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第一章 幸せが約束された未来
15 ハンスの婚約者としての日常(2)
しおりを挟むシャルロッテが、伯爵家で勉強をしていた頃。
ウェーバー子爵邸では……。
「ちょっと、エイド。昨日わざわざ、お嬢様を単独でゲオルグ様に会わせたんですって?」
エマは箒を持ちながら、買い物から戻ってきたエイドに向かって声を上げた。
「ああ」
「もう、何やってるのよ!! 折角、エカテリーナ様が、ゲオルグ様の思いに気づかないように配慮して下さったのに!!」
「だってお嬢、ゲオルグ様に手紙書くって言ってたんだぜ? ゲオルグ様の立場になって考えろ!! そんなもん贈られたら……あきらめられなくなるだろ? ……手紙ってのは……ずっと手元に残って……残酷なんだからよ。そういう手紙って、捨てたくても、捨てられねぇし……」
「……」
エイドのつらそうな顔を見て、エマも押し黙った。
――手紙。エイドとエマにとって、それは様々な感情を引き起こす思い入れのある物でもあったのだ。
「とにかく、ゲオルグ様とお嬢は、あの時。ちゃんと納得して別れたんだ。
ああいうのは、ずっとあのままだと、お嬢の心にずっとモヤモヤと残って、ゲオルグ様のことが頭から離れなくなって、ハンス様との仲を邪魔しかねない。
さっさと会って、お互いに終わりにした方がいいと思ったんだよ。
貴族令嬢ってのは、婚約者だけを愛さなきゃ、幸せにはなれないんだからよ。
俺は、お嬢が婚約話を受けた時から、お嬢と、ハンス様の仲を邪魔する者は、徹底的に排除するって決めてんだよ」
「そう……ね。はぁ~~。もういっそ、お嬢様が今後、恋心っていうのをハンス様以外の男性に抱かないように、凍らせられたらいいのにね」
エマが困ったように、呟くとエイドがつらそうに言った。
「バッカ。お嬢は、もうとっくに心を凍らせてるよ。一日何度も『自分はハンスが好き』だと口に出してる。まるで暗示かけてるみたいにな。最近ではお嬢は、旦那様と俺におやすみのキスをしなくなったんだぞ……」
エイドは、まるで反抗期の子供を持つ父親のように虚ろな表情で天井を見上げた。
そんなエイドを見て、エマが「ああ、そういえば…」と言った後に、気の毒そうにエイドを見た。
「エイド……寂しいの?」
「もう、この世が終わりそうなくらい寂しい。……旦那様も『寂しすぎる』って嘆いてた。
はぁ~~あんな小さくて可愛かったお嬢が……俺としては、お嬢にはもう少しゆっくりと成長して貰いたかったんだけどな」
エマが俯きながら呟いた。
「そうね……」
☆==☆==
エイドとエマが、シャルロッテのことを想っていた頃。
シャルロッテは……。
「シャル~~。さっきの先生の話って……どう思う?」
家庭教師の先生が部屋を出ると、ハンスが机の上に顔を乗せながら呟いた。
さっきの話とは、貴族が王家から課せられた使命の話だ。
例えば、我がウェーバー子爵領の領主に課せられた使命は『治水』だ。
大きな川が中央に流れるウェーバー子爵領は、大雨が続くと、すぐに川が氾濫する。だから、私たちの領で治水をしなければ、他の領に迷惑をかけてしまうのだ。
――水を治めること。それが、ウェーバー子爵家に王家から課せられた使命だ。
ウェーバー子爵領は王都からの比較的近く、西部は、我が国の大切な財源である宝石を含む鉱石が取れる鉱山を有するホフマン伯爵領。
そして反対側、東部には、大きな港を持ち、国の貿易を担うベリサイア侯爵領。北部は、王都と他の領を結ぶ重要な街道を持つエカテリーナのお家でもあるランゲ侯爵領。
南部が、酪農で王都に住む者の食を支えるバールス男爵領。
貴族として生まれた時から、自分たちの使命を聞かされている私にとって、ハンスの質問の意味はよくわからなかった。
「ハンス、ごめんなさい。先生の話をどう思うか、というのはどういう意味かしら?」
私がハンスに尋ねると、ハンスが机に顔を乗せたまま、視線だけをこちらに向けて呟いた。
「そのままの意味だよ。どうして、生まれた時から、自分の未来が決まっているんだろうね。
僕は、宝石なんて興味ない。騎士になりたかった……」
確かにハンスは、7歳で、乗馬の大会に出られるくらいに上手だし、剣の先生も、剣術大会に、年齢制限がなければ、出場させたいというほど優秀らしい。
きっと騎士にもなれるだろう。
だが……。
貴族の領主の息子でそんなことを言うとは思わずに、私は言葉を詰まらせた。
「……」
私が黙っていると、ハンスがまた口を開いた。
「みんな子供が小さいうちは、お父様や、お母様が王都にいらっしゃるのに……。僕は、宝石に詳しいおじい様から、宝石の教育を受けるために、1人で王都にいる。お父様も、お母様もお忙しいから、なかなか王都には来て下さらない」
ハンスのご両親は、宝石のことを領主を引き継いでから学びだしたらしい。
だが、宝石の知識は膨大で、ほとんど覚えられなかったと、ホフマン伯爵は言っていた。
だから通常であれば、ハンスも私のように、両親と学校を卒業するまでは過ごし、それから領に戻るはずだったのだろう。だが、宝石の知識のあるハンスの祖父であるホフマン伯爵から教えを受けるために、ハンスは両親とは離れて王都で暮らしている。
幼いハンスにとって、両親と離れ離れにされるのは、つらいことなのだろう。
だが、それほどのことをしないと、宝石の知識を身に着けるのは難しいということでもあるのだ。
――これは、将来のため。
7歳で、婚約して私まで宝石の知識を身に着けるのもすべては、未来のためなのだ。
私は、ハンスの手を取った。
「私じゃ、ハンスのご両親の代わりにはなれないけど……私は、ずっとハンスと一緒にいるわ。そして、私のできることだったらハンスの願いが叶うように協力する!」
すると、ハンスはキレイなエメラルドグリーンの瞳、いっぱいに涙を溜めて、泣かないように我慢しながら言った。
「うん。シャルは、俺のそばにいて。離れないで」
私は、泣くのを必死で我慢しているハンスを思わず、抱きしめた。
するとハンスの泣く声が聞こえてきた。
どうしても、ハンスが騎士になりたいというのなら、私が領主業務を代行すればいい。
ハンスが寂しいというのなら、ハンスの隣にいよう。
私がハンスの分も知識を付けて、ハンスを支えよう。
「決して、離れないわ。大好きよ、ハンス」
この時、私は一生、彼から離れないことを誓った。
「……ありがとう。大好きだよ、シャル。……シャルがいてくれて、よかった」
私はこれまで以上に、勉強を頑張ることを決めたのだった。
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