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第103話 ラスボス戦
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大山ダンジョン最下層でのラスボスとの戦いが幕を開く。相手は金色の鱗に包まれた四つ足の胴体から長い首が7本伸びたヒュドラ。しかもそれぞれの首がドラゴンの顔をしている。
一口にヒュドラといっても様々な種類がある。蛇の胴体から数本の首が伸びた魔物もヒュドラと呼ばれている。だがそのような下っ端ではなくて、この場に登場した存在はまさにラスボスに相応しい威容をした魔物に映る。昔の怪獣映画に出てきたキングギ〇ラとよく似た外観にだけでも大迫力なのに、さらに首の数が7本に増えている。
ウネウネと左右に7つの首をくねらせながら自らが守護するこの部屋に侵入してきたデビル&エンジェルを睨み付ける様は、明日香ちゃんの言葉通りに怪獣映画に出てきそうな恐ろしい姿と呼ぶに相応しい。こんな敵を目の前にして桜はというと…
「これは面白い敵が現れましたわ。こんな強敵と巡り合うのを待っていましたの」
足元から頭の先まで高さ50メートルもありそうなヒュドラを見て、桜は久しぶりの好敵手に出会ったかのような表情を浮かべる。那須で対戦したドラゴンの倍以上の大きさを誇るヒュドラを以ってしても桜にとっては単なる狩りの標的にしか映ってないのだろう。戦闘狂の魂が荒ぶって、いまにも単独で襲い掛かろうかという闘志を漲らせている。
だがデビル&エンジェルの機先を制してヒュドラは一切タメなしで7つの首が一斉にブレスを吐き出す。その巨体から放たれるのは、それぞれの首によって属性が異なる、炎、雷、毒、光、氷雪、闇、酸といった具合に侵入者を骨も残さずに消し去る威力のブレスと評して差し支えない。
だがこのブレスに反応したのはカレンと美鈴の両名。
「天使の領域!」
「暗黒のカーテン!」
やはりというべきか、むざむざとヒュドラのブレスが届くのを待っているカレンと美鈴ではないよう。カレンの天使の領域は押し寄せるブレスを悉く弾き飛ばし、暗黙の了解でその周囲に張り巡らせた美鈴の暗黒のカーテンは飛び散ったブレスの残滓をあまねく吸収する。
「これで一安心かしら」
「美鈴さん、いつの間にか桜ちゃんが消えています」
自分が築いた安全地帯を見渡したカレンが今更ながらに桜がいないことに気が付く。その間に桜は飛び交うブレスの嵐を掻い潜って、あっという間にヒュドラの足元に接近している。この娘、やはり荒ぶる魂を抑え切れなかったよう。
「はぁぁぁ… 迷わず成仏破ぁぁぁ!」
桜は自ら真の必殺技と豪語する闘気の波動をヒュドラの大木のような足に放つ。どんなに硬い鱗に包まれていても内部の筋肉や骨格は強烈な波動の威力に耐え切れずに破壊されていく。
ベキベキベキ… ズシーン!
あまりの巨体が災いしてただでさえ動きが鈍いヒュドラ、4本の足で辛うじて巨体を支えているせいもあって、そのうちの1本でも欠けると体を支えきれなくなる。その結果として、ヒュドラの巨体は右側に横転。だが無事な首は怒りに満ちた表情を侵入者に向けている。というよりも桜の動きが目に入らなくて、自らの足を破壊したのは入り口近くに立つ残りの4名のうちの誰かだと勘違いしている様子。聡史たちにしたらいい迷惑だろう。
ヒュドラは聡史たちに向けてなおも繰り返しブレスを吐く。だがカレンと美鈴の鉄壁の防御をに全く歯が立たない。
注意がもっぱら聡史たちに向いているのをいいことに、桜は横倒しになった巨体の心臓がある辺りにコッソリ移動する。
「もう一発、迷わず成仏破ぁぁぁ!」
「ギュオォォン!」「ギュオォォン!」「ギュオォォン!」……
7つの首が次々に苦しみだす。大きくのたうちながらそれぞれが絶叫を上げ始める。首は7つでも巨体を維持している心臓は1つしかない。血液の循環が損なわれると同時に魔力の循環にも支障をきたして、ヒュドラは苦しみの声を上げている。
「お兄様、お願いします」
「ああ、任せろ」
聡史は安全地帯から踏み出すと魔剣オルバースをスラリと引き抜く。そして狙いすましたように、たった一度剣を振るう。
「神漸破!」
神すら切り裂く断罪の一撃、オルバースから放たれた目に見えない波動が、7つの首の根元に向かって空間を飛翔する。
ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ!
たったの一振りでヒュドラの首が全て叩き斬られて、大きな音を立てて石が敷き詰められた床に落ちていく。そして巨体を構築していた結合力が失われて、ボロボロになった魔力の残滓となって空間に飛散し始める。
「お、お兄さん… 怪獣をやっつけっちゃったんですか?」
「ヒュドラの首は1本でも残ると復活するからな。こうしてひと息に首を落とすと意外と簡単に片付くんだ」
「簡単じゃない気がしますよ~」
あまりに鮮やかな兄妹の連携に明日香ちゃんは突っ込む気も起きないよう。美鈴とカレンは「この程度は当然」という表情で聡史を見ている。
そしてついに、床に倒れたヒュドラの体が消え去る。大山ダンジョンのラスボスがたった今討伐されたという歴史的な瞬間を迎える。
(おめでとうございます。皆さんは大山ダンジョンを完全攻略いたしました。ただいまからこの場に異世界に渡る光の通路が開通いたします)
メンバーたち全員の脳内に誰のものかわからないアナウンスが響く。それと同時に…
ガラガラガラガラ!
大きな破壊音とともに、ボス部屋の広大な空間を築いていた右側の壁が崩れ去る。
「お兄様、壁の外に宇宙空間が広がっていますわ」
「魔族の証言通りにダンジョンの最下層から異世界に転移可能なようだな」
桜が発言したように崩れた壁の先には煌めく宝石をちりばめたかのような広大な宇宙空間が広がり、数多の星々や渦巻く星雲、影を作るガス雲などの色とりどりの美しい光景がパノラマのように浮かび上がっている。
その宇宙空間に向かって1本の光で形作られた橋が架けられており、どうやらその橋を渡って転移を行うらしい。
「聡史君、どうするの?」
「せっかく用意してくれたんだから、行ってみるか」
ボス部屋に残された宝箱等を全て回収してから、デビル&エンジェルは光の橋を渡り始める。明日香ちゃんは宇宙空間に向かう頼りなさげな橋にビビりながら慎重に一歩ずつ進んでいる。ここまで来たらどうか開き直ってもらいたいが、生来のビビりな性格は治らないらしい。
やがて10分も歩いていくと、その先には空間自体が渦を巻いているようなゲートが出現する。どうやらここが異世界への入り口となっているよう。
「お兄様、異世界に再び足を運べるとは願ったり叶ったりですわ」
「どんな場所かは定かでないから、慎重に行動するんだぞ」
と聡史に言われたものの、桜はスキップをするような足取りでゲートに入っていく。桜に続いて他のメンバーも恐る恐るゲート潜り抜ける。
一瞬の浮遊感を感じた後、デビル&エンジェルのメンバーが立っているのはダンジョンらしき空間。先程までのダンジョン最下層とこの場所がどのように繋がっているのか現時点では全く不明であるが、来てしまった以上はこの場所に関して何らかの手掛かりを得なければならない。
「ここが異世界のダンジョンという可能性が高いだろうな」
「お兄様、ダンジョンならば攻略するのみですわ」
桜は完全に戦闘モード継続中。そしてそのリクエストに応えるように空間の暗がりからうっそりと魔物が登場する。
「ガッカリですわ。図体だけ大きくて大した攻撃もしてこないベヒモスじゃないですか」
「桜、色々と間違っているぞ」
ベヒモスとは通常はSSSランクに相当する魔物。聡史兄妹が渡った異世界では討伐不可能と伝えられており、出現したら国の一つや二つは確実に滅びるという伝承が残されている。
とはいうものの、以前桜は一度だけ対戦した折にわずか一撃で倒したためこんな非常識な発言をしている。大した攻撃をしてこないのではなくて、全く相手の攻撃を許さずに倒しただけというのが真相と言える。
「お兄様、私が倒してまいりますわ」
「あっ! おい、桜、待つんだ!」
聡史が止めるのも聞かずに桜が全力ダッシュを開始。残像を残してその姿が掻き消えると、次の瞬間にはベヒモスの目の前に到達している。そして…
「メガ盛りご臨終パ~ンチ!」
ダッシュの勢いを乗せた桜は床を大きく踏み切ってジャンプをすると、ベヒモスの顎下に思いっ切りパンチを叩き込む。
グオォォォォォ!
ズズズズーーーン!
トレーラーよりもさらに一回り大きな体が絶叫を上げながら後方に一回転して床に叩き付けられる。引っ繰り返ったベヒモスは体をピクピクさせてあっという間に虫の息。
「トドメですわ!」
横たわるベヒモスの頭部にもう1発パンチを入れると、その巨体は完全に動きを止める。
(おめでとうございます。皆さんはルーデンシュルトダンジョンを完全攻略いたしました。只今からこの場に異世界に渡る光の通路が開通いたします)
ついさっき聞こえてきたのと同じセリフがどこからともなく聞こえると同時に、空間の壁が崩れて宇宙に伸びていく通路が出現する。どうやらここは異世界のダンジョンにおけるラスボス部屋だったよう。聡史たちはラスボスとの一発勝負でダンジョン攻略者として認定されたらしい。
「まさかのラスボス2連戦でしたよ~」
明日香ちゃんのレベルはラスボスの連戦で18段階上昇している。莫大な経験値を得たのでレベル60という驚異の急上昇ぶり。ちなみに天使や大魔王にはもはやステータス上の数値は表示されない。これは人間という領域から完全に足を踏み出してしまったという証明なのだろう。
「美鈴、あっちの床に発生した魔法陣は地上へ出るものか?」
聡史が指さす場所には宇宙に向かう通路とは別に魔法陣が浮かび上がっている。
「どれどれ… そうね、間違いないわ。この魔法陣で地上に転移可能よ」
術式解析ランクMAXの美鈴があっという間に魔法陣に組み込まれている術式を解明する。その結果に聡史はやや考える風。そして、何らかの結論を下した表情へと変わる。
「せっかくだから、異世界の様子を偵察しておこうか」
「お兄様、その前にしばし休憩を取りましょう! ボス級の連戦でお腹が空いてきましたわ」
「それもそうか… 食事と短時間の睡眠をこの場で取ろう」
念のためカレンが築いた安全地帯の中で桜がアイテムボックスから取り出した食事を取ってから一休みする。3時間程体を休めてから、デビル&エンジェルは行動を再開。
「それでは地上に向かうぞ。なるべく戦闘は避けたいが、それは相手の出方にもよる。各自は十分注意してくれ」
「「「「はい」」」」」
さっきまで帰りたがっていた明日香ちゃんも、食事とともに出されたデザートを食べて機嫌が回復している。さらに学院に戻ったら好きなだけ食べていいと桜から許可されて、今やそのヤル気は天を衝く勢い。まあ、どうでもいいが…
転移魔法陣に乗ると、一行はあっという間にこのダンジョンの1階層に出てくる。特段人影は見当たらず、そのまま出口方面に向かうと…
「きっ、貴様らは何者だ? なぜ人族がこんな場所にいるのだ!」
ダンジョンの出入り口には魔族の警備兵が槍を構えて立っており、内部から出てきた聡史たちを見咎める。よほど人間に恨みでもあるのか、その眼には滾るような殺意が漲っている。
「そちらから手を出さなければ敵対する意思はない。ダンジョンで繋がっている世界がどのようなものかちょっと見に来ただけだ」
「この痴れ者どもがぁぁ! 魔王様の治めるナズディア王国に人族が姿を現すなど前代未聞! この場で打ち取ってくれるわ!」
「まあ、待て! 冷静に話し…」
ズガッ! バキッ!
聡史が話し終わらないうちに、桜が飛び出して見張り2名を殴っている。もちろん両者が即死しているのは疑う余地がない。
「この桜様に向かって何たる礼を弁えぬ言い草! 制裁を受けるに十分な理由ですわ」
「桜ちゃん、いい感じよ!」
「桜ちゃん、いつ見てもホレボレする手際ですね」
ドヤ顔の桜に向かって大魔王と天使が煽りまくる。この二人は人類をある意味超越してしまった結果、目の前で人が何人死のうが何も感じないよう。相手は厳密には人ではなくて魔族なのだが…
「あーあ、予想通りとはいえ、いきなり桜が手を出してしまったか…」
聡史は当初の話し合う方針がその第一歩で大きな挫折を迎えて頭を痛めている。もっともこの事態は彼自身の発言通り想定の範囲内ではある。兄としてのこれまでの経験上、相手からケンカを売られた桜が大人しく話し合いに応じるなど有り得ないとよ~く知っている。
ダンジョン自体は壁で取り囲まれており、その内部にはダンジョンを警備する兵の詰め所がある。その詰め所からは異変を感じ取った数人の兵士がバラバラと出てくる。手には剣や槍を握ってその全てが聡史たちへと向けられている。
「なぜ人族がこの場にいるのだぁ! 全員で取り囲んで取り押さえろ!」
隊長らしき一人が指示を出すと、兵士たちは武器を手に突進を開始する。
「無駄ですわ」
だがあっという間に桜に蹴散らされて残るは隊長一人という有様。たった1名の人族に兵士が秒殺された隊長は屈辱と恐怖に身を震わせている。
「おい、お前たちのような下っ端ではまともな話ができない。もっと偉いヤツを連れてこい」
聡史からの勧告を耳にした隊長は一目散に走り去ってこの場を後にする。聡史の目論見通りに応援を呼びに行ったよう。
こうしてダンジョンの門を強行突破した一行はついに異世界の街中に足を踏み入れる。どうやらダンジョンが出来上がっている場所は、大きな街の外れにある一角らしい。
乾燥した気候なのかホコリが風に舞い上がり、緑の木々はほとんど見当たらない。街の中心街に続く道には石が敷き詰められており、どれも角が丸くなっている状況から相当長い歴史を刻んでいる様子が窺える。
建物は石造りの平屋が多くて、中世の中東風の趣を感じる。街外れということもあってか、道を歩く人影は見当たらなくて、通りに沿って粗末な建物がポツポツと並ぶだけの寂れた風景が続く。
そんな中をデビル&エンジェルは誰にも邪魔されずに悠然と街の中心に向かって歩いていくのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! いいねボタンにつきましては連打してもらえると大喜びしますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆様の応援を心よりお待ちしております。
一口にヒュドラといっても様々な種類がある。蛇の胴体から数本の首が伸びた魔物もヒュドラと呼ばれている。だがそのような下っ端ではなくて、この場に登場した存在はまさにラスボスに相応しい威容をした魔物に映る。昔の怪獣映画に出てきたキングギ〇ラとよく似た外観にだけでも大迫力なのに、さらに首の数が7本に増えている。
ウネウネと左右に7つの首をくねらせながら自らが守護するこの部屋に侵入してきたデビル&エンジェルを睨み付ける様は、明日香ちゃんの言葉通りに怪獣映画に出てきそうな恐ろしい姿と呼ぶに相応しい。こんな敵を目の前にして桜はというと…
「これは面白い敵が現れましたわ。こんな強敵と巡り合うのを待っていましたの」
足元から頭の先まで高さ50メートルもありそうなヒュドラを見て、桜は久しぶりの好敵手に出会ったかのような表情を浮かべる。那須で対戦したドラゴンの倍以上の大きさを誇るヒュドラを以ってしても桜にとっては単なる狩りの標的にしか映ってないのだろう。戦闘狂の魂が荒ぶって、いまにも単独で襲い掛かろうかという闘志を漲らせている。
だがデビル&エンジェルの機先を制してヒュドラは一切タメなしで7つの首が一斉にブレスを吐き出す。その巨体から放たれるのは、それぞれの首によって属性が異なる、炎、雷、毒、光、氷雪、闇、酸といった具合に侵入者を骨も残さずに消し去る威力のブレスと評して差し支えない。
だがこのブレスに反応したのはカレンと美鈴の両名。
「天使の領域!」
「暗黒のカーテン!」
やはりというべきか、むざむざとヒュドラのブレスが届くのを待っているカレンと美鈴ではないよう。カレンの天使の領域は押し寄せるブレスを悉く弾き飛ばし、暗黙の了解でその周囲に張り巡らせた美鈴の暗黒のカーテンは飛び散ったブレスの残滓をあまねく吸収する。
「これで一安心かしら」
「美鈴さん、いつの間にか桜ちゃんが消えています」
自分が築いた安全地帯を見渡したカレンが今更ながらに桜がいないことに気が付く。その間に桜は飛び交うブレスの嵐を掻い潜って、あっという間にヒュドラの足元に接近している。この娘、やはり荒ぶる魂を抑え切れなかったよう。
「はぁぁぁ… 迷わず成仏破ぁぁぁ!」
桜は自ら真の必殺技と豪語する闘気の波動をヒュドラの大木のような足に放つ。どんなに硬い鱗に包まれていても内部の筋肉や骨格は強烈な波動の威力に耐え切れずに破壊されていく。
ベキベキベキ… ズシーン!
あまりの巨体が災いしてただでさえ動きが鈍いヒュドラ、4本の足で辛うじて巨体を支えているせいもあって、そのうちの1本でも欠けると体を支えきれなくなる。その結果として、ヒュドラの巨体は右側に横転。だが無事な首は怒りに満ちた表情を侵入者に向けている。というよりも桜の動きが目に入らなくて、自らの足を破壊したのは入り口近くに立つ残りの4名のうちの誰かだと勘違いしている様子。聡史たちにしたらいい迷惑だろう。
ヒュドラは聡史たちに向けてなおも繰り返しブレスを吐く。だがカレンと美鈴の鉄壁の防御をに全く歯が立たない。
注意がもっぱら聡史たちに向いているのをいいことに、桜は横倒しになった巨体の心臓がある辺りにコッソリ移動する。
「もう一発、迷わず成仏破ぁぁぁ!」
「ギュオォォン!」「ギュオォォン!」「ギュオォォン!」……
7つの首が次々に苦しみだす。大きくのたうちながらそれぞれが絶叫を上げ始める。首は7つでも巨体を維持している心臓は1つしかない。血液の循環が損なわれると同時に魔力の循環にも支障をきたして、ヒュドラは苦しみの声を上げている。
「お兄様、お願いします」
「ああ、任せろ」
聡史は安全地帯から踏み出すと魔剣オルバースをスラリと引き抜く。そして狙いすましたように、たった一度剣を振るう。
「神漸破!」
神すら切り裂く断罪の一撃、オルバースから放たれた目に見えない波動が、7つの首の根元に向かって空間を飛翔する。
ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ!
たったの一振りでヒュドラの首が全て叩き斬られて、大きな音を立てて石が敷き詰められた床に落ちていく。そして巨体を構築していた結合力が失われて、ボロボロになった魔力の残滓となって空間に飛散し始める。
「お、お兄さん… 怪獣をやっつけっちゃったんですか?」
「ヒュドラの首は1本でも残ると復活するからな。こうしてひと息に首を落とすと意外と簡単に片付くんだ」
「簡単じゃない気がしますよ~」
あまりに鮮やかな兄妹の連携に明日香ちゃんは突っ込む気も起きないよう。美鈴とカレンは「この程度は当然」という表情で聡史を見ている。
そしてついに、床に倒れたヒュドラの体が消え去る。大山ダンジョンのラスボスがたった今討伐されたという歴史的な瞬間を迎える。
(おめでとうございます。皆さんは大山ダンジョンを完全攻略いたしました。ただいまからこの場に異世界に渡る光の通路が開通いたします)
メンバーたち全員の脳内に誰のものかわからないアナウンスが響く。それと同時に…
ガラガラガラガラ!
大きな破壊音とともに、ボス部屋の広大な空間を築いていた右側の壁が崩れ去る。
「お兄様、壁の外に宇宙空間が広がっていますわ」
「魔族の証言通りにダンジョンの最下層から異世界に転移可能なようだな」
桜が発言したように崩れた壁の先には煌めく宝石をちりばめたかのような広大な宇宙空間が広がり、数多の星々や渦巻く星雲、影を作るガス雲などの色とりどりの美しい光景がパノラマのように浮かび上がっている。
その宇宙空間に向かって1本の光で形作られた橋が架けられており、どうやらその橋を渡って転移を行うらしい。
「聡史君、どうするの?」
「せっかく用意してくれたんだから、行ってみるか」
ボス部屋に残された宝箱等を全て回収してから、デビル&エンジェルは光の橋を渡り始める。明日香ちゃんは宇宙空間に向かう頼りなさげな橋にビビりながら慎重に一歩ずつ進んでいる。ここまで来たらどうか開き直ってもらいたいが、生来のビビりな性格は治らないらしい。
やがて10分も歩いていくと、その先には空間自体が渦を巻いているようなゲートが出現する。どうやらここが異世界への入り口となっているよう。
「お兄様、異世界に再び足を運べるとは願ったり叶ったりですわ」
「どんな場所かは定かでないから、慎重に行動するんだぞ」
と聡史に言われたものの、桜はスキップをするような足取りでゲートに入っていく。桜に続いて他のメンバーも恐る恐るゲート潜り抜ける。
一瞬の浮遊感を感じた後、デビル&エンジェルのメンバーが立っているのはダンジョンらしき空間。先程までのダンジョン最下層とこの場所がどのように繋がっているのか現時点では全く不明であるが、来てしまった以上はこの場所に関して何らかの手掛かりを得なければならない。
「ここが異世界のダンジョンという可能性が高いだろうな」
「お兄様、ダンジョンならば攻略するのみですわ」
桜は完全に戦闘モード継続中。そしてそのリクエストに応えるように空間の暗がりからうっそりと魔物が登場する。
「ガッカリですわ。図体だけ大きくて大した攻撃もしてこないベヒモスじゃないですか」
「桜、色々と間違っているぞ」
ベヒモスとは通常はSSSランクに相当する魔物。聡史兄妹が渡った異世界では討伐不可能と伝えられており、出現したら国の一つや二つは確実に滅びるという伝承が残されている。
とはいうものの、以前桜は一度だけ対戦した折にわずか一撃で倒したためこんな非常識な発言をしている。大した攻撃をしてこないのではなくて、全く相手の攻撃を許さずに倒しただけというのが真相と言える。
「お兄様、私が倒してまいりますわ」
「あっ! おい、桜、待つんだ!」
聡史が止めるのも聞かずに桜が全力ダッシュを開始。残像を残してその姿が掻き消えると、次の瞬間にはベヒモスの目の前に到達している。そして…
「メガ盛りご臨終パ~ンチ!」
ダッシュの勢いを乗せた桜は床を大きく踏み切ってジャンプをすると、ベヒモスの顎下に思いっ切りパンチを叩き込む。
グオォォォォォ!
ズズズズーーーン!
トレーラーよりもさらに一回り大きな体が絶叫を上げながら後方に一回転して床に叩き付けられる。引っ繰り返ったベヒモスは体をピクピクさせてあっという間に虫の息。
「トドメですわ!」
横たわるベヒモスの頭部にもう1発パンチを入れると、その巨体は完全に動きを止める。
(おめでとうございます。皆さんはルーデンシュルトダンジョンを完全攻略いたしました。只今からこの場に異世界に渡る光の通路が開通いたします)
ついさっき聞こえてきたのと同じセリフがどこからともなく聞こえると同時に、空間の壁が崩れて宇宙に伸びていく通路が出現する。どうやらここは異世界のダンジョンにおけるラスボス部屋だったよう。聡史たちはラスボスとの一発勝負でダンジョン攻略者として認定されたらしい。
「まさかのラスボス2連戦でしたよ~」
明日香ちゃんのレベルはラスボスの連戦で18段階上昇している。莫大な経験値を得たのでレベル60という驚異の急上昇ぶり。ちなみに天使や大魔王にはもはやステータス上の数値は表示されない。これは人間という領域から完全に足を踏み出してしまったという証明なのだろう。
「美鈴、あっちの床に発生した魔法陣は地上へ出るものか?」
聡史が指さす場所には宇宙に向かう通路とは別に魔法陣が浮かび上がっている。
「どれどれ… そうね、間違いないわ。この魔法陣で地上に転移可能よ」
術式解析ランクMAXの美鈴があっという間に魔法陣に組み込まれている術式を解明する。その結果に聡史はやや考える風。そして、何らかの結論を下した表情へと変わる。
「せっかくだから、異世界の様子を偵察しておこうか」
「お兄様、その前にしばし休憩を取りましょう! ボス級の連戦でお腹が空いてきましたわ」
「それもそうか… 食事と短時間の睡眠をこの場で取ろう」
念のためカレンが築いた安全地帯の中で桜がアイテムボックスから取り出した食事を取ってから一休みする。3時間程体を休めてから、デビル&エンジェルは行動を再開。
「それでは地上に向かうぞ。なるべく戦闘は避けたいが、それは相手の出方にもよる。各自は十分注意してくれ」
「「「「はい」」」」」
さっきまで帰りたがっていた明日香ちゃんも、食事とともに出されたデザートを食べて機嫌が回復している。さらに学院に戻ったら好きなだけ食べていいと桜から許可されて、今やそのヤル気は天を衝く勢い。まあ、どうでもいいが…
転移魔法陣に乗ると、一行はあっという間にこのダンジョンの1階層に出てくる。特段人影は見当たらず、そのまま出口方面に向かうと…
「きっ、貴様らは何者だ? なぜ人族がこんな場所にいるのだ!」
ダンジョンの出入り口には魔族の警備兵が槍を構えて立っており、内部から出てきた聡史たちを見咎める。よほど人間に恨みでもあるのか、その眼には滾るような殺意が漲っている。
「そちらから手を出さなければ敵対する意思はない。ダンジョンで繋がっている世界がどのようなものかちょっと見に来ただけだ」
「この痴れ者どもがぁぁ! 魔王様の治めるナズディア王国に人族が姿を現すなど前代未聞! この場で打ち取ってくれるわ!」
「まあ、待て! 冷静に話し…」
ズガッ! バキッ!
聡史が話し終わらないうちに、桜が飛び出して見張り2名を殴っている。もちろん両者が即死しているのは疑う余地がない。
「この桜様に向かって何たる礼を弁えぬ言い草! 制裁を受けるに十分な理由ですわ」
「桜ちゃん、いい感じよ!」
「桜ちゃん、いつ見てもホレボレする手際ですね」
ドヤ顔の桜に向かって大魔王と天使が煽りまくる。この二人は人類をある意味超越してしまった結果、目の前で人が何人死のうが何も感じないよう。相手は厳密には人ではなくて魔族なのだが…
「あーあ、予想通りとはいえ、いきなり桜が手を出してしまったか…」
聡史は当初の話し合う方針がその第一歩で大きな挫折を迎えて頭を痛めている。もっともこの事態は彼自身の発言通り想定の範囲内ではある。兄としてのこれまでの経験上、相手からケンカを売られた桜が大人しく話し合いに応じるなど有り得ないとよ~く知っている。
ダンジョン自体は壁で取り囲まれており、その内部にはダンジョンを警備する兵の詰め所がある。その詰め所からは異変を感じ取った数人の兵士がバラバラと出てくる。手には剣や槍を握ってその全てが聡史たちへと向けられている。
「なぜ人族がこの場にいるのだぁ! 全員で取り囲んで取り押さえろ!」
隊長らしき一人が指示を出すと、兵士たちは武器を手に突進を開始する。
「無駄ですわ」
だがあっという間に桜に蹴散らされて残るは隊長一人という有様。たった1名の人族に兵士が秒殺された隊長は屈辱と恐怖に身を震わせている。
「おい、お前たちのような下っ端ではまともな話ができない。もっと偉いヤツを連れてこい」
聡史からの勧告を耳にした隊長は一目散に走り去ってこの場を後にする。聡史の目論見通りに応援を呼びに行ったよう。
こうしてダンジョンの門を強行突破した一行はついに異世界の街中に足を踏み入れる。どうやらダンジョンが出来上がっている場所は、大きな街の外れにある一角らしい。
乾燥した気候なのかホコリが風に舞い上がり、緑の木々はほとんど見当たらない。街の中心街に続く道には石が敷き詰められており、どれも角が丸くなっている状況から相当長い歴史を刻んでいる様子が窺える。
建物は石造りの平屋が多くて、中世の中東風の趣を感じる。街外れということもあってか、道を歩く人影は見当たらなくて、通りに沿って粗末な建物がポツポツと並ぶだけの寂れた風景が続く。
そんな中をデビル&エンジェルは誰にも邪魔されずに悠然と街の中心に向かって歩いていくのであった。
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そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
迷宮アドバイザーと歩む現代ダンジョン探索記~ブラック会社を辞めた俺だが可愛い後輩や美人元上司と共にハクスラに勤しんでます
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俺、臥龍臼汰(27歳・独身)はある日自宅の裏山に突如できた洞窟を見つける。
語り掛けてきたアドバイザーとやらが言うにはそこは何とダンジョン!?
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ならば俺の願いは決まっている。
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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