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第22話 訓練
しおりを挟む「2・2・3、3・2・3、4・2・3……」
食事の片付けが終わった後、急を要すると判断した私たちはすぐにダンスの練習を始めた。
ゲオルグは普段、剣や乗馬など騎士たちに交じって訓練しているからか、身体能力は高いし、姿勢もいいので覚えが早い。
「ゲオルグ。待って、そこは……なんだか違うわ」
私は数えるのを止めてゲオルグに声をかけた。
「違う? では、こうか?」
ゲオルグが私の手を取ってステップを踏むがなんだかしっくりこない。
「……ここって男性はどうするのかな?」
実際に踊りながら教え始めたが、基本的なことは教えられるが男性のステップの細かいところがわからない。
私とゲオルグが考えて込んでいると、クルスがお風呂から上がって来た。
「お風呂どうぞ……って、ああ。ダンス……兄さん、よかったね!! 兄さんが踊れるようになったら教えてね~~それじゃあ、おやすみ~~」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
私たちにあいさつをすると、クルスは自分の部屋に戻って行った。本来ならみんなクルスの歳のころからダンスを練習するので彼もダンスが必要なのは同じだ。だからいずれクルスにもダンスを教える必要があるだろう。
だが、今はゲオルグに教える方が先だ。
「ここ、どうするのかな……」
「俺も全くわからない」
私とゲオルグが眉を下げた時だった。
「ただいま……あれ? 二人共、どうしたの?」
「おかえりなさいませ、ギルベルト様」
「おかえりなさい」
ギルベルト様はなぜか、裏口から戻って来た。
もしかしていつも夜に砦から戻って来る時は、裏口から戻って来るのだろうか?
そんなことを考えながらも私はギルベルト様の問いかけに答えた。
「ゲオルグにダンスを教えていたのですが……男性パートの動きがわからなくて……」
ギルベルト様が少し考えた後に言った。
「あっ、ダンス!! そうか、ゲオルグはもう14歳……では、私がライラさんと踊って見せましょうか? もう何年も踊っていないので、一人で踊れと言われても難しいですが、相手がいてくれたら自然に身体が動くと思いますので……」
ギルベルト様の言葉を聞いて、ゲオルグが口を開いた。
「いいのか? ギルベルトさんだって疲れているだろう?」
ギルベルト様は切なそうに微笑みながら言った。
「大丈夫。それよりも……今までそんなことも気づけなくてすまない。ゲオルグには踊れるようになってほしい」
もしかしたら、ギルベルト様はゲオルグが踊れないということに責任を感じているのかもしれない。
「ギルベルト様、ではよろしいでしょうか?」
「ええ」
そして私はギルベルト様の手を取った。
大きくてごつごつとして剣ダコがたくさんある手だった。
(力強い手だわ……)
私がギルベルト様の手に触れた時だった。
「ライラさん、剣ダコがあるのですね」
「あ、申し訳ございません!!」
私は思わずギルベルト様の手を離してしまった。
実は、何度かダンスの相手に言われたことがある。
『君の手、令嬢とは思えないほど固いな……』
『君の手は握り心地が悪いな』
そう、私がダンスであまり男性と積極的に踊らなかったのはこの剣ダコのせいでもあったのだ。
貴族の令嬢は柔らかなとてもきれいな手をしている。
一方私は、剣ダコはあるし、乗馬の手綱で手が擦れたことも多いので柔らかくはないのだ。
パーティーの時は必ず手袋をするようにしているがそれでも固いなどと指摘されたことがあるのだ。
直接握ったら不快に感じるだろう。
私が慌てて手を離すと、ギルベルト様が青い顔で謝罪した。
「こちらこそ、ご令嬢に対して無神経なことを言ってしまいました。私たちの間で剣ダコが出来るのは普通で、むしろ剣ダコで訓練量を見たりもするので……ライラさんは剣の修行をされて偉いな~~という誉め言葉でした」
私は顔を上げてギルベルト様を見た。
「……誉め言葉?」
ギルベルト様は微笑みながら言った。
「はい。どうか、私と踊ってくれませんか?」
私は恐る恐るギルベルト様の手を取った。
「よろしくお願いいたします」
そして私たちはリズムに合わせて踊った。
ギルベルト様はとてもダンスが上手かった。
私は見本だということを忘れそうになってしまったのだった。
◇
「ありがとうございました」
私がギルベルト様にお礼を言うと、ギルベルト様が微笑んだ。
「こちらこそ、ご令嬢とのダンスは何年ぶりでしょうか……心が明るくなりました」
二人で笑い合っていると、ゲオルグが私の手を取った。
「大体、わかった」
そして、ギルベルト様を見ながら言った。
「ギルベルトさん、先にお風呂どうぞ。俺はライラともう少し踊って行くから」
ギルベルト様は「そう? じゃあ、先に入ろうかな……」と言って食堂を去って行った。
ギルベルト様の姿が見えなくなると、私はゲオルグに力強く手を握られた。
「ライラ、もう少し……頼む」
「う、うん」
そして私はカウントを始めるとゲオルグが小声で言った。
「俺はライラの手……好きだ」
「え?」
「っ~~~!!」
私は動揺して、ゲオルグの足を踏んでしまったのだった。
「あ、ごめんなさい!!」
必死であやまると、ゲオルグが私の頭に手を置いた。
「いいって……それより、もう少し付き合ってくれるか?」
「ええ」
そしてその後、私は少しだけ心臓が早くなった。
(心拍数が上がった?? 運動不足かな? もっと運動しなきゃ……)
私は普段の鍛錬不足を感じながら、ゲオルグのダンスの練習に付き合った。
ゲオルグは段々上達していくので教えるの楽しい。
(この調子で毎日練習すれば、数ヶ月で問題なく踊れるようになりそう)
ダンスには何種類かあるのでせめて夜会で踊るであろうワルツ、スローフォックストロット、ウィンナーワルツは覚えた方がいいだろう。
「2・2・3、3・2・3、4・2・3……うん、とてもいいと思うわ。初めてとは思えない」
私がゲオルグを見上げて褒めると、ゲオルグが至近距離で笑った。
「まぁ、砦の騎士に姿勢とか、ステップは教えてもらっていたからな。ありがとう、相手してくれて……やっぱり相手がいると全然違うな……それに単純に、ライラと踊るのは楽しい」
「ふふふ、それはよかった。楽しいのが一番だもんね」
私も笑うとゲオルグが目を細めた。
「うん……楽しい」
ドクン、ドクンと耳のすぐ横で心臓の音が聞こえる気がする。
「2・2・3、3・2・3、4・2・3……」
「あれ? ライラ、なんかカウント早くないか?」
「え? そうかなごめん」
なぜだろう、私は酷く動揺しながらゲオルグにダンスを教えたのだった。
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