思い出して欲しい二人

春色悠

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第一章

ストーカーの話(攻め視点)

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 ストーカーだと……?どいつの話だ…?
 心あたりが有りすぎるんだが……。


 みどりの店に向かっている途中で、みどりからメールがきた。
『朱鳥さんの婚約者を名乗る女性が、今うちの店に来たんですが、お知り合いですか?お名前はたきがわ、しゅうさんと言うそうです。漢字はわかりません。
 この前にも一度いらしたんですが、その時に朱鳥さんが来る時間や、食べたメニューなどを聞かれまして。ちょっとおかしいなと思ったので、連絡しました。』
 ウキウキしながら開いたメールの内容に、気分が一瞬で下がる。
 どうやらまた、俺の自称婚約者(笑)が湧いて出たらしい。……よりにもよってみどりの所に。チッ…。
 思わず舌打ちが漏れる。またピコンと音がなり、みどりからのメールが増える。
『今はうちの店に来ないほうがいいですよ。』
 みどりの店に…行かない……?
 そんなの無理に決まってるだろう!!!
 ただでさえ、長いことみどりと離れ離れで、みどり不足なんだ!
 みどりに迷惑かもと思って、店に行く頻度も抑えてるのに、自称婚約者(笑)のせいで潰されてたまるか!
 たきがわ、瀧川、滝川か?
 誰にもみどりの店の場所を教えたことはないよな。本当に誰だ?俺のストーカーはよく湧くから、本当に特定できない。
 雨の中、傘をさして道端で考え込む。
 わからないな!取り敢えずみどりの店に行こう!

 カランカラン
 店のドアを開けると、中年の男と、多分二十代の女。それにみどりの3人がいた。
 中年の男は、見覚えがある。親父の知り合いの社長だ。名前は滝川荘司。
「あら!朱鳥さん!来てくださると思ってましたわ!」
 多分二十代の女が話しかけてくるが、誰だったか……。
「………………あぁ、思い出したよ。君、滝川さんのとこのお嬢さんか。」
 誰かわかった瞬間に、感情がごっそりと失せていくのを感じた。みどりも居るので、かろうじて笑みは浮かべているが、今にでも表情がなくなりそうだ。
「お、思い出したって……。」
 女は自分が忘れられてると思っていなかったのか、狼狽しながら口を開く。
「君に大した興味も無いし、特に記憶に残る人柄でも無かったから、忘れてたんだよ。できれば、思い出したくはなかったかな。」
 ほんとにな。ストーカーのことなんざ思い出したくねぇわ。言っとくけど言葉遣いもみどりが居るからこの口調なだけだからな。
「ひ、酷いですわ!」
「柊!いいから帰るよ。白河君もすまない。娘には言い聞かせたんだが。」
 滝川さん(ストーカーの方じゃないぞ)は、さっきからオロオロしっぱなし。やっと喋ったかと思えば、娘を庇う。禄に怒りもしなかったんだろう。娘さんは可哀想にな。止めてくれる親が居ないなんて。
「滝川さん。言ったはずですよ。二度はない、と。」
「そ、そうだが……。」
 あれを滝川さんに言ったのは、娘さんを止めてやれるのは父親だけだと思ったからだ。……結局は甘やかすだけで、止めてやれなかったみたいだけどな。
 それはそれとして、全く娘の方は覚えていなかったが。
「後、酷い、だったかな?忘れてた事が、かな?そう言われても、君の何を覚えていたらいいって言うんだい?」
「え?」
 これはちょっとした意趣返し。八つ当たりとも言う。
「仕事がさして出来るわけでも無いし、容姿だって何か特徴的な訳でもない。お嬢様言葉で話してる人も何人か見た事あるし、特別話し上手や聞き上手でもない。興味もないからそれ以上知らないし、知る気もない。」
「そして、俺は君を覚えたいと思わない。」
 みどりとの時間を邪魔しやがって、という気持ちを込めて、女の心を抉りにいく。
 このタイプは、自分に自信があるやつが多い。自分は何でもできて、誰にでも愛される。そう無意識に思って、それが言動に現れる。
 調子にのんなよ、みどりのほうが可愛いし美人だし、料理も上手いし、聞き上手だし、可愛いし。
 まあ、多分みどりがみどりなら、美人じゃなくても可愛いと思うし、料理が炭になっても美味しいと思う。聞き上手じゃなくても話したいと思うだろうな、俺なら。
 その後、自信喪失した女を、まだオロオロしてる滝川さんに連れて帰ってもらう。
 警察に突き出したい所だが、あいにくと犯罪すれすれで、逮捕させるには難しい。現行犯も今回は難しいからな。
 滝川さんに、今度こそ止めて上げてくださいと言っておく。本当に止めてくれよ今度は。みどりに何かあったら女だろうと殴りかかる自信があるぞ。俺を止められると思うなよ。
 店内にみどりと二人きりになる。
 みどりは少しぼんやりとしているようで、心配になってくる。
「翠君?大丈夫?」
 大丈夫か?やっぱり怖かったか?まだマシな部類のストーカーだったとはいえ、怖かったよな。
 話しかけると、ぼんやりとしていたみどりが、こちらを見る。
「何かされた?いや、されてなくても怖かったよね。気づかなくてごめんね。」
 ごめんな。怖い思いさせて。出来るだけ優しい声で話しかける。
 すると、みどりの綺麗な目から涙が溢れだした。
「エッ、な、泣い、や、やっぱり怖かったんだね。ごめんね遅くなって。」
 み、みどりが泣いてる!?ゑ!?
 混乱して、昔の癖でみどりを抱きしめる。あ、いい匂い……。
 ヤバイヤバイヤバイ、絵面は俺の顔面のお陰でやばくはないが、みどりからすれば知り合ったばかりの奴に抱き締められてるんだぞ……。あ、腰はいい感じの細さ……この男にしては細い感じ、細すぎなくて程よく健康な感じがいい……。
 ……お巡りさん、俺です。
 ストーカーを突きだすつもりが俺が出頭する事になりそうだ。あ、ちょっと髪の毛が当たる……。ふわふわ……。
 って、ちょっと服をみどりが掴んでる?!?
 寧ろ抱きついてきてくれ。ウェルカムだ。
 スーーーッ これは抱きしめてもいいと捉えても…?
「大丈夫。大丈夫だよ。」
 少し抱きしめる力を強くしながら、みどりに声をかける。俺が来たから大丈夫だからね。俺がみどりを守るよ。
 数分でみどりは離れて行ってしまった。……もう少し堪能したかった……。
「服、しわにしてすいません。」
「翠君なら大歓迎だよ。」
 おっと本音が。 
「……、?」
 案の定、困惑気味のみどり。かわいい。
「翠君はコーヒー好き?」
 誤魔化すように質問する。
「…?はい…?好きですけど……?」
 みどりの口から『好き』って聞くとドキッてする。
「じゃぁ、コーヒー2つ、頼んでもいい?」
「…2つ、ですか?」
「うん。一緒に飲もうよ。」
 言っておいてなんだけど、コーヒー奢るのに、奢る相手に淹れてもらうってどうなんだ?
 みどりもちょっとまだ困惑してるなぁ。
「……俺と一緒に飲みたくない?」
 聞いてから、飲みたくないと言われると嫌だなぁと眉が八の字になる。
「……いえ、コーヒー2つですね。」
 しかたないなぁ、って顔でみどりが了承してくれる。あーー…すきぃ…。そのしかたないなって顔すんごい好き。
 なんと今日は店長さんが居なかったみたいで、みどりの淹れてくれたコーヒーが飲めた。
 みどりも一緒に飲んでくれたけど、途中でお客さんが来ちゃったから、仕事に戻っていった。
 俺はレアチーズケーキを食べてから帰ったよ。そのまま帰るのもね。レアチーズケーキも美味しかったよ。濃厚だった。


 ピコン
 ん?みどりからメールが来てる。
『今日は助けてくれてありがとうございました。』
 プラスで、よくわからない生き物のスタンプが送られてきた。今度は、ありがとうって文字が書いてるやつ。
 じわじわと喜びが湧いてきて、口角が上がる。多分傍から人が見てたら、目もキラキラしてると思う。
 だって、みどりから初めてメールが来た。
 俺から送ったメールの返事じゃなくて、ストーカーを知らせるメールでもなくて、みどりからのメール。
 ウッキウキで、返信する。
『こちらこそ。迷惑かけてごめんね。助けてくれてありがとう。またお店行くね。』
 次は何を頼もうかなぁ。
 次の日、休日出勤させられたけど、みどりのお陰でニコニコしてたら、佐々木に槍が降ると怯えられた。失敬な。
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