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第88話 25階層のボス部屋
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ゴゴゴゴゴゴゴ!
立ち上がるだけでギガンテスの体から響く重厚感溢れる音が部屋を埋め尽くす。デビル&エンジェルを見下ろすようにギガンテスの巨大な体が立ちはだかる。その頭はもう少しで天井に到達し、存在だけで体育館の5倍以上ある部屋が狭く感じてくる。
「さ、桜ちゃん、こんなに大きな相手をどうするつもりですか?」
「明日香ちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫ですわ。体が大きい魔物は動きが鈍いというのが相場ですから」
桜の言葉が終わらないうちに、ギガンテスは右手に持つ剣を振り下ろしてくる。
「ひょえぇぇ~! 桜ちゃん、ものすごく動きが速いじゃないですかぁぁぁ!」
頭上からあっという間に迫ってくるギガンテスの巨大な剣。桜は余裕の表情で眺めているが、明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人は唖然として身動きができない。
ガキィィィン!
だがギガンテスの剣がデビル&エンジェルに振り下ろされることはなかった。魔剣オルバースを手にした聡史が立ちはだかり、頭上から振り下ろされてきた大剣を受け止めている。
「俺が相手をする! 全員下がっていろ!」
聡史の言に従って、全員がその場から下がって安全な位置から対決を見守る。横目でメンバーたちの様子を見て取った聡史はこれでひと安心という表情を浮かべる。
「それでは、こちらからお見舞いするぞ!」
片手でギガンテスの大剣を支えながら聡史は左手に魔力を集める。上から押し潰そうとしてギガンテスはさらに力をこめるが、聡史も剛力を以って押し返す。一瞬の均衡を破るかのように聡史の口から魔法名が飛び出す。
「ファイアーアロー!」
炎の矢がギガンテスの巨大な顔面に向かって突き進む。聡史を押し潰すことだけに集中していたギガンテスは自分に向かってくる炎の矢に驚く表情を浮かべるが、避けようといった反応は見せないまま。
ドガガァァァン!
ファイアーボールとは比較にならない爆発が引き起り、ギガンテスは思わず顔の辺りで燃えている火を両手で揉み消そうとする。だがその巨大な腕は振り下ろす際の動きは早いのだが、引き戻す時には重力の影響でやや時間が掛かるのは当然と言えば当然。
もちろん聡史はそんな隙を見逃すはずもない。
「空斬刃!」
魔剣オルバースを一閃。その刃から飛び出した見えない斬撃はギガンテスの両膝に向かって飛翔していく。
シュパッ!
鋭利な残響を残しながら聡史の空斬刃が通り過ぎたのちに、両膝を断ち斬られたギガンテスの巨体は前のめりに倒れていく。
ドシーーーン!
轟音と砂埃を上げながらギガンテスが倒れ込む。聡史は一瞬の動きでその下敷きになるのを間一髪避けてからジャンプ一閃。分厚い胸板に飛び乗ると、太い首元へ向かって走る。
「残念だったな、これで終わりだ!」
延髄の部分にオルバースを突き刺すとギガンテスの体が大きく痙攣する。だがこれだけでは安心できない聡史はそこからさらに追撃を敢行。
「雷光」
オルバースを通して電流がギガンテスの体に流れ込んでいく。聡史自身は電流の影響を受けないように足元に遮断シールドを展開している。この辺は抜かりがない。
ギャオォォォォォ!
断末魔の声を上げるとギガンテスの体は煙のように消え去って、その場には巨大な剣と魔石が残されているだけ。
「お兄様、お見事ですわ!」
「久しぶりの聡史君の見せ場だったわね」
「久しぶりと言ってくれるな」
桜と美鈴が聡史のそばへと駆け寄ってくる。聡史自身このところあまり出番がなかったという自覚があるようで、美鈴の容赦ないツッコミにややヘコんでいる。せっかくの活躍だったのに…
「さて階層ボスの討伐は終わったから、宝箱の中身を回収して戻ろうか」
大剣と魔石を回収した聡史が撤収を指示すると、部屋の奥に向かった桜が宝箱の前に立つ。
「うーん、この宝箱は怪しさ満点ですわね」
「桜ちゃん、何が怪しいんですか?」
「明日香ちゃん、私の勘によると罠が仕掛けてあるような気がするんですよ」
「どんな罠でしょうか?」
「はて… この前のようなミミックだったら対処は簡単なんですが」
桜自身も罠がありそうだとは感じてはいるものの、その正体が明らかにならないせいで首を捻っている。明日香ちゃんをはじめとした他のメンバーは桜を遠巻きにして様子を見ている。
「まあいいでしょう。とりあえず開けてみましょう」
「桜ちゃん、大丈夫ですか?」
「開けてみないと正体がわかりませんからね。それに、多少のリスクなど厭わないのが冒険者魂ですわ。さあさあ皆さんはもう少し離れてください」
全員がさらに桜から離れて様子を見守っている中で、桜は宝箱に手を掛けると一気に蓋を引き上げる。すると桜の足元に魔法陣が浮かび上がって、白い光に包まれてその体が消え去っていく。
「さ、桜ちゃんがいなくなりましたぁぁ!」
「聡史君、一体どこに転移してしまったのよ?」
「さすがにわからないな。まあ桜のことだから、この場で待っていればそのうち戻ってくるだろう」
聡史は特に焦った様子がないが、周りの三人の女子は思いっきり動揺した表情を浮かべている。
「探しに行かなくて大丈夫でしょうか?」
「カレン、広いダンジョンのどこを探すんだ? しかもダンジョン内部は空間すらまともに繋がっていない場所もある。桜がどこに行ったのかわからない以上はしばらくこの場で待つしかないだろう」
「そうなんですね… 慌ててしまってすみませんでした」
「世界中の誰よりもダンジョンを知る尽くしているのが桜だ。今頃魔物に取り囲まれて大笑いしながら倒しているだろう」
聡史は完全に桜を信頼している。その横から明日香ちゃんが…
「桜ちゃんがいないと、私にデザートをご馳走してくれる人がいなくなります! どうか早く帰ってきてください」
これは明日香ちゃんの照れ隠しに違いない。本当は桜が心配で堪らないのだが、この場を和ますためにこんな言い方をしている。すごいぞ明日香ちゃん! ちゃんと空気を読んでくれてありがとう。
こうして聡史たちは、この場で桜が戻ってくるのを待つのだった。
◇◇◇◇◇
その頃、ひとりで強制転移させられた桜は体育館の半分程度の部屋へと飛ばされている。そしてそこには…
「これはこれは! 魔物がウジャウジャいますわ。これは腕が鳴りますねぇ~」
転移してきた桜を取り囲むように夥しい魔物が部屋を埋め尽くしている。見るからに美味しそうな獲物が単独でやってきたと目を爛々と輝かせている魔物たちに対して、思うままに殺戮を繰り広げられる対象が目の前に現れたとこちらも目を輝かせている桜がいる。
「さあ、歓迎して差し上げますわ」
どちらが歓迎される立場かわかっていないような桜の口から魔物に対する宣戦布告が成される。その声に反応したように、部屋を埋め尽くすゴブリン、オーク、リザード類、毒ヘビ、コウモリ、オーガ、ミノタウロスや巨人種まで、25階層まで登場してきた魔物がごった煮のように揃って動き出す。
もちろん相手がやってくるのを待っているほど、桜は気長な性格ではない。断じてない!
キーン! キーン! キーン!
3連発で放たれた衝撃波を皮切りにして、桜の拳が次々に魔物を血祭りにあげていく。連発で繰り出されるパンチが魔物の体を吹き飛ばしてあたかも爆発したかのようにその体が散り散りになって飛散する。
「ほらほら、ドンドン掛かってきなさい!」
目に見えない速度で繰り出されるパンチが恐ろしい勢いで魔物たちを倒していく。だが魔物が次々と部屋の奥から湧き出しては、減った分の数を埋め合わせるので、いつ終わるかもわからない果てしない戦いが開始される。
「フフフ、面白いですわ。それならばこちらもスピードを上げていきましょうか」
桜は拳の回転をさらに高めて辺り構わず魔物を屠る。その表情は闘争本能が満たされて心から愉快そう。戦闘狂は戦う相手が厄介なほど魂が震えるような喜びを感じるというのは本当らしい。
「はぁ~… 太極破ぁぁぁぁ!」
ドッパァァァァン!
たった1発の太極破で大量の魔物が爆発に巻き込まれて消え去る。
「それ~! もう1発!」
ドッパァァァァン!
再びの爆発で、ほぼ部屋の中の魔物は一掃されていく。だが……
「フフフ、どうやら無限に湧き出す仕組みのようですね。これは面白くなってきましたわ」
並の冒険者であったらいくら倒しても無限に湧き出すと知って絶望に包まれるはずだが、桜に限っては逆に喜びを露にしている。自分から魔物の群れに突っ込んで千切っては投げ千切っては投げ、次から次に湧き出してくる魔物をその手に掛けて倒していく。
だがますます勢いを増して湧き出す魔物は次第に数を復活させて、再び部屋を埋め尽くすばかりに徐々に勢力を増す。
「これはちょっと本気を出しますか。身体強化ぁぁぁ!」
桜の体から赤い魔力が吹き上がる。体全体が魔力に包まれて桜の動きが一段と加速する。湧き出してくる魔物を圧倒するかのように、縦横無尽に桜が動くたびに魔物の死体で作られた通路が出来上がる。
ゴブリンが飛び掛かる、オークが立ち塞がる、オーガが剣を振るう、その悉くを桜が撥ね飛ばして死体の山を築き上げる。だが湧き上がる魔物の数はさらに数を増して、桜をこの場に押し留めようとする勢いは再び増してくる。
「身体強化第2形態ぃぃぃ!」
桜の体からさらに大きな魔力が吹き上がり魔物を屠るペースが上がる。だがイタチごっこで湧き上がる魔物の勢いもさらに増えていく。数は暴力だよと言わんばかりの態度で、ダンジョン自体が何としてもこの場で桜を仕留めようという意思を見せる如くの光景が繰り広げられていく。
「これでは中々埒が明きませんねぇ~。それじゃあ行きますか… 桜様最終形態、身体強化オメガぁぁぁ!」
高い天井に届かんばかりに桜の体から更なる魔力が吹き上がる。桜自身、ここまでパワーアップするのは久方ぶりの出来事。
「もうこれで終わりですからね。さあ、掛かってきなさい!」
有り得ない勢いで桜が直進する。その体にわずかでも触れただけで魔物は天井に撥ね上げられてその衝撃で絶命する。大型ダンプとぶつかっても、ここまでの衝撃は発生しないであろう。立ち塞がる魔物を次々に撥ね飛ばして桜が突き進むと、その眼には部屋の最も奥まった個所が飛び込んでくる。
そこはお馴染み小さな祭壇が置かれて、その上には小型の宝箱とともに人の頭ほどもある魔石が置かれている。
「どうやらあの魔石が魔物が湧き出すカギのようですわ。それでは一気に祭壇に向かいましょうか」
桜がギアを上げると、ますます撥ね飛ばされていく魔物の数が増えていく。そんなことにはお構いなく桜は祭壇に向かって一直線。そして魔石を手に取るとそのまま床に叩き付ける。
パリーン!
魔石が割れる音が響くとともに、部屋から湧き出す魔物の姿は見当たらなくなる。桜は最終形態を維持したまま残った魔物を片付けて祭壇の宝箱を開く。
「おやおや、これは腕輪のようですね」
小箱に入っていたのは1対の腕輪。桜はその腕をを取り出すとアイテムボックスに仕舞い込む。それと同時に、祭壇からやや離れた場所に魔法陣が浮かび上がってくる。
「ヤレヤレでしたね。それでは戻りますか」
魔法陣の中に入ると、桜を白い光が包み込んで何処へか転移させていく。そして光が収まると、そこは25階層のボス部屋。
「桜ちゃん!」
「よかった~! 無事だったのね」
「皆様、お待たせしました。お宝をゲットして戻ってまいりました」
あれだけの大虐殺を繰り広げた桜だが、その辺を散歩してきたかのようにケロリとした表情。だがその態度とは裏腹に桜の体は返り血に塗れている。戻ってきた喜びで桜に抱き着こうとした明日香ちゃんは、そのあまりにスプラッターな光景に徐々に後ずさりを始める始末。お宝ゲットの報告はよしとしても、血塗れの桜の姿に他のメンバーもドン引きしている。
「おや? 皆さん、お宝ですわ! 嬉しくないんですか?」
「お宝の前に桜ちゃん、全身血塗れですよ~」
「ああ、これは戦いの勲章ですから気にしてはいけません」
「普通は気にするだろうがぁぁぁ!」
明日香ちゃんから、直近稀に見るツッコミを食らう桜であった。
◇◇◇◇◇
聡史が見かねて生活魔法で桜の返り血をきれいにすると、ようやく美鈴や明日香ちゃんも桜の無事な帰還を祝う気になってくる。
「本当によかったわ。心配したんだから」
「桜ちゃんが急に消えて、みんなで探しに行くところだったんですよ」
「桜ちゃんはどこに行っていたんですか?」
女子3人が一度に桜に声をかけるが、桜もそんなにいっぺんには答えられない。
「皆さん、私はこの程度のトラブルでどうにかなるような人間ではありませんわ」
「確かに桜ちゃんは、半分以上人間を辞めていますよね」
「そうです! 半分以上人間を… んん? 明日香ちゃん、何ですって?」
あわや自分で認めそうになった桜は、失礼だとばかりに軽く明日香ちゃんを睨んでいる。だがレベル600を超えると本当に人間に該当するのか怪しいと桜自身も心の奥底では気付いている。半面では他人から指摘されたくないという気持ちもある。この辺は桜も複雑なのだろう。
「それで、桜はどこまで出掛けていたんだ?」
「お兄様、どこかはわかりませんが、あらゆる種類の魔物が無限に湧き出す部屋でした。久しぶりに血沸き肉躍る戦いを繰り広げてまいりましたわ」
「それで、お宝は何だったんだ?」
「この1対の腕輪でした」
桜が聡史にその腕輪を手渡すと、聡史は一旦アイテムボックスに仕舞い込んでからインデックスを確認する。
「なるほど… 身体強化の腕輪のようだな。どの程度力を引き上げるかは試してみないとわからない」
「それでは、この腕輪は明日香ちゃんに差し上げましょう。パワーアップで魔物を倒してください」
聡史から腕輪を返されると、桜はそのまま明日香ちゃんに手渡す。
「ええええ! 私がもらっちゃっていいんですか?」
「私は魔法職だから、力は今のところ必要ないし」
美鈴はいらないと言っている。
「なんだか最近、私のことを陰で『女張飛』と呼んでいる人がいるみたいなんです。これ以上パワーアップしたくありません。私も元々回復職ですし」
カレンも固辞している。どうやら明日香ちゃんが受け取るしかない流れのよう。
「それじゃあ、私がもらっておきますね。桜ちゃん、ありがとうございました」
「明日香ちゃん、そんなに大層な物ではないですから、気にしなくていいですよ。これで体重に見合ったパワーが身に着きましたね」
「こんなところでわざわざ人の体重をイジるなぁぁぁ!」
喜んだのも束の間、禁句である体重に触れられた明日香ちゃんの怒声が25階層のボス部屋に響くのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! いいねボタンにつきましては連打してもらえると大喜びしますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆様の応援を心よりお待ちしております。
立ち上がるだけでギガンテスの体から響く重厚感溢れる音が部屋を埋め尽くす。デビル&エンジェルを見下ろすようにギガンテスの巨大な体が立ちはだかる。その頭はもう少しで天井に到達し、存在だけで体育館の5倍以上ある部屋が狭く感じてくる。
「さ、桜ちゃん、こんなに大きな相手をどうするつもりですか?」
「明日香ちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫ですわ。体が大きい魔物は動きが鈍いというのが相場ですから」
桜の言葉が終わらないうちに、ギガンテスは右手に持つ剣を振り下ろしてくる。
「ひょえぇぇ~! 桜ちゃん、ものすごく動きが速いじゃないですかぁぁぁ!」
頭上からあっという間に迫ってくるギガンテスの巨大な剣。桜は余裕の表情で眺めているが、明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人は唖然として身動きができない。
ガキィィィン!
だがギガンテスの剣がデビル&エンジェルに振り下ろされることはなかった。魔剣オルバースを手にした聡史が立ちはだかり、頭上から振り下ろされてきた大剣を受け止めている。
「俺が相手をする! 全員下がっていろ!」
聡史の言に従って、全員がその場から下がって安全な位置から対決を見守る。横目でメンバーたちの様子を見て取った聡史はこれでひと安心という表情を浮かべる。
「それでは、こちらからお見舞いするぞ!」
片手でギガンテスの大剣を支えながら聡史は左手に魔力を集める。上から押し潰そうとしてギガンテスはさらに力をこめるが、聡史も剛力を以って押し返す。一瞬の均衡を破るかのように聡史の口から魔法名が飛び出す。
「ファイアーアロー!」
炎の矢がギガンテスの巨大な顔面に向かって突き進む。聡史を押し潰すことだけに集中していたギガンテスは自分に向かってくる炎の矢に驚く表情を浮かべるが、避けようといった反応は見せないまま。
ドガガァァァン!
ファイアーボールとは比較にならない爆発が引き起り、ギガンテスは思わず顔の辺りで燃えている火を両手で揉み消そうとする。だがその巨大な腕は振り下ろす際の動きは早いのだが、引き戻す時には重力の影響でやや時間が掛かるのは当然と言えば当然。
もちろん聡史はそんな隙を見逃すはずもない。
「空斬刃!」
魔剣オルバースを一閃。その刃から飛び出した見えない斬撃はギガンテスの両膝に向かって飛翔していく。
シュパッ!
鋭利な残響を残しながら聡史の空斬刃が通り過ぎたのちに、両膝を断ち斬られたギガンテスの巨体は前のめりに倒れていく。
ドシーーーン!
轟音と砂埃を上げながらギガンテスが倒れ込む。聡史は一瞬の動きでその下敷きになるのを間一髪避けてからジャンプ一閃。分厚い胸板に飛び乗ると、太い首元へ向かって走る。
「残念だったな、これで終わりだ!」
延髄の部分にオルバースを突き刺すとギガンテスの体が大きく痙攣する。だがこれだけでは安心できない聡史はそこからさらに追撃を敢行。
「雷光」
オルバースを通して電流がギガンテスの体に流れ込んでいく。聡史自身は電流の影響を受けないように足元に遮断シールドを展開している。この辺は抜かりがない。
ギャオォォォォォ!
断末魔の声を上げるとギガンテスの体は煙のように消え去って、その場には巨大な剣と魔石が残されているだけ。
「お兄様、お見事ですわ!」
「久しぶりの聡史君の見せ場だったわね」
「久しぶりと言ってくれるな」
桜と美鈴が聡史のそばへと駆け寄ってくる。聡史自身このところあまり出番がなかったという自覚があるようで、美鈴の容赦ないツッコミにややヘコんでいる。せっかくの活躍だったのに…
「さて階層ボスの討伐は終わったから、宝箱の中身を回収して戻ろうか」
大剣と魔石を回収した聡史が撤収を指示すると、部屋の奥に向かった桜が宝箱の前に立つ。
「うーん、この宝箱は怪しさ満点ですわね」
「桜ちゃん、何が怪しいんですか?」
「明日香ちゃん、私の勘によると罠が仕掛けてあるような気がするんですよ」
「どんな罠でしょうか?」
「はて… この前のようなミミックだったら対処は簡単なんですが」
桜自身も罠がありそうだとは感じてはいるものの、その正体が明らかにならないせいで首を捻っている。明日香ちゃんをはじめとした他のメンバーは桜を遠巻きにして様子を見ている。
「まあいいでしょう。とりあえず開けてみましょう」
「桜ちゃん、大丈夫ですか?」
「開けてみないと正体がわかりませんからね。それに、多少のリスクなど厭わないのが冒険者魂ですわ。さあさあ皆さんはもう少し離れてください」
全員がさらに桜から離れて様子を見守っている中で、桜は宝箱に手を掛けると一気に蓋を引き上げる。すると桜の足元に魔法陣が浮かび上がって、白い光に包まれてその体が消え去っていく。
「さ、桜ちゃんがいなくなりましたぁぁ!」
「聡史君、一体どこに転移してしまったのよ?」
「さすがにわからないな。まあ桜のことだから、この場で待っていればそのうち戻ってくるだろう」
聡史は特に焦った様子がないが、周りの三人の女子は思いっきり動揺した表情を浮かべている。
「探しに行かなくて大丈夫でしょうか?」
「カレン、広いダンジョンのどこを探すんだ? しかもダンジョン内部は空間すらまともに繋がっていない場所もある。桜がどこに行ったのかわからない以上はしばらくこの場で待つしかないだろう」
「そうなんですね… 慌ててしまってすみませんでした」
「世界中の誰よりもダンジョンを知る尽くしているのが桜だ。今頃魔物に取り囲まれて大笑いしながら倒しているだろう」
聡史は完全に桜を信頼している。その横から明日香ちゃんが…
「桜ちゃんがいないと、私にデザートをご馳走してくれる人がいなくなります! どうか早く帰ってきてください」
これは明日香ちゃんの照れ隠しに違いない。本当は桜が心配で堪らないのだが、この場を和ますためにこんな言い方をしている。すごいぞ明日香ちゃん! ちゃんと空気を読んでくれてありがとう。
こうして聡史たちは、この場で桜が戻ってくるのを待つのだった。
◇◇◇◇◇
その頃、ひとりで強制転移させられた桜は体育館の半分程度の部屋へと飛ばされている。そしてそこには…
「これはこれは! 魔物がウジャウジャいますわ。これは腕が鳴りますねぇ~」
転移してきた桜を取り囲むように夥しい魔物が部屋を埋め尽くしている。見るからに美味しそうな獲物が単独でやってきたと目を爛々と輝かせている魔物たちに対して、思うままに殺戮を繰り広げられる対象が目の前に現れたとこちらも目を輝かせている桜がいる。
「さあ、歓迎して差し上げますわ」
どちらが歓迎される立場かわかっていないような桜の口から魔物に対する宣戦布告が成される。その声に反応したように、部屋を埋め尽くすゴブリン、オーク、リザード類、毒ヘビ、コウモリ、オーガ、ミノタウロスや巨人種まで、25階層まで登場してきた魔物がごった煮のように揃って動き出す。
もちろん相手がやってくるのを待っているほど、桜は気長な性格ではない。断じてない!
キーン! キーン! キーン!
3連発で放たれた衝撃波を皮切りにして、桜の拳が次々に魔物を血祭りにあげていく。連発で繰り出されるパンチが魔物の体を吹き飛ばしてあたかも爆発したかのようにその体が散り散りになって飛散する。
「ほらほら、ドンドン掛かってきなさい!」
目に見えない速度で繰り出されるパンチが恐ろしい勢いで魔物たちを倒していく。だが魔物が次々と部屋の奥から湧き出しては、減った分の数を埋め合わせるので、いつ終わるかもわからない果てしない戦いが開始される。
「フフフ、面白いですわ。それならばこちらもスピードを上げていきましょうか」
桜は拳の回転をさらに高めて辺り構わず魔物を屠る。その表情は闘争本能が満たされて心から愉快そう。戦闘狂は戦う相手が厄介なほど魂が震えるような喜びを感じるというのは本当らしい。
「はぁ~… 太極破ぁぁぁぁ!」
ドッパァァァァン!
たった1発の太極破で大量の魔物が爆発に巻き込まれて消え去る。
「それ~! もう1発!」
ドッパァァァァン!
再びの爆発で、ほぼ部屋の中の魔物は一掃されていく。だが……
「フフフ、どうやら無限に湧き出す仕組みのようですね。これは面白くなってきましたわ」
並の冒険者であったらいくら倒しても無限に湧き出すと知って絶望に包まれるはずだが、桜に限っては逆に喜びを露にしている。自分から魔物の群れに突っ込んで千切っては投げ千切っては投げ、次から次に湧き出してくる魔物をその手に掛けて倒していく。
だがますます勢いを増して湧き出す魔物は次第に数を復活させて、再び部屋を埋め尽くすばかりに徐々に勢力を増す。
「これはちょっと本気を出しますか。身体強化ぁぁぁ!」
桜の体から赤い魔力が吹き上がる。体全体が魔力に包まれて桜の動きが一段と加速する。湧き出してくる魔物を圧倒するかのように、縦横無尽に桜が動くたびに魔物の死体で作られた通路が出来上がる。
ゴブリンが飛び掛かる、オークが立ち塞がる、オーガが剣を振るう、その悉くを桜が撥ね飛ばして死体の山を築き上げる。だが湧き上がる魔物の数はさらに数を増して、桜をこの場に押し留めようとする勢いは再び増してくる。
「身体強化第2形態ぃぃぃ!」
桜の体からさらに大きな魔力が吹き上がり魔物を屠るペースが上がる。だがイタチごっこで湧き上がる魔物の勢いもさらに増えていく。数は暴力だよと言わんばかりの態度で、ダンジョン自体が何としてもこの場で桜を仕留めようという意思を見せる如くの光景が繰り広げられていく。
「これでは中々埒が明きませんねぇ~。それじゃあ行きますか… 桜様最終形態、身体強化オメガぁぁぁ!」
高い天井に届かんばかりに桜の体から更なる魔力が吹き上がる。桜自身、ここまでパワーアップするのは久方ぶりの出来事。
「もうこれで終わりですからね。さあ、掛かってきなさい!」
有り得ない勢いで桜が直進する。その体にわずかでも触れただけで魔物は天井に撥ね上げられてその衝撃で絶命する。大型ダンプとぶつかっても、ここまでの衝撃は発生しないであろう。立ち塞がる魔物を次々に撥ね飛ばして桜が突き進むと、その眼には部屋の最も奥まった個所が飛び込んでくる。
そこはお馴染み小さな祭壇が置かれて、その上には小型の宝箱とともに人の頭ほどもある魔石が置かれている。
「どうやらあの魔石が魔物が湧き出すカギのようですわ。それでは一気に祭壇に向かいましょうか」
桜がギアを上げると、ますます撥ね飛ばされていく魔物の数が増えていく。そんなことにはお構いなく桜は祭壇に向かって一直線。そして魔石を手に取るとそのまま床に叩き付ける。
パリーン!
魔石が割れる音が響くとともに、部屋から湧き出す魔物の姿は見当たらなくなる。桜は最終形態を維持したまま残った魔物を片付けて祭壇の宝箱を開く。
「おやおや、これは腕輪のようですね」
小箱に入っていたのは1対の腕輪。桜はその腕をを取り出すとアイテムボックスに仕舞い込む。それと同時に、祭壇からやや離れた場所に魔法陣が浮かび上がってくる。
「ヤレヤレでしたね。それでは戻りますか」
魔法陣の中に入ると、桜を白い光が包み込んで何処へか転移させていく。そして光が収まると、そこは25階層のボス部屋。
「桜ちゃん!」
「よかった~! 無事だったのね」
「皆様、お待たせしました。お宝をゲットして戻ってまいりました」
あれだけの大虐殺を繰り広げた桜だが、その辺を散歩してきたかのようにケロリとした表情。だがその態度とは裏腹に桜の体は返り血に塗れている。戻ってきた喜びで桜に抱き着こうとした明日香ちゃんは、そのあまりにスプラッターな光景に徐々に後ずさりを始める始末。お宝ゲットの報告はよしとしても、血塗れの桜の姿に他のメンバーもドン引きしている。
「おや? 皆さん、お宝ですわ! 嬉しくないんですか?」
「お宝の前に桜ちゃん、全身血塗れですよ~」
「ああ、これは戦いの勲章ですから気にしてはいけません」
「普通は気にするだろうがぁぁぁ!」
明日香ちゃんから、直近稀に見るツッコミを食らう桜であった。
◇◇◇◇◇
聡史が見かねて生活魔法で桜の返り血をきれいにすると、ようやく美鈴や明日香ちゃんも桜の無事な帰還を祝う気になってくる。
「本当によかったわ。心配したんだから」
「桜ちゃんが急に消えて、みんなで探しに行くところだったんですよ」
「桜ちゃんはどこに行っていたんですか?」
女子3人が一度に桜に声をかけるが、桜もそんなにいっぺんには答えられない。
「皆さん、私はこの程度のトラブルでどうにかなるような人間ではありませんわ」
「確かに桜ちゃんは、半分以上人間を辞めていますよね」
「そうです! 半分以上人間を… んん? 明日香ちゃん、何ですって?」
あわや自分で認めそうになった桜は、失礼だとばかりに軽く明日香ちゃんを睨んでいる。だがレベル600を超えると本当に人間に該当するのか怪しいと桜自身も心の奥底では気付いている。半面では他人から指摘されたくないという気持ちもある。この辺は桜も複雑なのだろう。
「それで、桜はどこまで出掛けていたんだ?」
「お兄様、どこかはわかりませんが、あらゆる種類の魔物が無限に湧き出す部屋でした。久しぶりに血沸き肉躍る戦いを繰り広げてまいりましたわ」
「それで、お宝は何だったんだ?」
「この1対の腕輪でした」
桜が聡史にその腕輪を手渡すと、聡史は一旦アイテムボックスに仕舞い込んでからインデックスを確認する。
「なるほど… 身体強化の腕輪のようだな。どの程度力を引き上げるかは試してみないとわからない」
「それでは、この腕輪は明日香ちゃんに差し上げましょう。パワーアップで魔物を倒してください」
聡史から腕輪を返されると、桜はそのまま明日香ちゃんに手渡す。
「ええええ! 私がもらっちゃっていいんですか?」
「私は魔法職だから、力は今のところ必要ないし」
美鈴はいらないと言っている。
「なんだか最近、私のことを陰で『女張飛』と呼んでいる人がいるみたいなんです。これ以上パワーアップしたくありません。私も元々回復職ですし」
カレンも固辞している。どうやら明日香ちゃんが受け取るしかない流れのよう。
「それじゃあ、私がもらっておきますね。桜ちゃん、ありがとうございました」
「明日香ちゃん、そんなに大層な物ではないですから、気にしなくていいですよ。これで体重に見合ったパワーが身に着きましたね」
「こんなところでわざわざ人の体重をイジるなぁぁぁ!」
喜んだのも束の間、禁句である体重に触れられた明日香ちゃんの怒声が25階層のボス部屋に響くのであった。
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
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帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
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