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第58話 模擬戦が終わってからのグダグダ
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決勝戦が終わってスタンドで観戦していた生徒たちは全員白目を剥いて放心状態にある。
だがその中でようやく美鈴が意識を取り戻したよう。いの一番に彼女が素面に戻ったのはステータス上の精神力の高さによるものであろう。彼女はフィールドとスタンドをグルリと見回して、今何が起きたのか自らの記憶を手繰る。
(一体何だったのかしら? 人類の常識を覆すような戦いを見たような気がするんだけど全然思い出せないのよね…)
兄妹の間で繰り広げられた模擬戦… その最中に発生した連続した爆発音と濛々と立ち上がる土煙、飛び交う真空刃と衝撃波、あまりにも在りえない規模の戦いを理解すること自体、美鈴の精神が拒否している。
彼女がフィールドに目をやると、妹が兄に向って何か指図をしているよう。よくよく見ると地面のあちこちにクレーターが出来上がっており、頭を掻きながらその大穴を魔法で埋め戻している兄の姿がある。未だに靄がかかったような美鈴の頭は「聡史君は一体何をしているんだろうか?」とボンヤリと考えながらその光景を眺めている。
「美鈴さん、今何があったんでしょうか?」
不意に横から掛けられた声に美鈴が顔を向けると、カレンがようやく現実に帰ってきた表情で自分を見ている。
「私も全然思い出せないの。なんかとっても恐ろしい光景が繰り広げられた気がするんだけど、肝心の部分がはっきりと思い出せないのよ…」
こうして二人とも何があったのかと顔を見合わせて考え込む。
この二人をもってしてもこの有様なので、他の生徒は模擬戦の決勝に関して全く記憶が残っていないのは言うまでもないだろう。
◇◇◇◇◇
同じ頃、女子寮の自室では昼寝をしていた明日香ちゃんが目を覚ましている。
「ふあ~… よく寝ましたぁぁ! お昼ご飯の後にグッスリ寝ると、とっても気持ちがいいですねぇよ~。今から外に出てもまだ暑いですから、エアコンが効いているお部屋でこのままゴロゴロしていましょう」
明日香ちゃんはマンガ本を取り出して読み始める。この後に模擬戦週間の表彰式があるなんてこれぽっちも気が付いていない。模擬戦などすでに記憶の彼方に葬り去っている明日香ちゃんにとっては、そんなイベントなどどうでもいい些細な問題のよう。
あまりにマイペース過ぎる明日香ちゃん、どうかもうちょっとだけ周囲に合わせようよ! まあ、知ってたんだけど…
こうして明日香ちゃんは、表彰式にも参加せずに自室でグダグダした時間を楽しむのだった。
◇◇◇◇◇
話を決勝戦の会場に戻す。
美鈴とカレンに数分遅れて我に返った他の生徒たちが何事があったのかと首を捻っている中で、兄妹はすっかりフィールドのデコボコを修復し終わっている。
「まったく! お兄様は地面に向けて斬撃を放つからフィールドが酷いことになりましたわ」
「まあ、そう言うなよ。こうして何とか平らにしたんだから」
確かに地面は平らにならされてはいるが、捲れ上がったり吹き飛ばされた芝生は剥げたまま。周辺の鮮やかな緑色に比べて、中央付近は土色の剥き出しの地面が目立つ。その時会場全体にアナウンスが響く。
「ただいまから模擬戦週間上位入賞者の表彰式を行います。各学年トーナメントベスト4に残った生徒と全学年トーナメント決勝に残った生徒はフィールドに整列してください」
魔法部門と近接戦闘部門の入賞者と全学年トーナメントの決勝に進出した兄妹がフィールドに並ぶ。
副学院長から記念のメダルが手渡されるセレモニーが開始されるが、1年生の近接戦闘部門優勝者の段になってマイクで呼び出されたのは…
「1年近接戦闘部門優勝、二宮明日香」
誰も副校長の前に出てこない… 本人は何も気付かずに自室でゴロゴロしている真っ最中なので最初からこの場にいるはずもない。
「お兄様、大変です! 明日香ちゃんはまだ部屋でヤサグレて出てきませんわ」
「どうしようか?」
「と、取り敢えず、病気ということにしましょう」
「そうだな… 美鈴、すまないが言い訳をしてくれるか」
「仕方がないわね… 教官、二宮さんは体調不良で部屋で休んでいます」
副会長の申し出に副学院長もそれは仕方がないという表情で頷いている。Eクラスの身で決勝戦まで激戦を戦い抜いた疲労が出ているのだろうと好意的に解釈してくれてるらしい。本当は単にサボっているだけなのに…
仕方がないので、美鈴が明日香ちゃんに代わって記念のメダルを受け取って表彰式はそのまま流れていく。
そしていよいよ全学年トーナメントの優勝者である桜の番となる。
「全学年トーナメント近接戦闘部門優勝者、1年Eクラス、楢崎桜」
「はい」
なんとなく納得できないような微妙な雰囲気の拍車に包まれて桜がメダルを受け取る。
こうして史上初となる1年生の優勝者が誕生した記念すべき大会となった模擬戦週間は幕を閉じる。どうにも最後まで締まらないままであったのは動かしようのない事実であったが…
◇◇◇◇◇
表彰式が終わると、聡史たちは特待生寮に集まってひと時の憩いの時間を過ごす。2週間前に開幕した模擬戦週間でずっと出ずっぱりだった美鈴やカレンも、山場終わったかのようなホッとした表情で飲み物を口にしている。
ちょうどそこに、桜のスマホが着信を告げる音が…
「もしもし、誰かと思ったら明日香ちゃんですか」
「桜ちゃん! 今どこにいるんですか?」
「私たちの部屋でくつろいでいるところですよ」
「すぐに行きます!」
今日の午前中まではずいぶんと機嫌を損ねてヤサグレていた明日香ちゃんだったが、電話の声はなんだかご機嫌な様子。元々立ち直りが早い性格なので、ケロッとして過ぎ去ったことを忘れているのだろう。
数分後部屋のドアフォンが鳴る。桜がドアを開くと、そこには明日香ちゃんが立っている。もちろん食堂のデザートをテークアウトしたビニール袋を手にしている。明日香ちゃんがオヤツを忘れるなんて天と地が引っ繰り返ってもあり得ない話。
「皆さんお揃いですねぇ~。いやいや、私もすっかり元気になりましたよ~」
清々しい顔で明日香ちゃんは挨拶をしているが、部屋で待っていた聡史、美鈴、カレンの三人は、ああそうですか的なやや冷めた表情を向けている。元々体は元気で単に拗ねていただけなので、誰も明日香ちゃんの心配などしていない。
そんな空気をまったく読まずに、いそいそと自分が買ってきたデザートを取り出しては口にし始める明日香ちゃん。一同の注目を浴びているなど気にもしないで夢中になってチョコレートパフェを食べている。
チョコレートパフェが半ばなくなりかけたところで、美鈴がようやく口を開く。
「明日香ちゃん、模擬戦の表彰式があって、優勝のメダルを代わりに受け取ったからこれを渡しておくわね」
「優勝のメダル? 何ですか、それは?」
テーブルに置かれたメダルを見て明日香ちゃんは不思議な表情を浮かべている。表彰式の存在すら気付いていなかったのだから、記念のメダルなんて頭の片隅にもないよう。
「明日香ちゃん、せっかくの記念ですから大事に保管しておくんですよ」
「ええ~、こんなものをもらっても全然嬉しくないですよ~」
誰もが羨む優勝の記念メダルを明日香ちゃんは「嬉しくない」の一言で片付けている。真の大物とはもしかしたらこういうものかもしれない。桜が「こいつは下手をするとゴミ箱に捨てかねない」と危惧して注意をしたものの、それでもなおかつ明日香ちゃんは記念メダルを雑に扱いそうな予感がする。
何とか明日香ちゃんを納得させてメダルの件を終えた五人の間では今後の話に話題が移っていく。
「来週から通常通りの授業に戻るのね」
「そうすわ、明日香ちゃん。しばらく本格的な訓練が中断されていましたから来週からビシビシシゴきますよ!」
「ええぇぇ、桜ちゃん! 適当にやっていきましょうよ~。私もトーナメントで優勝したし、実力がついてきた証です」
「こんなところだけ優勝の話を持ち出す気ですかぁぁぁ! さっきまで『優勝なんかどうでもいい』って言切っていたでしょうがぁぁぁ!」
明日香ちゃんが桜から思いっきり突っ込まれている。ここまで自分に都合よく考えられるとは、明日香ちゃんのご都合主義があまりにも清々しすぎる。
このままでは本当に明日香ちゃんがダメになりそうな予感が… 仕方がないから聡史が間に入る。
「これからダンジョンのさらに下の階層に潜っていくことを考えると、さらに力を高める必要があるぞ。10階層から下はどんな魔物が出てくるか定かではないからな」
「そうですよ、明日香ちゃん。お兄様が言う通りです。まだまだダンジョンを攻略するには力不足ですからね!」
「はぁ~、しょうがないですね~…」
明日香ちゃんはため息をつきながら諦めた表情を浮かべている。誰でもない、この学院に入学を決めたのは自分に他ならない。冒険者を目指すのならダンジョンの攻略を最終目的にするのは当然の話。もちろん本人の実力によってダンジョン内部のどこまで進めるかは個人差があるだろう。だが高い目的を掲げることも当然必要となる。するとここでカレンが…
「10月には八校戦もありますし、もっとレベルアップしないといけないですよね」
「そうでした! カレンさんの言う通りですわ。ですからもっとビシビシいきますよ~!」
カレンの発言に乗っかった桜が話を元に戻す。実は桜としてはパーティーメンバーを鍛えてダンジョンの下の階層に早く行きたいと秘かに企んでいる。
「桜ちゃん、それではこうしましょう! これからカレンさんを中心に鍛えて私はマイペースでやりますよ~」
「何がマイペースですかぁぁぁ! 放置しておいたら明日香ちゃんは何もしないじゃないですかぁぁぁ! それから明日香ちゃんも八校戦に出るんですからね」
「ええぇぇぇぇ! なんで私が出るんですかぁぁぁ! そんな話は全然聞いていませんよ~」
「学年トーナメントを優勝しておいて出場しないなんて有り得ませんわ。明日香ちゃんも出場するんです」
「絶対に嫌ですよ~!」
相変わらず明日香ちゃんは渋っている。せっかく模擬戦が終わったのに、そんな大会など出たくないのが本音らしい。だが桜は…
「いいんですか、明日香ちゃん? 八校戦は大阪で開催されます。大阪にはこんなご当地スイーツがあるんですよ」
スマホを開いた桜、その画面には魅惑のスイーツの数々が並んでいる。明日香ちゃんの目がハートマークになって画面に釘付けのまま。そして…
「行きます! 絶対に行きます! むしろ今からすぐに向かいたいです! 桜ちゃん、大阪は食い倒れの街と聞いています。倒れるまで甘いものを食べ尽くしましょう!」
クルッと手の平返しの明日香ちゃん、ご褒美がぶら下がると俄然ヤル気になるのは周知の事実。両の瞳から赤々と燃え上がる炎を上げながらコブシを握り締める明日香ちゃんはさらに言葉を続ける。
「八校戦なんかすぐに負ければいいんですよ~。そのあとはスイーツ巡り放題ですぅぅぅ!」
「また負ける気で臨むんですかぁぁぁ!」
毎度お馴染み、桜の突っ込みが特待生寮に響き渡るのであった。
【お知らせ】
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異世界召喚モノにちょっとだけSF要素を取り入れた作品となっておりますが、肩の力を抜いて楽しめる内容です。皆様この小説同様に第1話だけでも覗きに来てくださいませ。
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だがその中でようやく美鈴が意識を取り戻したよう。いの一番に彼女が素面に戻ったのはステータス上の精神力の高さによるものであろう。彼女はフィールドとスタンドをグルリと見回して、今何が起きたのか自らの記憶を手繰る。
(一体何だったのかしら? 人類の常識を覆すような戦いを見たような気がするんだけど全然思い出せないのよね…)
兄妹の間で繰り広げられた模擬戦… その最中に発生した連続した爆発音と濛々と立ち上がる土煙、飛び交う真空刃と衝撃波、あまりにも在りえない規模の戦いを理解すること自体、美鈴の精神が拒否している。
彼女がフィールドに目をやると、妹が兄に向って何か指図をしているよう。よくよく見ると地面のあちこちにクレーターが出来上がっており、頭を掻きながらその大穴を魔法で埋め戻している兄の姿がある。未だに靄がかかったような美鈴の頭は「聡史君は一体何をしているんだろうか?」とボンヤリと考えながらその光景を眺めている。
「美鈴さん、今何があったんでしょうか?」
不意に横から掛けられた声に美鈴が顔を向けると、カレンがようやく現実に帰ってきた表情で自分を見ている。
「私も全然思い出せないの。なんかとっても恐ろしい光景が繰り広げられた気がするんだけど、肝心の部分がはっきりと思い出せないのよ…」
こうして二人とも何があったのかと顔を見合わせて考え込む。
この二人をもってしてもこの有様なので、他の生徒は模擬戦の決勝に関して全く記憶が残っていないのは言うまでもないだろう。
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同じ頃、女子寮の自室では昼寝をしていた明日香ちゃんが目を覚ましている。
「ふあ~… よく寝ましたぁぁ! お昼ご飯の後にグッスリ寝ると、とっても気持ちがいいですねぇよ~。今から外に出てもまだ暑いですから、エアコンが効いているお部屋でこのままゴロゴロしていましょう」
明日香ちゃんはマンガ本を取り出して読み始める。この後に模擬戦週間の表彰式があるなんてこれぽっちも気が付いていない。模擬戦などすでに記憶の彼方に葬り去っている明日香ちゃんにとっては、そんなイベントなどどうでもいい些細な問題のよう。
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こうして明日香ちゃんは、表彰式にも参加せずに自室でグダグダした時間を楽しむのだった。
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話を決勝戦の会場に戻す。
美鈴とカレンに数分遅れて我に返った他の生徒たちが何事があったのかと首を捻っている中で、兄妹はすっかりフィールドのデコボコを修復し終わっている。
「まったく! お兄様は地面に向けて斬撃を放つからフィールドが酷いことになりましたわ」
「まあ、そう言うなよ。こうして何とか平らにしたんだから」
確かに地面は平らにならされてはいるが、捲れ上がったり吹き飛ばされた芝生は剥げたまま。周辺の鮮やかな緑色に比べて、中央付近は土色の剥き出しの地面が目立つ。その時会場全体にアナウンスが響く。
「ただいまから模擬戦週間上位入賞者の表彰式を行います。各学年トーナメントベスト4に残った生徒と全学年トーナメント決勝に残った生徒はフィールドに整列してください」
魔法部門と近接戦闘部門の入賞者と全学年トーナメントの決勝に進出した兄妹がフィールドに並ぶ。
副学院長から記念のメダルが手渡されるセレモニーが開始されるが、1年生の近接戦闘部門優勝者の段になってマイクで呼び出されたのは…
「1年近接戦闘部門優勝、二宮明日香」
誰も副校長の前に出てこない… 本人は何も気付かずに自室でゴロゴロしている真っ最中なので最初からこの場にいるはずもない。
「お兄様、大変です! 明日香ちゃんはまだ部屋でヤサグレて出てきませんわ」
「どうしようか?」
「と、取り敢えず、病気ということにしましょう」
「そうだな… 美鈴、すまないが言い訳をしてくれるか」
「仕方がないわね… 教官、二宮さんは体調不良で部屋で休んでいます」
副会長の申し出に副学院長もそれは仕方がないという表情で頷いている。Eクラスの身で決勝戦まで激戦を戦い抜いた疲労が出ているのだろうと好意的に解釈してくれてるらしい。本当は単にサボっているだけなのに…
仕方がないので、美鈴が明日香ちゃんに代わって記念のメダルを受け取って表彰式はそのまま流れていく。
そしていよいよ全学年トーナメントの優勝者である桜の番となる。
「全学年トーナメント近接戦闘部門優勝者、1年Eクラス、楢崎桜」
「はい」
なんとなく納得できないような微妙な雰囲気の拍車に包まれて桜がメダルを受け取る。
こうして史上初となる1年生の優勝者が誕生した記念すべき大会となった模擬戦週間は幕を閉じる。どうにも最後まで締まらないままであったのは動かしようのない事実であったが…
◇◇◇◇◇
表彰式が終わると、聡史たちは特待生寮に集まってひと時の憩いの時間を過ごす。2週間前に開幕した模擬戦週間でずっと出ずっぱりだった美鈴やカレンも、山場終わったかのようなホッとした表情で飲み物を口にしている。
ちょうどそこに、桜のスマホが着信を告げる音が…
「もしもし、誰かと思ったら明日香ちゃんですか」
「桜ちゃん! 今どこにいるんですか?」
「私たちの部屋でくつろいでいるところですよ」
「すぐに行きます!」
今日の午前中まではずいぶんと機嫌を損ねてヤサグレていた明日香ちゃんだったが、電話の声はなんだかご機嫌な様子。元々立ち直りが早い性格なので、ケロッとして過ぎ去ったことを忘れているのだろう。
数分後部屋のドアフォンが鳴る。桜がドアを開くと、そこには明日香ちゃんが立っている。もちろん食堂のデザートをテークアウトしたビニール袋を手にしている。明日香ちゃんがオヤツを忘れるなんて天と地が引っ繰り返ってもあり得ない話。
「皆さんお揃いですねぇ~。いやいや、私もすっかり元気になりましたよ~」
清々しい顔で明日香ちゃんは挨拶をしているが、部屋で待っていた聡史、美鈴、カレンの三人は、ああそうですか的なやや冷めた表情を向けている。元々体は元気で単に拗ねていただけなので、誰も明日香ちゃんの心配などしていない。
そんな空気をまったく読まずに、いそいそと自分が買ってきたデザートを取り出しては口にし始める明日香ちゃん。一同の注目を浴びているなど気にもしないで夢中になってチョコレートパフェを食べている。
チョコレートパフェが半ばなくなりかけたところで、美鈴がようやく口を開く。
「明日香ちゃん、模擬戦の表彰式があって、優勝のメダルを代わりに受け取ったからこれを渡しておくわね」
「優勝のメダル? 何ですか、それは?」
テーブルに置かれたメダルを見て明日香ちゃんは不思議な表情を浮かべている。表彰式の存在すら気付いていなかったのだから、記念のメダルなんて頭の片隅にもないよう。
「明日香ちゃん、せっかくの記念ですから大事に保管しておくんですよ」
「ええ~、こんなものをもらっても全然嬉しくないですよ~」
誰もが羨む優勝の記念メダルを明日香ちゃんは「嬉しくない」の一言で片付けている。真の大物とはもしかしたらこういうものかもしれない。桜が「こいつは下手をするとゴミ箱に捨てかねない」と危惧して注意をしたものの、それでもなおかつ明日香ちゃんは記念メダルを雑に扱いそうな予感がする。
何とか明日香ちゃんを納得させてメダルの件を終えた五人の間では今後の話に話題が移っていく。
「来週から通常通りの授業に戻るのね」
「そうすわ、明日香ちゃん。しばらく本格的な訓練が中断されていましたから来週からビシビシシゴきますよ!」
「ええぇぇ、桜ちゃん! 適当にやっていきましょうよ~。私もトーナメントで優勝したし、実力がついてきた証です」
「こんなところだけ優勝の話を持ち出す気ですかぁぁぁ! さっきまで『優勝なんかどうでもいい』って言切っていたでしょうがぁぁぁ!」
明日香ちゃんが桜から思いっきり突っ込まれている。ここまで自分に都合よく考えられるとは、明日香ちゃんのご都合主義があまりにも清々しすぎる。
このままでは本当に明日香ちゃんがダメになりそうな予感が… 仕方がないから聡史が間に入る。
「これからダンジョンのさらに下の階層に潜っていくことを考えると、さらに力を高める必要があるぞ。10階層から下はどんな魔物が出てくるか定かではないからな」
「そうですよ、明日香ちゃん。お兄様が言う通りです。まだまだダンジョンを攻略するには力不足ですからね!」
「はぁ~、しょうがないですね~…」
明日香ちゃんはため息をつきながら諦めた表情を浮かべている。誰でもない、この学院に入学を決めたのは自分に他ならない。冒険者を目指すのならダンジョンの攻略を最終目的にするのは当然の話。もちろん本人の実力によってダンジョン内部のどこまで進めるかは個人差があるだろう。だが高い目的を掲げることも当然必要となる。するとここでカレンが…
「10月には八校戦もありますし、もっとレベルアップしないといけないですよね」
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カレンの発言に乗っかった桜が話を元に戻す。実は桜としてはパーティーメンバーを鍛えてダンジョンの下の階層に早く行きたいと秘かに企んでいる。
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「何がマイペースですかぁぁぁ! 放置しておいたら明日香ちゃんは何もしないじゃないですかぁぁぁ! それから明日香ちゃんも八校戦に出るんですからね」
「ええぇぇぇぇ! なんで私が出るんですかぁぁぁ! そんな話は全然聞いていませんよ~」
「学年トーナメントを優勝しておいて出場しないなんて有り得ませんわ。明日香ちゃんも出場するんです」
「絶対に嫌ですよ~!」
相変わらず明日香ちゃんは渋っている。せっかく模擬戦が終わったのに、そんな大会など出たくないのが本音らしい。だが桜は…
「いいんですか、明日香ちゃん? 八校戦は大阪で開催されます。大阪にはこんなご当地スイーツがあるんですよ」
スマホを開いた桜、その画面には魅惑のスイーツの数々が並んでいる。明日香ちゃんの目がハートマークになって画面に釘付けのまま。そして…
「行きます! 絶対に行きます! むしろ今からすぐに向かいたいです! 桜ちゃん、大阪は食い倒れの街と聞いています。倒れるまで甘いものを食べ尽くしましょう!」
クルッと手の平返しの明日香ちゃん、ご褒美がぶら下がると俄然ヤル気になるのは周知の事実。両の瞳から赤々と燃え上がる炎を上げながらコブシを握り締める明日香ちゃんはさらに言葉を続ける。
「八校戦なんかすぐに負ければいいんですよ~。そのあとはスイーツ巡り放題ですぅぅぅ!」
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