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第十章 今が繋がった道の先へ
87 揺れ動く心
しおりを挟む私のお披露目式が終わって、数日後。
今日は、ランゲ侯爵家内の仕事部屋で、ゲオルグとエイドと一緒に、地質調査として送られてきた石を確認していた。
「ゲオルグ様、いかがですか?」
エイドが石を見ながら尋ねた。
「ふぅ、やはり、地質調査の石の確認には、もう少し、慣れと知識が必要だな」
ゲオルグが私の確認した石を見ながら言った。
「そうね……前ホフマン伯爵は、この作業中にマッローネダイアを発見したとおっしゃっていたから、私も未だに緊張するの」
今は、勉強として私の確認が終わった石を2人が見ているところだった。
この作業は、今後どこを掘り進めるか、どの辺りを掘って行くかの指針にもなるので、かなり重要なのだ。
「そうか、シャルロッテでもそうなのか……早く、この作業でも役に立てるように精進する」
「ふふふ、ありがとう、ゲオルグ」
3人で話をしていると、コンコンコンと、扉がノックされたので、「どうぞ」と声を上げた。
「シャルロッテ~~~~!!」
「エカテリーナ?! どうしたの?」
扉を開けて入って来たのは、エカテリーナだった。
エカテリーナは、泣きながら、私の胸の中に飛び込んできた。
普段のエカテリーナは、絶対に仕事中に部屋に入って来ることはない。
「姉上、どうしたんだ……」
エイドも驚いた顔をしているし、ゲオルグも眉を寄せながら慌てた様子で尋ねた。
私は、優しくエカテリーナの背中を撫でた。
すると、エカテリーナが、泣きながらゆっくりと口を開いた。
「サフィールが、サフィールが……戦に……出向くと言っているの!!」
「え?」
全く予想していなかった答えに、私は思わず抱きしめていたエカテリーナの顔を見ようとした。
どういうことか尋ねようとした時、ゲオルグの大きな声が聞こえた。
「戦?! どういうことだ、姉上!! サフィールが戦に行くとはどういうことなんだ?」
エカテリーナは、顔だけをゲオルグの方に向けながら言った。
「私にもよくわからないの……ただ……自分の目で、自分のしたことを見極めるって……」
「自分のしたことを見極める? ……それで、姉上はどうされたのです?」
ゲオルグの言葉に、エカテリーナはとてもつらそうに顔を歪めた。
「本当は、止めたかったのだけれど……何も言えなかったの……サフィールのあんなつらそうな顔……初めて見たから……」
「エカテリーナ……」
こんな時、どんな言葉をかければいいのだろう。
私は、親友が悲しんでいるのに、何も言えない自分が情けないと思った。
私は、ただエカテリーナを抱きしめることしかできない。
何も出来ない自分が歯がゆく思えた。
「姉上、サフィールが……サフィール王子殿下が、自らの意思で、決めたことなのでしたら、私たちは何も言えません。ですが……その話は気になります。至急父上に確認を……」
ゲオルグが席を立った時、またしても扉がノックされた。
私は、エカテリーナを抱きしめたまま、セバスさんを見て頷くと、セバスさんが、扉を開けた。
そしてすぐに侍女が、部屋の入って来て、緊張した面持ちで告げた。
「シャルロッテ様、ノイーズ公爵家のビアンカ様がおいでです。至急、お目通りをとのことです」
「至急?」
ゲオルグが眉を寄せ私を見た。私もゲオルグを見て頷くと、侍女に返事をした。
「わかりました」
すると、エカテリーナが私から離れた。
「シャルロッテ……ごめんなさい……取り乱してしまって……仕事中だったのに……」
私は、離れて行こうとするエカテリーナを見ながら言った。
「それはいいのだけれど……エカテリーナ、顔が真っ青よ、少し休んだ方がいいわ」
いつも凛として美しいエカテリーナは、今にも倒れそうなほど、憔悴していた。
エカテリーナにとって、誰よりも、何よりも大切な人が戦に行くと言っているのだ。無理もない。
「そうするわ、忙しいのにごめんなさい、ビアンカ様を、お待たせしてはいけないわ。行ってちょうだい」
自分もつらいのに、私を気遣ってくれるエカテリーナを見て私は、もう一度抱きしめた。
抱きしめる以外に私には、どう思いを伝えればいいのか、わからなかったのだ。
「エカテリーナ、無理しないで……」
「ええ」
それからすぐに私は、エカテリーナと別れて、ゲオルグとエイドと一緒に、応接室に移動したのだった。
☆==☆==
応接室に入ると、私は、急いでビアンカ様にあいさつをした。
「お待たせして、申し訳ございませんでした」
私が頭を上げると、ビアンカ様が真剣な顔で私を見ていた。
――怖い。私はまたそう思ってしまった。
きっとこれは、ただごとではないと、思ったのかもしれない。
「いえ、事前の約束もなく突然、押しかけたのは、こちらよ。謝罪の必要はないわ。それより、話がしたいの」
「は、はい」
私が急いでソファーに座ると、エイドとゲオルグは後ろに立った。
「あら? ランゲ侯爵子息は座らないの?」
「はい。私はこちらで」
ゲオルグの言葉を聞くと、ビアンカ様は、すぐに視線を私に向けた。
「そう……お嬢さんが言ってた例の件。ある程度実績を上げてからなんて、悠長なことを言っていられなくなったわ」
「……どういうことですか?」
私は眉を寄せながら尋ねた。
するとビアンカ様が美しく、鋭い瞳を私に向けた。
それだけで、自然と背筋が伸びる思いだった。
「落ち着いて聞いて。流通管理者が交代したことで、ハイロ国との間に、問題が発生したわ。そのことで、近々、……ハイロ国との戦になるわ」
「……え?」
私は足元から崩れ落ちそうになる錯覚に陥った。
もしかして、私の仕分けのせいで、戦になったのだろうか?
全身から血の気が引いて、上手く息が出来ない。
「動揺する気持ちはわかるけど、話は最後まで聞きなさい。これはあなたの仕事が原因ではないわ。話を聞く限り、あなたには、なんの責もない。でも、もう、戦になるのは避けられない。だから、出来るだけ早く終結させるわ。騎士の命を無駄に散らせるわけにはいかないの!! そのためには、あなたの力が必要なの!!」
ノイーズ公爵家は、防衛、軍事を統括する家だ。
その中心であるビアンカ様だって、つらいはずだ。
私は、顔を上げてビアンカ様をじっと見つめた。
「わかりました……それで、私に出来ることとは?」
私がじっとビアンカ様を見つめると、ビアンカ様がゆっくりと口を開いた。
「あなたが以前、言っていた『流通管理を国の専門機関として独立させる話』その話を早急に進めましょう」
――流通管理を国の専門機関として独立させる。
実は、私たちはハワード様が、講義をされた時に、暗号にして私に伝えていた『流通管理を国の専門機関として独立させる話』に備えて、少しずつ準備をしていたのだ。
私はじっとビアンカ様を見ながら言った。
「陛下は『時期尚早だ』と仰せだと、ステーア公爵家のハワード様からお伺いしていたのですが」
ビアンカ様は一度目を閉じて、もう一度その大きな瞳を開いて、私を見ながら言った。
「状況が変わったわ。もう、そんなこと言ってられる場合ではないの。この流通管理の事業は、これまでたった一人の異才によって支えられていた砂の城だったのよ。これ以上、陛下だってご自分の手元に置いておきたいなどとは、言えないはずよ。こちらが何らかの手を打てば、相手の国との交渉の余地が生まれ、早く戦を終わらせることができるわ」
「早く戦を終わらせる……」
私は自分の手を握りしめて、言った。
「ビアンカ様……承りました。すでにゲオルグとエイドとも少しずつ話はして、準備を始めています。すぐに取り掛かります。いいかしら、ゲオルグ、エイド」
「ああ。もちろんだ」
「はい」
ゲオルグと、エイドが返事をした途端に、応接室をノックの音が聞こえた。
「シャルロッテ様、お話中、失礼致します」
慌てた様子で、部屋に入ってきた侍女を見て、ゲオルグが侍女の近くまで歩いて行くと、口を開いた。
「今、シャルロッテは来客中だ、私が廊下で話を聞こう……」
ゲオルグが部屋の外に出ようとした時、廊下から慌てた様子の執事の声と、男性の声が聞こえた。
「お待ちください!! ステーア公爵子息殿!!」
ステーア公爵子息……もしかしてハワード様?
私が、扉を見ると、ビアンカ様は頭を押さえながら、溜息をついた。
「ステーア公爵子息……ハワードね。相変わらず、無礼な男ね。……いいわ、通して。……私にも無関係ではなさそうだし」
ビアンカ様の言葉を聞いたゲオルグが、扉を開けると、ハワード様が凄い勢いで部屋に入ってきた。
「失礼する」
「ハワード様……」
私が思わず立ち上がると、ハワード様は、私を見た途端に近づいてきた。
「ああ、シャルロッテ嬢すまない。だが、こちらは緊急……げっ! ビアンカ嬢」
ビアンカ様は、あからさまに不快そうに眉を寄せると、溜息をつきながら言った。
「あなた……もう一度、紳士教育をやり直しなさい。無礼にも程があるわ!!」
ハワード様は、頭を下げた後に言った。
「ああ、すまない。だが、ビアンカ嬢がいるなら、好都合だ。シャルロッテ嬢。悪いが、私とミーヌ侯爵と共に、キイ―ロ共和国に来てくれ。ビアンカ嬢、これを国の事業として、正式な護衛を付けてくれ」
ハワード様の言葉を聞いたエイドが、すぐに声を上げた。
「お待ちください!! 今後、戦が始まるのでしょ? そのような中、シャルロッテ様を国外に出すなど!!」
ハワード様は立ったままエイドを見ながら言った。
「エイド……悪いな。今はそれしか手がない」
ビアンカ様は座ったまま、見上げるようにして、ハワード様を睨みつけながら言った。
「ハワード……あなた、どうするつもりなの?」
ハワード様は、じっとビアンカ様を見ながら言った。
「宝石関係のトップに話をつけた。臨時鑑定試験を実施してくれるらしい」
「臨時鑑定試験?」
私は、思わず呟いてしまった。
すると、ハワード様は、私に視線をうつしながら言った。
「ああ。正式に一級鑑定士の試験官の資格を与えることは出来ないが、試験官と同等の力量があるかどうかを、見極めて貰える試験だ。頼む、シャルロッテ嬢!! 君のことは必ず守る!! 試験を受けてくれ!!今やっと、この国の繊維業が育ってきているんだ。戦場になる場所は、恐らく、綿畑の近く!! もう何年も、何年もかけて、土壌を作り、ようやく形になってきたんだ!! このまま焼野原にされてたまるか!!」
私は、迷うことなくハワード様を見ながら言った。
「ハワード様。その試験、ぜひ受けさせて下さい」
私の言葉を聞いて、ハワード様が私の両手を握りながら言った。
「受けて……くれるのか!! 感謝する!! すまない、シャルロッテ嬢!!」
そして、ビアンカ様が、私たちを見ながら力強く言った。
「いいわ。騎士団内で一番の腕利きを手配するわ。護衛を国の事業にするのも任せなさい。お嬢さん、あなたのことは、絶対に守るわ。でも、ハワード……あなたがそんなになりふり構わず、懇願するのを、初めて見たわ。腹黒いより、そちらの方が良くてよ」
ビアンカ様が少しだけ口元を緩めながら言った。
「ビアンカ嬢、感謝する。では、シャルロッテ嬢。馬車などを手配するので、君に同行する者を教えてくれ。今、ここで返事が聞きたい」
私は、ゲオルグとエイドを見ると、2人が私を見て頷いた。
「私も一緒に行きます!!」
「私も同行しよう」
エイドとゲオルグもついて来てくれるというので、私は心からほっとしていた。
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