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第34話 誕生日
しおりを挟む一人で書類仕事をしていると、家の中が慌ただしくなった。
(戻って来たのかな?)
私が一階に降りると、ギルベルト様たちが帰ってきていた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
ギルベルト様があいさつをしてくれ、後ろと見ると兄が私を抱きしめた。
「ライラ。本当に頑張っているね。私もとても鼻が高いよ。今日、王都からドラゴンで魔導士を大勢連れてきた心配ないよ」
「ありがとう、お兄様」
私が兄の胸の中でお礼を言うと、隣で宰相閣下が私を見ながら言った。
「ライラはもう十分に役目を果してくれた。我々と共に王都に戻るか?」
宰相閣下直々に尋ねられて私は首を振った。
「いえ、まだ提出する書類は残っていますし、この地でまだやることが残っています。全てを片付けたら、王都に戻ります」
私が答えると、兄が私を離しながら言った。
「ははは、ライラはそう言うと思っていたよ。私たちはこれから王都に戻る予定だ。夕暮れからは晩餐会があるからな」
「え!? ではお兄様!! 少々お待ちいただけますか?」
「ん? なんだい?」
「すぐに戻ります」
私は、急いで執務室に戻ると完成している書類の束を封筒に入れて再び走った。
「お兄様、これ、お願いします!!」
「こんなにたくさん……」
兄がどこかワクワクしながら封筒を開けて絶句した。
「これは……書類?」
「そうです。これを室長に届けて下さい!!」
絶句する兄の横で、宰相閣下はお腹を抱えて笑っていた。
「あははは、あははは。書類、仕事熱心でいい妹だな!! 手紙じゃなくて残念だったな」
(あ!! そう言えば……王都を出る時に、手紙を書くようにって言われて書いてないわ!!)
「あ……お兄様、ごめんなさい」
お兄様は優しく言った。
「いいさ、急だったからな。次の書類の時に期待しよう」
(うう……次に書類を頼む時はお兄様への手紙を忘れないようしなきゃ!)
「わかったわ……気を付けて」
「ライラもな」
そして、兄と宰相閣下はドラゴンで素早く去って行った。きっと公務の間をぬって来てくれたのだろう。
兄たちを見送ると、ギルベルト様が眩しそうに私を見ながら言った。
「ライラさん。残って下さると言ってくれて、ありがとうございました」
私はギルベルト様を見ながら答えた。
「ここに来て、まだまだ私ができることがあるって気づいたのです。すべての書類を作り終えたわけでもありませんし、例えば、なぜ壁を壊されてしまったのか。まだ手付かずの砦の日誌などにヒントがあるかもしれません。私は今後辺境伯になられる方を魔物に襲われるという悲劇を防ぎたいと思っています」
ギルベルト様が目を大きく開けながら言った。
「そんなことまで考えてくれたのですか?」
「はい、だって私、ギルベルト様も、ゲオルグもクルスもリーゼも大好きですから!!」
私が笑うと、ギルベルト様も笑ってくれた。
そう、私はまだこの地でやれることがある。それをやり遂げよう。
「ありがとうございます」
そしてギルベルト様も本当に嬉しそうに笑ったのだった。
◇
それから1週間後には防壁の修繕が始まった。王都中から職人が集まり、魔導士が常時30人で、工事をしている防壁の外側に魔法障壁を張りながらのかなり大規模な工事になった。
そしてさらに3ヶ月後、ゲオルグは……
「ゲオルグ15歳のお誕生日おめでとう!!」
今日はゲオルグの誕生日だった。
あと半年もすれば王都に行って学校生活が始まる。辺境伯領を3年ほど出ることになる。
私はここからもうすぐいなくなるゲオルグをお祝したくて、ゲオルグの好物の木の実のパイを焼いた。夕食もジルに材料を貰ってクルスとリーゼにも手伝ってもらって少し豪華な夕食にした。
「ありがとう、まさか祝ってもらえると思わなかった」
ゲオルグは本当に驚いた顔をしていた。そんなゲオルグにギルベルト様が小包を手渡した。
「おめでとうございます、ゲオルグ。今年はいよいよ学生生活が始まりますね。これ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ゲオルグがギルベルト様にもらった包みを開けた。
「これ、タイピンとカフス?」
「はい。制服はネクタイでしょ? タイピンとカフスには規定はありませんのでどうぞ使って下さい」
確かに学院に入ると制服になり、皆、普段はタイピンはつけなくても、式典やダンスパーティーなどの時は使っていた。私は女性なのでタイピンとカフスというプレゼントは思い浮かばなかった。
(さすがギルベルト様)
「ありがとう、ギルベルトさん」
そして、リーゼが声を上げた。
「私たちからはこのご飯よ。みんなで作ったの!!」
ゲオルグが私たちを見ながら笑った。
「ありがとう。さっきから凄く美味しそうでお腹が鳴っていたんだ」
「じゃあ、食べよう!!」
クルスの言葉でみんな席についた。
「いただきます!!」
そしてみんなで食卓を囲んだ。
来年はもうここにいるみんなと一緒に過ごすことは出来ないだろうと思うと少しだけ寂しいと思えた。
だからこそ、今を大切にしたいと思ったのだった。
その後、食事が終わり、ギルベルト様は砦に向かい、リーゼとクルスが部屋に戻った後、いつものようにゲオルグと夕食の後片付けをしているとゲオルグが呟いた。
「ライラ。今日はありがとう」
「こちらこそ、ゲオルグの誕生日を一緒にお祝出来てよかったわ」
「ライラ、あの約束覚えてる?」
私は少し考えて答えた。
「ええ。ゲオルグが王都に行って、学校がお休みの時は一緒に遊ぶって約束でしょう? 覚えているわ」
するとゲオルグが嬉しそうに笑った。
「そうそう、覚えてたな。その約束、忘れるなよ?」
「ふふふ、ええ」
そして片付けが終わった後は、二人でダンスの練習をした。
「ゲオルグ、もうプレダンスも問題ないと思うわ」
「はは、ライラのおかげだな」
そしてダンスの練習を終えて、ゲオルグがお風呂に入っている間に、ギルベルト様が戻って来た。
「おかえりなさい!!」
ギルベルト様は、私を見て穏やかに笑った。
「ただいまもどりました。いいですね。ライラさんにただいまと言ってもらえると癒されます」
「お茶でも入れましょうか?」
私がギルベルト様にお茶を入れようとすると、ギルベルト様が切なそうな顔をした。
「あと……3ヶ月で防壁が完成します」
「そんなに早く完成するのですね!!」
「ええ。腕利きの職人を国中から集めてくれたようなので……それにライラさんのおかげでほとんどの要請が承認され、かなり楽になりました。書類の書き方もライラさんのおかげで覚えることが出来ました」
私はなんとなくその先を聞くのが怖くて、顔を逸らした。
「そうですか、よかった」
(聞きたくない、それ以上、聞きたくない!)
「私も余裕が出来ました」
(それはわかる。最近のギルベルト様は顔色もいいし、書類も私がいなくても一人で完成できる。でも……これ以上聞きたくない!!)
私がこれ以上先を聞きたくないと思っていたが、ギルベルト様は言葉を続けた。
「そろそろ、ライラさんにお詫びをしたいのですが、何がいいですか?」
「…………え?」
私は思わず顔を上げてギルベルト様をじっと見つめた。
するとギルベルト様が真剣な顔で言った。
「私が至らなかったせいで、年若い方の唇を奪って置きながら、何もお詫びをしていません。どうか、私に願いを言って下さい!!」
願い?
私は必死で考えて……口を開いた。
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