思い出して欲しい二人

春色悠

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第一章

ストーカーの話(受け視点)

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 これでもう、朱鳥さんはこの店に来ない…。


 
 今日土曜日。朱鳥さんが来るかもしれない曜日。天気は雨だから、もしかしたら今日は来ないかもしれない。会いたいけど、会いたくないなぁ……。
 雨がしとしと降っている空を見上げながら、梅雨入りかなぁ、なんて考える。
 店内も少しじめじめしているから、除湿機でもかけようかな。
 そう思った時。
 カランカラン
 朱鳥さんかも、と思い入口を見る。
 ぇ……あ、ど、どうしよう……。
 あの女性が来ちゃった……。え、えっと、朱鳥さんに連絡したほうがいい、よね。鉢合わせしちゃったら、大変だし……。 
 と、取り敢えず、普通に対応しよう。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」
 あの女性は、窓際の席に座る。
 確か、最初に来た時に座ってた場所だったような……。
「お冷お持ちしました。ご注文が決まったらお呼びください。」
 不安な気持ちを押し殺して、普通の対応を心がける。もしかしたら、ストーカーじゃないかもしれないし、決めつけるのは良くない。
 でも…今だけは絶対に来ないで、朱鳥さん。
 厨房に入り、朱鳥さんに連絡する。
 メールで、朱鳥さんの婚約者を名乗る女性が来ている事と、この間の会話の一部をざっくりと知らせる。すぐに既読がついたが、返信は来ない。追加で、今はうちの店に来ないほうがいいですよ、と送る。
 その時、注文のベルがなる。少しびっくりする。常連さんとかは直接呼ぶから、ベルを使う人が居なさすぎて、この頃はベルの存在を忘れてきてたからなぁ。
 って、そんな事考えてる場合じゃない。
「ご注文お伺いします。」 
「ねぇ、本当に朱鳥さんが食べたメニューを覚えていらっしゃらないの?」
 諦めないなぁ……。
「申し訳ございませんが、お客様お一人お一人を覚えている訳ではございませんので。常連の方ならお話は違ってくるのですが…。」
「そう。なら、日替りサンドを一つ頂戴。」
「日替りサンドがお一つですね。本日は、たまごサンドとツナサラダサンドとなっておりますが宜しいでしょうか?」
「いいわ。」
「畏まりました。少々お待ち下さい。」
 走って厨房に逃げたくなるのを抑えて、歩いて厨房に向う。不自然にならないように。意識しすぎて、逆に普通の歩き方が分からなくなりそうだ。
 スマホを確認すると、一件のメール。
『俺に婚約者はいないから、絶対にその女性は婚約者ではないよ。教えてくれてありがとう。』
 うん。ストーカー説が濃厚になってきたな…。
 …これでもう、朱鳥さんはお店に来てくれないかな……?
 お店に来てくれなかったら、多分もう会えないなぁ…。
 ………サンドイッチ作らなきゃ……。
 気分を沈ませながら、サンドイッチを作る。
 サンドイッチは茹でたり、焼いたりしなくていいから、素早くできた。
「お待たせしました。日替りサンドです。」
 日替りサンドを出して、厨房に戻ろうとする。
 カランカラン
 また店のベルが鳴り、少しビクリとする。朱鳥さんかと思ったが、違ったようだ。
 それにしても、雨の日にお客さんが二人も来るなんて、珍しい。
「な、なんでパ、お父様がここに!」
 なんと、女性の父親だったらしい。確かによく見ると似ている。
「柊。話があるから一緒に来なさい。」
「え?な、何かあったんですの?ここで話せないことなの?」
「嗚呼、そうだな。」
 何やら、込み入った話らしい……のかな?
「こ、これを食べてからでもいいでしょ?ね、お父様。」
 女性はなんとかもう少し店に居たいのか、着いていくのを渋る。
「すまんが、そこの君。このサンドイッチは持ち帰れたりするだろうか。」
「、はい。タッパーにお入れすれば持ち帰れますが、お入れしますか。」
「よろしく頼む。」
「では、一度お下げします。」
 急にこちらに話しかけられてびっくりした。この頃びっくりする事が増えた気がする……。
 サンドイッチをタッパーに移し替え、表に戻る。少し女性に睨まれた。お持ち帰りできるなんて言いやがって、ていう事かなぁ。
「お持ちしました。」
「嗚呼、どうもありがとう。お会計も頼むよ。」
 父親の方が、お会計も済ませ、女性に着いてくる様に促している。
 女性の方は、よほど朱鳥さんに会いたいのか、まだ粘っている。……来ないと思うけどなぁ……。
 父親の方は、だんだんと困ってきている。どうしよう……?俺が入っていっても、ややこしくなるだけだよね……。
 外は雨がザアザアと降り、雨が強くなってきみたいだ。
 カランカラン
 またもや店のベルがなる。今度は女性のお母様でも来たんだろうか。これからどうなるんだろうと、少しげんなりしながら、入口を見る。
「ぁ……。」
 思わず小さな声が漏れる。
 ___なんで………あすかさんが……?
 あぶないよ、きちゃだめだよ。
 頭が混乱しているうちに、女性とその父親も、朱鳥さんに気づいたらしい。
「あら!朱鳥さん!来てくださると思ってましたわ!」
 女性は喜色を浮かべ、朱鳥さんに話しかける。
「……………あぁ、思い出したよ。君、滝川さんのとこのお嬢さんか。」
 朱鳥さんは、ゾッとするほど感情の温度が感じられない眼をしていた。口元だけは笑みを浮かべているのが、逆に恐怖を煽る。 
「お、思い出したって……。」
 女性も、今の朱鳥さんに恐怖を煽られているのか、声が震えている。それでも話しかけるあたり、よほど朱鳥さんと喋りたいのか、それとも思い出した、というのが気になるのか。 
「君に大した興味も無いし、特に記憶に残る人柄でも無かったから、忘れてたんだよ。できれば、思い出したくはなかったかな。」
 言葉に鷹揚がある筈なのに、感情は感じられない。薄ら寒い恐怖が店の中に充満する。
「ひ、酷いですわ!」
「柊!いいから帰るよ。白河君もすまない。娘には言い聞かせたんだが。」
 父親の方は先程からオロオロと黙っていたが、そろそろやばいと思ったらしい。早く娘を連れて帰ろうとしている。
「滝川さん。言ったはずですよ。二度はない、と。」
「そ、そうだが……。」
「後、酷い、だったかな?忘れてたことが、かな?そう言われても、君の何を覚えていたらいいって言うんだい?」
「え?」
 そんな事を言われると思っていなかったのか、女性は呆気にとられる。
「仕事がさして出来るわけでも無いし、容姿だって何か特徴的な訳でもない。お嬢様言葉で話してる人も何人か見た事あるし、特別話し上手や聞き上手な訳でもない。興味もないからそれ以上知らないし、知る気もない。」
「そして、俺は君を覚えたいと思わない。」
 女性は怒りからか、悲しみからか、わなわなと震える。父親もう、二人の会話にしては一方的な話を見ているだけだ。
「…………。」
 俺も、ずっと黙ったままだ。さっきから朱鳥さんが女性に言ってることが、まるで自分に言われてるみたいに感じる。
 仕事がさして出来るわけでも無い。俺だってそうだ。 
 容姿が特徴的じゃ無い。女性はそこそこ美人だけど、俺は普通。美人でだめなら俺はもう無理だ。
 口調だって普通。話すのだって苦手。
 …………朱鳥さんは、俺に興味なんてないだろう。料理が出来るようになったら、俺に用なんてなくなる。
 その時、それでも覚えていたいと思われる自信が無い。現に一度忘れられている。
 俺が、仕事が出来て、美人で、お話上手な女の子だったら、何か変わったんだろうか。
 でもそれだったら、あすくんとは会えなかったかもなぁ。それはいやだから、今のままでいいかも。
「翠君?大丈夫?」
 いつの間にか、朱鳥さんが目の前に居て、俺を覗き込んでいた。
 あの二人は帰ったらしい。
「何かされた?いや、されてなくても怖かったよね。気づかなくてごめんね。」 
 そう話しかけてくれる朱鳥さんの眼には、温かい温度が宿っていて、さっきの事が嘘みたいだ。
「エッ、な、泣い、や、やっぱり怖かったんだね。ごめんね遅くなって。」
 ギュッと抱きしめられて、声がすぐ近くから聞こえるようになった。気が付かないうちに涙が出ていたらしい。
 ……こわいよ。こわくてたまらないよ。わすれられたくないよ。おぼえていてよ。あすくんに忘れられて、今度は朱鳥さんにも忘れられるの……。
 無意識に朱鳥さんの服を掴んで握り込む。雨の中来たからか、少ししっとりしていて、雨の匂いもする。
「大丈夫。もう大丈夫だよ。」
 大丈夫じゃないよ。朱鳥さんに忘れられたら、悲しくて死んでしまいそうになるよ。
 まだ忘れられそうな訳でもないのに、不安で仕方がない。今日は叔父さんが居なくてよかった。泣いてたら心配をかけてしまう。
 なんとか数分で落ち着き、朱鳥さんから離れる。
 恥ずかしくて、顔が見れない。
「服、しわにしてすいません。」
「翠君なら大歓迎だよ。」
「…、?」
 空耳かな…?
「翠君はコーヒー好き?」
「…?はい…?好きですけど……?」
「じゃぁ、コーヒー2つ、頼んでもいい?」
「…2つ、ですか?」
「うん。一緒に飲もうよ。」
 言葉に詰まる。なんだか特別扱いされてる気分だ。
「……俺と一緒に飲みたくない?」
 朱鳥さんのしょんぼりした顔を見ると、どうしても断れない。特に断りたいと思った事も無いけど。
 その後、一緒にコーヒーを飲んで、別のお客さんが来て、朱鳥さんはレアチーズケーキを食べてから帰っていった。
 ……どうせ忘れられるなら、今を満喫してもいいかな。
 メール、してみよう。
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