやら明日香ちゃんにとっては、勇者との対戦よりもクジ引きが出来ないということのほうがより大きな問題らしい。
「あ、明日香ちゃん、よく今まで学院生としてやって来られましたね。ある意味凄いですわ」
「えへへ、桜ちゃん。そんなに褒められても困りますよ~」
「褒めているじゃないですぅぅぅ! もうちょっと常識を身に付けろと言っているんですぅぅぅ!」
リビングを埋め尽くす桜の盛大なツッコミが鳴り響いても、明日香ちゃんはキョトンとしたまま。これはどうにも大物の片鱗を予感させずにはいられない。
ひとまず明日香ちゃんは横に置いといて、話題は美鈴とカレンへと移る。
「美鈴ちゃんは魔法部門にエントリーするんですか?」
「そうね、戦闘訓練をしていないから魔法で頑張るしかないわね」
「まあ、美鈴ちゃんの実力でしたら楽々勝ち抜けるでしょう。カレンさんはどうするんですか?」
「神聖魔法はまだ封印してあるので、棒術でエントリーしようと思っています!」
「それはいいですね。現在の棒術スキルはどうなっていますか?」
「ついこの間ランク2になりました」
「でしたら十分に戦えますわ。それでは各自トーナメントを勝ち抜く覚悟で、明日から対人戦の訓練を強化しましょう」
「「ええぇぇぇぇ! これ以上強化されると本当に死にますぅぅ!」」
明日香ちゃんとカレンの一糸乱れぬハーモニーがリビングに響く。本当にこれ以上桜からシゴかれたら命がいくつあっても足りないと感じている今日この頃のよう。
すると、ここで桜が何かに気が付いたような表情になる。一体何だろうか
「美鈴ちゃん、このトーナメントに優勝すると何か特典があるのでしょうか?」
「もちろん成績の参考とされるし、上位に入れば八校戦の出場機会が得られるわ」
「ああ、八高線ですか。懐かしいですわ。小学校の時に飯能までピクニックに出掛けましたね」
「そうそう、桜ちゃんが電車の中ではしゃぎっぱなしで… って、違ぁぁぁぁぁう! 八校戦よ、八・校・戦! 全国にある8つの魔法学院の対抗戦が10月に予定されているの。各校がプライドを懸けてトーナメントにシノギを削るのよ」
「ほほう、それは面白そうですねぇ。もしかして全国的に注目を集めるんですか」
「冒険者を目指す人たちとか、若い戦力をスカウトしたい既存の冒険者パーティーからは注目されているわね。甲子園のようなテレビ中継はないけど」
「それはちょっと残念ですわ。私の華麗な戦いぶりが全国ネットで放送されないんですか」
「いや、全国放送なんかしたら、桜ちゃんの登場シーンは全部モザイクが掛けられるでしょうね。衝撃的過ぎて、一般視聴者には見せられないから!」
「私は18禁ですのぉぉぉぉぉ?!」
今度は、納得がいかない感満載の表情に満ちた桜の叫びがリビングに響き渡るのであった。
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