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第20話 砦の食堂
しおりを挟む私は屋敷に戻ると、片付けたばかりの執務室の書棚に向かった。
「確か……この辺りに……あった!!」
私は以前この部屋の書類を片付けたこともありすぐに目的の書類を見つけた。
そう、私はこれを見るために走ってきたのだ。
私はすぐに書類の束をから目当ての内容を確認する。
【辺境伯領魔物防御項】
・魔法防壁の維持
・常時騎士を派遣
・常時魔導士を派遣
・魔法薬を支給
・装備を支給
・辺境伯が最高責任者となり魔物討伐の指揮、及び王国に応援・物資至急を依頼
私は内容を読んで眉を寄せた。
魔法防壁というのはまだ見たことがないのでなんとも言えないので保留にするとして……
魔導士はいるのだろうか?
もしも魔導士がいたら、ギルベルト様が一人で上位魔法を何度も使う必要はないのではないだろうか?
あの方は辺境伯様だ。
言わばこの砦の最高責任者だ。
その方が倒れたら、国に何かを要求したり、連絡したりする時にどうするのだろうか?
かなり面倒なことになる気がする。
私は思わず呟いた。
「これ……しっかりと契約内容が守られているのかな?」
そしてギルベルト様が提出するべき書類が緊急な案件順に並んでいる棚を見た。
並べたのは私なので内容は把握している。
たくさんの書類はあったが、どれも事務的な書類ばかりで、辺境伯領を魔物から守るための要望書や嘆願書などの砦を維持管理するために必要な物を要求するような書類は一切なかった。
(ギルベルト様が辺境伯位を引き継いですでに3年目……それなのに砦維持管理のための書類が一切ない??)
王国の資金は限られているし、皆自分の仕事だけで手いっぱいだ。
嘆願書などもなく、物資が届いたり人材を派遣することはほとんどない。
今回私がここに派遣されたのだって、辺境伯様の願いというよりも――早く仕事を終わらせたい、という政務室の願いで派遣されたのだ。
「ん……辺境伯領は王国の防衛の要。それなのに、このままでいい……わけないよね……」
私はまずはこの砦が現在、どうなっているのかを調査する必要がある。
何から始めようか、と思った時だった。
昼を告げる鐘が鳴った。
昨日聞いた時は何度も何度も鐘が鳴り響き恐怖を感じたが、一度だけなるのはのどかな雰囲気だ。
「お昼を食べに行こうかな……」
私はお昼を食べるために、砦の食堂に向かった。
◇
食堂までの道はとてもわかりやすかった。
私が食堂に行くと、たくさんの兵の視線を集めた。そして私はいつの間にか兵に囲まれていた。
「お嬢さん、どこから来たの?」
「王都だろう? いくつ? 旦那とか婚約者とかいる?」
数人の兵に同時に声をかけられて困っていると私は手を引っ張られた。
「ライラ、こっち」
気が付くとゲオルグに手を引かれていた。
ゲオルグに手を引かれながら、後ろでクルスが兵士たちに向かってにっこりと微笑みながら言った。
「彼女には指一本触れない方がいいですよ? なんせ……宰相閣下の命で派遣された方ですか……」
すると兵たちは「宰相閣下の命!?」と言って震え出した。
クルスは「では、失礼します」と言って私たちの近くに戻って来た。
「二人共ありがとう」
困っていたので助けてもらった御礼を言うとゲオルグは赤い顔で「別に」と言い、クルスは「迎えに行けばよかったね」と言って申し訳なさそうな顔をした。
そして食堂の列に並んだ。
「食事はここに並んでもらうんだよ」
クルスが丁寧に説明してくれた。
そしてゲオルグが食堂の奥を見ながら言った。
「受け取ったら、奥のテーブルでリーゼたちのところで食べる」
ゲオルグの視線の先を見ると食堂奥の窓際にリーゼが座っていた。
もしかして待たせてしまったのだろうか?
「大変、みんなを待たせてしまったわね」
私が焦っていると、クルスがなだめるように言った。
「大丈夫だよ。リーゼは他の兵に邪魔にならないように、食堂が開く前に食事は終わっているんだ。今はあそこでギルベルトさんと屋敷に戻るのを待っているのだと思う」
「そうなのね……他の人の迷惑……」
確かに並ぶ時は背の高い騎士からは小さな二人は見えなくてぶつかってしまうこともあるかもしれないが、食堂はかなり広く、席はかなり空いていた。
「もしかして、他の方はどこか見回りに行っているの?」
私の問いかけにゲオルグが答えてくれた。
「今日は全員魔物の後始末だからここに揃っていると思う。見張りの数人がいないだけじゃないか?」
辺境伯の砦にこれだけの人しかいない?
私は少し驚いてしまった。
しかも見たところ剣士ばかりで魔導士はいない。
「ねぇ、魔導士の方はいないの?」
クルスが「魔導士はね……いないかな……」と答えた。
私はふと、先ほどの【辺境伯領魔物防御項】と言うの契約の書類を思い出した。
(魔導士がいない? あれ? 確か……『常時魔導士を派遣』って書いてあったような……)
私が考えているとゲオルグが声を上げた。
「ライラ。次だぞ」
「あ、はい」
そして、考えている間に私の番になった。
「次の人……あれ~~? 可愛い女の子だ~~誰~~?」
食事を貰いに行くと、私と同じくらいの歳の男性にキッチンの中から声をかけられた。
「ライラ・リンハールです。王都の政務室から派遣されてきました」
あいさつをすると男性がにっこりと笑いながら言った。
「ご丁寧にどうも。俺は、ジル・ベルト。一応、男爵家だけど……四男だからさ、騎士になったんだけど、腕に自信がなくて……でも料理は得意だから、戦いじゃなくて料理番してます!! よろしく!!」
(騎士なのに料理番??)
私は首を傾けた。
普通は、料理人が在中しているものではないのだろうか?
「お~~い!! まだか~~~」
後ろで、待っている人から声が上がった。
「すみません!! 今すぐ~~!!」
ジルは慌てて後ろに向かって声をかけた後に私を見て言った。
「お腹空いたら、いつでも遊びに来てね。はい。お昼ごはん、たくさん食べてね~~」
「ありがとう」
私はジルに食事を貰うと、リーゼたちが座っている席に向かった。
「こんにちは、リーゼ。隣いいかな?」
私は食事を持って二人に尋ねるとリーゼが小声で言った。
「どうぞ」
「ありがとう」
私はリーゼの隣に座った。すると後ろから、ゲオルグとクルスも食事を持って来て、私たちの前に座った。
「やっぱり、ライラだけじゃ心配だな」
ゲオルグが不機嫌そうに言った。
するとクルスが苦笑いをしながら言った。
「まぁ、女性がいるってだけでも珍しいし……ライラさん可愛いからね……でも、宰相閣下って言ったから大丈夫でしょう」
「ああ、こんな時は役に立つな、あの狸親父も……」
ゲオルグの言葉に、クルスが言った。
「兄さん、そんなこと言わないの。じゃあ、ライラさん食べようか」
私は二人を見ながら言った。
「え? ギルベルト様は待たないの?」
私の問いかけにゲオルグが答えたくれた。
「ああ、あの人待ってたら、午後の訓練に遅れるからな。待たずに食べてる。それにジルたちも片付けが遅くなるからな、食事は貰ったら食べる。それがここでの基本」
確かにジルたちも騎士だというのなら早く片付けを終わらせた方がいいだろう。
「じゃあ、遠慮なく……いただきます」
私はあいさつをすると食事を始めた。
ゲオルグもクルスもお腹が空いていたのか、無言でもくもくと食べていた。
夕食の時はのんびりと話もしていたが、やはり訓練などもある言っていたので忙しいのかもしれない。
私も食べることに集中して、そろそろ食事が終わりそうになった時。
「遅れてごめんね!!」
ギルベルト様が食事を持ってやってきた。
みんなその光景を見ても全く違和感を感じていないようだったが、私は驚いてしまった。
(え!? ギルベルト様って、辺境伯様だよね? それなのに、自分で食事を貰ってくるの??)
「お茶いるかい? もう最後だからと入れ物ごと貰ってきたよ」
「あ、欲しい」
「僕も……」
「私も」
それどころか、お茶まで持って来てクルスたちにお茶をついでいた。
そして、にこにこしながら両手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めたのだった。
私はどこまでも辺境伯様らしくないギルベルト様を不思議に思いながらも、幸せそうに食事をする彼が微笑ましく思えたのだった。
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