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21 常識
しおりを挟む私はどうやら、ピルオン公爵家に深い因縁が出来てしまったようだ。
(まさか、私だけではなくリカルドまで苦しんでいたなんて……)
サイモンからのダメ出しを思い出してみると、彼は出し物などを省いて自由な時間をやたら作らせようとしていた。
外国からのお客様をお迎えする時に、この国の文化の紹介として踊りや音楽を披露するのは定石なのに、おかしなこという人だ。内情をわかっていないと思っていたが……
(自分が他の貴族と顔を繋ぐ必要があったのね……出し物中に話をしていたら非常識だし……)
もしかしたら、夜会など王室主催のイベントを取り仕切る部署に配属されたのも、他の貴族と顔つなぎをするためなのかもしれない。取り仕切る側なら今回のように『既婚者』などの条件があっても入り込むことができる。それに事前に招待客リストも確認できる。
もしも顔つなぎをしたいという人間にとってこれほど絶好の部署はない。
(そうか、そもそも私たちとサイモンの目的は違ったのね……だからあんなに必死にダメ出しをしていたのか……)
私たちの目的は『王太子殿下のお客様をおもてなしすること』だが、サイモンの目的は『自分が夜会で顔つなぎをすること』だった。
私たちは目的が全く違う。それは上手くいかないのは当然だ。
(私、あのまま何も知らずにあそこにいたら……つらかっただろうな……)
私の目的と彼の目的が重なることは、絶対にありえない。そんな中、全く方向性の違う人たちと一緒に仕事をしていても、上手くいくわけがない。
しかも相手は、ピルオン公爵家の次男。上司でさえも彼には何も言えない状況が続く。
私は自分の過去を思い出してしんみりしていると、リカルドに声をかけられた。
「ガラスのせいで話がそれたが、イリスさんはどんな仕事をしていたんだ?」
「仕事……」
「ああ、昼間、聞きそびれちまった。ずっと気になってたんだよ。さっき、サイモンの同僚だとは言っていたが……」
そう言えば、昼間にリカルドと私の仕事についての話の途中だったことを思い出した。
(覚えててくれたんだ……)
リカルドが覚えていてくれたこと嬉しいと思った。
「私は、王太子殿下主催の夜会や催事を企画運営する部署にいました。企画運営と言ってもほとんど書類仕事で……関係各所と連携を取るために毎日大量の書類を作る日々でした」
そう、夜会を企画すると言っても段取りが決まったら全て書類仕事になる。
書面で残さなくては何かあった時に、たくさんの人が絡むので大問題になるのだ。
だが、サイモンが来てからは企画自体にダメ出しをするので、書類がギリギリになり、それなのにあの男は『それは私の仕事じゃない』と言って全部、私に押し付けていた。
それに作ったとしても、本当に文官試験を合格したのか、というレベルでミスばかりだったのでそのミスのフォローでさらに残業になったりした。
書類が遅れるたり、間違ったりする度に頭を下げた日々は……地獄だった。
「それでイリスさんは、殿下のパーティーにいたのか。だが、そりゃ~~大変そうな仕事だな……俺なんて、書類一つでぐったりしてるっていのに……」
「ぐったりですか……」
(もしかしたら、慣れない書類で本来の仕事が出来ずに借金が??)
私はリカルドをじっと見つめた。
「リカルドが望まれるのでしたら……書類の作成のお手伝いをさせてもらえませんか……」
「え!?」
リカルドが目を大きく開け、興奮したように言った。
「イリスさんが手伝ってくれる? ということは……ずっと一緒に仕事する? ……それはつまり、俺と正式に結婚してくれるってことか? ずっと一緒にいてくれるってことか?」
「ええ!?」
まさかそんな展開になるとは思わずに声をあげて驚いた。
リカルドは絶対にモテるだろう。だから借金の返済に有利な家に婚姻を持ちかけられたら、私は邪魔になる。
何度も言うが、高位貴族にとって相手が結婚していようが関係ない。
条件がいい方が選ばれる。
そして私は条件は――最悪だ。
お互いのことを思うと、絶対につらくなる。でもせめて借金がどうにかならないか手伝えればと思ったのだ。
真剣に考えていると、リカルドが落胆の色を見せながら言った。
「いや、悪かった。急性だったな……今のは……気にしないでくれ」
顔を上げてリカルドを見つめた。確実に彼を傷つけているのがわかる。
でも、どうしたらいいのだろう?
私が必死で考えていると、リカルドが真剣な顔をした。
「そんな顔しないでくれ……その……イリスさんの気持ちを無視するようなことはしないと誓うから」
もう全てを言いたい。
でも、ずっと見て来たのだ……旦那様になった人が高位貴族に奪われる過程を……
リカルドを悲しませたくないけど、もっと好きになった後に離れるのはもっとつらい。
心が揺れる……
「ど、どうしたんだ!?」
すると突然リカルドが大きな声をあげた。
リカルドが慌てて立ち上がった拍子に、彼のグラスが倒れて、少しだけ残っていた中身が少量テーブルに零れた。
まるで血のような赤が真っ白なテーブルクロスの一部を染めた。
私はというと、その光景を見ながらリカルドに座ったまま抱き寄せられた。
「そんな泣くほど、困ることだったのか……」
気が付けば、私は泣いていた。
リカルドのつらそうな声を聞いたら、もう――我慢できなかった。
「違うんです!! 違う、リカルドが悪いわけじゃありません」
気が付けば私は叫んでいた。
頬に涙が流れるの感じたが、それに構うことも忘れてリカルドを見上げた。
「本当に違うのです……リカルドは素敵なので、私と一緒にいても……他の貴族の令嬢に結婚を打診される可能性があります」
私は真剣に言ったのに、リカルドは先ほどまでのつらそうな顔を崩して、呆れたように言った。
「はぁ~~? いや、ねぇって。ねぇ、ねぇ。そんなこと絶対にありえない。そもそもイリスさんと結婚してるってのに、他の令嬢と結婚とか、ありえねぇだろ!? どうしてそんな無用な心配を……」
私は気が付けば叫んでいた。
「私はずっと女官でした。同僚には、旦那様を高位貴族のご令嬢に奪われた方がたくさん……本当にたくさんいらしていました……だから、今回リカルドは私と仕方なく結婚したので、高位令嬢から本格的な打診があったら断れないと思います!! 本当に多いんです。夜会で出会ってすぐ結婚して……他の令嬢と結婚するから別れるというご夫婦……」
リカルドは頭をかきながら呟いた。
「(俺は聞いたことがないが……そりゃ~~随分と特殊なケースばっかり見てきたんだな……まいったな……)」
私はリカルドに抱き寄せられたまま、泣いている顔を見せたくなくて下を向いた。
すると頭上からリカルドの優しい声が聞こえた。
「事情はわかった。なんていうか……俺たちが"賊討伐"を"掃除"っていうみたいに、イリスさんにとっては当たり前のことなんだろ? だったらやっぱり、これから俺と過ごすことで、ゆっくり納得してもらうしかねぇな」
「え?」
私は顔を上げてリカルドを見た。
リカルドは私の手を取って手の甲にキスをした。
「まぁ、ゆっくり進もうぜ。仕事も手伝ってくれるっていうなら有難いが、無理をする必要はねぇからな」
「はい……」
私はうなずくと、リカルドが困ったように笑った。
「少しでいい。話をしような」
「はい」
そして私はリカルドを見て微笑んだ。
常識は違う。
でも、常識というのはすぐに変えられるわけでもない。
結婚とは本当に意識のすり合わせが重要なのかもしれないと思ったのだった。
その後、3日かけて私たちを乗せた船は、ラーン伯爵領に到着した。
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