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第91話 ダンジョン偵察
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内部の偵察のために那須ダンジョンに足を踏み込んだ直後、三人はダンジョン全体に轟くようなゴーンという音を耳にする。その音はまるで足元から突き上げるような重低音で、さらに地震のようなゴゴゴという小刻みな振動を伴う地鳴りがダンジョンの下層から響いてくる。
これらの音や振動だけでも相当気になるところだが、ダンジョン全体の異変はそれだけに止まらない。入り込んだばかりの1階層に漂う魔力がやけに濃い。それも普段は目に見えない魔力があたかも霧のように白っぽく目に映っているレベルで。
「どう考えても通常のダンジョンの姿ではないな」
「大佐、やはり魔物の集団暴走が発生するんでしょうか?」
「その可能性は十分あり得る。むしろその可能性のほうが濃厚だろうな」
個人的な感想だがと学院長は断りを入れているものの、その表情は相当な危機感を覚えているよう。それだけではなくて、この学院長の考えを補強するかのように桜が横から口を挟む。
「以前私は異世界でこのような怪しげな状況のダンジョンに踏み込んだ経験がありますわ」
「ほう、それは興味深いな。どうなっていたんだ?」
「あれは25階層辺りだと思いますが、魔物が異常に増殖しておりました。溢れ出しそうになっていた魔物は私が全て片付けて先に進んだのですが」
「呆れたな、そんな危険を目の当たりにして先に進んだのか。で、どのくらいの数の魔物がいたんだ?」
「そうですねぇ~… 1万や2万ではきかなかったような記憶がございますわ」
桜はケロリとした表情で答えている。万単位の魔物を単身で討伐するなど通常の人間の感覚では有り得ない。先日大山ダンジョンの無限湧き部屋に転移させられた際もどおりで嬉々として魔物を討伐していたわけだ。学院長ですら呆れさせるとは、さすがは桜というべきだろう。
偶然行き合わせた魔物の大発生をたったひとりで片付けて魔物の氾濫を未然に食い止めたとはお手柄な話ではあるが、この件を初めて耳にした聡史は「なんで俺の妹はここまで戦闘狂を拗らせまくっているのか」と横で頭を抱えている。
「楢崎桜准尉… えーい、面倒だな! 桜准尉でいいだろう。なんでお前たち二人は同じ苗字なんだ! 区別するのが面倒でかなわないぞ」
どうやらこれが学院長の素の性格らしい。これまでなるべく表に出さないように努めてはいたのだが、どちらかというと体育会系の… というよりも戦略と戦術に通じた根っからの脳筋と呼んで差し支えない人格がこの非常事態に顕わになってきたよう。それはともかくとして、学院長の理不尽な苦情に聡史が生真面目な表情で答える。
「大佐、同じ苗字と言われましても、俺たちは双子ですから」
兄のつまらない回答に桜が何か言いたそうな表情。こういう時に絶対黙っていられない、とってもお茶目な性格をしている。
「お兄様が私と同じ姓になりたいと泣いて懇願したから、仕方がなく双子として生まれて差し上げたのですわ」
「できれば他人として生まれたかったぞ」
「まったく、お兄様ったら。そんな照れ隠しは私には通用しません」
「桜、人の意見は素直に受け取ろうな」
もし時間を遡れるのならば桜とは別の家に生まれたかったという聡史の心からの願いも肝心の桜には一向に通じないもどかしさ… 日々妹が引き起こすストレスのために聡史の胃には穴が開きそうな気がしてならないよう。レベルが高いので絶対に穴は開かないのだが…
こんな兄妹の緊張感が全く感じられないやり取りを聞いていた学院長が口を開く。
「まあいい、注意して進むぞ。桜准尉が先頭を務めてくれ」
「了解しましたわ。最短距離を進みます」
すでに桜の頭には那須ダンジョンの10階層までのマップが記憶されている。管理事務所が配布している地図をさっと見ただけで、スキルによって最短距離が自動的に脳内に浮かび上がってくるという便利機能。案内役としてこれほど有益な存在はいない。方向音痴の極致という明日香ちゃんには爪の垢でも飲ませてやりたい。
初めて足を踏み込んだダンジョンとは思えない軽やかな足取りで先頭を進む桜は一切迷うことなく通路を選んでいく。時折ゴブリンが顔を覘かせるが、桜にとってはいないも同然で軽く拳を振るっただけで遠くにすっ飛んでいく。
こんな調子で通路に登場してくる魔物はすべて桜ひとりで片付けて、5階層を通り過ぎて6階層まで降りたその時…
三人は明らかな異変を目の当たりにする。
階段を下りた通路の先には様々な魔物がぎっしりと蠢いて、たった今三人が降りてきたばかりの階段方向に進みつつある異様な光景が目に飛び込む。大山ダンジョンでは20階層以下でしか目にしていない巨人種や小型のドラゴンのような魔物までいるという点では、この魔物の大集団はかなり深い層で発生したと推論できる。
「彼我の距離は300メートルか。進行する速度はそれほどまでもないようだな」
「大佐、問題は速度よりも数ではないでしょうか?」
「楢崎准尉、確かに数は問題ではあるが、あの集団が進む速度もこちらが対応するにあたっては重要なファクターだ。敵の圧力は〔数×速度〕で大よその計算できるからな」
「確かに、言われてみればそうでした。つい数に目が行きがちですが、敵の進行速度も考慮に入れる点をウッカリしていました」
聡史も戦いの中で相手のスピードは考慮に常に入れている。多数の敵がこちら側にもたらす圧力を感じた経験も過去にはあったのだが、学院長の指摘を受けてついつい目の前の魔物の数に気を取られた点を反省している。だがこの娘は学院長と兄の会話など気にも留めていないよう。
「お二人とも、この場は私にお任せくださいませ! 通路に蔓延る魔物を1体残らず仕留めて御覧に入れますわ」
自信満々な表情でいつものように主張する桜がいる。魔物を見たら即討伐と考える彼女らしい主張がここでも幅を利かせている。
「いいだろう。威力偵察の意味もあってわざわざ来たんだからな。ここである程度魔物の集団の力を把握しておけば後々役に立つだろう」
学院長から許可が出た桜は小躍りして喜んでいる。大山ダンジョンでは美鈴や明日香ちゃんの育成という目的があるせいでセーブしていた能力をこの場では無制限に発揮して構わないとでも思っているのだろう。その表情には無限湧き部屋で大暴れしたあの爽快感をもう一度味わえると胸を躍らせている感がアリアリ。口角が上がっている口元を見るにつけ、戦闘狂の血が騒ぎだして止まらないのであろう。
そして体を横向きにして腰を低めに落として構えると、後方に引いた右手に集めた大量の闘気を魔物に向けて思いっきり撃ち出していく。
「それでは参りますわ。はぁ~… 太極破ぁぁぁ!」
ドッパーーーン!
行進の先頭を進む魔物にぶつかった太極破は通路を揺るがすような大爆発をもたらす。当然その猛烈な爆風は魔物の先頭集団をきれいサッパリ消し去っている。それだけではなくて爆発の衝撃は後方の魔物集団にもかなりの被害を出している模様。と同時にこちら側にも相応の爆風が押し寄せてくるが、この場にいる怪物のような三人には何ら影響をもたらさない。
「桜准尉、中々威力のある攻撃を持っているな」
「狭い通路なので、これでも加減しておりますわ」
技の感想を述べている学院長も実は大の負けず嫌い。桜の太極破を見て血が騒ぎだす。
「今度は私にやらせてみろ」
「お任せしますわ」
桜が一歩退くと代わって学院長が前に出る。何をするのかと興味深く兄妹が注目する中で、学院長はアイテムボックスから自動小銃を取り出す。見てくれはひと世代前の自衛隊制式小銃である96式5.6ミリと同一のように映る。
「ファイアー!」
学院長が引き金を引くと、タタタ、タタタ、タタタ、と小気味いい発射音を響かせて小銃が火を噴く。
ズドーン! ズズズズズドドドーーン!
だが小銃から飛び出していった弾が当たった先では通常の弾丸では到底あり得ない強烈な爆発が発生する。その威力は装甲車を軽くひっくり返すレベルで、当然魔物の後続集団は無残に引き千切られて死屍累々の惨状を呈している。
「大佐、小銃でどうやって爆発を引き起こせるんですか?」
さすがの聡史もこれには目を丸くしている。桜も学院長が手にする銃に興味津々な表情。
「驚いたか? これは私が異世界に転移した際に持ち込んだ小銃だ。なぜかあっちの世界に行ったら普通の弾丸ではなくて魔力で出来た弾が発射される仕様に替わっていた。爆発の威力や貫通力を自在に調整できるから戦車も軽く打ち抜けるぞ」
「魔力の弾丸ですか!」
目を丸くする聡史、こんな武器があれば魔物討伐など手軽なお仕事だろう。ドヤ顔の学院長はさらに続ける。
「あとはこんな代物もあるぞ」
一旦小銃を仕舞い込むと、次に取り出したのはミニミ軽機関銃。一見すると何の変哲もないミニミに見えるが、やはり銃口から撃ち出されるのは魔力製の弾丸。小銃と同じ規模の爆発を引き起こす上に、さらに連射性能が上がって恐るべき破壊を引き起こす。学院長のドヤ顔はますます凄いことになっている。
「あとはバズーカ砲もあるが、さすがにこんな狭い場所では使えないな」
「どんな状況で異世界に召喚されたんですかぁぁぁぁ!」
右手に小銃、左手には軽機関銃、背中にバズーカを背負っての異世界召喚なんてどんな女ランボーだと聡史が突っ込んでいる。やはりこの学院長は只者ではなかったよう。
こんな会話をしているうちに、再び通路を進む夥しい魔物が接近してくる。学院長と桜が「次はお前の番だ」と目で合図をしているので、無理やり背中を押されるように聡史が前に立つ。
「ウインドカッター!」
お馴染みのらせん状に飛んでいく竜巻のようなウインドカッターが通路を突き進んでいく。その結果として魔物の集団はあっという間に蹂躙されていく。あらゆる物体を引き裂く暴風が通り過ぎた跡には引き千切られた魔物の体のパーツだけが残されている。
「ほう、初級魔法でその威力か。いいものを見せてもらったぞ」
「でも自分は魔法に関しては初級しか使用できないんです」
「初級魔法でもこれだけの性能があれば十分だろう。実戦で使用できるのなら何も問題はない」
聡史の魔法に学院長は満足そうな表情を浮かべている。このウインドカッターは限定された狭い空間では抜群の威力を発揮するだけに、ダンジョンでは使い勝手のいい魔法だといえる。
「さて、小手調べはおしまいだ。この場を離脱するぞ」
「もう外に出るんですか?」
桜がやや不満そうな表情で学院長に聞き返す。この場でもっと魔物の数を減らしてもいいのではないかと言いたげな表情。
「通路を進んでくる魔物を待っているのは効率が悪いだろう。広い場所に集めてから一気に叩いたほうが楽だ。待機している部隊の援護も受けられるからな」
「ということは、このまま魔物が外に出てくるのを待ち受けるんですね」
「そうだ。なるべく急いで外に出るぞ! 1分でも準備の時間を稼ぎたいからな。楢崎准尉、置き土産代わりにもう1発魔法をお見舞いしてやれ」
「了解しました」
聡史がもう1発ウインドカッターを放つと三人は出口を目指して踵を返す。そのまま各階層をダッシュで駆け上がると、一目散に本部を目指して走っていく。学院長が聡史や桜のスピードに軽々とついてくるのはやはりと言うべきか… 兎にも角にも驚くべき身体能力といえよう。
本部に到着すると、息ひとつ乱さない学院長が矢継ぎ早に指令を出し始める。
「あと5時間もしたら魔物が出口から溢れてくる。すぐに各部隊を配置してくれ。用意ができ次第部隊ごとに小休止して体力を温存せよ」
本部に詰める部隊長を差し置いて学院長が頭ごなしに指令を飛ばしている。彼女は自衛隊の階級こそ大佐待遇であるが、このようなダンジョンにおける非常事態に際しては岡山ダンジョン対策室長から現地での指揮権限を委譲されているというのがその理由。
その姿を見て聡史は感じる。
(学院にいる時よりも何倍もイキイキしているんじゃないだろうか)
聡史がそのように感じたものの、当の学院長はそんなことは気にも留めないよう。小難しい書類とにらっめこしている時よりも数百倍表情が明るいのが目に見えてわかる。学院長などといった面白みのない堅苦しい立場よりも、こうして最前線に立つのがこの人の本分なのであろうと聡史と桜は悟った模様。
各所への指示に忙しい学院長を尻目に、さしたる準備を必要としない兄妹はひとまずカレンと合流しようと救護所へと向かう。ダンジョンから見て最も奥まった場所にある救護所に近くいていくと…
「聡史さ~ん、桜ちゃ~ん!」
救護所のテントで暇そうにしていたカレンは、兄妹の姿を見て立ち上がって手を振っている。
「カレンさん、お待たせしました。ダンジョンの偵察をして戻ってきましたわ」
「桜ちゃん、どんな状況だったんですか?」
「6階層まで魔物がいっぱいでした。あと数時間で外へ溢れてきそうですね」
「大変な状況ですね」
「そうですねぇ~。夜遅い時間になりそうなので今から寝ておいたほうがいいでしょうね。肝心な時に眠くなったら元も子もありませんから」
「わかりました。今のうちに休んでおきます」
魔物は時間など考慮してくれない。今日は徹夜で戦うことななるかもしれない以上、今のうちに可能な限り休息をとっておくのは大事なこと。
ということで、桜は救護所のテントから出て一直線に野外炊事2号が炊き出しを行っている場所へと向かう。早めの夕食をとってから、時間が来るまで寝ていようという考えらしい。
「桜ちゃんは相変わらず行動が素早いですね」
「きっと隊の皆さんは、あいつの食事の光景を見て腰を抜かすんだろうな」
こんな話をしながら、聡史とカレンも桜の後を追いかけるのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! いいねボタンにつきましては連打してもらえると大喜びしますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆様の応援を心よりお待ちしております。
これらの音や振動だけでも相当気になるところだが、ダンジョン全体の異変はそれだけに止まらない。入り込んだばかりの1階層に漂う魔力がやけに濃い。それも普段は目に見えない魔力があたかも霧のように白っぽく目に映っているレベルで。
「どう考えても通常のダンジョンの姿ではないな」
「大佐、やはり魔物の集団暴走が発生するんでしょうか?」
「その可能性は十分あり得る。むしろその可能性のほうが濃厚だろうな」
個人的な感想だがと学院長は断りを入れているものの、その表情は相当な危機感を覚えているよう。それだけではなくて、この学院長の考えを補強するかのように桜が横から口を挟む。
「以前私は異世界でこのような怪しげな状況のダンジョンに踏み込んだ経験がありますわ」
「ほう、それは興味深いな。どうなっていたんだ?」
「あれは25階層辺りだと思いますが、魔物が異常に増殖しておりました。溢れ出しそうになっていた魔物は私が全て片付けて先に進んだのですが」
「呆れたな、そんな危険を目の当たりにして先に進んだのか。で、どのくらいの数の魔物がいたんだ?」
「そうですねぇ~… 1万や2万ではきかなかったような記憶がございますわ」
桜はケロリとした表情で答えている。万単位の魔物を単身で討伐するなど通常の人間の感覚では有り得ない。先日大山ダンジョンの無限湧き部屋に転移させられた際もどおりで嬉々として魔物を討伐していたわけだ。学院長ですら呆れさせるとは、さすがは桜というべきだろう。
偶然行き合わせた魔物の大発生をたったひとりで片付けて魔物の氾濫を未然に食い止めたとはお手柄な話ではあるが、この件を初めて耳にした聡史は「なんで俺の妹はここまで戦闘狂を拗らせまくっているのか」と横で頭を抱えている。
「楢崎桜准尉… えーい、面倒だな! 桜准尉でいいだろう。なんでお前たち二人は同じ苗字なんだ! 区別するのが面倒でかなわないぞ」
どうやらこれが学院長の素の性格らしい。これまでなるべく表に出さないように努めてはいたのだが、どちらかというと体育会系の… というよりも戦略と戦術に通じた根っからの脳筋と呼んで差し支えない人格がこの非常事態に顕わになってきたよう。それはともかくとして、学院長の理不尽な苦情に聡史が生真面目な表情で答える。
「大佐、同じ苗字と言われましても、俺たちは双子ですから」
兄のつまらない回答に桜が何か言いたそうな表情。こういう時に絶対黙っていられない、とってもお茶目な性格をしている。
「お兄様が私と同じ姓になりたいと泣いて懇願したから、仕方がなく双子として生まれて差し上げたのですわ」
「できれば他人として生まれたかったぞ」
「まったく、お兄様ったら。そんな照れ隠しは私には通用しません」
「桜、人の意見は素直に受け取ろうな」
もし時間を遡れるのならば桜とは別の家に生まれたかったという聡史の心からの願いも肝心の桜には一向に通じないもどかしさ… 日々妹が引き起こすストレスのために聡史の胃には穴が開きそうな気がしてならないよう。レベルが高いので絶対に穴は開かないのだが…
こんな兄妹の緊張感が全く感じられないやり取りを聞いていた学院長が口を開く。
「まあいい、注意して進むぞ。桜准尉が先頭を務めてくれ」
「了解しましたわ。最短距離を進みます」
すでに桜の頭には那須ダンジョンの10階層までのマップが記憶されている。管理事務所が配布している地図をさっと見ただけで、スキルによって最短距離が自動的に脳内に浮かび上がってくるという便利機能。案内役としてこれほど有益な存在はいない。方向音痴の極致という明日香ちゃんには爪の垢でも飲ませてやりたい。
初めて足を踏み込んだダンジョンとは思えない軽やかな足取りで先頭を進む桜は一切迷うことなく通路を選んでいく。時折ゴブリンが顔を覘かせるが、桜にとってはいないも同然で軽く拳を振るっただけで遠くにすっ飛んでいく。
こんな調子で通路に登場してくる魔物はすべて桜ひとりで片付けて、5階層を通り過ぎて6階層まで降りたその時…
三人は明らかな異変を目の当たりにする。
階段を下りた通路の先には様々な魔物がぎっしりと蠢いて、たった今三人が降りてきたばかりの階段方向に進みつつある異様な光景が目に飛び込む。大山ダンジョンでは20階層以下でしか目にしていない巨人種や小型のドラゴンのような魔物までいるという点では、この魔物の大集団はかなり深い層で発生したと推論できる。
「彼我の距離は300メートルか。進行する速度はそれほどまでもないようだな」
「大佐、問題は速度よりも数ではないでしょうか?」
「楢崎准尉、確かに数は問題ではあるが、あの集団が進む速度もこちらが対応するにあたっては重要なファクターだ。敵の圧力は〔数×速度〕で大よその計算できるからな」
「確かに、言われてみればそうでした。つい数に目が行きがちですが、敵の進行速度も考慮に入れる点をウッカリしていました」
聡史も戦いの中で相手のスピードは考慮に常に入れている。多数の敵がこちら側にもたらす圧力を感じた経験も過去にはあったのだが、学院長の指摘を受けてついつい目の前の魔物の数に気を取られた点を反省している。だがこの娘は学院長と兄の会話など気にも留めていないよう。
「お二人とも、この場は私にお任せくださいませ! 通路に蔓延る魔物を1体残らず仕留めて御覧に入れますわ」
自信満々な表情でいつものように主張する桜がいる。魔物を見たら即討伐と考える彼女らしい主張がここでも幅を利かせている。
「いいだろう。威力偵察の意味もあってわざわざ来たんだからな。ここである程度魔物の集団の力を把握しておけば後々役に立つだろう」
学院長から許可が出た桜は小躍りして喜んでいる。大山ダンジョンでは美鈴や明日香ちゃんの育成という目的があるせいでセーブしていた能力をこの場では無制限に発揮して構わないとでも思っているのだろう。その表情には無限湧き部屋で大暴れしたあの爽快感をもう一度味わえると胸を躍らせている感がアリアリ。口角が上がっている口元を見るにつけ、戦闘狂の血が騒ぎだして止まらないのであろう。
そして体を横向きにして腰を低めに落として構えると、後方に引いた右手に集めた大量の闘気を魔物に向けて思いっきり撃ち出していく。
「それでは参りますわ。はぁ~… 太極破ぁぁぁ!」
ドッパーーーン!
行進の先頭を進む魔物にぶつかった太極破は通路を揺るがすような大爆発をもたらす。当然その猛烈な爆風は魔物の先頭集団をきれいサッパリ消し去っている。それだけではなくて爆発の衝撃は後方の魔物集団にもかなりの被害を出している模様。と同時にこちら側にも相応の爆風が押し寄せてくるが、この場にいる怪物のような三人には何ら影響をもたらさない。
「桜准尉、中々威力のある攻撃を持っているな」
「狭い通路なので、これでも加減しておりますわ」
技の感想を述べている学院長も実は大の負けず嫌い。桜の太極破を見て血が騒ぎだす。
「今度は私にやらせてみろ」
「お任せしますわ」
桜が一歩退くと代わって学院長が前に出る。何をするのかと興味深く兄妹が注目する中で、学院長はアイテムボックスから自動小銃を取り出す。見てくれはひと世代前の自衛隊制式小銃である96式5.6ミリと同一のように映る。
「ファイアー!」
学院長が引き金を引くと、タタタ、タタタ、タタタ、と小気味いい発射音を響かせて小銃が火を噴く。
ズドーン! ズズズズズドドドーーン!
だが小銃から飛び出していった弾が当たった先では通常の弾丸では到底あり得ない強烈な爆発が発生する。その威力は装甲車を軽くひっくり返すレベルで、当然魔物の後続集団は無残に引き千切られて死屍累々の惨状を呈している。
「大佐、小銃でどうやって爆発を引き起こせるんですか?」
さすがの聡史もこれには目を丸くしている。桜も学院長が手にする銃に興味津々な表情。
「驚いたか? これは私が異世界に転移した際に持ち込んだ小銃だ。なぜかあっちの世界に行ったら普通の弾丸ではなくて魔力で出来た弾が発射される仕様に替わっていた。爆発の威力や貫通力を自在に調整できるから戦車も軽く打ち抜けるぞ」
「魔力の弾丸ですか!」
目を丸くする聡史、こんな武器があれば魔物討伐など手軽なお仕事だろう。ドヤ顔の学院長はさらに続ける。
「あとはこんな代物もあるぞ」
一旦小銃を仕舞い込むと、次に取り出したのはミニミ軽機関銃。一見すると何の変哲もないミニミに見えるが、やはり銃口から撃ち出されるのは魔力製の弾丸。小銃と同じ規模の爆発を引き起こす上に、さらに連射性能が上がって恐るべき破壊を引き起こす。学院長のドヤ顔はますます凄いことになっている。
「あとはバズーカ砲もあるが、さすがにこんな狭い場所では使えないな」
「どんな状況で異世界に召喚されたんですかぁぁぁぁ!」
右手に小銃、左手には軽機関銃、背中にバズーカを背負っての異世界召喚なんてどんな女ランボーだと聡史が突っ込んでいる。やはりこの学院長は只者ではなかったよう。
こんな会話をしているうちに、再び通路を進む夥しい魔物が接近してくる。学院長と桜が「次はお前の番だ」と目で合図をしているので、無理やり背中を押されるように聡史が前に立つ。
「ウインドカッター!」
お馴染みのらせん状に飛んでいく竜巻のようなウインドカッターが通路を突き進んでいく。その結果として魔物の集団はあっという間に蹂躙されていく。あらゆる物体を引き裂く暴風が通り過ぎた跡には引き千切られた魔物の体のパーツだけが残されている。
「ほう、初級魔法でその威力か。いいものを見せてもらったぞ」
「でも自分は魔法に関しては初級しか使用できないんです」
「初級魔法でもこれだけの性能があれば十分だろう。実戦で使用できるのなら何も問題はない」
聡史の魔法に学院長は満足そうな表情を浮かべている。このウインドカッターは限定された狭い空間では抜群の威力を発揮するだけに、ダンジョンでは使い勝手のいい魔法だといえる。
「さて、小手調べはおしまいだ。この場を離脱するぞ」
「もう外に出るんですか?」
桜がやや不満そうな表情で学院長に聞き返す。この場でもっと魔物の数を減らしてもいいのではないかと言いたげな表情。
「通路を進んでくる魔物を待っているのは効率が悪いだろう。広い場所に集めてから一気に叩いたほうが楽だ。待機している部隊の援護も受けられるからな」
「ということは、このまま魔物が外に出てくるのを待ち受けるんですね」
「そうだ。なるべく急いで外に出るぞ! 1分でも準備の時間を稼ぎたいからな。楢崎准尉、置き土産代わりにもう1発魔法をお見舞いしてやれ」
「了解しました」
聡史がもう1発ウインドカッターを放つと三人は出口を目指して踵を返す。そのまま各階層をダッシュで駆け上がると、一目散に本部を目指して走っていく。学院長が聡史や桜のスピードに軽々とついてくるのはやはりと言うべきか… 兎にも角にも驚くべき身体能力といえよう。
本部に到着すると、息ひとつ乱さない学院長が矢継ぎ早に指令を出し始める。
「あと5時間もしたら魔物が出口から溢れてくる。すぐに各部隊を配置してくれ。用意ができ次第部隊ごとに小休止して体力を温存せよ」
本部に詰める部隊長を差し置いて学院長が頭ごなしに指令を飛ばしている。彼女は自衛隊の階級こそ大佐待遇であるが、このようなダンジョンにおける非常事態に際しては岡山ダンジョン対策室長から現地での指揮権限を委譲されているというのがその理由。
その姿を見て聡史は感じる。
(学院にいる時よりも何倍もイキイキしているんじゃないだろうか)
聡史がそのように感じたものの、当の学院長はそんなことは気にも留めないよう。小難しい書類とにらっめこしている時よりも数百倍表情が明るいのが目に見えてわかる。学院長などといった面白みのない堅苦しい立場よりも、こうして最前線に立つのがこの人の本分なのであろうと聡史と桜は悟った模様。
各所への指示に忙しい学院長を尻目に、さしたる準備を必要としない兄妹はひとまずカレンと合流しようと救護所へと向かう。ダンジョンから見て最も奥まった場所にある救護所に近くいていくと…
「聡史さ~ん、桜ちゃ~ん!」
救護所のテントで暇そうにしていたカレンは、兄妹の姿を見て立ち上がって手を振っている。
「カレンさん、お待たせしました。ダンジョンの偵察をして戻ってきましたわ」
「桜ちゃん、どんな状況だったんですか?」
「6階層まで魔物がいっぱいでした。あと数時間で外へ溢れてきそうですね」
「大変な状況ですね」
「そうですねぇ~。夜遅い時間になりそうなので今から寝ておいたほうがいいでしょうね。肝心な時に眠くなったら元も子もありませんから」
「わかりました。今のうちに休んでおきます」
魔物は時間など考慮してくれない。今日は徹夜で戦うことななるかもしれない以上、今のうちに可能な限り休息をとっておくのは大事なこと。
ということで、桜は救護所のテントから出て一直線に野外炊事2号が炊き出しを行っている場所へと向かう。早めの夕食をとってから、時間が来るまで寝ていようという考えらしい。
「桜ちゃんは相変わらず行動が素早いですね」
「きっと隊の皆さんは、あいつの食事の光景を見て腰を抜かすんだろうな」
こんな話をしながら、聡史とカレンも桜の後を追いかけるのであった。
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宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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