【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる

文字の大きさ
3 / 20
本編

03 侍女になります

しおりを挟む


 気合で歩くこと二時間弱。
 紙には一時間と書かれていたが、完全に騙された。
 
(これ絶対にお父様の歩幅で計算されてますわ!!)

 辿り着くころには、整髪剤で整えられた髪は汗でぼさぼさになっていた。足は豆だらけになり、ヒール靴は歩きにくかったので手に持っている。
 生まれてこのかたトランクケースを持って歩き回ったこともなかったため、途中休憩の際に置き忘れそうにもなった。

(ここが……シザーク様の邸宅?)

 ランドハルス侯爵の旧友というから、どんな大きな邸に住んでいるのかと思ったけれど、小さい。2階建てで、侯爵家で飼われていた犬のお家程度しかないけれど、申し訳程度の庭がある。

(貴族の方……ではないのかしら)
 
「あの、すみません」

 おそるおそる玄関をノッカーを叩く。鈍い音。中々出てこられないので、さらにもう一度。

(もしかして、お留守……?)

 私は疲れてその場に座り込んでしまった。
 もうすぐ陽も落ちてしまう。二時間も歩いた疲れで、一歩も動けない。人の家の玄関前で座り込むなんて、本当はダメなのだけれど──

 私の意識は、深い闇へと落ちていく。



「おい」

 肩を揺すられて、目が覚める。
 
(もしかして眠っていたかしら……?)

「た、大変失礼いたしました! 申し訳ございません!!」
「びっくりした……」

 そこにいたのは、若い男性だった。
 年齢は20過ぎたあたりだろうか。
 鼻筋がすっと通り、整った顔をしている。
 
(私と同じ…………銀髪)

 銀色の髪は亡き母と同じもの。建国神話を信じる者の中には、髪色で差別してくる者もいる。私はこの髪が好きだったから、同じ髪色を持つ彼に親近感を抱いた。

「し、シザーク家の方でしょうかっ? 私はレティシア・ランドハルス。ランドハルス侯爵の娘です……。こ、ここに、侯爵より賜った信書がございます。どうぞお確かめください……」

 震える手で信書を渡すと、彼はその場で開いて読み始めた。

「確かにこれはランドハルス侯爵のもの。しかと受け取った。なるほど、君は私の父ジルクアド・ル・公爵に頼ってここに来たのだな」

(ルヴォンヒルテ……って、公爵様じゃないの!?)

 偽名だとは予想していたが、公爵家だなんて誰が思うだろうか。
 しかも彼は、父がと言った。
 つまり、彼は使用人などではなくルヴォンヒルテ公爵の息子ということになる。
 
 ルヴォンヒルテが治める領内には魔物がたくさん出現する。魔物は魔女が生み出した忌むべき生物とも言われ、公爵家は魔物が王都へ侵入してくるのを抑える役目を持っている。王家からの信頼が厚いお家柄だ。

 ただ、ルヴォンヒルテ公爵は父ランドハルス侯爵と同じかそれ以上に冷酷な男で、息子もその血を引き継ぎとても冷徹な男なのだという。魔物を殺すため、中には彼らを「血塗れ公爵」と揶揄する者もいた。

「か、重ね重ねご無礼をして申し訳ございません! あの……っ」
「ジルクス。ジルクス・ル・ルヴォンヒルテだ。一応次期公爵となる」
「ルヴォンヒルテ次期公爵様、あの……お話が」
「話はあとで聞こう。とにかく、中へ入れ。……自分がどんな見た目をしているのか気付いていないわけではあるまい?」
「そう、ですね……。大変失礼いたしました」

 謝罪を見届けるまでもなく、彼は無言で中に入ってしまった。
 私も後を追う。

(次期公爵様の邸宅にしては……小さすぎるわよね? もしかして別荘かしら)

 しかも、彼を世話する使用人の姿も見かけない。

「気付いたか? まぁ、使用人を一人もつけない次期公爵なんていないだろう。安心しろ、別に迫害されているわけではない。ここは本家より魔物と遭遇しやすい。俺自身は強いが、俺が出かけている間に使用人が殺されたら、たまらないからな」

 見透かされてしまい、赤面する。
 私は昔から、感情がすぐ顔に出てしまう性質たちだ。貴族同士の駆け引きが出来ない。もう私には必要とされない技術だから、もういいのだけれど。

「湯を浴びてきなさい。体も冷えているだろう」

 彼はジャケットを脱ぎながら、こちらには目も合わせずそう言った。人からすると冷たい雰囲気。けれど、ジャークス様のあの時の表情に比べたら、怖くも何ともない。それにこの程度なら、父と似たようなもの。

 冷たい雰囲気の中に確かな優しさがある。
 私は静かに頭をさげた。
 
「温情、痛み入ります」

 浴室の奥には、小さなバスタブが一つ。
 おそらく外にタンクのようなものがあって、そこに溜めた水を沸かすのだろう。蛇口をひねると、温かな湯が流れて来た。湯を張るのは申し訳ないと思い、湯あみシャワーを済ませる。
 トランクケースから替わりの服を取り出し、彼のもとへ戻った。

「どういうことだ?」

 ルヴォンヒルテ次期公爵様は、湯あみをしたあとの私を見て目を見開いていた。
 黒と白。侍女が着ているような給仕服だ。新品ではなくおさがりである。

「君は侯爵令嬢だろう。なのに、風呂中に使用人を必要としなかった。体を洗う、服を着る、髪を乾かす。どんなときでも使用人は必要だ。──なのに、君は一度も不満を言わなかった」
「ここに使用人はいらっしゃらないでしょう?」
「……ああ」
「であるなら、ないものねだりです。それにもう、私は侯爵家の娘ではありませんから」

 私は、彼にすべてを話した。
 ジャークス様に裏切られて婚約破棄されたこと、父から勘当され、ルヴォンヒルテ公爵を頼らなければいけなくなったこと。

「この話を、ルヴォンヒルテ公爵に直々に伝えたいのですが、どちらにいらっしゃいますか」
「公爵は現在外遊中で留守にしている。その話は、とりあえず俺が文をしたためて連絡しよう」
「ありがとうございます」
「おそらくランドハルス侯爵も、それを分かっていてこの別荘の場所を示したのだろう。ここは、いわゆる避暑地だ。最近は俺しか使っていない。おかげで道に迷っただろう?」
「はい、何度か」

 彼は、一息ついた。

「残念ながら、本家に連れて帰ることはできない。君はハルクフルグ公爵のご子息であるジャークス公の元・婚約者だ。どんな理由にしろ婚約破棄された。いまの社交界はその話題で持ちきりだろう。そんな人を本家には連れて帰れない」

 期待は、しないようにしていた。
 どういう理由であれ婚約破棄されたのは事実。
 そんな女を匿うとなれば、それこそハルクフルグ公爵にたてつくことになる。いまの社交界は私が完全に悪者扱いされているので、争いの火種を持ち込むのは避けたいだろう。

「だが、ランドハルス侯爵は賢明だ。本家には連れて帰れないが、別荘この地では匿うことが出来る」
「よろしいのですか……?」
「ルヴォンヒルテ公爵とランドハルス侯爵の話は俺にも伝わっている。その娘を無下にできるほど、俺は馬鹿にはなりたくない。それで、ここで暮らすために何人か侍女を呼んでくる必要があるのだが」
「あなたの侍女になります」

 顎に手を当てて考え込んでいた彼は、目を見開いていた。
 それもそうだろう。
 今まで真っ当な貴族令嬢暮らししかしてこなかった女が、いきなり侍女になると言い出したのだから。

(住まわせてもらうのだもの。私はもうただのレティシアなのだから)

「本気か?」
「覚悟は決めております」
「……分かった。君の判断に従おう」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「悪女」だそうなので、婚約破棄されましたが、ありがとう!第二の人生をはじめたいと思います!

ワイちゃん
恋愛
 なんでも、わがままな伯爵令息の婚約者に合わせて過ごしていた男爵令嬢、ティア。ある日、学園で公衆の面前で、した覚えのない悪行を糾弾されて、婚約破棄を叫ばれる。しかし、なんでも、婚約者に合わせていたティアはこれからは、好きにしたい!と、思うが、両親から言われたことは、ただ、次の婚約を取り付けるということだけだった。  学校では、醜聞が広まり、ひとけのないところにいたティアの前に現れた、この国の第一王子は、なぜか自分のことを知っていて……?  婚約破棄から始まるシンデレラストーリー!

私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。 私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?

【完結】ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜

水都 ミナト
恋愛
「ルイーゼ・ヴァンブルク!!今この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!!」 ヒューリヒ王立学園の進級パーティで第二王子に婚約破棄を突きつけられたルイーゼ。 彼女は周囲の好奇の目に晒されながらも毅然とした態度でその場を後にする。 人前で笑顔を見せないルイーゼは、氷のようだ、周囲を馬鹿にしているのだ、傲慢だと他の令嬢令息から蔑まれる存在であった。 そのため、婚約破棄されて当然だと、ルイーゼに同情する者は誰一人といなかった。 いや、唯一彼女を心配する者がいた。 それは彼女の弟であるアレン・ヴァンブルクである。 「ーーー姉さんを悲しませる奴は、僕が許さない」 本当は優しくて慈愛に満ちたルイーゼ。 そんなルイーゼが大好きなアレンは、彼女を傷つけた第二王子や取り巻き令嬢への報復を誓うのだが…… 「〜〜〜〜っハァァ尊いっ!!!」 シスコンを拗らせているアレンが色々暗躍し、ルイーゼの身の回りの環境が変化していくお話。 ★全14話★ ※なろう様、カクヨム様でも投稿しています。 ※正式名称:『ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために、姉さんをいじめる令嬢を片っ端から落として復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜』

婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。

虐げられてきた令嬢は、冷徹魔導師に抱きしめられ世界一幸せにされています

あんちょび
恋愛
 侯爵家で虐げられ、孤独に耐える令嬢 アリシア・フローレンス。 冷たい家族や侍女、無関心な王太子に囲まれ、心は常に凍りついていた。  そんな彼女を救ったのは、冷徹で誰も笑顔を見たことがない天才魔導師レオン・ヴァルト。  公衆の前でされた婚約破棄を覆し、「アリシアは俺の女だ」と宣言され、初めて味わう愛と安心に、アリシアの心は震える。   塔での生活は、魔法の訓練、贈り物やデートと彩られ、過去の孤独とは対照的な幸福に満ちていた。  さらにアリシアは、希少属性や秘められた古代魔法の力を覚醒させ、冷徹なレオンさえも驚かせる。  共に時間を過ごしていく中で、互いを思いやり日々育まれていく二人の絆。  過去に彼女を虐げた侯爵家や王太子、嫉妬深い妹は焦燥と嫉妬に駆られ、次々と策略を巡らせるが、 二人は互いに支え合い、外部の敵や魔導師組織の陰謀にも立ち向かいながら、愛と絆を深めていく。  孤独な少女は、ついに世界一幸福な令嬢となり、冷徹魔導師に抱きしめられ溺愛される日々を手に入れる――。

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

処理中です...