なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番

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5 突然訪れた変化

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 寮の自分の部屋に戻り、息を吐くと窓に映る自分の姿が見えた。

「あ……指輪と、イヤリング!!」

 リカルドに借りた指輪とイヤリングを返し忘れていたことを思い出した。

(こんな貴重なもの……どうしょう……)

 私はじっくりと指輪を見た。
 本当に深い紺色で、リカルドの瞳によく似ていた。
 もしかしたら、彼の祖父母のどちらかがこの紺色の瞳の色だったのかもしれない。

「綺麗だな……」

 思わず呟いてはっとした。
 
(そうだ、お風呂に入らないと入浴時間が終わる!!)

 私は指輪とイヤリングを、女官試験に合格した時にもらった濃紺のベルベット調の重厚な大きめの記章ケースに入れた。
 それしかこの指輪とイヤリングを入れておけるような入れ物はなかったのだ。
 その後、入浴を済ませてドレスを洗濯に出して、部屋に戻った。

 クローゼットを開けて荷物がどれくらいあるかを確認したが、女官の制服ばかりでほとんど私服はない。
 持ち物もほとんどない。
 実は城は町から離れているので、買い物に行くのも大変なのだ。
 しかも城から近いお店は貴族御用達の高級店ばかり。
 平民の私たちが気軽に物を買える場所は乗り合い馬車に乗って1時間もかかる。
 そうなると、城の中で必要なものは揃ってしまうので、わざわざ町買い物に行くこともない。

「すごい、私の荷物ってトランク1つにまとまるんだ……」

 ここに来た時に持ってきたトランク1つだけで荷物はまとまってしまった。
 ここ数年、私は勉強と仕事しかしていなかったことを痛感した。
 ふとリカルドの優しい笑顔を思い出した。

「私、結婚したんだ……しかも、あんな素敵な人と……」

 そう呟いてベットに寝転がった。

「信じられない……」

 いつも仕事終わりは憂鬱だった。
 サイモンの不平不満を聞いたり、彼の失敗のフォローをしたりで逆に仕事が増えて苦しかった。
 今日だって、トラブルに見舞われて、いつもなら外に出て剣を振り回していただろう。

「かっこいいって言ってくれた……」

 馬車の中で言われたリカルドの言葉を思い出して胸がぽかぽかとあたたくなった。
 本来なら今日の夜会担当だった私とサイモンは、明日は休みだ。
 だが、きっと午前中なら室長は来ているだろうから、室長に今度のことを確認しよう。





 次の日の午前中、私は少し遅く起きて仕事場に向かった。

「おはようございます」
「ああ、イリス。おはよう」

 部屋には室長しかいなかった。
 この部署は、常に多くの案件を抱えているのでみんな打合せなどで留守だった。

「昨日はお疲れ様。サイモンの件は聞いた。大変だったな」
「いえ、これから室長の方が大変そうです」
「まぁな。でも、君には随分と助けられた。これ……」

 室長が私に小切手を渡してくれた。

「え!?」
「退職金だ。今日までの給金も含まれた額だそうだ。これが書面。残念だが女官は、結婚と同時に仕事を辞めなければならない。婚姻届けを出した時点で、人事が動いたらしい。ちょうど今は、人事もヒマだったようだな」
「そうですか……」

 私は小切手と書類を受け取った。
 一生懸命勉強して、毎日必死で働いて、たったこれだけで終わりなのかと寂しく思えた。

「女官寮も退寮する必要がある。ラーン伯爵と相談して退寮の日程を決めてくれ」
「わかりました。室長、これまでお世話になりました」
「ああ、今日はみんな慌ただしくてな……私だけが見送りで悪いな」

 私は横に首を振った。

「いえ……」
「私物整理をしてまた声をかけてくれ」
「はい」

 私は自分の机に向かった。
 隣のサイモンの物が雪崩を起こして私の机にまで浸食しているがそれ以外は片付いている。
 
(これは、備品、これも備品、これは保管書類)

 全てを所定の位置に片付けて行くと、自分の持ち物は城に来ていた行商から購入した肌ざわりのいいひざ掛けだけだった。

(え……これだけ?)

 もっとあるかと思ったが、自分の持ち物は全くなかった。
 私はひざ掛けを持ってきた鞄に入れると室長の前に立った。

「終わりました」
「あ、もう終わったのか? 荷物は……それだけか?」
「はい……本当にお世話になりました」
「ああ、ご苦労様」
「また、戻って来たらよろしくお願いします」

 私が頭を下げると、室長が眉を寄せた。

「戻る?? いや~~それは難しいんじゃないか……(あの様子……あの方が離さないだろう……)」
「すみません。最後の方が小声で聞きとれなくて」

 室長は「いや、なんでもない」と言うとしみじみとした様子で私を見た。

「元気でな」
「室長も……お元気で、お世話になりました」
「ああ、道中気を付けて」
「ありがとうございます」

 私は再び、室長に頭を下げて仕事場を出た。
 廊下はとても静かだった。
 きっとここではなくとも、いずれはまた戻って来てお世話になる場所だ。私はもう一度扉の前で頭を下げると、歩き出した。

「ゲレル公爵閣下。本日は、ご尽力感謝いたします」

 城の入り口付近で、高位貴族が歩く姿が見えたので頭を下げていると、十数人が会話をしながら私の横を歩いて行った。私は規則なのでひたすら頭を下げ続けた。どうやら、ちょうど高位貴族の方をお送りする場面に居合わせてしまった。しばらくここから動けない。

「ふっ、ラーン伯爵の手腕も見事だった。何かあれば、また声をかけなさい。手を貸そう」
「恐れ入ります」

(ラーン伯爵? リカルド様? 相手は筆頭公爵家のゲレル公爵!?)

 昨日はピルオン公爵と話をしているが、今日はゲレル公爵だ。
 公爵家2家の承認が必要な商談とは一体どんな商談だったのだろう。改めて、もしも昨日リカルドが会場に入れなかったことを想像すると身体が震えた。

「ではな」

 公爵が馬車に乗ると、ほとんどの方は公爵のお付きだったようでリカルドだけがその場に残った。
 
「ふう……つっかれた……」

 ふと顔を上げると、リカルドがセットした髪をくしゃりと崩して、タイを緩めた。
 その姿は光を浴びて本当に綺麗だった。
 私はなんだか照れくさくなって再び頭を下げた。するとリカルド、こちらに気付いて声をかけてくれたかけてくれた。

「長い時間頭を下げさせてすみません、タイミングが悪かったですね。公爵閣下はいらっしゃいませんので顔を上げてください」

(私のような女官にまで優しいな……)

 顔を上げると、リカルドが目を大きく開けて大きな声を上げた。

「え? イリスさん? ……女官の制服……いい……隠されてるのが逆にエ……うわっ」

 リカルドは慌てて口に手を当ててが、私は制服姿を褒められて顔に熱が集まる。

「あ、りがとうございます」
「俺、いや、私、思わず口に……」

 リカルドはしばらく目をそらして大きく息を吐くと、再び私の方を見た。

「これから仕事ですか?」
「いえ、先ほど退職手続きが終わりました」

 リカルド目を輝かせながら大きな声を上げた。

「ということは、イリスさんはもう自由? 俺……私と一緒に昼食などいかかがですか? あ、もちろん、夕食もご一緒していただきたいのですが……」

 私は気が付けば笑顔になっていた。

「ぜひ」
「イリスさんと昼食をご一緒できるなんて嬉しいな」
「あ、私、制服なので着替えてきます」

 さすがに城の外で食事をするのに制服で行くわけにはいかない。

「わかりました。では、会談場所に一度戻って書類をまとめたら、女官寮に迎えに行きます」
「ありがとうございます」

 私はリカルドにお礼を言うと、急ぎ足で城を出た。
 空はとても晴れていい天気だった。

(ああ、いい天気……)

 空を見上げて目を細めた後、私は通い慣れた女官寮までの道を急いだのだった。

 
 
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