13 / 20
本編
13 元婚約者の破滅・前
しおりを挟む時は、レティシアが婚約破棄された翌週にまで遡る──
ジャークスは、やってやったとばかりに笑みを浮かべていた。心の底から溢れてくる笑い。自分がハルクフルグ家のため、王国のためにどれだけの功績をあげたのか。周りの人間はこの偉大さに気付き、こぞって褒め称えるだろう。
(ははっ、俺は魔女を追い出した英雄だ……!!)
レティシア・ランドハルスが魔女である。
その事実を教えてくれたのは、他でもないイースチナ・レイツェット子爵令嬢だ。
蜂蜜色の髪に、丸っこくて大きな瞳。十人中十人に可憐だと称され、なおかつ聡い。なにせレティシアが魔女である証拠を取り揃えてくれたのは、イースチナとその両親だ。
二人が教えてくれた数々の悪行に、耳を疑った。
あのレティシアがそんなことを? レティシアは大人しく、男の隣で一歩引いて歩くような娘。淑やかで所作が美しく、年齢層が高い貴婦人の茶会に連れていけばみなが口を揃えて絶賛するほど。
そんなレティシアが、婚約者がいながら不貞を働いた?
『そうなんです。ジャークス様という素敵な男性がいるのに、レティシア様は、数々の男性をとっかえひっかえしてるんです。あんな純真そうな顔をしているのに、やっぱり魔女だったのですよ』
『信じられない……レティシアがまさか……』
『みーんな知ってるんです。それにレベッカさんだって、レティシア様が不貞を働いた決定的な瞬間を目撃をしてるんですよ』
『そうなのか!?』
ハルクフルグ家に仕える侍女の一人であるレベッカは、『そうです』とはっきりと首肯してみせた。
『その時のレティシアは、口にするのも憚られるような品のない恰好をしており、多数の男性をまるで下僕のように引き連れて夜の街へと入っていかれました。それを見た私は……怖くなってしまって、すぐにその場から去りました……』
『嘘だろ……』
我がハルクフルグ公爵家のなかでも、レベッカは忠誠心の厚い侍女の一人。
そんな彼女が嘘をつくはずがないと思っているジャークスは、隣で極悪に微笑むイースチナに気付いていなかった。
『俺は騙されていたのか……』
『大丈夫。ジャークス様には私がついていますから』
『イースチナ…………君は天使のように可愛いな』
『うふっ。ジャークス様ったら』
『実は前から君の可愛らしさに見惚れていたんだ。あの女は茶会などの人が他の人間の目があるときはいいが、面と向かい合うとつまらんのだ』
『ジャークス様、嬉しいです……っ!』
イースチナとの逢瀬を重ねれば重ねるほど、ジャークスの中にある恋心は燃えあがった。困難があると恋は燃えあがる。ロマンス小説ではありがちの展開。ジャークスはどんどんイースチナに夢中になっていった。
『そこで、どうでしょう? レティシア様を魔女として断罪し、イースチナ様を新しく婚約者として迎え入れるのは』
すべてはここから。
このレベッカの提案により、忌々しい魔女が追い出され、可憐なイースチナがジャークスの腕に寄りかかっている。
(ランドハルス侯爵も狙い通りレティシアを外に出した)
遥か昔に王女が嫁いでおり、ランドハルス侯爵家には王室の血が入っている。このため、現ランドハルス侯爵は完全なる王室派。建国神話に登場する魔女は邪悪な女だと表立って王室が言っている以上、魔女として断罪された娘を匿う事は侯爵家といえど難しい。
あの冷徹なランドハルス侯爵のことだ、実の娘を殺してしまっただろうか。あるいは秘密裏に娼婦として身売りされた? どうあれ、生きていてもろくな生活など送れまい。惨めな生活を送っているだろうことは、容易に予想できる。
「ジャークス様、商会の方がお見えになられています」
「分かった、すぐに行こう」
「え、ジャークス様はもうお仕事に行かれちゃうんですか?」
愛らしいイースチナ。
仕事に行こうとすれば、寂しそうに眉をひそめるのだ。
あの魔女ならば、こんな可愛い所なんてあるはずないだろう。
「ああ。すぐに戻って来る」
◇
「お待たせしてしまってすまない」
「いえいえこちらこそ、ハルクフルグ次期公爵に直接お品を見ていただけるなんて、光栄のいたりでございます」
応接室にいたのは、上等そうな服に身を包んだ初老の商人。
たっぷりと蓄えた顎髭を撫で、値踏みするような目でジャークスを見ている。
今回、イースチナには内緒で、彼女に似合うドレスをオーダーメイドしようと思っている。
ハルクフルグ御用達の店でも良かったのだが、良いドレスを作ると噂のロー商会の人間に来てもらった。彼の名前はオルバートといい、商会の元会長。年老いたため会長の座は息子に譲り渡し、いまは一人の商人として気楽に仕事をしているという。
「ロー商会の話は我がハルクフルグ家にも届いております。 あなたのところで取り扱っているドレスは、質も良くデザインも先進的だとか。ぜひ、イースチナの可憐さを引き立てるドレスを作ってくれ」
「もちろん、あなた様が私どもが取引するに値するお客様として、相応しい方であれば、我々は喜んで最高のドレスをお作りいたしましょう」
(相応しい……? 商会は客に選ばれる側だろう、なぜ俺が商会ごときに相応しいかどうか選別される必要がある?)
商会なんて、お得意様の客がいなければすぐに潰れてしまう。
いい商会を選ぶのはお客様である自分であって、商会がお客を選ぶなんて馬鹿げている。
心の中でそう思ったが、相手がルヴォンヒルテ公爵家のお抱え商会ということもあり、無言を貫いた。公爵家同士のパワーバランス的な意味では、王都を魔物の脅威から守っているという名目上でも、歴史の面でも圧倒的にルヴォンヒルテ公爵家のほうが格上。
元々はかの公爵家に対抗するためランドハルス侯爵令嬢と婚約したのだが、それはまぁ、さておくとして。
(よい品が選べたらいい。向こうだって、俺の事はただの金づるとしか思っていないだろう)
そうに決まっている。
その一挙手一投足をオルバートに見られていることに、ジャークスが気付くことはなかった──
150
あなたにおすすめの小説
役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜
腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。
絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。
しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身!
「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」
シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
「悪女」だそうなので、婚約破棄されましたが、ありがとう!第二の人生をはじめたいと思います!
ワイちゃん
恋愛
なんでも、わがままな伯爵令息の婚約者に合わせて過ごしていた男爵令嬢、ティア。ある日、学園で公衆の面前で、した覚えのない悪行を糾弾されて、婚約破棄を叫ばれる。しかし、なんでも、婚約者に合わせていたティアはこれからは、好きにしたい!と、思うが、両親から言われたことは、ただ、次の婚約を取り付けるということだけだった。
学校では、醜聞が広まり、ひとけのないところにいたティアの前に現れた、この国の第一王子は、なぜか自分のことを知っていて……?
婚約破棄から始まるシンデレラストーリー!
私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。
私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?
【完結】ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜
水都 ミナト
恋愛
「ルイーゼ・ヴァンブルク!!今この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!!」
ヒューリヒ王立学園の進級パーティで第二王子に婚約破棄を突きつけられたルイーゼ。
彼女は周囲の好奇の目に晒されながらも毅然とした態度でその場を後にする。
人前で笑顔を見せないルイーゼは、氷のようだ、周囲を馬鹿にしているのだ、傲慢だと他の令嬢令息から蔑まれる存在であった。
そのため、婚約破棄されて当然だと、ルイーゼに同情する者は誰一人といなかった。
いや、唯一彼女を心配する者がいた。
それは彼女の弟であるアレン・ヴァンブルクである。
「ーーー姉さんを悲しませる奴は、僕が許さない」
本当は優しくて慈愛に満ちたルイーゼ。
そんなルイーゼが大好きなアレンは、彼女を傷つけた第二王子や取り巻き令嬢への報復を誓うのだが……
「〜〜〜〜っハァァ尊いっ!!!」
シスコンを拗らせているアレンが色々暗躍し、ルイーゼの身の回りの環境が変化していくお話。
★全14話★
※なろう様、カクヨム様でも投稿しています。
※正式名称:『ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために、姉さんをいじめる令嬢を片っ端から落として復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜』
婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。
虐げられてきた令嬢は、冷徹魔導師に抱きしめられ世界一幸せにされています
あんちょび
恋愛
侯爵家で虐げられ、孤独に耐える令嬢 アリシア・フローレンス。 冷たい家族や侍女、無関心な王太子に囲まれ、心は常に凍りついていた。
そんな彼女を救ったのは、冷徹で誰も笑顔を見たことがない天才魔導師レオン・ヴァルト。
公衆の前でされた婚約破棄を覆し、「アリシアは俺の女だ」と宣言され、初めて味わう愛と安心に、アリシアの心は震える。
塔での生活は、魔法の訓練、贈り物やデートと彩られ、過去の孤独とは対照的な幸福に満ちていた。
さらにアリシアは、希少属性や秘められた古代魔法の力を覚醒させ、冷徹なレオンさえも驚かせる。
共に時間を過ごしていく中で、互いを思いやり日々育まれていく二人の絆。
過去に彼女を虐げた侯爵家や王太子、嫉妬深い妹は焦燥と嫉妬に駆られ、次々と策略を巡らせるが、 二人は互いに支え合い、外部の敵や魔導師組織の陰謀にも立ち向かいながら、愛と絆を深めていく。
孤独な少女は、ついに世界一幸福な令嬢となり、冷徹魔導師に抱きしめられ溺愛される日々を手に入れる――。
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる