【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる

文字の大きさ
8 / 20
本編

08 「君は、優しすぎるな」

しおりを挟む

(み、見られた…………っ!?)

 ジルクス様は愉快そうに口角をあげている。
 
「いえ、気になさらないでください」
「バカを言え。こんな夜遅い時間に、魔導護符アミュレットに向かってフライパンを振り下ろす侍女がどこにいる。気にならないほうが無理があるぞ」
「う……っ」

(待って。いまの私、とっても変な女だと思われてない?)

 魔導護符アミュレットの効果を試したいから衝撃を与えたかった。強力な打撃を与えられそうなものが、台所にあったフライパンだっただけ。
 とても真面目な理由でフライパンを使っただけなのに、間が悪い。悪すぎる。夜な夜なフライパンでストレス発散をする狂気の侍女と思われても仕方ない状況だ。

「ジルクス様、弁解の余地はございますか?」
「むしろ弁解してくれないと困る」
「ありがとうございます」

 ストレスが溜まってフライパンを持っていたわけではないことを念押ししてから、魔導護符アミュレットを見せる。ジルクス様は興味深げな表情で、手のひらサイズの魔導護符アミュレットを見つめていた。

「これ、……本当に君の手作りか? いや、疑っているわけではないんだ。ただ純粋に驚いている」
「驚く、と言いますと?」
「これがどれだけすごいことか、分かっていないのか?」

 分からない。
 お母様はもっと精緻で美しいものを作っていて、私なんてまだまだだと痛感する。それに、手作りのお守りチャームは、お母様と元婚約者であるジャークス様にしか渡したことがない。
 
 私が人生で初めて作ったお守りチャームをお母様にプレゼントしたのは、7歳の時だった。初めての作った時は、魔糸が上手く編めず、毛玉みたいになったのをよく覚えている。「上手く作れない!」とお母様に泣きつくと、「繰り返し練習するのよ」と優しく頭を撫でてくれた。

「魔物を討伐する家系だからな、魔物対策としてお守りチャーム、あるいは魔導護符アミュレットを所有している。俺がいま使っているのは、12歳のときに老舗魔導具店から仕入れたものだが、少なくとも魔水晶の大きさは同等以上だ」
「でも、効果がなければ見た目だけが良い装飾品となりましょう? 私は魔導護符アミュレットを作ったのはこれが初めてですし、フライパンの攻撃を防げただけで、老舗魔導具店と並んで賛辞を受けるのは、おこがましいと言いますか……」
「正直、効果は使ってみないと分からないが、──見てみろ、魔水晶には高純度の魔力が込められている。これほどの純度の高い魔水晶は、老舗魔導具店でも簡単に手に入るものじゃない。値段をつけるとすれば、宝石付きのドレスが十着以上は買えるだろうな」

 ジルクス様は世辞を言わない方。
 きっとこれも、本心から褒めているのだろう。
 褒められすぎて、私がびっくりしているくらいだ。

「これだけ褒めているのに、あまり嬉しそうではないのだな」
「驚いているだけです。……あんまりにも、ジルクス様がお褒めになられるので」
「いい品を作れば褒める。当たり前だろう」
「ジャークス様にさしあげたときは、お褒めいただいたことがなかったので」

 言い終わってから、後悔した。
 ジャークス様に渡したお守りチャームは、私がまだ作り慣れていなかった時のもの。質の高いものとは言いがたく、誰の目に見ても素人品だと分かる。魔獣除け効果と彼の幸せを願って、丹精込めて作ったものだったけれど、ジャークス様は良い顔をなされなかった。

『ありがとう』

 そう言う彼の顔は、心にも思っていない様子だった。

(ジルクス様には何の関係もない話なのに、私ったら……)

 思考を払いのけるように、首を横に振る。
 眉をひそめ、不機嫌そうな雰囲気を出すジルクス様を見つめた。
 
「ジルクス様にさしあげます」
「俺にか?」
「はい。魔物という災厄からあなたの身が守られるよう、祈りを込めて作りました」
「…………」

 灰簾石タンザナイトの瞳が、少し揺れた。
 耐え切れないとばかりに、ジルクス様が顔を手で覆っている。

「君は、優しすぎるな」
「?」
「レティシア、ありがとう。大切に使わせてもらう」

(ジルクス様、いま私の名前を…………?)

 初めて名前を呼んでくれたジルクス様は、冷血な人、というイメージからは程遠い、優しげな微笑を浮かべていた。
 


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「悪女」だそうなので、婚約破棄されましたが、ありがとう!第二の人生をはじめたいと思います!

ワイちゃん
恋愛
 なんでも、わがままな伯爵令息の婚約者に合わせて過ごしていた男爵令嬢、ティア。ある日、学園で公衆の面前で、した覚えのない悪行を糾弾されて、婚約破棄を叫ばれる。しかし、なんでも、婚約者に合わせていたティアはこれからは、好きにしたい!と、思うが、両親から言われたことは、ただ、次の婚約を取り付けるということだけだった。  学校では、醜聞が広まり、ひとけのないところにいたティアの前に現れた、この国の第一王子は、なぜか自分のことを知っていて……?  婚約破棄から始まるシンデレラストーリー!

私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。 私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?

【完結】ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜

水都 ミナト
恋愛
「ルイーゼ・ヴァンブルク!!今この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!!」 ヒューリヒ王立学園の進級パーティで第二王子に婚約破棄を突きつけられたルイーゼ。 彼女は周囲の好奇の目に晒されながらも毅然とした態度でその場を後にする。 人前で笑顔を見せないルイーゼは、氷のようだ、周囲を馬鹿にしているのだ、傲慢だと他の令嬢令息から蔑まれる存在であった。 そのため、婚約破棄されて当然だと、ルイーゼに同情する者は誰一人といなかった。 いや、唯一彼女を心配する者がいた。 それは彼女の弟であるアレン・ヴァンブルクである。 「ーーー姉さんを悲しませる奴は、僕が許さない」 本当は優しくて慈愛に満ちたルイーゼ。 そんなルイーゼが大好きなアレンは、彼女を傷つけた第二王子や取り巻き令嬢への報復を誓うのだが…… 「〜〜〜〜っハァァ尊いっ!!!」 シスコンを拗らせているアレンが色々暗躍し、ルイーゼの身の回りの環境が変化していくお話。 ★全14話★ ※なろう様、カクヨム様でも投稿しています。 ※正式名称:『ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために、姉さんをいじめる令嬢を片っ端から落として復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜』

婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。

虐げられてきた令嬢は、冷徹魔導師に抱きしめられ世界一幸せにされています

あんちょび
恋愛
 侯爵家で虐げられ、孤独に耐える令嬢 アリシア・フローレンス。 冷たい家族や侍女、無関心な王太子に囲まれ、心は常に凍りついていた。  そんな彼女を救ったのは、冷徹で誰も笑顔を見たことがない天才魔導師レオン・ヴァルト。  公衆の前でされた婚約破棄を覆し、「アリシアは俺の女だ」と宣言され、初めて味わう愛と安心に、アリシアの心は震える。   塔での生活は、魔法の訓練、贈り物やデートと彩られ、過去の孤独とは対照的な幸福に満ちていた。  さらにアリシアは、希少属性や秘められた古代魔法の力を覚醒させ、冷徹なレオンさえも驚かせる。  共に時間を過ごしていく中で、互いを思いやり日々育まれていく二人の絆。  過去に彼女を虐げた侯爵家や王太子、嫉妬深い妹は焦燥と嫉妬に駆られ、次々と策略を巡らせるが、 二人は互いに支え合い、外部の敵や魔導師組織の陰謀にも立ち向かいながら、愛と絆を深めていく。  孤独な少女は、ついに世界一幸福な令嬢となり、冷徹魔導師に抱きしめられ溺愛される日々を手に入れる――。

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

処理中です...