異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第29話 臨時の教官

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 放課後になったので張り切ってダンジョン探索に向かう。……予定であったのだが、ひとまずは霜月さんと共に訓練場に向かうことにした。

 理由としては昼間にいざこざのあったFクラスの面子も訓練場にいるはずなので、あまり霜月さんを一人きりにしたくなかったのだ。訓練場に着いた後は妹たちに後を任せるので大丈夫だろう。

 猛と呼ばれていた男子が妹たちにも絡んできたら自分を抑えられなくなりそうなので、トラ君と亀井君が猛君のストッパーとなってくれることに期待する。

 すでに訓練場にはクラスメイトが30人程集まって訓練を開始していた。クラス全体の四分の三の人数を集めたところをみるとトラ君の求心力は高そうだ。

 遠目にみた訓練内容は模擬戦なのか1対1でチャンバラのようなことをしている様子が見られる。しかし武器の振り方や立ち回りはぎこちないもので、技術指導ができる人を早めに見つけるべきだろう。……結果が出てくれればいいのだが。

「美銀さん!こっちこっち!あれ?おにぃも来たんだ」

「僕は霜月さんを送り届けに来ただけだよ」

「……送り狼というやつ」

「それは違うかなぁ……」

 霜月さんにはあまり誤解を招きそうな発言は控えてもらいたいものだ。……いや、判断が難しいがこれは彼女なりの冗談なのかもしれない。

「そういえば瑠璃とすみれちゃんもちょっといい?少し面倒な事になるかもしれなくて」

 魔法訓練場で合流した妹とすみれちゃんに、昼にFクラスであった出来事を説明する。話を聞いたふたりは表に出てきている熱量は違えど怒っている様子であった。

「しんっっじらんない!なにそいつ、嫌味ったらしいこと言って!」

「大丈夫ですお兄さん。私たちでしっかり美銀さんを守りますから」

「こっちにちょっかいかけてきたら痛い目に会わせてやる!」

「ふたりとも頼もしいけど、あんまり危ない真似はしないでね?」

 思った以上の反応に危険な真似をしないように釘をさしておく。この様子を見ると霜月さんと妹たちは本当に仲が良いものだと思う。

「ありがとう、ふたりとも。でも危ないのはダメ」

「むぅ……。じゃあ危なくない程度に守る!」

 霜月さんもふたりを抑える側に回ってくれたので、余程のことがない限りは危険なことは起きないだろう。

「じゃあ僕はダンジョンに行くから、訓練頑張ってね」

「……本当はおにぃひとりでダンジョンにいって欲しくないんだけど」

「安全には気を付けるから大丈夫だよ。ここにいたところで何もできないからね」

「……うん、わかった。行ってらっしゃい」

 妹は若干不満気に見えるが、僕ひとりでダンジョンに潜ることに納得してくれた。実際この場に僕がいても魔法を撃つことは出来ないので暇になってしまうし、Fクラスの訓練に混じるのは少し揉めてしまった後で気まずいため却下だ。

 そうなると今できるのはダンジョンの地図作成を進めることだけになる。僕だけ自分の事情を優先しているようで申し訳なくなるが、1階層の探索が進めば嫌がらせの件と妹たちの試験における問題も解決できるかもしれないので許してほしい。

 心配そうな表情をする妹に内心で謝り、ダンジョンに向かおうとした僕は思わぬ人から声をかけられる。

「やあ、瑠璃君の兄君。ここにいたんだね」

「あれ?会長。おにぃに何か用事ですか?」

「ああ、悪いけど少し兄君をお借りさせてもらうよ」

 そう言って僕を皆から離れた場所に連れて行き、ふたりきりになったところで栗林さんは話を切り出す。

「例の件なんだけど、Fクラスに技術指導ができる人を探している、ということでいいんだよね?」

「もしかして、誰か適任が見つかりました?」

 実は昨日の授業で技術指導する教員がいなかったのを見て、栗林さんに技術指導ができる職員に心当たりがないか相談をしていたのだった。今朝デバイスを使って連絡をしたのにもう適任が見つかったのであろうか?

 ちなみに彼女のデバイスの連絡先は昨日のダンジョン前で交換していたので、デバイスの連絡先交換は栗林さんが一番である。

「ああ、見つからなかったので私が来た。とりあえず3日に1回のペースで放課後に訓練をするということでいいかな?」

「えっ……栗林さんが指導をするの?」

「む?なんだ、私では不服かい?」

「いやそうじゃなくて、忙しくないのかなぁ~と思って」

「だからこそ3日に1回だよ。……あいにく教員は全て押さえられていたのでな」

 栗林さんの言葉から察するにFクラスの授業に教員がいなかったのも何か裏がありそうであった。だからと言って自ら指導しに来てくれた彼女には本当に頭が上がらない。

「ごめん、お手数をおかけしますがよろしくお願いします」

「こういう時は謝られるよりもお礼を言ってくれたほうが嬉しいと相場が決まっているらしいのだが?」

「……ありがとう。指導よろしくお願いします」

「ああ。任せてくれ」

 僕が女性だったらきっと惚れていたに違いない、カッコイイ台詞を笑顔でさらりと口にする彼女にお礼を言いながらも、どのようにFクラスの人に紹介するかを考える。

(ひとまずトラ君に話を通せば何とかなるかな。もしくは顔を知ってる龍村君、亀井君、雀野さんあたりかな。年下だからと言って舐めた真似をする奴が出てこなければいいけど)

 雀野さんが栗林さんと再会するのを想像した時に少し危険な感じがしたが、きっと亀井君あたりが何とかしてくれるだろう。

 栗林さんと一緒にクラスメイトが模擬戦をしているところに近づいていく。その途中で彼女は僕に質問を投げかけてきた。

「ところで、瑠璃君の兄君は訓練に参加しないのかい?」

「うん。僕は今日もダンジョン探索に行く予定だよ」

「そうか、それはぬかったな。……そういえば兄君、今回の報酬の件なのだが」

「ほ、ほうしゅう!?」

 突然出てきた報酬という言葉に驚いてこけそうになる。なんとか足を踏ん張ることで情けない姿を見せずに済んだ。

 確かに彼女も貴重な時間を使い技術指導をしてくれるため、無償というわけにはいかないだろう。僕に負担できるものなら構わないのだが……どうであろうか。

「そんなに警戒しないでくれ。なに、今度兄君に個人的なお願いを聞いてもらいたいだけだ。もちろん内容を聞いたその時に断ってくれても構わない」

「それだけ?まぁ、そんなことでよければ問題ないよ」

 個人的なお願いの詳細はまだ分からないが、いままでお世話になっている分を少しでも返せるならと考え承諾する。

「ありがとう。その時を楽しみにしているよ。さあ、それでは私にできる範囲で指導をやらせてもらうとしようかな」

 その後、トラ君に栗林さんを紹介して技術指導の件を話す。彼は指導の件を素直に喜んでおり僕と彼女に何度もお礼をしてきた。やはり彼も現状を打破する方法を模索していたのだろう。

 訓練は彼らに全て任せて僕はダンジョン探索に向かう。背後から女子生徒すずのさんの奇声が聞こえた気がしたので、僕は巻き込まれぬように足早にその場を離脱したのであった。
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