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2 婚姻届けで名前を知った
しおりを挟む「こんにちは。婚姻届を下さい」
婚姻を管理している部署に到着すると、受付に声をかけた。
同じ文官でも部署が違うと、ほとんど会ったことのない人ばかりなので、知り合いはいない。
「はい。お待ちください」
すぐに婚姻届けが出て来た。
こちらの世界の婚姻届けは、お互いの名前を書いて出すだけの簡易な物だ。
「ありがとうございます」
私は文官にお礼を言って書類を受け取ると、廊下にある書面台で急いで名前を書いた。
――イリス・ゼスク
「どうぞ」
そしてリカルドに渡した。
リカルドは、目を大きく開けて私を見ていた。
(どうしたのかな?)
私が首を傾けると、リカルドが真剣な顔で言った。
「突然結婚を申し込んだのは私ですが、本当に、本当によろしいのでしょうか?」
「はい」
私はあっさりと答えた。
女官には未婚女性も多いが、離婚した女性も多い。女官試験は年齢制限もないので、離婚後、条件の悪い貴族の後妻になるよりも一人の方がいいと、女官試験を受けて女官になる人もいる。
それに一度女官試験に受かれば、一度女官を止めても復帰することが出来る。だから離婚しても何も問題ない。
ちなみにこの国では、一度結婚したら、最低一年は離婚できないので一年は婚姻を継続する必要がある。
(一年くらいなら何も問題ないし……)
それにリカルドの治めるラーン伯爵家は、国内有数の港町を有しており、もしも破綻したら国全体に悪影響が及ぶ。私と一時的にでも結婚することでそれを防げるのなら、ためらうことはない。
リカルドは、大きく息を吸って私の手を取った。
そして、今にも吸い込まれそうな紺色の美しい瞳で私をじっと見つめた。
「大事にします!!」
「あ、ありがとうございます」
あまりにも真剣な顔で『大事にする』なんて言われたので少し驚いてしまった。
そしてリカルドが美しく笑った。
(うわ……キレイな顔)
先ほどは必死だったので、気づかなったが、リカルドはかなり顔が整っている。
しかも伯爵家でこれまで結婚していなかったのが不思議なくらいだ。
リカルドは、私から手を離すと、羽ペンを持って私の名前の上にサラサラと綺麗な字で名前を書いた。
――リカルド・ラーン
そしてペンを置くと、私を見て照れたように笑った。
「イリスさんとおっしゃるんですね」
「……はい」
そう言えば、まだ自己紹介をしていなかったことを思い出した。
「申し訳ございません。イリス・ゼスクと申します」
「私は、リカルド。ラーンです。どうぞ、リカルドと呼んでください」
「かしこまりました。リカルド様」
名前を呼ぶと、リカルドが私を見て石像のようにピシリと固まった。
そして、顔を真っ赤にして笑った。
「はい。イリスさん。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人で見つめ合って、私ははたと気づいた。
「リカルド様、急ぎましょう!」
「そうですね!」
そして私たちは受付に婚姻届を提出した。
「お願いします」
リガルドが提出すると、「はい。確かに」と言って婚姻届受理の証明書をくれた。これで私たちは正式な夫婦になった。
「リカルド様、それでは会場に向かいましょう!」
私が声を上げると、リカルドが『待って下さい』と言って首元からチェーンに通された指輪を取り出した。
そしてそれを私に差し出した。
「これ、祖母の形見なのですが持っていてくれませんか?」
「え!? そんな大切なものをお預かりするわけには……」
思わず両手を出すと、リカルドが照れながら私の見て笑った。
「きっと……その……イリスさんに似合うと思います……」
よく見ると、指輪は紺色だ。
婚約者がいる人や、結婚している人はお互いの目や髪の色のアクセサリーを身に着ける習慣があるが、私の今日のドレスは会場で目立たない薄いベージュのドレスにアクセサリーは無し。
伯爵家の妻として出席するには簡素な装いかもしれない。
「では……お借りいたします」
「はい」
指輪は、私の薬指にしっかりと入った。
少し大きいが、抜けるほどではない。それに、この指輪はかなり存在感があるので、かなり目立つ。
「ふふ、素敵です」
そして、リカルドが自分の右耳につけていた翡翠のイヤリングを差し出した。
「これ、簡単に付けられますので、こちらもどうぞ……」
これも付けろということだろうか?
翡翠は偶然にも私の瞳の色だが、それをお揃いで付けるということだろうか?
即席だとは思えないほど、かなり夫婦感がアップする。
「わかりました」
私はリカルドからイヤリングを受け取ると、左耳につけた。
「あなたの瞳の色を偶然身に着けているなんて……運命ですね」
リカルドが嬉しそうに笑った。
仮初の妻の私にまでこんなに優しく微笑んでくれるなんて、リカルドは、きっとすごくいい人なのだろう。
リカルドの持ち物のおかげで夫婦っぽく見えるようになった。
「それでは行きましょうか」
「はい」
今日は王太子主催の夜会で、さらに国外からのお客様もお招きしているので、そろそろ早い人たちは会場に入るはずだ。
「お手をどうぞ」
「え? ああ、ありがとうございます」
リカルドに手を差し出されて一瞬何が起きたのか理解できなかった。
(エスコートか……されたことないから一瞬わからなかった……)
男性にエスコートなどされたことのない私は、そんな習慣があることさえ忘れていた。
手を取ると、とても大きくて、ゴツゴツとして豆などが潰れていた。見た目以上にたくましい手で、驚いてしまった。
(苦労されているのね……)
私は彼の見た目と手の違いに内心、驚きながらも彼の隣を歩いてた。
「もしかして、イリスさんは剣を嗜まれるのですか?」
リカルドに話かけられて、彼を見上げて答えた。
「はい……」
向こうではずっと剣道をしていた。転生して貴族令嬢という何とも息苦しい世界の枠にはめられて、そのストレス発散のためにこっちの世界の剣術を始めた。
剣道とは全く違うので初めは戸惑ったが、今ではかなり上達した。
(やっぱり令嬢が剣術なんて、引かれるかな……)
これまで散々、女性が剣術をすることを嫌がる男性を見てきたので暗い気持ちになった。
恐る恐るリカルドを見るとリカルドは気分を害した様子もなく、むしろ嬉しそうに笑った。
「よかった、俺……私も剣を使うので、怖がられなさそうで安心しました」
今、一瞬、俺って言いかけた?
少し気になったが、私はリカルドを見上げた。
「怖いなどとは思いません」
「よかった。嬉しいな」
男性が剣を持つのはそんなに珍しいことではないので、怖がられることもないと思うが……
不思議に思っている開いたに会場に着いた。
「それではリカルド様、参りましょう」
「はい。よろしくお願いいたします」
私はリカルドと顔を見合わせた。
――いざ、夜会へ……
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