好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番

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第十章 今が繋がった道の先へ

86 均衡の崩壊

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 騎士団長であるナーゲル伯爵が顔を上げると、国王が沈痛な面持ちで口を開いた。

「ハイロ国の騎士団が、我が国に攻め込んで来るとの情報は受けているな?」

「はっ!! ですが、なぜ今になってハイロ国が……」

 騎士団長の言葉に、国王が重苦しく口を開いた。

「……ホフマン伯爵家の直系が、廃嫡されたからだ」

 ナーゲル伯爵が、大きく目を見開いた。

「……なぜ、そのようなことで、ハイロ国が我が国に進攻を?!」

 ナーゲル伯爵が信じられないと言う顔をした。
 するとサフィールが口を開いた。

「これは、私たちもつい数日前に知ったことだが……前ホフマン伯爵は、一級鑑定士の試験官として、我々が思う以上に宝石の世界では、影響力のある人物だったようだ。ハイロ国は、彼に信を置き、我が国との取引をしていたのだ」

「そうですか………ですが、人の生は永遠ではない、亡くなることだってある。それは当たり前のことなのでは?」

 ナーゲル伯爵は、意味がわからないというようにサフィールを見た。
 その視線を受けて、サフィールは、無表情に言った。

「ハイロ国が、我が国と同じ貴重鉱物本位制を採用しているのは知っているか?」

「はい……」

「我が国では、紙幣発行量の目安として、金の割合が多いが、ハイロ国では宝石と呼ばれる貴重鉱石の割合が多い国なのだ」

「……」

「そんな紙幣発行量を宝石で決めるハイロ国は、前ホフマン伯爵の鑑定に信頼を置いていた。
 特に我が国のマッローネダイアの取引条件の中に『前ホフマン伯爵を継ぐ者の鑑定書の提出』が、ここ数年の契約に含まれていたそうだ」

「……はい」

 そこまで聞いても、ナーゲル伯爵には、サフィールの意図するところがわからなかった。
 そんなナーゲル伯爵を見て、今度は国王が口を開いた。

「わかっておらんようだな……」

「失礼ですが……『前ホフマン伯爵を継ぐ者の鑑定書の提出』であれば、前ホフマン伯爵の教えは、前ホフマン伯爵の弟子という子爵の娘が就いたはずでは?」

 ナーゲル伯爵の言葉に国王が真剣な顔をしながら言った。

「よいか、よく聞け。今、この国から前ホフマン伯爵を継ぐ者が、サインをして出す家は『ランゲ侯爵家』なのだ。あちらの契約した『ホフマン伯爵家』ではないのだ」

「では、あの娘をホフマン伯爵家に戻せば、よいのではないですか?」

 ナーゲル伯爵の言葉に、国王が鋭い視線を向けた。

「……婚約破棄をされたのにか?」

 ナーゲル伯爵は、顔をひきつらせながら言った。

「婚約破棄……そんな……子供同士で大袈裟な……」

 ナーゲル伯爵は、ホフマン伯爵に言ったことを同じことを国王にも言った。
 それを聞いた国王は、深い溜息をついた。

「ナーゲル伯爵よ。全ての家が同じような使命を持っているわけではないのだ。
 ホフマン伯爵家は、幼い頃から、息子とその婚約者を、次代の流通管理者として育てる使命を持っていたのだ。
 それでもまだ、ホフマン伯爵家に、あちらの条件である直系の前ホフマン伯爵を継ぐ一級鑑定士の者でも残っておれば、ここまでにはならなかったのだろうが……もう、あの家には、直系の一級鑑定士は存在しない。
 聞けば、お前がホフマン伯爵の息子と自分の娘の結婚を盾に脅し、籍を抜かせたとか……」

「くっ!! ですが!! 幼い子供にそのような使命を背負わせたというのですか?! その子供の意思は?」

 ナーゲル伯爵は、国王に向かって大きな声を上げた。
 それに対して、国王は、ゆっくりと鋭い瞳で言った。

「お前は、意思とは言うがな……。すでにあの子たちは、覚悟を決めておったのだ。その覚悟を無責任に揺るがせた者は、罪深くはないのか?」

「覚悟……幼い頃から……」

 肩を落としたナーゲル伯爵に向かって、国王は大きな声で言った。

「ハイロ国に急ぎ、前ホフマン伯爵と同等の一級鑑定士の試験官を、向かわせる必要がある」

「では、あの前ホフマン伯爵の教えを受けたという娘を向かわせるのですか?」

 ナーゲル伯爵の言葉に、サフィールがつらそうに言った。

「いや……一級鑑定士の試験官の資格は、『一級鑑定士取得後、実務経験15年』という縛りがある。ウェーバー子爵令嬢が資格を取得したのは4年前。実務経験が足りない。他の一級鑑定士も皆、長い年月をかけて、ようやく取った者ばかりだ。15年の経験者は未だ……育っていない」

「では……」

 ナーゲル伯爵が小さく息を飲んだ。
 今度はサフィールではなく、国王が口を開いた。

「ミーヌ侯爵が、現在14年と最長で、一級鑑定士の試験官の資格を得る。だが……その期間までまだ数ヶ月はある」

 ナーゲル伯爵が強い意思のある瞳で、国王を見据えた。
 このナーゲルという男が、長年騎士団長を務めているのは、剣などの強さだけではなく、目的を必ず遂行するという、この意思の強さがあるからだろう。

「つまり、その期間、持ちこたえよと」

「そうだ。なお、戦の理由を明かすと、民が混乱する。民には貿易摩擦だとだけ伝える。爵位は息子に譲るのなら剝奪はせぬ。騎士団長の地位剥奪も、他の騎士の士気が下がる故、見送る。凌いでみせよ、ナーゲル」

 国王の言葉に、ナーゲル伯爵は深く頭を下げた。

「御意」


☆==☆==

カツカツ、カツカツ。

 謁見の間に騎士団長ナーゲル伯爵の足音が響いた。
 団長は、一礼をすると、その場を後にした。

 シンと静まり返った中、国王は、強い口調で口を開いた。

「泣くな、サフィール。お前の招いた結果であろう?」

 サフィールは、頭を垂れて、足元を見ていた。足元には次々に雫が落ちていく。

「人と人、国と国の関係は、チェスのようなゲームではない。特に我々王族が動くとその波紋も大きい。事前に全てを把握したいという気持ちは、よくわかる。だが、物事には、書面上だけではわからぬ、個人の努力や、配慮のよって均衡を保っているとくこともあるのだ。上に立つ者は、全てを思い通りに出来るなど、思いあがってはいけない」

「……よく……わかりました」

「なぁ、サフィール。視野を広くするとは、どういうことかわかるか?」

「……いえ」

 サフィールは顔を上げて、真剣な顔で国王を見た。

「様々な立場の、人間を知るということだ。お前はゲオルグ殿に依存しすぎている。
 いいか、人の話に耳を傾けろ。だが、決して流されるな。多くの人と話して、たくさんの話の中から、自分で真実を見極めよ。それが、王族の務めだ」
 
「……御意」

 サフィールは深く頭を下げたのだった。

 ――後に賢王と呼ばれたサフィール王は、この失敗を死ぬまで教訓にしたと言われている。
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