好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

文字の大きさ
50 / 95
幕間 ハンス SIDE

49 ハンスSIDE 5

しおりを挟む
 それから、シャルと話をするチャンスはあった。久しぶりに、ホフマン伯爵で、シャルとお茶をしながら私たちは話をしていた。

「ハンス! 今度の大会も応援に行くわね」

「うん……」

 私はシャルの顔を見つめた。シャルは昔と変わらずに可愛いし、好きだ。
 話をして、将来のことを相談したい。そう思っているのに、言葉が出なかった。

「どうしたの? ハンス?」

「いや……なんでもないよ。シャルは今日も可愛いね」

「ふふふ、ありがとう。ハンスも素敵よ」

「……ありがとう、七色の噴水に行ってみる?」

「ええ!!」

 笑顔のシャルが立ち上がると、私は思わずため息をついた。

「……はぁ」

「どうしたの?」

「なんでもないよ、行こう」

 私は急いで誤魔化すと、シャルと一緒に噴水に向かった。

 結局その日は、シャルと話をすることは出来なかった。
 それだけではなく、シャルと一緒にいることが、息苦しいとさえ、感じる自分がいたのだった。

☆==☆==

 大会が近づくと、訓練は厳しくなった。最近では、騎士団の演習にも参加しているので、尚更だった。それに私の頭の中には、騎士団長に言われた言葉が渦巻いていた。

『自分の思い通りの政策をしたいなら、侯爵になれ』
『騎士になるなら、後ろ盾になる』

 騎士団長の言葉を思い出して、ぼんやりしていると、ヘルマ嬢が心配そうに言った。

「ハンス様、大丈夫ですか?」

「ああ、ヘルマ嬢。いつもすまない」

 今日も私は、ヘルマ嬢に、勉強を教えて貰っていた。

「そんなことはいいのです。私、あなたの剣を振るっている姿、好き……ですし。剣の時だけではないですが……」

「え?」

 好き?
 私を?

 顔に体温が集まるように感じた。シャルによく好きだと言われるし、私もよく好きだというが、その時には感じない熱だった。

「後悔しないように!! 全力で訓練して!! 出来ないところは私が支えます」

 ヘルマ嬢が、顔を真っ赤にしながらも、真っすぐに私の顔を見て言った。
 その顔がとても綺麗で目が離せなかった。

 ダメだ。
 これ以上はダメだ。

 私にはシャルがいる。
 シャルがいるんだ!!

 思わず、ヘルマ嬢に伸ばしそうになった手を必死の思いで止めた。

「ありがとう。後悔しないように全力を尽くすよ」

 私が答えると、ヘルマ嬢が少しだけ、俯いて呟くように言った。

「ケガは、しないで下さいね……」

 その瞬間、身体中の血が押さえられない感覚があった。
 これまで、耐えていた何かが全て壊れて行く感覚。

 私は、ヘルマ嬢の髪に手を伸ばすと、自分を押さえられずに髪にキスをした。
 
 愛しい。
 この女性が愛しい。

 ずっと一緒に居たい。

「ハ、ハンス様?!」

 ヘルマ嬢は顔を真っ赤にして、私を見ていた。その顔からも目が離せず、私の視線は、ヘルマ嬢の唇に釘付けになった。ヘルマ嬢も、私をじっとみていた。

 気が付けば、私はヘルマ嬢を腕の中に抱きしめていた。ヘルマ嬢も私を抱きしめてくれた。

 愛しい。
 愛しい。
 愛しい。

 私が初めて出会う感情、愛しいという感情。
 この人が欲しい。

 17歳。私は、生涯を共にしたいと思える女性を見つけたのだった。
 そして、同時に私は騎士になると誓ったのだった。
 
☆==☆==

 ヘルマ嬢にプロポーズをして、全てをシャルに伝えようとしていた時。
 おじい様が亡くなった。

 私にとっては、最悪のタイミングだった。
 おじい様という宝石に関する重鎮がいるうちに、鑑定士に仕分けを教える制度を整えたかったのだ。
 
 だが、その時は、おじい様にお墨付きを貰った自分の考えは、全ての人に認められると思っていたのだった。

 おじい様の告別式が終わり、両親に全てを打ち明けると、泣かれてしまった。
 私としても、円満に婚約解消をしたかったので、婚約破棄は想定外だった。
 だが、もう、後には引けない。
 私は、シャルに、婚約破棄を言い出すことにしたのだった。

☆==☆==

 次に日、私たちがシャルの家に行こうと思ったが、契約により、それは出来なかった。
 幼い頃の婚約だったので、色々と無茶な条件がたくさん課せられていた。

(ああ、私は、幼いシャルを、こんな理不尽な決まりで縛り付けていたのか……)

 シャルに対して、申し訳ないとしか言えなかった。


「……シャル……すまない……君との婚約を破棄……したい」

 私がそう告げた途端、いつも可愛い笑顔を浮かべていたシャルの顔がつらそうに歪んだ。
 今にも泣き出しそうなシャルの顔を見たのは初めてだった。

 その顔を見た途端、急に罪悪感に支配された。

 シャルを傷つけたかったわけじゃない。
 シャルを泣かせたかったわけじゃない。

 愛しているとは言えなくても、家族のように好きなのだ。
 
 もし、シャルと友達として出会っていたら、お互いにこんな思いをしなくても済んだのかもしれない。

――こんな風に彼女を傷つけてしまう出会いではなく、友人として出会いたかった。

 シャルと一緒に励まし合って勉強した時間は本物のだ。
 シャルと一緒に笑った時間は本物だったのだ。

 シャルのことは好きだ。
 心から好きだ。
 シャルが困っているなら、世界の果てからでも助けに行くと思うくらい好きなのだ。


――でも……愛せはしないのだ。

 
 思わず、私の目からも涙が出てきた。シャルは、私にとって家族なのだ。その家族を傷つけた……。


「……婚約破棄を受け入れます」


 そう言って、シャルは俯いたのだった。
 シャルを泣かせてしまったことが申し訳なくて、涙が溢れてきた。

「(ごめん……シャル)」

 私は、拳を握り、誰にも聞こえない声で呟いたのだった。

☆==☆==


 シャルに婚約破棄を告げて、半日ほど経った頃。
 王宮から戻ってきた、父上が、淡々とした口調で告げた。

「我がホフマン伯爵家は、宝石の仕分け事業を、シャルロッテ嬢に正式に譲渡した」

「え?」

 信じられない答えに、私は唖然としていた。

「これによって、現在の我が伯爵家の収入は半分に以下になるだろう」

 お父様は、表情を崩すこともなく、淡々と言った。
 喜んでいるのか、悲しんでいるのかよくわからなかった。

「そう……」

 お母様の表情も読めなかった。

「ただ、今後は宝石のための王都の屋敷の護衛は減らせるし、宝石保管の費用もなくなるから、実質、手元に残るのは半分とよりは多くなるだろうが……」

「鉱山はどうなるのですか?」

 お母様も、まるで感情がなく、無機質に尋ねた。

「鉱山はこれまで通り我が伯爵家が、管理する。なので、採取した宝石は、我が領で、これまで通り鑑定して、ランゲ侯爵に送り、私たちは、宝石の代金をもらう。それと、地質調査も、採取したら、全てランゲ侯爵家に送ることになるな」

「宝石の仕分けがない……?」

「ああ。全て……シャルロッテ嬢が引き受けてくれた」

「……私は、今後……宝石を仕分けする必要がない?」

 信じられない思いで呟いた。

「そうなるな。陛下が、領地経営だけではなく、鉱山の管理もあるので、伯爵の位を引き続き与えて下さるそうだ。元々、父上と、その前の領主が、宝石について詳し過ぎたのだ。もう一度、堅実に、領地経営を行おう」

 領地経営と鉱山管理だけ……宝石の仕分けがない?
 私はまだぼんやりとして現実を見ていなかった。

「ハンス、お前も騎士になりたいというのなら、ナーゲル伯爵令嬢としっかりと話し合いなさい。ただ……私たちは、お前たちと関わることは遠慮する。シャルロッテ嬢を想うと……それほど、簡単に新しい令嬢を受け入れることはできない。結婚式には出席しよう。だが、おまえたちのためではない。宝石の護衛でお世話になっている、ナーゲル伯爵家の顔を立てるためだ」

「そんな!! 父上も、母上も私たちの結婚には反対なのですか?」

 父上の、まるで私を切り捨てるような言い方に、焦りが出てきた。
 すると、父上は自嘲気味に言った。

「反対? そんな簡単なことではないのだ。受け入れられないのだ。シャルロッテ嬢を思うとな」

「ええ、幼い頃から、無理をさせ……あの子には私たちの代わりに、あなたの親代わりまでさせてしまった恩があるわ。そんな恩人に。婚約破棄という非人道的な仕打ちをしてしまったのよ?! 受け入れられるわけがないでしょう?」

 母上もどこかぼんやりと虚ろな瞳で言った。

「領地経営についての引継ぎは書面にて行う。私の秘書に、お前たちへの引継ぎを託すことにする。おまえたちの子供が、貴族院を卒業したら、領地に戻れ。それ以降は、私たちが、社交のために王都に暮らす」

「では、本当に一緒に暮らして学ぶ期間はないのですか?」

「ない。そうだ、王都の屋敷は、人件費も高いからな。我が領から来てくれていた古参執事は、領に連れ戻す。こちらの屋敷には、執事1名、侍女2名、護衛2名、掃除・洗濯係1名、料理人1名、庭師1名、御者1名、を残し、ホフマン伯爵領から来ている者は連れて帰り、こちらで雇った者には、別の働き口を紹介する」

「残るのは、それだけ……ですか?」

「ああ。元々、おじい様が、こちらを拠点にするまでは、そのくらいだった」

「ハンス……これは一般的な人員配置よ」

「明日、この家の宝石を全て、ランゲ侯爵家に移し、王都の屋敷を整理したら、私たちは領に戻る。
 ハンス、最後に一番大切なことだ。今後一切、シャルロッテ嬢には近づくな。それが、ウェーバー子爵家が今回の婚約破棄を受け入れる条件だ」

「え? 今後一切?」

「当たり前だ。お前は、ナーゲル伯爵令嬢を選んだのだろう? 彼女を幸せにすることだけを考えろ。いいな。絶対に近づくな、これは正式な書類だからな、処罰もある」

「処罰?! そこまで?!」

「ハンス、絶対に近づかないで。彼女をこれ以上、傷つけたら、許さないわ」

 話が終わり、私は、自室のソファーに沈み込み、胸元を押さえた。
 シャルとは、これまで通りとはいかないまでも、会えば、あいさつをしたり、話くらいはできるかと思っていた。

 私は、月を見上げてシャルロッテの笑顔を思い出し呟いた。

「もう、2度と見ることはできないのか……」

 自分で押さえられないほど、涙が流れた。
 この涙が一体、どんな意味を持つのか私にはわからなかった。

 私には、愛する女性もいて、将来だってある。
 泣くことなどない。

 それなのに、涙はとめどなく流れた。


 もしかしたら、ずっと大好きだった女の子。
 シャルロッテ・ウェーバーとの、別れの涙だったのかもしれない。


しおりを挟む
感想 253

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...