異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第69話 八校戦開幕前夜

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 魔法学院の生徒会室では、2週間後に迫った八校戦に向けて全国各地の魔法学院の出場選手の分析に追われている。

 各校で行われた模擬戦のデータは生徒会役員のみ閲覧が許可されているので、トーナメント上位に進出した生徒の戦い方や武器の扱い、能力の特性などを資料としてまとめて自校の生徒の試合に生かそうという目的で、忙しい合間に分析を進めている。


「やはり筑波の第4魔法学院に編入した留学生の3人が目を引くな」

「会長の目にもそのように映りますか。さすがですね」

「副会長、君に褒められると自分が恥ずかしくなるからやめてもらえないか。僕は全学年トーナメント1回戦負けで、君は優勝者なんだからね」

 生徒会長も2年生としては魔法部門でトップクラスの実力を持っているのだが、美鈴と比較すると見劣りするのは否めない事実。その点を会長は自虐的に述べている。上級生といえども魔法使いとしての美鈴の力が明らかに上だと認めざるを得ない。


「会長、私はパーティー仲間に恵まれているだけです。あの人たちがいなかったら、未だにありふれたひとりの魔法使いにすぎません」

「この点を議論するのは別の機会にしておこう。それよりも第4魔法学院の留学生が先だ。彼女たちについて副会長の意見を聞きたいな」

 美鈴は画面で繰り広げられる一方的な戦いのシーンをじっと眺めている。今再生されているのは第4魔法学院の全学年トーナメントの決勝戦で、留学生が相手にしているのは3年生の学年トーナメント優勝者。試合はもちろん留学生が一方的に押して3年生が懸命に耐えている展開だが、ものの2分で勝敗がつく。


「私は近接戦闘の専門ではありませんが、それなりの腕があると思います」

「本校の特待生と比較してどう思う?」

「あの二人を何かの比較の対象にするのは無謀ですね。私の目から見ても、一体どこまで強いのか果てが見えませんから」

「そうだろうと思ったよ。君の意見を聞いて僕も安心できた。何しろあの特待生の二人が編入してこなかったら、この留学生の三人はうちに入学する予定だったからね」

 海外からの留学生三人は、聡史たちから1か月遅れて第4魔法学院に編入してきている。仮に聡史たちが異世界から戻ってくるのがもう少し遅かったら、留学生はこの魔法学院へ入学する予定で受け入れ準備が進められていたそう。 

 ところが聡史と桜というあまりに強大な力を持つ帰還者を得たために、一箇所の魔法学院に大きな戦力が集中するのを避けようという意見が政府内で上がった結果、留学生は当初の予定を変更して茨城県筑波にある第4魔法学院での受け入れが決まったという経緯がある。


「それでは留学生の対処は特待生と副会長に任せようか。留学生のうちの二人はどうやら魔法戦が得意なようだからね」

「勝ち負けは時の運ですが、私なりにベストを尽くします」

 こうして生徒会では八校戦に備えて対戦相手の情報収集を進めていくのであった。




   ◇◇◇◇◇




 10月に入ったある日午前中の実技実習の時間、八校戦に出場が決定したブルーホライズンの実技向上のために聡史による厳しい訓練が実施されている。


「真美! まだ左手の使い方が甘いぞ!」

「はい、師匠!」

 両手に握る細剣を再び持ち直して真美は懸命に聡史に打ち掛かっていく。二刀流を目指して修業を始めた真美は未だその道半ばではあるが、剣術スキルがレベルアップして3ランクになり、最近になってついに〔二刀流ランク1〕のスキルを得たため以前よりはだいぶ様になってきている。

 その横では、ほのかが短剣と小盾を手にして形をなぞった動きを繰り返していく。丹念に形を繰り返しながら自分の動きを確かめている。これまで時間をかけて基本を固めてきたほのかも、次第に新たな戦い方が身につきつつある。

 絵美と渚は明日香ちゃんとカレンを相手にして槍の腕を磨いている最中で、何度も撥ね飛ばされながら懸命に格上の二人に食い下がっている。

 ブルーホライズンはこのところ聡史に率いられてダンジョンの5階層に挑んでいる。全員のレベルが15を超えており、千里に至ってはそろそろ20に手が届くところまできている。八校戦に向けて仕上がりは順調といえよう。


 そして、最後のひとりである美晴といえば…


「ほらほら、隙だらけだとあっという間に攻撃されますよ」

「ゲホッ!」

 桜の動きに合わせて美晴は手にする盾でガードしようとするが、動きが速すぎて盾を振り向けるのが間に合わなくなる。そのたびに好き放題に拳を叩き込まれて、美晴は地面に転がされていく。普通の人間ならばここで気持ちが折れて二度と立ち上がれなくなってしまうのだが、Eクラスきっての脳筋である美晴は一味違う。


「気合いだぁぁぁ!」

 いつの間にか上昇した脳筋御用達のスキル〔気合い強化ランク3〕を用いて歯を食い縛って起き上がる美晴。ダメージを受けているのは明らかだが、それでもなお桜に向かっていく意思を失ってはいない。


「フフフ、明日香ちゃんでもここまでしぶとくなかったですからねぇ~。美晴ちゃんがどこまで伸びていくか楽しみですよ」

 美晴のド根性を桜も認めているよう。どんなにボロボロにされても再び立ち上がっていく美晴の姿にあの桜でさえ感心している。それだけではなくて、気合と根性で困難を打開しようとする脳筋の心理は桜が最も理解している。桜と美晴の相性は聡史が考える以上にピッタリとマッチしているよう。



 こうして八校戦に向けて、各々が厳しい訓練を続けている…

 いや、違った!

 ひとりだけあくまでもマイペースで訓練している人物がいる。


「桜ちゃん、試合なんか早く負けて、大阪の食べ歩きを楽しみましょうよ~」

「最初から負ける気で出場するなぁぁぁぁ!」

「他に楽しみがないんですから、ご褒美があってもいいじゃないですか~」

「ご褒美というのは試合に勝ったらもらえるものです! 参加しただけでご褒美がもらえるなんて明日香ちゃんは考えが甘すぎです!」

「ええ~… それじゃあ、1回だけ勝ちますから」

「1回といわずに、全部勝ちなさいぃぃぃ!」

 約1名八校戦の意義をまったく理解していない人物がいるものの、ブルーホライズンを含めて聡史たちの仕上がりは順調であった。

 


   ◇◇◇◇◇



 大阪府に設置されている第5魔法学院は、奈良県との県境にある葛城山の大阪側の麓に出来上がった葛城ダンジョンに隣接して建設されている。

 5年前に一度葛城ダンジョンから大量の魔物が溢れて周辺住民が1万人近く命を落とすという悲劇が発生したことを受けて、山の麓から付近を流れる石川に達する広範囲が居住禁止地区に指定されており、約20平方キロメートルに及ぶ区域に魔法学院と自衛隊の駐屯地およびその付帯施設が設けられている。大山ダンジョンにある魔法学院に比べて3倍以上の広大な敷地がこの地には広がっている。

 この広大な施設を利用して毎年この地で八校戦が開催されている。千人収容可能なスタンドが設置された屋外演習場が8箇所と同様の屋内演習場が5箇所もあって、最初から全国の魔法学院の生徒が集まることを念頭に設計されているのが第5魔法学院といえる。

 いよいよ翌日から八校戦が開始されるとあって、この日は朝から各校の生徒が続々と貸し切りバスを連ねて来校してくる。どの学院の生徒も「今年こそは優勝を!」と胸に誓って決戦の地に足を踏み入れている。

 ちなみに大山にある魔法学院は公式には「第~」という名称は付けられていないのだが、八校戦に限っては他校との区別をするために便宜上第1魔法学院と呼ばれている。




   ◇◇◇◇◇




 そしてその頃、第1魔法学院の生徒たちは新幹線でちょうど新大阪の駅に到着している。引率の教員も含めて総勢120人にも及ぶ大きな集団で、その中に混ざって聡史たちもホームへと降りてくる。


「まったく明日香ちゃんは遠足と勘違いしているんじゃないですか? 新幹線の中でお菓子をずっと食べていましたよね」

「へぇぇぇ! 桜ちゃんは駅弁3つとおにぎり2個とハンバーガーセットを食べていましたよね。それから、食後のデザートと称して冷凍ミカンを5つペロリと平らげましたっけ」
 
「旅の恥はかき捨てといいますからね」

「桜ちゃんは日頃から恥ずかしい存在なんですから、私の近くに寄らないでください! 隣の席でどれだけ恥ずかしかったか…」

「なにぉぉぉぉ! 明日香ちゃんがどれだけ恥ずかしいか自覚がないんですか? そんなにブクブク太って!」

「なんですってぇぇぇぇぇ! 誰がブクブクで、風船が今にも弾けそうだっていうんですかぁぁぁぁ!」

「弾けそうなのは、明日香ちゃんのスカートのホックですよ」

「そういえば朝と比べると、ちょっと苦しいんですよね。お昼は控えめにしておきましょう」

「恥ずかしいとかブクブクとかどうでもいいから前を向いて歩けぇぇ! 俺たちだけ置き去りにされているだろうかぁぁぁ!」

 聡史が溜まりかねてホームで大声を出して突っ込んでいる。桜と明日香ちゃんが立ち止まってどうでもいい話をしている間に、彼らを置いて学院生たちは改札に向かう階段を降り始めている。 


 何とか集団に追いついた聡史たちは、駅のロータリーで待っている観光バスに乗り込んでいく。バスが出発すると、高速道路を走行して大阪市内を通り抜けていく。


「桜ちゃん、桜ちゃん! 大阪の街は賑やかで楽しそうですよ~。お店の看板がとっても華やかです」

「私も初めて大阪に来ましたけど、上から見た感じではずいぶん賑やかな雰囲気ですね」

「なんだか食べ歩きがとっても楽しみになってきましたよ~」

 街並みを見下ろす明日香ちゃんの目は今にも蕩けそうな光を湛えている。桜から教えてもらった魅惑のご当地スイーツの数々が、明日香ちゃんの心を捉えて離さないのだろう。
 
 聡史たちを乗せたバスは大阪の市内を抜けて、さらに府の南部へと向かって走行していく。


「あれっ? なんだか賑やかな地区を通り過ぎてしまいましたよ~。桜ちゃん、一体どこに向かうんでしょうか?」

「それはダンジョンがある場所ですから、山の方向に決まってますよ」

「ええぇぇぇぇ! 私の食べ歩きはどこに行っちゃうんですかぁぁぁ!」

「季節は秋ですから、山の中に行けば栗拾いくらいはできるんじゃないですか」

「栗を拾ってどうするんですかぁぁぁぁ! 私が期待しているのは、賑やかな街の中で美味しいデザートを食べることなんですよ~」

「それは残念でしたねぇ。街中に出るには相当距離がありますから、難しいかもしれないですわ」

「ヤル気がなくなりました。もう帰りたいです」

「明日香ちゃん、本当にいいんですか? 今日の夜には参加生徒全員が集まったパーティーが開かれますよ。きっと美味しいデザートが…」

「いやだなぁ~、桜ちゃん、帰るなんて言っていませんよ~。さあ、楽しいパーティーが待っていますよぉぉぉ!」

 パーティーと聞いて、急にやる気を出す明日香ちゃんであった。現金すぎるだろう!




   ◇◇◇◇◇



 
 第5魔法学院に到着した一行はあまりの規模の大きさに少々驚きながらも、案内に従って割り当てられた部屋へと向かう。

 部屋割りは、桜と明日香ちゃん、美鈴とカレン、という組み合わせとなっており、聡史には一人部屋が割り振られている。


「これだけ広いと明日香ちゃんは絶対に迷子になりますから、私から離れないでください」

「はい、パーティーに出損ねると困りますから、絶対に桜ちゃんから離れません」

 八校戦の目的はパーティーじゃないんだけど… こんな桜のボヤキなど、明日香ちゃんに通用するはずはない。絶対にない! 今ここで断言しておく。
 


 夕方の6時から、参加者全員が大ホールに集まって歓迎レセプションが開催される。はじめのうちは偉い人のスピーチが続いてやや退屈なセレモニーが続いていく。

 だが桜と明日香ちゃんの動きは立食パーティーを計算し尽くしたもの。料理が並ぶテーブルの最も近くに陣取っては、ズラリと並ぶ料理のメニューに目を光らせている。


「桜ちゃん、あの辺がデザートエリアですよ~」

「ふむふむ、明日香ちゃんはまずはデザートの確保ですか?」

「もちろんです! 料理は後回しにしてでも、何はなくともデザートを確保しますよ~」

 力強く言い切る明日香ちゃん、対する桜はどのようにお目当ての料理を大量に確保するか思案を巡らせている。


「それでは、第5回八校戦の成功を祈念してカンパーイ!」

「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」

 祝辞が終わると、ホスト役である第5魔法学院の生徒会長の音頭で全員がグラスを手にして乾杯をする。すでにその時には桜と明日香ちゃんは料理とデザートに突撃を敢行中。

 桜は無駄に高い身体能力をフルに発揮してテーブルに取り付くと、皿の上に次々と大盛りの料理を載せては片っ端からアイテムボックスに放り込んでいく。

 明日香ちゃんはズラリと並ぶデザートに目をキラキラさせながら、全ての種類を確保することに成功している模様。さらにまだ人がまばらなこともあって2周目に取り掛かっている。


「桜ちゃん、いい感じにデザートがいっぱいになりましたよ~」

「明日香ちゃんは、甘いものだけじゃなくって栄養も考えて食べるんですよ」

 子供かっ! というツッコミなど聞こえない体で桜から面倒を見てもらっている明日香ちゃんは、天上の至福を味わいながらデザートを口にしている。対する桜は山盛りの皿をペロリと平らげると、新たな料理を目掛けてテーブルにダッシュしていく。両者とも機械のような正確さで同様の行動を繰り返していく。

 もちろん桜がダッシュして大量の料理を確保しても、なおかつテーブルには次々に新たな料理が運ばれていく。慌てなくとも参加者全員に行き渡るだけの量は確保されている。

 ひたすらテーブルの料理を狙うハンターのような行動をする桜と明日香ちゃんとはやや離れた場所に、聡史、美鈴、カレンそしてブルーホライズンのメンバーは固まって行儀よく歓談したり料理を口にしている。

 会場には和やかな空気が流れて、上級生たちの間では顔見知りを探しては他校の生徒との交流が始まる。これからトーナメントを戦うライバルであっても、戦いを通して仲良くなった他校の生徒と健闘を誓う様子がそこら中で行われている。


 そして、聡史の元にも…


「失礼するわ。あなたが噂に聞く第1魔法学院の特待生かしら?」

 飲み物が入ったグラスを手にして聡史に話し掛けてきたのは、明るい金髪にブルーの瞳をした女子生徒。同じ金髪碧眼でもカレンとはだいぶ違った印象を振り撒いている。彼女の背後にはプラチナ色の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ女子と、シルバーの髪に淡い紫色の瞳をした女子も一緒にいるのが目に入る。


「どういう噂が出回っているかは知らないが、第1魔法学院の特待生であるのは事実だ。楢崎聡史という」

「やっぱり正解だったわね。あなたが立っているだけで、周囲に与える雰囲気が普通じゃないからすぐにわかったわ。ああ、失礼! 私はアメリカから第4魔法学院に入学したマーガレット=ヒルダ=オースチンよ。マギーと呼んでね」

 自己紹介をしたマギーに続いて、残りの2名の女子生徒が聡史の前に並ぶ。


「はじめまして。私はフランスからの留学生、フィオレーヌ=ド=ローゼンタールと申します。フィオと呼んでいただけたら嬉しいですわ」

 明るいアメリカンという雰囲気がピッタリくるマギーとは打って変わって、落ち着いた貴族的な雰囲気のフィオが挨拶。そして最後に…


「どうも、マリア=ブロビッチですぅ。セルビア人ですぅ」

 最後のひとりは、もしかしたらこの三人の中で明日香ちゃん的な立ち位置にある人物かもしれない。

  聡史に続いて、美鈴とカレンが自己紹介を終える。


「やはりあなた方が私たちの最大のライバルとなりそうね。トーナメントを楽しみにしているわ」

「どうか、お手柔らかに頼む」

 聡史たちと健闘を誓いあう握手を交わしてから、マギーたち三人は自校の生徒が集まっている場所に去っていくのであった。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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