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第61話 監視の目
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ここでちょっと日本以外の各国のダンジョンに関する状況を述べておきたい。
世界中にできたダンジョンに対して各国政府の対応はまちまちという状態。
ヨーロッパの各国は概ね日本と同様に政府がダンジョンの管理に積極的に関与しているのに対して、アメリカでは民間にすべてのダンジョンが開放されており、管理自体を民間団体が行っている。それだけではなくて、魔石やドロップアイテムの有用性が日本よりもはるかに高く評価されているので、オークの魔石1つが30ドルで売買されている。最近ではドロップアイテムの取引所まで開設されており、活発な取引きが行われるとともに価格が急騰しているという声も聞こえてくる。
このような背景からアメリカのことに貧困層の出身の若者は、挙ってダンジョンに入って一獲千金を目指すのがブームとなっている。1日にちょっとした魔石を2、3個手に入れれば十分生活できるだけでなくて、宝箱でも発見しようものなら大金が手に入るとあって、新たなアメリカンドリームと呼ばれている。
南米では、今まではサッカー選手を目指していた大勢の若者が現金収入を求めて皆ダンジョンに入るために、ここ最近サッカーのレベルが下がったと嘆くファンが出ているらしい。だが、若者の多くが収入を得る手立てを見い出したおかげで、違法薬物の取引や犯罪に走る人間が減って治安が良くなったという効果を上げている。
アフリカでは、ダンジョンの管理をする権利を得た欧米企業が多数進出して現地の人間を雇ってドロップアイテムを回収しては国外に輸出する動きが始まっている。現地の労働者は安い賃金で酷使されており、人権団体から批判が集まっているという報道がなされている。
途上国では様々な問題を孕みながらも、世界各国ではダンジョンとの共存を目指して平和的に管理しながらドロップアイテムを資源として有効利用していく動きが進んでいるように見受けられる。
だがこのような世界の動きに背を向けて、まったく別の目的でダンジョンが産出する資源を用いようと考える国家が存在する。
それは中国とロシアの2国。両国ともダンジョンから産出される物資の軍事転用を画策しており、魔力を兵器に生かす研究を活発に行っているという噂がまことしやかに話されている。
現状では、このように世界全体ではダンジョンに関する考え方はけっして一枚岩ではない。ことに中露の2国の態度は国際的な非難を浴びているのであった。
◇◇◇◇◇
ここは東京にあるロシア大使館、外交を司る正規の政府機関であるとともに、日本国内の様々な情報を収集する部署も同時に存在している建物となっている。その内部の主に諜報や工作活動を専門に行っている部署に本国からとある指令が届く。
「ワレンコ室長、本国からの指令です!」
「どんな内容だね?」
「先日本国に送った魔法学院の生徒に関する指示です」
魔法学院に関する情報は自衛隊及び政府が掌握しており、一般には公開されていない。だがロシア大使館に置かれているこの組織は、日本政府の内部に潜む協力者から模擬戦の全試合が詳細に記録されたディスクを入手している。
そして全学年トーナメントの決勝で繰り広げられた聡史と桜のプロレスは、彼らの興味を引くには十分な内容といえる。人間でありながらあれだけの威力がある爆発を引き起こす能力は、魔法を戦術兵器の一部として活用する研究をしていくには十分な内容と判断可能。
「ワレンコ室長、より具体的な本国からの指令では、魔法学院の例の2名を我がロシアに招聘しろという内容です」
「ふむ、相手は未成年だな。仮に交渉するとしたら、相手は両親か」
「その件に関しても指令が来ております。手段を選ばずに連れて来いとあります」
「相当強硬な指令を出してきたな。本国はどうあってもあの2名を手に入れたいと考えているのか」
「そのようです。ですが仮に拉致するにしても、相当な困難が伴うであろうと考えます」
「そうだろうな… 何しろ相手は個人であれだけの威力が出せる魔法使いだ。生半可な手段ではこちらが全滅する可能性すら考えられる。ところで中国は動き出しているのか?」
「まだ情報がありませんが、我々の動きを察知すれば必ず動き出すものと思われます」
「そうか… では、奴らに先に手を出してもらおうか。その結果を見てからこちらが行動しても十分間に合うだろう」
「中国に先を越されませんか?」
「安心したまえ、あの連中の乱暴な方法では必ず失敗する。我らは中国の工作員を監視してその結果だけを持ち帰ればいい」
「中国が失敗すれば本国も諦めるということでしょうか?」
「まあ、そうだな。火中の栗を拾うのは中国の役目だよ。この場は連中のお手並みを拝見しようか。まあ、大ヤケドは間違いないだろうがな」
ニンマリとした笑いを浮かべながらワレンコは何かを企む様子であった。
◇◇◇◇◇
ロシア大使館のワレンコ室長の読み通り、中国の諜報機関はすでに動きを開始している。
魔法学院と大山ダンジョンが一望できる市街地にある高層マンションの一室を借り上げて、そこに望遠レンズ付きのビデオカメラを準備して聡史たちの動きを逐一監視中。
「相手は高々高校生だろう。なんでわざわざ拉致する必要があるんだ?」
「特別な能力を持っているからに決まっているだろう! それよりも学院内にいる間はこちらも手を出せないから、奴らが外に出た機会を絶対に逃すんじゃないぞ」
「わかったよ! 精々監視しておくから、実行部隊との連絡は任せるぞ」
中国の工作員は、こうしてマンションの最上階から24時間体制で聡史たちの動きを監視するのであった。
◇◇◇◇◇
模擬戦週間が終わって1週間が経過する。
そして迎えた最初の土曜日、聡史は待ち合わせのために学院の正門に立っている。今日はブルーホライズンとデートの約束をしている日となっており、朝の9時に待ち合わせの約束だが、聡史は律義に15分前にこの場にやってきて彼女たちを待っている。
今朝特待生寮を出る時に、聡史は桜から色々と言い含められて送り出されていた。
「お兄様が、女の子とデートだなんて… こんな日が来るとは思いませんでしたわ。私が見立てたコーディネートがバッチリ決まっていますから、安心してお出掛けくださいませ」
「デートって言ったって、相手はブルーホライズンの五人だぞ。ダンジョンと一緒で俺は引率者の心境だ」
「いいじゃありませんか。お兄様が最も苦手とする女子の心理をしっかりと学習してきてください。それから待ち合わせの時の最初の一言は、絶対にあの子たちの服を誉めるんですよ。みんな気合を入れて服を選んだに決まっていますから、その努力を認めてあげてください」
「そんな簡単に褒める言葉ないか浮かばないぞ。一体どうすればいいんだ?」
「仕方がありませんねぇ~。かくかくしかじか…」
「わ、わかった。何とか努力しよう」
「それから、美鈴ちゃん、明日香ちゃん、カレンさんの三人は私がダンジョンに連れ出しますから、どうぞご安心を」
「どういう意味だ?」
「色々と口うるさい外野は私が押さえておきますから、お兄様は今日一日楽しんでくればいいんですの」
実によくできた妹と不器用でニブチンの兄の姿がここにある。美鈴とカレンが聞きつければ必ず大騒動が起きるであろうという懸念を桜が未然に防ごうと言っている。なんという心遣いであろうか! これぞまさに妹の鑑であろう。
とまあ朝のひと時、特待生寮ではこのような兄妹の会話が交わされたのであった。
聡史が正門でしばらく待っていると、こちらにやってくる人影が目に入ってくる。ジーンズにTシャツという飾り気のないラフな服装でやってきたのは美晴のよう。
「師匠~!」
聡史の姿を遠目に発見した美晴は全力ダッシュで駆けてくる。レベルが上昇したおかげで相当な速さ。今なら女子の日本記録に挑めるだろう。
「師匠、お待たせしました! 楽しみすぎて朝の5時に目が覚めて、暇だから筋トレしていました!」
「美晴らしいな。それにしてもその服は普段からこんな感じなのか?」
「動きやすさが一番重要ですからね。こんな感じの服しかもっていないっス!」
さすがは脳筋、この娘はオシャレという概念を持ち合わせていないよう。だが聡史は必ず女子の服を誉めろと桜から固く言いつけられている。
「そうなのか、その考えは俺と一緒だな。動きやすさ重視というのは俺の服選びの第一条件だ」
「さすがは師匠だぜ。服のセンスが一緒ということは、もしかしたら赤い糸で結ばれているんじゃないのかな?」
「なんだ、その赤い糸というのは?」
「何でもないっス!」
赤い糸の意味は聡史に伝わらなかったものの、服の趣味が同じというだけで美晴は上機嫌になっている。聡史にしてみれば、脳筋の妹がいる分だけ美晴は女子としては扱いやすい部類に属するかもしれない。
続いては、絵美がやってくる。彼女は昨夜から迷いに迷い抜いた挙句に、ブラウスと膝上10センチのミニスカートというコーディネートに落ち着いたよう。肩からは小さなポシェットをぶら下げている。
「師匠、お待たせしました」
「おはよう、絵美は女の子らしい服だな。制服と色合いが違うだけでずいぶん印象が変わるな」
「えへへへ… 師匠とのデートだから色々迷いましたけど、着慣れている服が一番いいかなって…」
「似合っていていい感じだぞ」
聡史、グッドジョブ! 絵美は顔を真っ赤にしてクタクタと美晴にもたれ掛かっている。訓練やダンジョンでの活動の際には聡史から中々褒めてもらえないだけに、こうして面と向かって「似合っている」と言われてデレデレになって体から力が抜けているよう。
三人目にやってきたのは渚。スラリとした体形に合わせて黒のスキニージーンズとパンプスの組み合わせに、グレーのキャミソールの上からクリーム色のサマーセーターを羽織っている。
「師匠、早かったんですね。私も余裕をもって寮を出たつもりだったんですが、お待たせしてすいません」
「気にしなくていいから。それよりも渚はスタイルがいいんだな。制服や演習ジャージではよくわからなかったけど、こうして私服になるとモデルみたいだぞ」
聡史は事前に脳内で組み立てていた文章を口にする。当然桜の協力を得たのは言うまでもない。だがこのセリフが渚にもたらした効果は絶大な模様。
「そんなに褒めないでください。モデルだなんて…」
はい、掴みはオーケー! 渚は一番褒めてもらいたいツボをピンポイントで突かれて撃沈している。聡史の戦略がここまでは功を奏している。もちろん参謀の桜の陰の助言が効果絶大なのだが…
四人目はほのか。彼女はメンバー中で一番小柄であり、服選びの際に中々合うサイズを見つけるのに苦労する。時には子供服から見繕わなければならない中で、今日は気合を入れて精一杯大人っぽいコーディネートに挑んでいる。
「師匠、おはようございます!」
「ほのか、おはよう。今日はずいぶん大人っぽい印象だな」
「師匠とのデートなのでちょっと頑張りました」
「いい感じじゃないか。普段よりもちょっと年上に見えるぞ」
本当は小学校の高学年が背伸びしているように見えなくもないのだが、聡史から「年上に見える」と言われただけでほのかは舞い上がっている。いつもは実年齢よりも年下に見られがちの彼女にとっては、とっても嬉しい一言がもらえたようで何より。
そして最後にやってきたのは真美。渚とちょっと被り気味のキャミソールにサマーセーターという組み合わせだが、わざと胸を強調した服を選んだ様子が窺える。カレンが特盛ドンブリ2杯に対して、真美は大盛りドンブリ2杯の立派なプルンプルンをお持ち。クラスのオッパイ星人男子たちからも実は秘かに目を付けられているだけのことはある。
「師匠、どうもお待たせしました。私が最後でしたね」
「えーと、真美さんや… その服装は俺に何を言わせたいんだ?」
「えっ?普段からこんな格好をしていますよ」
他の女子四人を敵に回しそうな真美の一言。美晴、絵美、渚、ほのかの四人は真美に対してジトーっとした視線を送っている。羨望とちょっとだけ同性としての憎悪が入り混じった複雑な感情が各自から漏れ出している。
「そのう… そ、そうだな… 大変いいものを見させてもらってありがとうございました」
「師匠ったら、私のどこを見ているんですか?」
聡史の正直なぶっちゃけに対して自分の両手で胸を両腕で隠しながらも真美は満更でもない表情をしている。自分のチャームポイントが聡史に伝わったと彼女なりに満足しているご様子。
こうして全員が揃ったので、最寄りのバス停まで歩いていく。本日は電車に乗って2つ目の結構賑わっている街で一日過ごす予定となっている。
この時点ですでに監視の目が追い掛けているとも知らずに、聡史とブルーホライズンの五人はワイワイ盛り上がりながら学院の敷地の外へ出ていくのであった。
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世界中にできたダンジョンに対して各国政府の対応はまちまちという状態。
ヨーロッパの各国は概ね日本と同様に政府がダンジョンの管理に積極的に関与しているのに対して、アメリカでは民間にすべてのダンジョンが開放されており、管理自体を民間団体が行っている。それだけではなくて、魔石やドロップアイテムの有用性が日本よりもはるかに高く評価されているので、オークの魔石1つが30ドルで売買されている。最近ではドロップアイテムの取引所まで開設されており、活発な取引きが行われるとともに価格が急騰しているという声も聞こえてくる。
このような背景からアメリカのことに貧困層の出身の若者は、挙ってダンジョンに入って一獲千金を目指すのがブームとなっている。1日にちょっとした魔石を2、3個手に入れれば十分生活できるだけでなくて、宝箱でも発見しようものなら大金が手に入るとあって、新たなアメリカンドリームと呼ばれている。
南米では、今まではサッカー選手を目指していた大勢の若者が現金収入を求めて皆ダンジョンに入るために、ここ最近サッカーのレベルが下がったと嘆くファンが出ているらしい。だが、若者の多くが収入を得る手立てを見い出したおかげで、違法薬物の取引や犯罪に走る人間が減って治安が良くなったという効果を上げている。
アフリカでは、ダンジョンの管理をする権利を得た欧米企業が多数進出して現地の人間を雇ってドロップアイテムを回収しては国外に輸出する動きが始まっている。現地の労働者は安い賃金で酷使されており、人権団体から批判が集まっているという報道がなされている。
途上国では様々な問題を孕みながらも、世界各国ではダンジョンとの共存を目指して平和的に管理しながらドロップアイテムを資源として有効利用していく動きが進んでいるように見受けられる。
だがこのような世界の動きに背を向けて、まったく別の目的でダンジョンが産出する資源を用いようと考える国家が存在する。
それは中国とロシアの2国。両国ともダンジョンから産出される物資の軍事転用を画策しており、魔力を兵器に生かす研究を活発に行っているという噂がまことしやかに話されている。
現状では、このように世界全体ではダンジョンに関する考え方はけっして一枚岩ではない。ことに中露の2国の態度は国際的な非難を浴びているのであった。
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ここは東京にあるロシア大使館、外交を司る正規の政府機関であるとともに、日本国内の様々な情報を収集する部署も同時に存在している建物となっている。その内部の主に諜報や工作活動を専門に行っている部署に本国からとある指令が届く。
「ワレンコ室長、本国からの指令です!」
「どんな内容だね?」
「先日本国に送った魔法学院の生徒に関する指示です」
魔法学院に関する情報は自衛隊及び政府が掌握しており、一般には公開されていない。だがロシア大使館に置かれているこの組織は、日本政府の内部に潜む協力者から模擬戦の全試合が詳細に記録されたディスクを入手している。
そして全学年トーナメントの決勝で繰り広げられた聡史と桜のプロレスは、彼らの興味を引くには十分な内容といえる。人間でありながらあれだけの威力がある爆発を引き起こす能力は、魔法を戦術兵器の一部として活用する研究をしていくには十分な内容と判断可能。
「ワレンコ室長、より具体的な本国からの指令では、魔法学院の例の2名を我がロシアに招聘しろという内容です」
「ふむ、相手は未成年だな。仮に交渉するとしたら、相手は両親か」
「その件に関しても指令が来ております。手段を選ばずに連れて来いとあります」
「相当強硬な指令を出してきたな。本国はどうあってもあの2名を手に入れたいと考えているのか」
「そのようです。ですが仮に拉致するにしても、相当な困難が伴うであろうと考えます」
「そうだろうな… 何しろ相手は個人であれだけの威力が出せる魔法使いだ。生半可な手段ではこちらが全滅する可能性すら考えられる。ところで中国は動き出しているのか?」
「まだ情報がありませんが、我々の動きを察知すれば必ず動き出すものと思われます」
「そうか… では、奴らに先に手を出してもらおうか。その結果を見てからこちらが行動しても十分間に合うだろう」
「中国に先を越されませんか?」
「安心したまえ、あの連中の乱暴な方法では必ず失敗する。我らは中国の工作員を監視してその結果だけを持ち帰ればいい」
「中国が失敗すれば本国も諦めるということでしょうか?」
「まあ、そうだな。火中の栗を拾うのは中国の役目だよ。この場は連中のお手並みを拝見しようか。まあ、大ヤケドは間違いないだろうがな」
ニンマリとした笑いを浮かべながらワレンコは何かを企む様子であった。
◇◇◇◇◇
ロシア大使館のワレンコ室長の読み通り、中国の諜報機関はすでに動きを開始している。
魔法学院と大山ダンジョンが一望できる市街地にある高層マンションの一室を借り上げて、そこに望遠レンズ付きのビデオカメラを準備して聡史たちの動きを逐一監視中。
「相手は高々高校生だろう。なんでわざわざ拉致する必要があるんだ?」
「特別な能力を持っているからに決まっているだろう! それよりも学院内にいる間はこちらも手を出せないから、奴らが外に出た機会を絶対に逃すんじゃないぞ」
「わかったよ! 精々監視しておくから、実行部隊との連絡は任せるぞ」
中国の工作員は、こうしてマンションの最上階から24時間体制で聡史たちの動きを監視するのであった。
◇◇◇◇◇
模擬戦週間が終わって1週間が経過する。
そして迎えた最初の土曜日、聡史は待ち合わせのために学院の正門に立っている。今日はブルーホライズンとデートの約束をしている日となっており、朝の9時に待ち合わせの約束だが、聡史は律義に15分前にこの場にやってきて彼女たちを待っている。
今朝特待生寮を出る時に、聡史は桜から色々と言い含められて送り出されていた。
「お兄様が、女の子とデートだなんて… こんな日が来るとは思いませんでしたわ。私が見立てたコーディネートがバッチリ決まっていますから、安心してお出掛けくださいませ」
「デートって言ったって、相手はブルーホライズンの五人だぞ。ダンジョンと一緒で俺は引率者の心境だ」
「いいじゃありませんか。お兄様が最も苦手とする女子の心理をしっかりと学習してきてください。それから待ち合わせの時の最初の一言は、絶対にあの子たちの服を誉めるんですよ。みんな気合を入れて服を選んだに決まっていますから、その努力を認めてあげてください」
「そんな簡単に褒める言葉ないか浮かばないぞ。一体どうすればいいんだ?」
「仕方がありませんねぇ~。かくかくしかじか…」
「わ、わかった。何とか努力しよう」
「それから、美鈴ちゃん、明日香ちゃん、カレンさんの三人は私がダンジョンに連れ出しますから、どうぞご安心を」
「どういう意味だ?」
「色々と口うるさい外野は私が押さえておきますから、お兄様は今日一日楽しんでくればいいんですの」
実によくできた妹と不器用でニブチンの兄の姿がここにある。美鈴とカレンが聞きつければ必ず大騒動が起きるであろうという懸念を桜が未然に防ごうと言っている。なんという心遣いであろうか! これぞまさに妹の鑑であろう。
とまあ朝のひと時、特待生寮ではこのような兄妹の会話が交わされたのであった。
聡史が正門でしばらく待っていると、こちらにやってくる人影が目に入ってくる。ジーンズにTシャツという飾り気のないラフな服装でやってきたのは美晴のよう。
「師匠~!」
聡史の姿を遠目に発見した美晴は全力ダッシュで駆けてくる。レベルが上昇したおかげで相当な速さ。今なら女子の日本記録に挑めるだろう。
「師匠、お待たせしました! 楽しみすぎて朝の5時に目が覚めて、暇だから筋トレしていました!」
「美晴らしいな。それにしてもその服は普段からこんな感じなのか?」
「動きやすさが一番重要ですからね。こんな感じの服しかもっていないっス!」
さすがは脳筋、この娘はオシャレという概念を持ち合わせていないよう。だが聡史は必ず女子の服を誉めろと桜から固く言いつけられている。
「そうなのか、その考えは俺と一緒だな。動きやすさ重視というのは俺の服選びの第一条件だ」
「さすがは師匠だぜ。服のセンスが一緒ということは、もしかしたら赤い糸で結ばれているんじゃないのかな?」
「なんだ、その赤い糸というのは?」
「何でもないっス!」
赤い糸の意味は聡史に伝わらなかったものの、服の趣味が同じというだけで美晴は上機嫌になっている。聡史にしてみれば、脳筋の妹がいる分だけ美晴は女子としては扱いやすい部類に属するかもしれない。
続いては、絵美がやってくる。彼女は昨夜から迷いに迷い抜いた挙句に、ブラウスと膝上10センチのミニスカートというコーディネートに落ち着いたよう。肩からは小さなポシェットをぶら下げている。
「師匠、お待たせしました」
「おはよう、絵美は女の子らしい服だな。制服と色合いが違うだけでずいぶん印象が変わるな」
「えへへへ… 師匠とのデートだから色々迷いましたけど、着慣れている服が一番いいかなって…」
「似合っていていい感じだぞ」
聡史、グッドジョブ! 絵美は顔を真っ赤にしてクタクタと美晴にもたれ掛かっている。訓練やダンジョンでの活動の際には聡史から中々褒めてもらえないだけに、こうして面と向かって「似合っている」と言われてデレデレになって体から力が抜けているよう。
三人目にやってきたのは渚。スラリとした体形に合わせて黒のスキニージーンズとパンプスの組み合わせに、グレーのキャミソールの上からクリーム色のサマーセーターを羽織っている。
「師匠、早かったんですね。私も余裕をもって寮を出たつもりだったんですが、お待たせしてすいません」
「気にしなくていいから。それよりも渚はスタイルがいいんだな。制服や演習ジャージではよくわからなかったけど、こうして私服になるとモデルみたいだぞ」
聡史は事前に脳内で組み立てていた文章を口にする。当然桜の協力を得たのは言うまでもない。だがこのセリフが渚にもたらした効果は絶大な模様。
「そんなに褒めないでください。モデルだなんて…」
はい、掴みはオーケー! 渚は一番褒めてもらいたいツボをピンポイントで突かれて撃沈している。聡史の戦略がここまでは功を奏している。もちろん参謀の桜の陰の助言が効果絶大なのだが…
四人目はほのか。彼女はメンバー中で一番小柄であり、服選びの際に中々合うサイズを見つけるのに苦労する。時には子供服から見繕わなければならない中で、今日は気合を入れて精一杯大人っぽいコーディネートに挑んでいる。
「師匠、おはようございます!」
「ほのか、おはよう。今日はずいぶん大人っぽい印象だな」
「師匠とのデートなのでちょっと頑張りました」
「いい感じじゃないか。普段よりもちょっと年上に見えるぞ」
本当は小学校の高学年が背伸びしているように見えなくもないのだが、聡史から「年上に見える」と言われただけでほのかは舞い上がっている。いつもは実年齢よりも年下に見られがちの彼女にとっては、とっても嬉しい一言がもらえたようで何より。
そして最後にやってきたのは真美。渚とちょっと被り気味のキャミソールにサマーセーターという組み合わせだが、わざと胸を強調した服を選んだ様子が窺える。カレンが特盛ドンブリ2杯に対して、真美は大盛りドンブリ2杯の立派なプルンプルンをお持ち。クラスのオッパイ星人男子たちからも実は秘かに目を付けられているだけのことはある。
「師匠、どうもお待たせしました。私が最後でしたね」
「えーと、真美さんや… その服装は俺に何を言わせたいんだ?」
「えっ?普段からこんな格好をしていますよ」
他の女子四人を敵に回しそうな真美の一言。美晴、絵美、渚、ほのかの四人は真美に対してジトーっとした視線を送っている。羨望とちょっとだけ同性としての憎悪が入り混じった複雑な感情が各自から漏れ出している。
「そのう… そ、そうだな… 大変いいものを見させてもらってありがとうございました」
「師匠ったら、私のどこを見ているんですか?」
聡史の正直なぶっちゃけに対して自分の両手で胸を両腕で隠しながらも真美は満更でもない表情をしている。自分のチャームポイントが聡史に伝わったと彼女なりに満足しているご様子。
こうして全員が揃ったので、最寄りのバス停まで歩いていく。本日は電車に乗って2つ目の結構賑わっている街で一日過ごす予定となっている。
この時点ですでに監視の目が追い掛けているとも知らずに、聡史とブルーホライズンの五人はワイワイ盛り上がりながら学院の敷地の外へ出ていくのであった。
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