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タイムリミットまであと【5日】
しおりを挟む今日は、卒業式の後にある舞踏会のリハーサルの日だった。
リハーサルだが、授業の一環なので皆同じドレスだ。この学園に通っていれば、皆、授業用のお揃いのドレスを持っているのだ。授業ではクラスメイトと踊るが、今日は舞踏会のリハーサルなので、皆婚約者が学園に来ていた。アンナも、イリスも婚約者がいるので、朝からとてもそわそわしていた。
ちなみにゲームでは、アルベルト殿下のリハーサルでの相手は私だ。
ロゼッタが強引に『さぁ、アルベルト殿下、お早く』『あ、ああ』と、殿下の腕を強く引いて、ダンスをするのだ。後ろ髪を引かれるように、好きでもない悪役令嬢に連れて行かれる殿下と、最愛の殿下をロゼッタに連れて行かれて、一人で涙目で肩を落とす主人公カルラ。
カルラ目線で、ゲームをしていた時は切なくて、泣きそうになった。
だが……。
ロゼッタになってみると酷くいい迷惑だ。ロゼッタとしては、学園外から生徒の婚約者も来ているわけなので、殿下が婚約者以外の令嬢と踊って浮気などという噂がたったら王太子としての彼の評判に関わる。だからこそ、強引に彼をダンスに誘ったのだろう。
イリスも、アンナも婚約者と一緒に楽しそうに話をしていた。2人とも婚約者にとても愛されているようだった。正直羨ましい。
はぁ~~~~~。
どうしよう。
ゲームと同じように強引にアルベルト殿下をダンスに誘うべきだろうか?
いやいや、最終的に自分を捨てる男に自分が悪役になってまで、そこまで尽くす必要があるだろうか?
チラリとアルベルト殿下の方を見ると、相変わらず4人で一緒にいた。他には一切目もくれず、4人の世界をつくり上げている。あの中に割って行ったゲームのロゼッタはかなりの猛者だ。
はぁ~~~~、マジでどうしよう。帰りたい。
「殿下のところに行かないのですか?」
突然話かけられて振り向くと、分厚いメガネをかけ、可もなく不可もない目立たない服を着た男性が立っていた。
「どちら様ですか?」
慌てて距離を取ると、男性がメガネをずらして、顔を見せてくれた。
「脅かしてすみません、私です」
ダサい瓶底メガネの下には、超絶美形って……ゲームかっ!!
思わずツッコミそうになるのを耐えた。
レオンだ。
レオンがいる。
まぁ、部外者も多いのでレオンがいたところで目立つことはないが……。
そう言えば、昨日『明日も学園に来ます』と言ってた。
「皆、パートナーと一緒にいるようですよ?」
「幸せそうに話をしていらっしゃる殿下に、お声がけする私の身にもなって下さい……絶対に殿下に睨まれます」
私が息を吐くと、レオンが困ったように言った。
「まさか、ロゼッタ嬢のような美しい令嬢に声をかけられて、嫌がる男はいませんよ。きっと人が多くて、あなたの居場所がわからないのですよ。皆、同じドレスですし」
「……レオン様は私を見つけて下さったようですが……」
私が皮肉の篭った瞳でレオンを見上げると、レオンは困ったように頭に片手を乗せながら小声で言った。
「……私は……(あなたを見つけるのは慣れていますので)」
「え? すみません、今、なんとおっしゃたのですか?」
よく聞こえなくて、聞き返すとレオンが慌てて声を上げた。
「いえ、なんでもありません。ほら、殿下はあなたを探しているかもしれませんよ。行ってあげたらどうですか?」
――そんなことはない。
心の中でツッコミを入れた。現にここに来たばかりの時、殿下とバッチリ目があったが、すぐに逸らされた。それに今だって、殿下はカルラの手を……。あれ?
「そうではありません。レオン様、よくご覧下さい。殿下たち揉めているみたいですよ?」
「え?」
彼らを見るとカルラの右手を、殿下が左手をエディが、背中をクイールが掴んでいた。
なんだあれ?
声は全く聞こえないが、4人が揉めているようだ。困ったカルラが先ほどからチラチラと私を見ている。殿下を連れて行ってほしいというのだろうか? まぁ、私としてはカルラを助けるために連れて行く義理はない。そして、しばらく観察していると、4人は揃ってダンスホールから姿を消した。
「殿下……ロゼッタ嬢をお迎えに来ませんでしたね……大切な卒業舞踏会のリハーサルなのに……殿下は、ロゼッタ嬢の婚約者なのに……まさか……本気で婚約破棄を?」
その瞬間、レオンが信じられないというような声を上げた。
「ですから、そう申し上げたはずです」
レオンは少し低い声で言った。
「失礼、ロゼッタ嬢。殿下を追います」
「私も行きます」
パートナーも無しにこの場にいてもやることがない。気を遣ったダンスの教師が一緒に踊ってくれるかもしれないが、それは遠慮したい。
彼らは、いつも食事をする裏庭園にいた。
「殿下には、ロゼッタ嬢がいるのではありませんか!!」
裏庭園に着いた途端、クイールの声が聞こえた。
「そうです。婚約者のいない私とクイールが交互に彼女と踊るなら仕方ないにしても、殿下はロゼッタ嬢と踊って下さい。婚約者でしょ?」
「そうですわ。アルベルト殿下、ロゼッタ様と踊って下さい。ロゼッタ様がお可哀想ですわ」
どうやら、みんなで私にアルベルト殿下の押し付け合いをしているようだった。
「だが!! 私は、ロゼッタではなく、カルラと踊りたいのだ」
はぁ~~やっぱりか。
私として予想通りの展開だったので、不思議でもなんでもないが、隣にいるレオンからヒンヤリとした冷気が漂ってきた気がした。
「今日は卒業式のリハーサルなのに……殿下……随分とふざけたことを言ってくれていますね」
レオンが聞いたこともないほど、低い声で言った。まぁ、無理もないだろう。大事な弟が女性に振り回されているのだ。穏やかではいられないだろう。だが、これを見れば少しは私の言葉が正しかったと理解してくれるのではないだろうか?
私は、少しだけ期待の籠った瞳でレオンを見た。レオンは、まるで鬼のような形相で、何かをブツブツと呟いていた。メガネがあってよかった。怖さが少し和らぐ。美形の睨みは石化必至だ。だが、ちょっと怖すぎるので私は、レオンから視線を逸らして、またあの4人組を覗いた。
一体これからどうなってしまうのだろうか?
4人はかなり険悪な雰囲気だ。
殿下や、エディ、クイールが大声で叫んで彼女の取り合いをしている。
皆、今にも斬りかかりそうなほどヒートアップしている。
どうなるの?
どうするの?
すでに私は自分の婚約者が、どうとかいうことは考えておらずに、野次馬100%で4人を見ていた。すると、カルラが大声を上げた。
「やめてください!! これ以上、私のために争うのはやめてぇ!!」
涙を大きな瞳一杯に溜めたカルラが、叫ぶと3人はピタリと止まった。そして、泣き出したカルラをなだめるように声を上げた。
「すまなかった、カルラ。怖い想いをさせたな」
「カルラ、どうか泣かないでくれ。もうしない」
「カルラ嬢、あなたの気持ちも考えずに大きな声を出してすまなかった……」
カルラは、目に涙を溜めてウルウルとした瞳で3人を見上げながら言った。
「本当ですか? もうケンカはしないですか?」
「ああ、もちろんだ」
「しないとも!」
「カルラ嬢を泣かせるようなことはしない」
3人が『すまなかった』と頭を垂れると、カルラは花のような明るい笑顔を浮かべて殿下、エディ、クイールのそれぞれの頬にキスをした。そして、にっこりと微笑みながら言った。
「アルベルト殿下はロゼッタ様と踊って下さいね」
「………………仕方ない。わかった」
「では、エディ様……クイール様は順番に踊って頂けますか?」
「ああ!!」
「もちろんだ。では、早速行こう!!」
エディと、クイールは意気揚々と、ダンス会場に向かった。そして、私と踊る……つまりババを引いた殿下は、肩を落としてトボトボと歩いていた。カルラは、そんな殿下の耳元に顔を寄せて、何かを伝えていた。すると殿下は、元気になりご機嫌に歩いて行ったのだった。
まるでプロのお水のお姉様のようだ。
怒りや呆れを通り越して感心してしまう。
私の隣でこの一部始終を見ていたレオンも呆然としていた。
「レオン様」
私が、固まったまま声をかけると、レオンも固まったまま答えた。
「……なんでしょうか、ロゼッタ嬢」
「私、帰ってもいいでしょうか?」
とてもじゃないが、いくら婚約者の務めとはいえ、押し付け合いの果てにイヤイヤ踊るのに付き合う気力はない。私がいなければ、殿下が私と踊らなくても大きな問題にはならないだろう。レオンもそう思ったのか頷きながら答えた。
「そう……ですね……送って行きます」
「ありがとうございます」
私たちは、しばらく呆然とした後に、屋敷に戻ったのだった。もちろん、アルベルト殿下とダンスなどせずに。
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