異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第86話 自殺するつもりですか?

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 八校戦に出場した選手たちは、土曜日の午後に魔法学院に戻ってくる。

 小田原から貸し切りバスに乗り込んで凱旋してきた選手たちが学院の正門に到着すると、学院に居残りの生徒たちが2列になって花道を作って出迎える。激戦を制して総合優勝を獲得した選手を称ようと生徒の有志が呼びかけて急遽このような催しが開かれたらしい。


「よくやったぞ!」

「優勝おめでとう!」

「でかしたぞぉ!」

「よく頑張ってくれた!」

 拍手と歓声に迎えられながら選手一同は花道を通って学生寮に戻っていく。トーナメントで活躍した生徒も惜しくも勝利に届かなかった生徒も予想もしなかったサプライズの演出に驚きと照れくささを感じながら、出来上がった花道を通って学生寮へと向かっていく。

 歓声と拍手の渦からようやく脱出した明日香ちゃんは、ホッとした表情で隣を歩いている桜に話し掛ける。


「桜ちゃん、早く例の品を出してくださいよ~」

「明日香ちゃん、子供じゃないんだからもう少し我慢できないんですか?」

「新大阪の駅でようやく手に入れた唯一のお土産なんですから、今すぐ味見をしたいんですよ~」

「本当にしょうがないですねぇ~。いっぺんに食べないようにしたほうがいいですよ。脇腹の肉がこれ以上増えたら絶望的ですから」

「桜ちゃん、わかっていますよ~。せっかくの大阪土産ですから、1日に1個ずつ大切に食べます」

 桜がアイテムボックスから取り出したのは、新大阪の駅の売店で購入した〔あんぷりん〕という文字が描かれた派手な色彩の小箱。お土産の定番で知られている一品を桜が明日香ちゃんに手渡す。

 楽しみにしていた食べ歩きも実現せず、お土産を買う時間もほとんどない中でようやく手にしたあんぷりんを明日香ちゃんは大切に手に持って女子寮の自室へ戻っていくのであった。





   ◇◇◇◇◇




 週が明けて月曜日から、八校戦に参加していた生徒は平常授業へと戻る。

 以前10月になると魔法学院では能力別に改めてクラス替えが行われて新しいクラスがスタートすると伝えたが、ここEクラスの顔触れは誰ひとり例外なくまったく変化がない。

 聡史兄妹を筆頭にして模擬戦や実技試験で上々の成績を上げたにも拘らず、Eクラスに据え置きとなっている生徒が一学期と変わらずに存在している。もちろん他のクラスでは成績によって生徒の入れ替えが行われているのだが、このEクラスだけはまったくの無風状態。

 実はこの件に関してはとある裏事情が存在する。

 事の発端となったのは特待生の兄妹。この二人に関してA~Dクラスの担任教員全員が引き取りを拒否するという事件が発生という異常事態が引き起こされた。四人のクラス担任全員が「自分には特待生を受け入れるほどの力量はない。もし彼らを自分のクラスに加えるなら断腸の思いではあるが職を辞す」と学院長に申し出るという騒動が発生する。

 これまで多くの不適格教員の首を切ってきた学院長だが、現在残っている教員たちはそれなりに有能であるために学期の途中で首を切るのは学院運営上不味いという判断を下す。その結果として、聡史と桜は止むを得ずEクラスに据え置きに… この措置にただひとり泣いたのはEクラスの担任を務める東先生。

 このような事情でEクラスの顔触れはさしたる変化のないままに2学期を迎えている。さらには個々の生徒の事情を詳しく見ていくと…

 まずは明日香ちゃんであるが、一時はCクラスへ抜擢しようかという意見も教員たちの間から持ち上がったらしい。だが東先生が泣きながら学院長に縋り付いて曰く…


「楢崎桜の暴発防止のために絶対に同じクラスに残して下さい!」

 東先生の本心からの叫びに1学年を担当する教員全体から同情のこもった眼差しが向けられる。学院長としても、この希望を無下には断れない。いくら何でもこれ以上東先生を追い込むのは酷だと重々承知した表情で頷く。というか、そうせざるを得ない。この結果、必然的に明日香ちゃんのEクラス据え置きも決まる。

 ブルーホライズンに関しては、明日香ちゃんとは逆に聡史のそばに置くほうが彼女たちの成長に役立つという意見が強く出されために、彼女たちもやはりEクラスに据え置きとなる。

 その他数名の生徒をDクラスに引き上げようという意見もあったのだが、これはとある理由で却下される。その理由としてEクラスの通常の授業風景をこの場でお送りする。



 月曜日、本日は学科の授業が行われる。その一時間目、国語の時間…


「今日はことわざの勉強だぞ。しっかり答えろよ」

「「「「「「はい!」」」」」」

 Eクラスの生徒全員が自信に満ちた返事をしている。だが待ってもらいたい。確かここは魔法学院だったはずだ。なぜ国語の時間にことわざなどを勉強しているのだろうか? 


「それでは、山尾! ことわざの続きの部分を答えるんだぞ」

「はい!」

 真っ先に指名されたのはブルーホライズンの一員である美晴。


「猿も木から…」

「カキを採る!」

 美晴撃沈!


「違う! 次、藤原! 犬も歩けば…」

「クソをする」

 頼朝撃沈!


「違う、ペットの散歩じゃない! 次は元原! 雨降って…」

「ビショ濡れになる!」

 伊豆の旅館の親戚、元原撃沈! 次第に教員の苛立ちが募ってくる。


「そのまんまだろうがぁぁ! 次、足立! 鬼に…」

「カナブン!」

「飛んできたカナブンが鬼のオデコにとまるのかぁぁぁ!」

 カレンファンクラブ会員ナンバー2、足立撃沈! 国語の担当なのに先生はツッコミに忙しい… 教員というのは中々大変な商売だ。そして最後は…


「ま、まあいいだろう。次は横田、転ばぬ先の…」

「柔軟な足腰!」

「違うぅぅ! いい加減正解を答えてくれぇぇ!」

 国語の先生はこのような感じで毎回頭を抱えるのであった。 




 2時間目、地学の時間…


「安田、日食はなぜ起きるんだ?」

「はい、太陽が小さくなって消えるからです」

「小学校からやり直してこい!」

 毎回驚きの回答を寄越す生徒たちであるが、さすがに先生も呆れている。




 3時間目、英語の時間…


「富田、この文を過去形にしてみろ! 〔I live in TOKYO.〕」

「はい! 〔I live in EDO.〕」

「地名だけ昔に遡るなぁぁぁ!」

 カレンファンクラブ会員ナンバー3、富田のナイスな回答。これが冗談だったらどれだけ先生は喜ぶか… だが、本気の回答だというのは紛れもない事実。トンチか! 


 一事が万事この調子。これが紛れもないEクラスのクオリティー。

 これだけ逸材と呼ぶべき頭脳の持ち主が集まったのは、今年から入学試験で実技科目をより重視した選考が行われた結果。今までは学科試験で落とされていたFランクバリバリの頭脳の持ち主が勢いだけで合格してしまっている。

 小学生でも普通にわかりそうな問題すら答えられない生徒たち… 他のクラスに混ぜたらまともに授業についてこれないのは明らかで「混ぜるな危険!」と額にラベルを張り付けるべきヤバい生徒集団といえる。

 東先生の苦労は聡史兄妹だけではない。この素晴らしい頭脳の持ち主たちの面倒を見なければならない担任の苦悩は続く…





   ◇◇◇◇◇




 このような経過を辿って、結局クラス替えではすべての生徒がEクラスに居残るという形に。

 だが、八校戦の映像をネット中継でライブ観戦していたEクラスの生徒たちは、特待生の二人はそもそも別格としても、同じクラスの明日香ちゃんやブルーホライズンの活躍を見て血が騒ぎだす。


「俺たちは、このままでは絶対ダメだよな」

「俺たちと二宮の違いはなんだ?」

「例の兄妹から直接指導を受けているかどうかだろう!」

「こうなったら直接教えを乞うしかないよな」

 頼朝を筆頭に脳筋は深く考えない。兄妹に直接指導を受ければ強くなれると、実に単純に信じ込んでいる。その結果として自分たちはどのような災いが降りかかるかなどといった未来を想像しない、実に清々しいばかりの単細胞ぶり。


「となると、教えを乞うのはどちらがいいかだな」

「兄はまだブルーホライズンの強化があるから手が空かないだろう」

「となると、やはり妹のほうか?」

「少々危険のような気はしないでもないが、この際だから土下座してでも頼み込もう!」

 どれだけ自分が恐ろしい呪いの構文を口にしているとも知らずに彼らの意見が一致する。話がまとまると行動あるのみ! 頼朝たち自主練グループの男子合計八人が、普段から活動を行っている第3訓練場で桜の前に土下座している。


「桜様、どうか俺たちを強くしてください!」

「どんな試練にも耐えます! 強くなるためであったら犠牲は厭いません!」

「桜様が認めてくださるまでこの場で土下座を続けます!」

 芝生に頭を擦り付けて目の前に立っている桜に訓練を志願する男たち。その様子を見下ろす桜は…


「ほほう、久しぶりに生きのいい自殺志願者が登場しましたね。いいですわ、私は来る者は拒みませんから」

「「「ほ、本当ですか!」」」

「ええ、精々頑張っていただきましょう」

 こうして男子八人は自覚がないままに地獄の入り口に立ってしまった。あとは業火に焼かれるのを待つ身となったとは彼ら自身この時点で全く気が付いていない。


「それでは軽い準備運動で今からグランドのトラックを100周してきてください。ああ、日が暮れる前にこの場に戻ってこなかったらその時点で失格です。時々様子を見に行きますからズルをしないで頑張ってください」

「はっ? ひゃ、ひゃく…周?」

「グズグズしてないですぐに出発ですよ! それともこの私に殴られたいですか?」

「すぐに走ってきますぅぅぅぅ!」

 男たちは第3訓練場から大急ぎでグランドへ向かう。そしてそこには400メートルトラックが設置してある。このトラック100周ということは、即ちほぼフルマラソンに匹敵する距離に相当。

 現在午後3時半で、秋が深まったこの頃は夕暮れが早い。一刻も早く走り切らねばその場で失格となるだけに、八人は必死の形相でトラックを周回する。


 男子たちが走り始めた頃、第3訓練場では明日香ちゃんがブルーホライズンの渚と槍で打ち合っている。だが微妙な明日香ちゃんの動きの変化に気が付いた桜が訓練を一旦止める。


「二人ともちょっと待ってください! 明日香ちゃん、なんだか動きが重たいように感じますけど、何か余計なものを食べましたか?」

「実は桜ちゃん、あんぷりんが美味しくって8個入りを2日で食べ切ってしまいました」

「1日1個と約束したでしょうがぁぁぁぁ! ご飯とデザートをいつも通りに食べてから、部屋に戻ってあんぷりんですかぁぁぁ!」

「そんなことを言ったって、目の前に美味しいあんぷりんがあるとどうしても食べてしまうんですよ~」

 ちっとも反省してない明日香ちゃん、さすがの桜も呆れを通り越している。だが桜にも落ち度はある。明日香ちゃんが目の前にあるオヤツを我慢できないと知っていながら、8個入りの箱を丸々手渡してしまったのだから。


「はぁ~… 槍捌きに支障が出るほど体重が増えるとは…」

「テヘヘ、面目ない」

「いいですか、明日香ちゃんはこれから強制ダイエットです」

「ええええ! 1週間は桜ちゃんとの訓練はなしという約束だったじゃないですかぁぁ!」

「それとこれは話が別です。明日香ちゃんはこれからグランドに行って男子と一緒に走ってもらいます! このままでは年頃の女子として大ピンチだという自覚を持ってください」

「うう… 仕方がないから走ってきます」

 明日香ちゃんは俯きながらグランドに向かおうとすると、やけに素直な態度に桜の目がキラリと光る。


「明日香ちゃん、その眼は適当に走って誤魔化そうという気満々ですね! 私も一緒に走りますから覚悟してください」

「ヒイィィィィ! 桜ちゃん、どうかそれだけは許してくださいぃぃ!」

「カレンさんはブルーホライズンの二人に順番に稽古をつけてくださいね。それじゃあ明日香ちゃん、いきますよ!」

 こうして明日香ちゃんの付き添いで桜がグランドに姿を現すと、慌てたのは周回を重ねていた男子たち。疲労でついついペースが落ちかけているところに突如桜が姿を現すものだからもう大変。


「ゴラァァァァ! そんなペースで私の訓練に耐えられると思っているのかぁぁぁぁ!」

 鬼教官と化した桜に追い立てられるように、頼朝たちは強制的にペースを上げさせられていく。それもほとんど短距離走並みに… このタイミングこそが地獄のアギトがその口を開いた瞬間だったよう。

 
「死にたくなかったら、死ぬ気で走れぇぇぇ!」

 よくよく考えると意味が通らない桜の激励(?)だが、脳筋共には意味が通じるよう。すでに半分意識が飛んで視線が定まらなくなった体でも気合だけで必死に足を動かし続ける。半ばゾンビ化している集団が桜の檄によって強制的に走らされる姿は、何も知らない人が見たら「どんな罰ゲーム?」と首を捻るはず。

 だが桜は、明日香ちゃん共々男子たちの手綱を絶対に緩めない。そして最後には100パーセントゾンビ化したボロボロの男子集団が夕暮れ前に何とかゴールに飛び込む。もちろん明日香ちゃんも精魂尽き果てた顔で芝生に寝転んでいる。


「死ぬ… 絶対死ぬ」

「もうダメだ… 一歩も動けない」

「ここまで苦しいとは思っていなかった」

「もうムリ…」

「桜ちゃん、もう動けませんよ~」

 男たちに並んで明日香ちゃんの呻き声も聞こえてくるが、桜は一向に気遣う様子がない。


「さあ、日暮れまでまだまだ時間がありますから、これから訓練場に戻って素振りをしますよ~」

 明日香ちゃんとゾンビ化している男子たちには、まだまだ試練が続くのであった。


    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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