異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第89話 月明りの遊歩道

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 デビル&エンジェルは25階層に出来上がった転移魔法陣で一気に1階層へ戻ってくる。時刻はすでに午後5時近くになっており、10月後半に差し掛かったこの季節は外が薄暗くなる頃合い。

 ダンジョンの出入り口を抜けると、パーティーを代表して聡史が管理事務所のカウンターに向かう。


「色々と報告したいことがある。できれば個室で話をしたい」

「わ、わかりました」

 聡史の要請を聞いたカウンター嬢は慌てて奥のデスクに向かって管理事務所長に何かを耳打ち。すでに大山ダンジョン管理事務所内で聡史たちデビル&エンジェルはVIP待遇に認定されており、今回も何か重要な情報を持ち込んできたのだろうと事務所内の空気が色めき立っている。


「あちらのミーティングルームでお待ちください」

「手数を掛けてすまない」

 一言告げると、聡史はメンバーとともにミーティングルームに向かおうとする。だがそこには桜と明日香ちゃんの姿はない。管理事務所との煩わしい話など放り出して、さっさと学院に戻って食堂に一直線の二人。強制転移で無限湧き部屋にひとりで招待された肝心の桜の姿がなくて聡史は唖然とするしかない。

 いまさら追い掛けてもすでに手遅れなのは明白。仕方ないという表情で聡史は美鈴とカレンを伴ってミーティングルームへと入っていく。


「桜はいつものことながらしょうがないヤツだな」

「一緒にいた私たちですら、いつの間にいなくなったのか全然わからないのよ」

「桜ちゃんだけならまだしも、最近は明日香ちゃんまで妙にすばしっこくなって、私たちの目を盗んで消え去るんですよ」

 苦笑する聡史に美鈴とカレンが追従する。三人の頭の中には食堂でオヤツを口にする桜と明日香ちゃんの姿が浮かんでいる。今頃幸せそうな顔をして大好物のパフェを心行くまで味わっているのだろう。


「お待たせしました。今回はどのようなお話でしょうか?」

 ミーティングルームに三人の事務所職員が入ってくる。所長と次席職員と記録係の若いカウンター嬢という重要な話し合いの場ではお馴染みの面々。三人が席に着いたのを見た聡史が話を切り出す。


「たった今25階層まで攻略してきた。これが階層ボスだったギガンテスの魔石だ」

 アイテムボックスから取り出した人の頭よりも大きな魔石を聡史はテーブルの上にドンと置く。これまでいくつかのボス部屋を攻略した聡史たちは様々なドロップアイテムを管理事務所に持ち込んできたいるのだが、今回は過去のアイテムとは比較にならない巨大な魔石となっている。

 そんな魔石をテーブルにドンと置かれた事務所職員の反応といえば…


「今度は25階層…」

「か、階層ボスのギガンテス…」

 所長と次席職員が揃って顔色をなくしている。だが…


「この魔石をお借りしてよろしいでしょうか? 魔力量を測定してまいります」

 ひとりだけ記録係の女性職員は冷静な表情で魔石を手に取って、聡史が頷くのを見てから一旦ミーティングルームを出ていく。彼女の冷静な振る舞いは、これまでカウンターで数え切れない回数聡史が持ち込むドロップアイテムに驚かされてある種の免疫を身に着けた賜物だといえるだろう。

 ミーティングルームにはしばらく沈黙の時間が流れる。ついこの間20階層攻略の報告を聞いたばかりで、今日はいきなり25階層… それもボスまで攻略したというのだから、職員からしたら驚きで言葉が出ないのは当然。しかも聡史たちが20階層を攻略してから今日までの間に八校戦が2週間に渡って開催されており、デビル&エンジェルが大活躍したという情報はダンジョン事務所にも伝わっているから尚更。それほど日程にゆとりがない中で、一体どうやってそのような深層まで進んでいったのか頭の整理が追い付かない模様。


「お待たせいたしました。魔石の計測が終了しました」

「けっ、結果を早く教えてくれるかね?」

 そこへ再度入室してきた女性係員。一刻も早く結果を知りたい事務所長が待ちきれない表情で報告を促す。


「この魔石の魔力量は3万6千と判明しました。先日持ち込まれたゴブリンロードの魔石に次ぐ、当ダンジョンで採取された魔石の中では記録的な魔力量です」

「3万6千か!」

「信じられない数値だ!」

 魔石は含有する魔力が多いほど買取り価格が高騰する。魔力量1000以下の魔石は、魔力量×10と買い取り価格が決まっている。だが先日のゴブリンロードのように5万を超えるような魔石となると、そのような一律の買取り価格とは計算が変わってくる。魔力量が多いほど、取り出せるエネルギーが圧倒的に効率がいいので、買い取り価格はこのエネルギーに換算した金額が支払われる仕組みとなっている。

「買取り価格は72万でよろしいでしょうか?」

「ああ、いくらでも構わない」

 女性職員は落ち着いた表情で価格を弾き出している。これだけでも相当な大金がデビル&エンジェルに転がり込んでくる。


「その他に買い取ってもらいたいドロップアイテムが山ほどある。それは後回しにして、俺たちが得た情報を先に伝えようか」

「それは助かる。それで、今回はどのくらいの時間をかけて攻略したんだね?」

「今日の朝20階層に転移陣で入って、つい今しがたまで25階層にいた」

「へっ? たった1日?」

 さぞかし時間をかけて攻略したのだろうと考えていた事務所長は肩透かしを食らってハデに引っ繰り返ったような表情を聡史に向けている。並の冒険者では手に負えない魔物がいる未知の深層をわずか1日という短時間で5階層進むなど誰が信じようか。いまだ聡史たちの対応に不慣れな事務所長は惑うばかりで話が進まない。


「所長、こちらの皆さんは一般的な常識では測れませんから」

 このカウンター嬢が最もデビル&エンジェルの実態を理解している。ここまで悟りを開くには、彼女も様々な内面的な葛藤があったと推測される。


「あっ、ああ、そうだったね。ついつい学院生の基準で考えてしまう癖がついているもんだから。なるほど… 今日1日で都合5階層分を進んで戻ってきたというわけだね」

「その通りだ」

 ようやく話が噛み合ってきて、ここから先の情報交換はスムーズに進みそう。主にカウンター嬢のおかげで。


「…とまあ、21階層以降はこのような巨人種の魔物が登場する。それから階層ボスは、さっきも話したようにギガンテスと呼ばれる10メートルを超えるような巨人だ」

「そんな怪物をどうやって討伐するのか私たちには一向に理解が及ばないよ。他には何かあるかな?」

 聡史からもたらされた未知の階層の情報は管理事務所の財産ともいうべき貴重なもの。女性職員は一言も漏らすまいと、ノートパソコンのキーボードを超高速で叩き捲っている。何事が起きても驚かない冷静な対応力とこれだけの事務処理能力を持ち合せているのなら、もうこの人が所長を務めていいのではないだろうか?


「それからボス部屋に出現する宝箱にはトラップが仕掛けられていた」

「それはどのようなトラップなんだね?」

「宝箱を開いた人間を強制的に転移させて、無限に魔物が湧き出す部屋に連れていく。実際にその部屋に転移した妹の話では、少なくとも500体くらいの魔物を片付けないと戻れないらしい」

「なんだって! それは危険だな」

「このトラップの件は、俺たちの後に続く冒険者には必ず知らせてくれ」

「わ、わかった。果たしていつになるのか予想がつかないが、君たちのように深部に入り込む冒険者には必ず伝える」

 こうして一通り管理事務所に情報を伝えると、次はドロップアイテムの買取りの段となる。聡史がアイテムボックスから取り出すのは、軽く見積もっても100個以上の巨人種の魔石と魔物が手に持っていた剣や斧、槍といった巨大な武器の数々。武器の類は一度部屋の隅にうず高く積み上げられたものの、事務所の職員では運べないという理由で外のトラックが出入りするヤードに置かれている。フォークリフトを用いないと誰も動かせない代物ばかりがこれでもかという具合に積み上げられている。


「これだけ量が多いと鑑定に少々時間が必要となります。買い取り代金は後日振り込みでいいですか?」

「そうしてくれると助かる」

 すでに聡史の口座にはデビル&エンジェルのパーティー財産として8桁近い金額が管理事務所から振り込まれている。その残高は今回の買取りで大幅に増える見込み。実はまだ買い取りに出していない品々が多数アイテムボックスに死蔵されているのは、聡史はこの場で敢えて内緒にしている。
 





   ◇◇◇◇◇





 こうして報告と買い取りが終わると、聡史たち三人はダンジョン管理事務所を後にする。外に出るとすっかり日が暮れており、街灯に照らされた歩道を三人が横並びで歩く。
 
 時刻はすでに午後七時を回って、ダンジョンから戻る学院生の姿がなくなった道を3つの影が寄り添う。いつの間にか美鈴とカレンの腕は聡史に巻き付いて左右から聡史にもたれ掛かるように密着する。

 聡史としては照れくさいから勘弁してほしいという心境なのだが、美鈴とカレンは絶対に離してはなるものかという勢いで聡史にしがみついているものだから、振り払うわけにもいかずにされるがまま。とはいうものの聡史だって年頃の男子。美鈴の標準サイズの胸とカレンの立派なプルンプルンが腕に当たる感触は、魅惑的な誘いのように感じてしまうのも已む無しであろう。


「あ、あんまりくっつくと歩きにくいぞ」

「そろそろ風が冷たくなってきたから、こうして聡史君にくっついていると暖かいのよ」

「聡史さんの魔力に直接触れると、とっても心地いいんです」

 二人にここまで言われてしまうと、間に挟まれた聡史はますます追い詰められたような居心地の悪さを感じてしまう。だが学院の正門を潜ってからも二人は手を放すつもりなどないという表情で聡史に寄り添ったまま。ようやく校舎が並ぶあたりまで来ると、やや体を放す美鈴とカレン。だがこのまま離れてしまうのはもったいないと、今度は聡史と手を繋いで三人が並んだまま管理棟の入り口までやってくる。ようやく人の目につく場所までやってきた聡史は、やや弱気な態度で美鈴とカレンにお願いする。


「二人共、そろそろ手を放してもらえるか」

「仕方がないわねぇ~… このまま全生徒に見せつけるつもりだったんだけど」

「久しぶりのチャンスだったのに…」

 彼女たちが諦め切れない表情で意味深なセリフを残してから手を離すと、ようやく体の自由を取り戻した聡史は女子二人を引き連れてそのまま食堂に入っていく。さすがに丸一日ダンジョンで過ごしていれば、若い体が空腹を訴え始めるのも無理はない。

 ざっと食堂内を見渡してみると、普段座っている位置に桜と明日香ちゃんが並んで当たり前の表情で夕食をとっている姿が目に入る。二人ともとうに食べ始めており、トレーに乗っている料理は残りわずかになっているよう。


「お兄様、ずいぶん遅かったんですね」

「管理事務所での話が長くなったからな。ようやく食事にありつけるぞ」

 桜と明日香ちゃんはまったく悪びれた様子がない。聡史たちを置き去りにしてさっさとダンジョンから戻った件など今更何も感じてない態度。ここまで開き直れるというのは、ある意味スゴすぎる。


「桜ちゃん、お楽しみのデザートの時間ですよ~」

「明日香ちゃん、つい1時間半ほど前にパフェを食べていたようですが?」

「あれは3時のオヤツが遅れたんです! 今から食べるのは夕食後のデザートですよ~」

「体重が増えたら、また強制ダイエットに招待しますわ」

「ミ、ミニサイズにします」

 いかにデザート命の明日香ちゃんといえども、自分の体重は多少なりとも気にしているらしい。それに、桜のダイエット教室に無理やり参加させられるのはまっぴらというのはその性格からして誰の目にも明らか。というわけで、普段よりもワンサイズ小さなパフェを手にしてもどってくる。そして一口パクっと…


「はぁ~… この一口がたまらないんですよぉ~」

 仕事終わりの一杯を飲み干したサラリーマンのようなセリフを口にする明日香ちゃんに、周囲から生暖かい視線が向けられるのであった。


    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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