残酷喜劇 短編集

ドルドレオン

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目の前のわたし

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ある貧乏人は、貧乏人とののしられていました。彼は悔しい思いをしました。
「俺が貧乏なのは、家庭の問題なのに、俺は高校の頃からバイトして、時間を削っているのに、勝手なことを」
 彼は非常に、嫌気がさしました。
 彼はある日、神社に行きました。
「神様、世界は公平に出来ていると信じているのに、どうしてこんなことを俺に、そう俺の人生を公平に扱わない」
 神様は彼に知られないように、確かに見守っていました。けれど彼は気づきません。
「お賽銭ぐらい盗んでいいだろ。神様。公平に世界は出来ているんだから」
 そこで彼は、ごっそりお賽銭を盗みました。けれど罪悪感がどこかで生まれました。
「思う、どうして、俺は俺に嫌気がさしているのだろう」
 彼は罪悪感というものを覚えました。けれど、それでも賽銭は全部盗みました。
「どうせ、ここにお賽銭を入れたのも、俺を莫迦にする人間たちが置いていったものだろ。じゃあ、いいじゃねえか」
 彼は盗みました。


 ある日、煙草を一日に二箱吸いながら、会社の上司に「お前は優秀なのにどうして勉強をしてこなかった」上司は激怒しました。
「だって、その、あんまり言いたくありません」
「隙間時間を見つけろ。そこで勉強をしろ」
「でも、勉強をしたところで、何か変わるんですか?」
「当たり前だ。現代は読書をする若者が少ない。読書をするだけで、違う世界が見えるんだ。勉強しろ、だまされたと思って勉強しろ。お前は大成する」
「ありがとうございます。でも、勉強をしたところで、現実に結果が出ると思いません」
「馬鹿野郎。それは勉強をしていないから、言えるだけだ。あと、でも、っていう口癖をやめろ」
「はい」
 彼は騙されたと思って、勉強しました。最初「俺の方が頭がいいのに」とたかをくくっていました。それでも、実際経済学の本だったり、勉強していると見える世界が変わり、法学も勉強しました。法学は人間社会のルールであり、なぜそういった法案が生れたのかを学ぶこと、それ自体楽しい思いでした。
 ところが彼が出会ってしまった本があった。それは「ソフィーの世界」という哲学の入門書でした。ソフィーの世界は彼に多大な影響を与えました。
「倫理学とはなんだ?」
 彼は倫理学について学びました。倫理は彼を理性的な方向をすすめました。
「けれど、誰も見ていないところで倫理的にふるまって、意味があるのか、いや、ある。だって、でも、うーん。なんで意味があるんだろう?」
 彼はコンビニに立ち寄り、綺麗な若い女性を見かけました。綺麗だ、彼は実感しました。その人は、お釣りを貯金箱に入れていました。
「いい人だ。本当にいい人だ」
 コンビニを去るとき、その女性は喫煙所で煙草を吸っていました。
「女性なのに煙草を吸うんだ。珍しい」
 彼は思わずじろじろ見てしまいました。ただ、彼は思い出しました。「お賽銭を盗んだこと、もしかして、ああいった人たちがお賽銭にお金を入れていたのだろうか。あはは、でも、金目的でお賽銭にお金を入れる奴もいるんだ。あはは、宝くじが当たりますようにって。俺ならそうするね。でも神様はいない。何故なら、世界は公平に出来ていないから」
 彼は思わず涙を流しました。

 彼は、どこかで、人の思いが具現化するんじゃないか、と考えました。
 それは、賽銭箱に入れた人の思い、そういったものである。
「煙草を吸っていた女性の思いも具現化している。俺は、ただの盗人であり、勉強をしないと、ただの盗人になってしまうのだ」
 彼は勉強をした。必死にした、必死にした。けれど、どこかで満たされない思いがあった。
 彼はある日、上司に尋ねた。
「勉強は楽しいです。けれど、どこか満たされない思いがあります。何故なら、金にならないじゃないですか」
「馬鹿野郎。十年後、おまえは大成する。逆に聞くが、家庭は不安定だっただろ」
 感受性のない言葉に彼は傷つきました。けれど、
「なんで分かるんですか?」と静かに反抗した。
「お前が裕福な家庭だったら、勉学をしているはずだ。それなのに、おまえは優秀なのに、莫迦だ」
「なんで莫迦なんですか?」
「自発的に勉強をしなかったからだ」
「けど、勉強ができない環境だったんだ!」彼は怒りに満ちて、話した。

 またある日コンビニに行った。すると、また例の女性がいた。
 彼女はまた寄付をしていた。といっても、十円ほどだった。
 彼は思いがけず、声をかけた。外で。
 二人で煙草を吸いながら、「なんでいつも寄付をするんですか?」と思わず尋ねた。
「戦争で飢餓状態に苦しむ人に少しでも食べ物をあげたくて」
「そうですか。けれど、煙草を吸いながら、そんなことをいつも考えているんですか?」変な質問、わたし(彼)は尋ねた。
「ううん。いつもじゃありません。ただ、やるせなくて」
「なるほど。煙草がお好きなんですね」
「はい」
「銘柄はホープですか」「ええ、わたしはこう見えて、ハードワーカーなんです」「弁護士とか?」「いえ、医者です」「医者なのに、煙草を吸うなんて、珍しい」
「やってられないんです」「そうなんですね」

 わたしは、ネット記事に書いてある、ある情報を会社のトイレで用を足しながら見てしまった。「今、戦争の寄付で使われているお金は、武器を買うのに必要な資金。必要資金」という情報だった。
 わたしはぞっとした。ただ、あの女性は、寄付をした。けれど、彼女の思惑に反しているお金だった。「大量の民衆が殺され、残るのは武器の資金」
 けれど、ふと思ったのだ。なんでこんな情報がネット記事に流れているか、と。
 わたしは事実を教えたくなったが、教えなかった。
 またコンビニで、女性が十円を寄付していた。思わず、止めようと思った。彼女は店員にも丁寧に「ありがとうございます」と言って、店を後にして、裏で煙草を吸っていた。
 わたしは思わず、教えたい気持ちで睥睨した。けれど、事実を教えなかった。



上司が飲み会に誘った。わたしは尊敬もしていたが、正直やかましい上司だ、とも思っていた。上司はゆっくりと飲んで、みんなの居酒屋費をおごってくれた。わたしと二人きりの時だけ、上司は「大丈夫だ、おまえは大成する。だがな、絶え間ない謙虚な生活を心がけよ」「誰の言葉ですか? 凄い」わたしの趣味は読書だった。
「アインシュタインだ」
「けれど、アインシュタインは原子爆弾を作りましたよ」
「違う、実際に、原子論の知識を持っていたわけではない」
「どうして、アインシュタインをかばうような言い方をするんですか?」
「お前は馬鹿だな。事実と事実の照合は必要だろ」
「けれど、アインシュタインが相対性理論を見出したから、ノイマンやオッペンハイマーが作ったんですよね」「そうだ」「だからアインシュタインが悪者じゃないんですか?」
 上司は思わず無言になった。わたしも無言になった。


 わたしは、喫煙所で女性とまた話した。
 わたしは他愛もない話をしながら、そっと「あのお金は戦争に使われているらしいですよ」と残酷な事実を教えた。
「そうなんですか。だましてますよね」
「いいえ、だましてません」携帯で記事を見せた。
「あはは、わたしは人殺しにお金を使っていたんですね。あはは」
「いいえ、いいえ、あなたは飢餓で」
「そんなこというなら、言わないでください」
「確かに。でもあなたはいいことをした。
「わたしは弁護士として、かばいきれない人がいたんです。どうしようもなくどうしようもなく」
「そうだったんですね」
「でも、わたしは人を助けたいと思う願いでお金を入れたんですよ」
「あなたは何も悪くない。むしろいいことばかりしてるじゃないですか。なんでそんな怯えるんですか?」
「わたしは、両親の弁護人でありながら、両親の殺人を肯定しようとして、隠ぺいしたのです。あはは、あはは」
「なんで両親は人殺しをしたのですか」
「目の前のわたしです。

END


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