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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(65) 龍太がキレた!
しおりを挟む第2ラウンド早々。
麻美の意表を突いた超低空高速タックルで、足首を取られた龍太はテイクダウンを奪われた。
すると、瞬時に麻美に馬乗りになられマウントパンチを数発食らった。
目の上が少し腫れているのが分かる。前の回から口の中も切ったようで唾液に血が混じっている。
龍太は麻美の高速タックルを防ぐのは容易ではないと考えていた。
男子のそれとは違い、女子の柔らかくしなやかな肉体から繰り出すそれは男子相手ではあり得ない体勢から襲ってくる。しかも、麻美の場合は動物的カンが鋭く異常に速いのだ。
これは防ぎ切れない。
警戒すべきはテイクダウンを奪われたあとである。麻美の技から技に移るスピードはNOZOMI譲りなのだ。
高速タックルからマウントになり相手の顔面を直角に殴打する。これは麻美の必勝パターンであり、それから逃れるのは並の格闘家では不可能。
しかし、龍太はそんな局面を最初から想定していた。それから逃れる練習を繰り返しやってきた。数発殴打されたものの、巧みに両腕でガードする。
必死にガードしている兄を冷酷な目で見下ろしながら、麻美は上下左右と兄の顔面を打ち分け冷静にガードが開くのを待っている。
龍太は麻美と迫田宗光の試合を思い出していた。迫田も麻美にマウントを奪われ殴打され逃げ場を失い血まみれの中、自らタップし屈服した。あの時の麻美の冷静で残酷な女豹のような表情は我が妹ながらゾッとした。
今の自分はあの時の迫田と同じだ。
いくらマウントパンチ対策の練習を積んできたとはいえ防ぐので精一杯。このまま殴られ続け反撃できずにいるとレフェリーストップかセコンドからタオルを投げ入れられるだろう。
佐知子は両手で顔を覆い声も出せずにいた。あまりにも凄惨な光景に心臓が高鳴り息も出来ない程だ。
今テレビに映っている現実が信じられない。受け入れることが出来ない。
(男と女がリング上で拳を交えるのさえ異常なのに、ましてや兄と妹が戦うなんて、龍太は麻美に馬乗りに殴られ顔を腫らしうっすらと血が滲んでいる。
これは普通じゃないわ...)
佐知子は遠い日のことを思い出していた。麻美が上級生に泣かされて帰ってくると、兄の龍太は妹の仕返しをしに凄い勢いで家を飛び出すのだった。
そんな麻美も兄のあとをいつもついてまわる可愛い女の子だったのだ。
あさみ、あさみ、、あさみ。
そんなお兄ちゃんに、あなた、、なんてことしているの?
お兄ちゃん血が出ているじゃない...。
「あさみ! やめなさい!」
佐知子はテレビ向かって再び叫んだ。
麻美のマウント殴打をガードしながら逃げ場を失った龍太は身体を反転させうつ伏せになった。そこへ格闘技の鉄則、裏になった兄の首へ麻美は腕をまわす。そして両脚も兄の胴へまわすと胴絞めスリーパーになった。
龍太はこの体勢になることも想定していた。NLFS女子ファイターは、皆、首絞めを得意にしている。父が命を落としたのもNOZOMIのチョークスリーパだった。一番警戒すべき技だ。
龍太は徹底的にこの技の対策を練り猛特訓をしてきた。スポ根マンガ風に云えば地獄の猛特訓だ。
柔道にもこの技があり練習相手には事欠かなかった。一日何十回とかけられそれから逃れる練習をしてきた。
麻美はマウントパンチから逃れた兄は流石だが、うつ伏せになるとは飛んで火にいる夏の虫だと思った。
だが、兄の首に腕をまわすと異常にその首が鍛えられているのが分かる。
ガッチリ首を締めそこへ腕をスムーズに食い込ませないのだ。
麻美は一旦腕を離し、うつ伏せの兄の頭を掴むとそれを持ち上げた。
ゴツン!
兄の顔面をマットに打ち付けた。
顔面を打ち付けられた龍太は、一瞬鼻骨が潰れたような感覚に陥ったがそこまではなっていないようだ。
しかし、その隙にもう一度麻美の腕が龍太の首にまわり今度はきっちりそれは食い込んだようである。
そのまま麻美は身体を反転させ、自分が下になっての胴絞めスリーパーの完成。龍太は天井を向く格好になった。
(大丈夫だ、、自分は柔道部の仲間達と様々な形のチョークスリーパーから逃れる練習をしてきたのだ。必ず逃れる方法がある。焦るな...)
龍太はそう自分に言い聞かせたが、麻美の肉体は柔道部仲間の肉体と違ってしなやかだ。男子の絞め技は剛力だが荒々しい。NLFSでトレーニングを積んできた女子ファイターのそれは、紐のように正確に食い込んでくる。
それでも必死に逃れる術を考えた。
麻美は胴絞めスリーパーを決めながらも、このままでは極めることは出来ないような気がした。
(お兄ちゃん、どれだけ凄まじいトレーニングを積んできたの? 私たちは女子の身体構造の長所を利用して男子に対抗してきたけど、男子には男子特有の優れた肉体があるのね)
会場の片隅でふたりの死闘を見守っている天海瞳が、自分のお腹を撫でながら思った。NLFS所属の瞳もシュートマッチの厳しさを知ってはいるが、実の兄と妹がこんなことをしてもいいのだろうか? 残酷すぎる...。
(見れなくて良かったね。あんたのお父さんと叔母さんの死闘を...)
瞳は自分のお腹に目をやり思った。
麻美の胴絞めスリーパーに必死に耐え龍太は強引に自分の手を麻美の腕の中にこじ入れようとする。
少し、絞めが浅くなってきたようだ。
麻美はまだ自分の絞め技は、NOZOMIや奥村美沙子のような、雌蛇と例えられる程の技術はないと思った。
麻美は雌蛇ではなく女豹なのだ。
このままでは極まらない。
時間の無駄だと思った麻美は兄から身体を離れると立ち上がった。
追撃に警戒しながら立ち上がろうとする兄に向かって、麻美は側頭部にキックを見舞った。そして踏みつけた。
しかし今度は龍太もそれを巧く交わすのだ。身体が慣れてきたようだ。
龍太は遠い昔を思い出していた。
幼い頃、ふたりは同じ部屋で寝起きしていた。怖がりやの麻美は夜中にトイレに起きると、龍太にオバケが出るから一緒に来てくれという。
たまに麻美は龍太の布団に入って眠ってしまうことがあり、朝起きると布団がびっしょり。おねしょである。
そんな可愛い妹と戦っている。
麻美が龍太の顔を張った。
あの幼く可愛かった妹の顔と、兄である自分の顔を張った女豹ASAMIと化した麻美の顔が重なった。
龍太は自分の怒りの炎を感じた。
(妹だからといって、俺はもう容赦しねえ! 麻美、調子にのるなよ...)
キレた。
堂島龍太は完全にキレた。
つづく。
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