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12 客人
しおりを挟む夜の運河は風で揺れる水面に、街灯が映りとても幻想的だ。
この時間に寮を出たことのない私にはこの光景は新鮮だった。
(王都に住んでいると言っても、今まで見たこともなかった……)
私が馬車の外を見ていると、視線を感じて顔を外から中に向けた。
すると穏やかな顔のリカルドを目が合った。
もしかして、ずっと見られていたのだろうか?
なんとなく恥ずかしく思っていると、リカルドが穏やかな表情のまま口を開いた。
「もしかして、イリスさんは夜のこの景色を見たのは初めてなのか?」
「はい。寮には門限もあったので……」
リカルドが大きく目を開いた。
「門限……なるほどな……そうか、門限か……」
「リカルドは、門限はなかったのですか?」
「俺に門限!? ない、ない、ない。まぁ、あったとしても守らねぇだろうな~~」
「え? 学園時代に怒られませんでしたか?」
リカルドが困ったように笑った。
「はは、俺は王立貴族学園には通ってねぇんだ。ずっと領内の学校で学んでいたからな」
多くの貴族の子息や令嬢は『王立貴族学園』という学校に進学する。
正直に言うと、何かを学ぶのなら貴族学園ではなく、家庭教師でも学べるし、学園に入学する時点ですでに学ぶべきことを終えて、ただ社交のために1年限定で通うという人もいる。
私も一応男爵家の出身なので、貴族学園に通った。
そのくらい貴族なら誰でも通う学園に通わず、伯爵になったリカルドはかなり異例だろう。
さらにもっと驚くべきことがあった。
「ラーン伯爵領には学校があるのですか!?」
「ああ。ある」
自分の領に学校があるのはかなり珍しい。
読み書きなどを教えてくれる場所はあるが、こっちの世界で"学校"と呼んでもいいという陛下の認定を受けた施設を持つのはかなり大変なので、ほとんどの領に学校はないので、みんな王都に行くのだ。
私はすでに学校を出ているというリカルドを見つめながら尋ねた。
「あの……今更ですが、リカルドはおいつくなのですか?」
「25だ」
伯爵で25歳まで独身で相手もいないというのはかなり珍しいが、貴族学園に通っていないことも一つの原因かもしれない。
「ところで、イリスさんはいくつなんだ? あ、女性に年齢を聞くのは失礼か?」
「いえ……リカルドは家族ですので、知っていてほしいです。私は、21歳です」
18歳で女官試験に合格して、19歳から城に努めて、今年で3年目なので私は今、21歳だ。
「そうなのか……よく考えみると、俺はイリスさんの歳も知らなかったんだな。これからイリスさんのことをもっと教えてくれるか?」
「はい。私もリカルドのことをもっと知りたいです」
「ああ、俺も……知ってほしい」
二人で笑い合っていると馬車が停まった。
「着いたみたいだな」
リカルドが窓の外を見ると眉を寄せた。
「なんだ? あの馬車は……」
私の外を見ると船の前に馬車が停まっていた。
すると船から数人が慌てて馬車に近づいて来たので、リカルドが扉を開けた。
開けた瞬間に声が聞こえた。
「若!! 客人ですぜ」
「客人?」
リカルドが眉を寄せると、別の男性が小声で言った。
「かのお方ですよ」
「そうか……」
私は少し近づいて尋ねた。
「お客様ですか?」
リカルドが「ああ、そうみてぇだな。とにかく、イリスさんを部屋に送る」と言って、私の手を取った。そして駆けつけてくれた数人に向かって言った。
「悪いが、荷物を頼んでもいいか?」
リカルドの声に来てくれた人々が「わかりました~」と声を上げた。
「イリスさん、暗いから急がなくていい」
急がなくてもいいとは言うが、お客様を待たせていると聞いて、のんびりとはできないので、少しだけ早足で歩いた。
「遅い!」
船内に入った瞬間に、廊下の壁に身体を預けるように立って待っていた王族特有の赤い髪の男性がこちらを睨んでいた。
(赤い髪に赤い目……もしかして、この方は、レイモンド殿下!?)
王族を待たせてしまったことに身体が冷たくなっていく。レイモンド殿下とは、第3王子だ。王城に努めていたが、私は王族の方と直接かかわる部署ではないので、実際にお会いしたことはない。
だが遠くからは何度も拝見したことがある。
(あれ……でもさっき船の前に停まっていた馬車は王家の馬車じゃなかった……)
王族が移動するときはそれぞれの紋章の入った専用の馬車を使って移動するはずだが……
「申し訳ございません、殿下。ですが……お忍びというのは感心しませんね」
リカルドは動揺することもなく答えた。
(そうか……お忍びだから御自分の紋章の入った馬車を使っていなかったのか)
私が一人で納得していると、レイモンド殿下が小さく笑った。
「ふっ、人のことが言えるのか? リカルド……随分と危ない橋を渡っていたじゃないか……危うく、お前の領に法的措置を取るところだった」
(法的措置!? やぱり借金はそんなに大変なの!?)
私は動揺していたが、できるけ視線を動かさず人形のように気配を消して、二人の会話の邪魔をしないように努めた。
「その件は、ピルオン公爵にもご尽力いただきましたので、何の問題もございません。ところで、なぜ殿下がこのような場所に? しかも……お忍びで……」
リカルドが堂々と尋ねると、レイモンド殿下がリカルドを見て笑った。
「わかっているだろう? 私にも一枚噛ませろ」
リカルドは、困ったような顔をして声を上げた。
「どうせ私に拒否権などないのでしょう?」
レイモンド殿下はリカルドを見るとニヤリと笑った。
「あるわけがない」
リカルドは鋭い瞳でレイモンド殿下を見つめた。
「書状はお持ちですか?」
「ああ」
レイモンド殿下は、くるくると丸めた書状をリカルドに差し出した。
リカルドは丁寧に確認すると再びくるくると巻いて頷いた。
「確かに」
すると、ずっとレイモンド殿下の後ろに控えていたロダンがリカルドに書状を渡した。
「リカルド様、こちらを」
「ああ」
(リカルド様? なるほど、今は秘書としての役目ということね……)
私は瞬時に、ロダンの対応の意味を理解した。
リカルドは書類を確認すると、それをレイモンド殿下に手渡した。
「こちらでいかがでしょうか?」
レイモンド殿下は、書状を受け取り、目を左から右に滑らせて文章を読んでいた。
そして全てを読み終わったのか、書状から目を上げるとニヤリと笑って書状を懐に入れた。
「ふっ、いい条件だ」
そしてリカルドに向かって笑った。
「せいぜい上手くやれよ」
「はい」
リカルドは深々と頭を下げた。
レイモンド殿下は、数人の部下を引き連れて意気揚々と船を降りて行った。
そして、馬車に乗り込むと港から出て行った。
馬車が見えなくなるまでずっと神妙な顔をしていたリカルドだったが、急に声を上げた。
「ははは、まさか向こうからわざわざ出向いてくれるとは!!」
突然笑いだしたリカルドの様子に驚いていると、ロダンも口角を上げた。
「崖っぷちから一転、追い風になったな……」
「ああ、最高だ。よし、もう王都に用はねぇ。明日の朝一で港を立つぞ!! 全員に伝えろ!!」
リカルドが声を上げると、周囲にいた人々が「明日の朝一に出発だ」と言って去って行った。
そしてリカルドが私を見た。
「イリスさん、待たせてすまねぇ。部屋に案内するな」
「はい」
私は、リカルドの隣を歩いた。
「話を聞いていたから知っているとは思うが、明日の朝一で王都を発つ」
「わかりました」
両親にも結婚の報告が出来たし、仕事を辞める手続きなども終わったので明日王都を発ったとしても構わない。
「リカルドは第3王子殿下は仲がよろしいのですか?」
「え? ああ、仲がいいっていうより……同じ穴のムジナって感じだな?」
「同じ穴のムジナ?」
「ああ。レイモンド殿下とは、なんだかんだ協力関係になることが多いな。(まぁ、表にはあまり出せねぇ関係ではあるがな……)あ~~出来れば、レイモンド殿下がここに来たことは口外しねぇでもえるか? お忍びで来たみたいだから一応な」
できれば?
絶対の間違いではないだろうか?
「誰にも言いません、絶対に!!」
「あ、ああ。悪いな。今日は疲れただろ? ゆっくり休んでくれ。こっちだ」
そして私はリカルドに連れられて船の中を移動したのだった。
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