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第96話 カレン誕生秘話
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地上が大変な騒ぎになっているとも知らずに、ダンジョンの内部をダッシュするように桜を先頭にして聡史と学院長が突き進む。
通路に出てくる魔物には目もくれずにひたすら次の階層を目指して走る。これだけレベルが高い三人が通路を高速で移動すると、それだけで魔物たちはトラックに跳ね飛ばされたように遠くに吹き飛んでいく。
こんな調子で三人は2時間で10階層を通過して現在11階層を探索中。
「この階層も、特段怪しい気配はないようですわ」
「そうだな。魔族が放つ魔力の気配は独特だ。この階層はもういいだろう」
こうして12階層に降り立つと即座に桜のアンテナに異質な魔力の気配が察知される。
「ビンゴですわ! この階層の中央部辺りに怪しい気配があります」
「よし、このまま急襲するぞ。魔族に関する情報を吐かせたいから生きたまま確保する」
「了解しました」
「生きたまま捕らえるのは苦手ですわ」
「だったら桜は手を出すな!」
聡史の「手を出すな」発言に桜は大いに不満顔。せっかくの機会だから魔族を相手にひと暴れと企んでいただけに「生け捕りにしろ」などとは無理な注文だと言わんばかりの表情。もちろん桜もやってやれないわけではないのだが、思いっきり暴れられない状況に大いに不満が残っているよう。
とは言いつつも、三人は魔族がいる方角に向かって気配を忍ばせて接近していく。傍までやってきてもこちらの気配に魔族が気付く様子は窺えない。どうやら完全に油断しきっているのは明らか。
(楢崎准尉、貴官が行け)
(了解しました)
口振りとハンドサインで学院長が指示を出すと、聡史ひとりが影のようにするすると魔族に近づいていく。隠形のスキルのおかげで5メートルの距離まで背後に接近してもまだ気配を察知されてはいない。どれだけ気を抜いているのかと呆れるばかりだが、そのまま聡史は魔族の身柄確保に乗り出す。
ズガッ! バキッ!
たった2発の後頭部へのゲンコツで2名の魔族は易々と意識を手放す。これだけ簡単に仕事を終えたのは魔族たちが身を守るシールドを展開していなかったおかげもあるだろう。もっともレベル400近い聡史に対して魔族のシールドがどれほど有効なのかは保証の限りではないが…
ともあれ、気配を気取られずに接近した聡史の手際が鮮やかだったともいえる。
聡史はアイテムボックスから取り出した隷属の首輪を魔族に嵌めると、壁の向こうに控えている二人に声を掛ける。
「生け捕り完了」
「ご苦労だった」
学院長と桜が聡史の傍らまでやってくる。気を失っている魔族の姿を目にした桜はと言えば…
「お兄様はエグいですわ。隷属の首輪まで用いるなんて」
「素直に言うことを聞かせるんだったらこれが一番手っ取り早いだろう」
「お兄様、お言葉ですが殴って言い聞かせるのが一番ですわ」
「殴るのかい!」
一体どちらがエグいのか、これは判断が分かれると思ところだろう。
兄妹の遣り取りはともかくとして、横から学院長が口を挟んでくる。
「隷属の首輪か… 便利だが、この場で情報を吐かせるには向かないな。まずはこの場にある魔法陣について口を割らせよう」
学院長は魔族の片方の首輪を外して聡史に手渡す。その体を左手で強引に引き起こすと気付けのために平手を思いっきり振り被る。それはイノキさんの闘魂注入の何百倍もの高威力で。
ビターーン!
激しい脳震盪を起こした魔族はさらに深く昏睡する。ヘタをすると衝撃によって脳に甚大なダメージが残るかもしれない。
「学院長! さすがに逆効果ですわ」
「すまん、少々加減を間違えた」
あろうことか桜に突っ込まれている学院長。さすがにこれは立場がない。意外とこの学院長は桜と同類でしばしばやらかすタイプかもしれない。
「楢崎准尉、やってみろ!」
「自分も自信がありません」
誰ひとり魔族をまともに起こせない模様。仕方がないのでこのまま放置して自然に目を覚ますのを待つ。待つことしばし…
「う、うーん」
どうやら学院長が頬を張らなかった魔族が目を覚ましたよう。学院長の目がキラリと光る。すでに隷属の首輪は外しているので自我は戻っているようだが、何分急襲を受けたとあって何事が自分の身の上に起こったのか理解していない様子。そんな呆然自失の魔族に向かって学院長が掴み掛る。
「おい、寝たフリなどしていないでさっさと起きろ!」
(いやいや寝たフリではなくて、たった今まで完全に気絶していたんです!)
聡史は心の中でツッコミを入れているが、もちろん学院長に伝わるはずもない。
「う、ううう、た、助けてぇぇ!」
襟首を掴まれて高速で首をガクガク揺すられる魔族は人目を憚ることなく悲鳴を上げている。気の毒な運命としか言いようがない。
「助けてもらいたかったら素直に何でも吐け! 従わなかったらこの首を捻じり切るぞ」
残像が残る勢いで首をガクガクさせられている魔族は辛うじて両手をバタバタさせているだけで何も答えようとはしない。
「ああ! どうやら素直に吐かないつもりらしいな!」
片手で襟首を掴んだままで右の拳を構える学院長。この人は想像以上に短気らしい。これはひょっとして桜といい勝負かもしれない。
「大佐、いえ、学院長! それだけ首を揺すられたら舌を噛んで誰も喋れません」
「んん? そうなのか、楢崎准尉?」
「そうなのかじゃないでしょうがぁぁぁぁ! ちょっと考えれば誰にでもわかります」
ついに堪りかねて聡史は学院長に盛大に突っ込んでいる。そのツッコミぶりは普段身の回りで色々とやらかしてくれる妹に対する時と同じような鋭いキレ味を秘めている。横から突っ込まれた学院長は魔族を掴んでいた手をぶっきらぼうに放す。
バサッ!
面倒だから任せるという表情で学院長は魔族から手を離して地面に放り出す。手荒く放り出されて横たわる魔族は息も絶え絶えにゼイゼイ喘いでいる。
この光景を見て「待ってました!」とばかりに桜がしゃしゃり出てくる。どうやら相当自信があるよう。
「大佐、こんな軟弱な輩はこのように関節を締め上げるのが上策ですわ」
桜はうつ伏せで喘いでいる魔族の右手を取ると手首を掴んで逆手に締め上げていく。言っておくがこの魔族も一時は自衛隊の部隊を全滅に追い込んだ一足先に地上に出ていった2名と同様の力を秘めている。それがこの三人に掛かるとこの有様なのは、彼らにとってはとことん運が悪かったとしか言いようがない。
「ギャァァァァ! 痛い! 痛い! 離してくれぇぇぇ!」
「この魔法陣はどこに転移するのか吐きなさい」
「ダンジョンの階層ならどこでも行ける」
「ということは入り口にも行けるんですね」
「そ、そうだ。とにかく離してくれぇぇぇ!」
「この場にいるのは、あなたとそこに寝ている二人きりですか?」
「あと二人いたが、ヤツらは地上に向かった。きっと今頃地上は地獄絵図になっているはずだ」
「ほほう、そうですか… 喋ってくれたお礼にこうしてあげましょう」
バキッ!
「イギャァァァァァ!」
桜は怒りに任せて魔族の腕を折っている。やはりこの娘、エグさにかけては天下一品。
「大佐、急いで戻ったほうがよさそうですわ。こんなに弱いとはいっても魔族の端くれ。地上に残している部隊に万が一のことがあると大変です」
「よし、撤収だ! クソ弱い捕虜2名はこのまま引き摺って連れて行くぞ」
桜にしても学院長にしてもことさら「弱い」を強調している。実際この両名から見れば一介の魔族など歯牙にもかけないのだろう。
ともあれ三人は魔族の捕虜二名を魔法陣に放り込むと大急ぎで1階層に転移する。
地上に残した部隊とカレンがどうなっているかと不安を抱えながら、三人がダンジョンの入り口を潜り抜けると、そこには…
まるっきり無事な宇都宮駐屯地の部隊と真っ白な翼を広げて宙に浮かんでいるカレンの姿が… 隊員一同がカレンに向かって涙を流しながら手を合わせている。
「お兄様、このカオスな状況は何が起こったのでしょうか?」
「桜、お前はよく平然としているな! カレンの姿を見て何も感じないのか?」
「天使のようですわ」
「それだけか?」
「はい、それだけです」
「まあいい、それよりも直接カレンに話を聞いてみよう」
聡史はカレンが宙に浮いている真下に向かうと大声で呼び掛ける。
「おーい、カレン! 一体どうしたんだぁ~?」
「あ、あのぉ… そのぉ… 飛び方はわかったんですけど降り方がわからないんです~」
「そうじゃないだろうがぁぁぁぁ! なんで天使になっているのかと聞いているんだぁ!」
「色々と深い事情がありまして… それよりも聡史さん、私、どうやって降りればいいんですか?」
「そんなことを聞かれても俺は空なんか飛んだことないし… えーい、俺が何とかしてやるからこの胸に飛び込んでこい!」
「はい、わかりましたぁぁぁ!」
カレンは重力に身を任せてレッツダイブ! 途中で勢いがつきすぎかと思って翼を何度か羽ばたかせつつ聡史の胸に一直線に飛び込んでいく。
ガシッ!
結構な勢いで降下してきたカレンを聡史がガッシリと受け止める。聡史に抱きしめられた喜びでカレンは翼をバタバタ羽ばたかせている。犬のシッポが左右に揺れるかのように… だがおかげで聡史もろごと体が浮き上がる。
「カレン、落ち着け! 二人で浮いているから!」
「ええぇぇ! 私ったら、なんということを!」
羽ばたきを止めるとストンと地面に落ちていく。この程度の高さから落ちたくらいでは当然ながら聡史はビクともしない。もちろんカレンを抱き留めたまま無事に着地に成功。
「聡史さん、ありがとうございました。おかげさまで無事に地面に降りられました」
「よかったな。降り方がわかるまではしばらく飛ばないほうがいいぞ… じゃないからぁぁぁ! そもそもなんで天使なんだぁぁ!」
聡史に突っ込まれながらも、なおもカレンは聡史から離れようとはしない。両手でしっかり抱き着いて絶対に離れないように力を込めている。
するとそこに…
「楢崎准尉、私はカレンを助けてもらった礼を述べればいいのか? それとも娘をたぶらかす不届きな存在に天誅を加えればいいのか?」
「た、大佐! こ、これは、そ、その… 不可抗力と言いましょうか…」
「お母さん! 私とっても幸せです~」
聡史が今にも学院長に詰められそうにも拘らず、カレンはすっかりのぼせ上がってまったく周囲が見えていないよう。学院長の殺気がこもった視線を受けつつ聡史はなんとかカレンを引き離そうとするが、天使の力が覚醒したカレンは中々力が強くて思うように任せない。
どうにかカレンを宥めると、ようやく聡史の体に巻き付けた両腕を解いてくれる。聡史は学院長の殺気がこもった視線をたっぷり5分以上受け続けてすでにダウン寸前。HPは限りなくゼロに。
何はともあれこの場では詳しい話などできないので、聡史はカレンと学院長を伴って空いているテントに向かう。その後ろからは魔族の捕虜2名をズルズル引きずっている桜がついてくる。
テントの周囲を聡史の結界で取り囲むと、ようやく落ち着いたお話の時間となる。
「それで、カレンはなんで天使なんだ?」
「実は… という顛末がありまして」
「なんだってぇぇぇ!」
驚いているのは聡史ひとり。桜はそんなこともあるんじゃないの的な表情であるがままを受け入れている。
そして問題は頭を抱える学院長。その誰の目にも明らかな態度から間違いなく心当たりがあるよう。
「まさかこんな日が来るとは思っていなかったな。仕方がないから私が過去に異世界に渡った件を話すとしよう」
「お母さん、ぜひともお願いします」
学院長がこれから話す内容を一言たりとも逃すまいと耳を傾けるカレン。もちろん聡史も興味津々の表情。
「私が異世界に渡った時に案内役を務めてくれた冒険者がいた。名前をダンと名乗っていたが、それは真っ赤な嘘だ。正体は異世界の神の一柱が人間に扮していた。本人は上手く隠し遂せていると思っていたようだが、傍から見ると色々とバレバレだったな」
「ということは、私のお父さんは本物の神様だったんですね」
「ああ、そうだ。お前が生まれる日をあいつも心待ちにしていたが、その前に私は強制的に日本に戻された。まあ、大体そういうことだ」
「今日、私は生まれて初めてお父さんの声を聞きました。とっても暖かくて安心できる声でした。いつか必ずお父さんと会う約束もしました」
「そうか… いつかその約束が叶うといいな」
「はい、とっても楽しみです」
こうしてカレン誕生秘話が学院長から明かされる。まさか本物の神様の子供とは… 聡史ひとりが驚いている。
ちなみに桜は捕虜の監視で大して学院長の話を聞いてはいない。時折脇腹に蹴りを入れて呻き声を上げさせている。この場で双方の力関係を体に覚えさせているらしい。
最後に聡史が気になっている点をカレンに質問する。
「それで、その姿はいつになったら元通りになるんだ?」
「私にもわかりません。丸1日くらいすれば元に戻るのかとは思いますが…」
さすがにカレンだけこの場に残すわけにもいかない。彼女の保護と捕虜の尋問は宇都宮駐屯地で行う運びとなる。もちろん事情を知っている隊員には厳重な緘口令が敷かれる。
主犯の魔族を捕らえているのでダンジョンはもう安心であろう。こうして夕方までには部隊ごと宇都宮へ撤収していくのであった。
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「面白かった」
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「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! いいねボタンにつきましては連打してもらえると大喜びしますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆様の応援を心よりお待ちしております。
通路に出てくる魔物には目もくれずにひたすら次の階層を目指して走る。これだけレベルが高い三人が通路を高速で移動すると、それだけで魔物たちはトラックに跳ね飛ばされたように遠くに吹き飛んでいく。
こんな調子で三人は2時間で10階層を通過して現在11階層を探索中。
「この階層も、特段怪しい気配はないようですわ」
「そうだな。魔族が放つ魔力の気配は独特だ。この階層はもういいだろう」
こうして12階層に降り立つと即座に桜のアンテナに異質な魔力の気配が察知される。
「ビンゴですわ! この階層の中央部辺りに怪しい気配があります」
「よし、このまま急襲するぞ。魔族に関する情報を吐かせたいから生きたまま確保する」
「了解しました」
「生きたまま捕らえるのは苦手ですわ」
「だったら桜は手を出すな!」
聡史の「手を出すな」発言に桜は大いに不満顔。せっかくの機会だから魔族を相手にひと暴れと企んでいただけに「生け捕りにしろ」などとは無理な注文だと言わんばかりの表情。もちろん桜もやってやれないわけではないのだが、思いっきり暴れられない状況に大いに不満が残っているよう。
とは言いつつも、三人は魔族がいる方角に向かって気配を忍ばせて接近していく。傍までやってきてもこちらの気配に魔族が気付く様子は窺えない。どうやら完全に油断しきっているのは明らか。
(楢崎准尉、貴官が行け)
(了解しました)
口振りとハンドサインで学院長が指示を出すと、聡史ひとりが影のようにするすると魔族に近づいていく。隠形のスキルのおかげで5メートルの距離まで背後に接近してもまだ気配を察知されてはいない。どれだけ気を抜いているのかと呆れるばかりだが、そのまま聡史は魔族の身柄確保に乗り出す。
ズガッ! バキッ!
たった2発の後頭部へのゲンコツで2名の魔族は易々と意識を手放す。これだけ簡単に仕事を終えたのは魔族たちが身を守るシールドを展開していなかったおかげもあるだろう。もっともレベル400近い聡史に対して魔族のシールドがどれほど有効なのかは保証の限りではないが…
ともあれ、気配を気取られずに接近した聡史の手際が鮮やかだったともいえる。
聡史はアイテムボックスから取り出した隷属の首輪を魔族に嵌めると、壁の向こうに控えている二人に声を掛ける。
「生け捕り完了」
「ご苦労だった」
学院長と桜が聡史の傍らまでやってくる。気を失っている魔族の姿を目にした桜はと言えば…
「お兄様はエグいですわ。隷属の首輪まで用いるなんて」
「素直に言うことを聞かせるんだったらこれが一番手っ取り早いだろう」
「お兄様、お言葉ですが殴って言い聞かせるのが一番ですわ」
「殴るのかい!」
一体どちらがエグいのか、これは判断が分かれると思ところだろう。
兄妹の遣り取りはともかくとして、横から学院長が口を挟んでくる。
「隷属の首輪か… 便利だが、この場で情報を吐かせるには向かないな。まずはこの場にある魔法陣について口を割らせよう」
学院長は魔族の片方の首輪を外して聡史に手渡す。その体を左手で強引に引き起こすと気付けのために平手を思いっきり振り被る。それはイノキさんの闘魂注入の何百倍もの高威力で。
ビターーン!
激しい脳震盪を起こした魔族はさらに深く昏睡する。ヘタをすると衝撃によって脳に甚大なダメージが残るかもしれない。
「学院長! さすがに逆効果ですわ」
「すまん、少々加減を間違えた」
あろうことか桜に突っ込まれている学院長。さすがにこれは立場がない。意外とこの学院長は桜と同類でしばしばやらかすタイプかもしれない。
「楢崎准尉、やってみろ!」
「自分も自信がありません」
誰ひとり魔族をまともに起こせない模様。仕方がないのでこのまま放置して自然に目を覚ますのを待つ。待つことしばし…
「う、うーん」
どうやら学院長が頬を張らなかった魔族が目を覚ましたよう。学院長の目がキラリと光る。すでに隷属の首輪は外しているので自我は戻っているようだが、何分急襲を受けたとあって何事が自分の身の上に起こったのか理解していない様子。そんな呆然自失の魔族に向かって学院長が掴み掛る。
「おい、寝たフリなどしていないでさっさと起きろ!」
(いやいや寝たフリではなくて、たった今まで完全に気絶していたんです!)
聡史は心の中でツッコミを入れているが、もちろん学院長に伝わるはずもない。
「う、ううう、た、助けてぇぇ!」
襟首を掴まれて高速で首をガクガク揺すられる魔族は人目を憚ることなく悲鳴を上げている。気の毒な運命としか言いようがない。
「助けてもらいたかったら素直に何でも吐け! 従わなかったらこの首を捻じり切るぞ」
残像が残る勢いで首をガクガクさせられている魔族は辛うじて両手をバタバタさせているだけで何も答えようとはしない。
「ああ! どうやら素直に吐かないつもりらしいな!」
片手で襟首を掴んだままで右の拳を構える学院長。この人は想像以上に短気らしい。これはひょっとして桜といい勝負かもしれない。
「大佐、いえ、学院長! それだけ首を揺すられたら舌を噛んで誰も喋れません」
「んん? そうなのか、楢崎准尉?」
「そうなのかじゃないでしょうがぁぁぁぁ! ちょっと考えれば誰にでもわかります」
ついに堪りかねて聡史は学院長に盛大に突っ込んでいる。そのツッコミぶりは普段身の回りで色々とやらかしてくれる妹に対する時と同じような鋭いキレ味を秘めている。横から突っ込まれた学院長は魔族を掴んでいた手をぶっきらぼうに放す。
バサッ!
面倒だから任せるという表情で学院長は魔族から手を離して地面に放り出す。手荒く放り出されて横たわる魔族は息も絶え絶えにゼイゼイ喘いでいる。
この光景を見て「待ってました!」とばかりに桜がしゃしゃり出てくる。どうやら相当自信があるよう。
「大佐、こんな軟弱な輩はこのように関節を締め上げるのが上策ですわ」
桜はうつ伏せで喘いでいる魔族の右手を取ると手首を掴んで逆手に締め上げていく。言っておくがこの魔族も一時は自衛隊の部隊を全滅に追い込んだ一足先に地上に出ていった2名と同様の力を秘めている。それがこの三人に掛かるとこの有様なのは、彼らにとってはとことん運が悪かったとしか言いようがない。
「ギャァァァァ! 痛い! 痛い! 離してくれぇぇぇ!」
「この魔法陣はどこに転移するのか吐きなさい」
「ダンジョンの階層ならどこでも行ける」
「ということは入り口にも行けるんですね」
「そ、そうだ。とにかく離してくれぇぇぇ!」
「この場にいるのは、あなたとそこに寝ている二人きりですか?」
「あと二人いたが、ヤツらは地上に向かった。きっと今頃地上は地獄絵図になっているはずだ」
「ほほう、そうですか… 喋ってくれたお礼にこうしてあげましょう」
バキッ!
「イギャァァァァァ!」
桜は怒りに任せて魔族の腕を折っている。やはりこの娘、エグさにかけては天下一品。
「大佐、急いで戻ったほうがよさそうですわ。こんなに弱いとはいっても魔族の端くれ。地上に残している部隊に万が一のことがあると大変です」
「よし、撤収だ! クソ弱い捕虜2名はこのまま引き摺って連れて行くぞ」
桜にしても学院長にしてもことさら「弱い」を強調している。実際この両名から見れば一介の魔族など歯牙にもかけないのだろう。
ともあれ三人は魔族の捕虜二名を魔法陣に放り込むと大急ぎで1階層に転移する。
地上に残した部隊とカレンがどうなっているかと不安を抱えながら、三人がダンジョンの入り口を潜り抜けると、そこには…
まるっきり無事な宇都宮駐屯地の部隊と真っ白な翼を広げて宙に浮かんでいるカレンの姿が… 隊員一同がカレンに向かって涙を流しながら手を合わせている。
「お兄様、このカオスな状況は何が起こったのでしょうか?」
「桜、お前はよく平然としているな! カレンの姿を見て何も感じないのか?」
「天使のようですわ」
「それだけか?」
「はい、それだけです」
「まあいい、それよりも直接カレンに話を聞いてみよう」
聡史はカレンが宙に浮いている真下に向かうと大声で呼び掛ける。
「おーい、カレン! 一体どうしたんだぁ~?」
「あ、あのぉ… そのぉ… 飛び方はわかったんですけど降り方がわからないんです~」
「そうじゃないだろうがぁぁぁぁ! なんで天使になっているのかと聞いているんだぁ!」
「色々と深い事情がありまして… それよりも聡史さん、私、どうやって降りればいいんですか?」
「そんなことを聞かれても俺は空なんか飛んだことないし… えーい、俺が何とかしてやるからこの胸に飛び込んでこい!」
「はい、わかりましたぁぁぁ!」
カレンは重力に身を任せてレッツダイブ! 途中で勢いがつきすぎかと思って翼を何度か羽ばたかせつつ聡史の胸に一直線に飛び込んでいく。
ガシッ!
結構な勢いで降下してきたカレンを聡史がガッシリと受け止める。聡史に抱きしめられた喜びでカレンは翼をバタバタ羽ばたかせている。犬のシッポが左右に揺れるかのように… だがおかげで聡史もろごと体が浮き上がる。
「カレン、落ち着け! 二人で浮いているから!」
「ええぇぇ! 私ったら、なんということを!」
羽ばたきを止めるとストンと地面に落ちていく。この程度の高さから落ちたくらいでは当然ながら聡史はビクともしない。もちろんカレンを抱き留めたまま無事に着地に成功。
「聡史さん、ありがとうございました。おかげさまで無事に地面に降りられました」
「よかったな。降り方がわかるまではしばらく飛ばないほうがいいぞ… じゃないからぁぁぁ! そもそもなんで天使なんだぁぁ!」
聡史に突っ込まれながらも、なおもカレンは聡史から離れようとはしない。両手でしっかり抱き着いて絶対に離れないように力を込めている。
するとそこに…
「楢崎准尉、私はカレンを助けてもらった礼を述べればいいのか? それとも娘をたぶらかす不届きな存在に天誅を加えればいいのか?」
「た、大佐! こ、これは、そ、その… 不可抗力と言いましょうか…」
「お母さん! 私とっても幸せです~」
聡史が今にも学院長に詰められそうにも拘らず、カレンはすっかりのぼせ上がってまったく周囲が見えていないよう。学院長の殺気がこもった視線を受けつつ聡史はなんとかカレンを引き離そうとするが、天使の力が覚醒したカレンは中々力が強くて思うように任せない。
どうにかカレンを宥めると、ようやく聡史の体に巻き付けた両腕を解いてくれる。聡史は学院長の殺気がこもった視線をたっぷり5分以上受け続けてすでにダウン寸前。HPは限りなくゼロに。
何はともあれこの場では詳しい話などできないので、聡史はカレンと学院長を伴って空いているテントに向かう。その後ろからは魔族の捕虜2名をズルズル引きずっている桜がついてくる。
テントの周囲を聡史の結界で取り囲むと、ようやく落ち着いたお話の時間となる。
「それで、カレンはなんで天使なんだ?」
「実は… という顛末がありまして」
「なんだってぇぇぇ!」
驚いているのは聡史ひとり。桜はそんなこともあるんじゃないの的な表情であるがままを受け入れている。
そして問題は頭を抱える学院長。その誰の目にも明らかな態度から間違いなく心当たりがあるよう。
「まさかこんな日が来るとは思っていなかったな。仕方がないから私が過去に異世界に渡った件を話すとしよう」
「お母さん、ぜひともお願いします」
学院長がこれから話す内容を一言たりとも逃すまいと耳を傾けるカレン。もちろん聡史も興味津々の表情。
「私が異世界に渡った時に案内役を務めてくれた冒険者がいた。名前をダンと名乗っていたが、それは真っ赤な嘘だ。正体は異世界の神の一柱が人間に扮していた。本人は上手く隠し遂せていると思っていたようだが、傍から見ると色々とバレバレだったな」
「ということは、私のお父さんは本物の神様だったんですね」
「ああ、そうだ。お前が生まれる日をあいつも心待ちにしていたが、その前に私は強制的に日本に戻された。まあ、大体そういうことだ」
「今日、私は生まれて初めてお父さんの声を聞きました。とっても暖かくて安心できる声でした。いつか必ずお父さんと会う約束もしました」
「そうか… いつかその約束が叶うといいな」
「はい、とっても楽しみです」
こうしてカレン誕生秘話が学院長から明かされる。まさか本物の神様の子供とは… 聡史ひとりが驚いている。
ちなみに桜は捕虜の監視で大して学院長の話を聞いてはいない。時折脇腹に蹴りを入れて呻き声を上げさせている。この場で双方の力関係を体に覚えさせているらしい。
最後に聡史が気になっている点をカレンに質問する。
「それで、その姿はいつになったら元通りになるんだ?」
「私にもわかりません。丸1日くらいすれば元に戻るのかとは思いますが…」
さすがにカレンだけこの場に残すわけにもいかない。彼女の保護と捕虜の尋問は宇都宮駐屯地で行う運びとなる。もちろん事情を知っている隊員には厳重な緘口令が敷かれる。
主犯の魔族を捕らえているのでダンジョンはもう安心であろう。こうして夕方までには部隊ごと宇都宮へ撤収していくのであった。
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万全なサポートを受けながらダンジョン探索にのめり込む日々だったのだが…何故か元居た会社の後輩や上司が訪ねて来て…
チート風味の現代ダンジョン探索記。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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