異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第40話 妹の上目遣いに勝てない兄

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「母さん、明日も学園に行くから僕の分のお昼ご飯はいらないよ」

「あら、そうなの?休みの日なのに大変なのね」

 自宅のキッチンで夕食の片づけをしている母親に、明日はダンジョンに潜るつもりなので昼食は必要ないことを伝える。学園の食堂が営業していればよいのだが、そうでない場合は購買に売っていた携帯食料を購入して何とかするつもりだ。

「憧れていた冒険者になれたからってあまり無茶すると、また瑠璃が心配するわよ」

「……うん。大丈夫だよ」

 妹の瑠璃を引き合いに出して僕のことを心配してくれる母親の言葉に問題ないと返事をする。言葉だけで判断すると自分は心配していないように聞こえてしまうがそんなことはない。両親は結構な放任主義ではあるが、それは僕たちへの信頼によるものであり決して関心がないわけではないのだ。


 自室に戻りデバイスにメッセージが来ていたので確認をすると、栗林さんからFクラスの訓練の件で連絡が届いていた。どうやら彼女が訓練の教官を務めてくれるのは月曜日と木曜日に決まったらしい。そうなると週明けの月曜日は訓練に参加するため、明日中には地図を完成させなければならないだろう。

「そうと決まれば明日は気合を入れないとだな。栗林さんにはお礼のメッセージを入れとかないと」

 連絡をくれた栗林さんにお礼の言葉と次の訓練には参加する旨を伝えるメッセージを送っておく。訓練を主催してくれているトラ君(本名は大河虎太郎たいがこたろうというらしい)には当日伝えればよいだろう。……なにせ彼と連絡を取る方法はないのである。

「おにぃ。ちょっといい?」

「瑠璃か?どうした?入ってきていいよ」

 自室でくつろいでいるところに扉がノックされ、向こうから妹の声が聞こえてくる。珍しいこともあるものだと思いながら部屋への入室を許可すると、パジャマを着た妹がゆっくりと扉を開けて部屋に入ってくる。珍しいといったのは妹がノックをしたことであり、いつもなら声と同時に部屋に入って来るからだ。

 部屋に入ってきた妹にはいつものような元気がなく、何かあったのではないかと心配になりながらも優しく声をかける。

「元気がなさそうだけど何かあったのか?」

「いや、元気がないわけじゃないんだけど……おにぃ明日ダンジョンに行くんでしょ。私も一緒に行ったらダメ?」

 きっと母さんから話を聞いたのだろう、僕が明日ダンジョンに行くことを知り一緒に行きたいとお願いをされる。ひとまずは妹に何かがあって元気がないわけではないことが分かったので一安心だが、ダンジョン探索に同行したいという言葉にすぐさま頷くことは出来ずに少し考え込んでしまう。

 妹と一緒にダンジョンに潜ったとして、未探索領域の地図を作成していることがバレてしまうのは特には問題ではない。完成した地図は匿名で学園内に展開する予定ではあるが、秘密にしておいてくれとお願いすれば変に言いふらすことはしないだろう。しかし即座に頷くことのできない一番の理由は、未探索領域にあの悪魔のようなモンスターがまだいるかもしれないことである。

 自分ひとりで戦う分には、ある程度は攻撃を回避できる上に最悪の場合は逃げれるので問題ないのだが、妹をかばいつつ戦闘を行うのは流石に厳しい。特にあの熱線の魔法は今の自分には防ぐ手段がないので自力で回避をしてもらわなければならないのだ。

 そのような危険かもしれない場所に瑠璃を連れて行くわけにはいかないので、何とかして断る方法はないか必死に考える。

(シンプルに危ないからだと、じゃあお前はどうなんだって話になるよな。……う~ん。ダメだ何も思いつかない)

 正直に危ないからという理由で断ってしまえば、僕の身を案じる妹は何としてでもついてくるか、もしくは僕を止めるだろう。なので絶妙な塩梅の断り文句を考えなければいけないのだが、これといったものは何も思いつかずに時間が過ぎていき……僕は覚悟を決めた。

「わかった。一緒に行こうか」

 いざとなったら瑠璃を抱えて逃げることを覚悟した僕は、明日一緒にダンジョン探索をすることを約束する。そもそもいつもと違うしおらしい様子の妹が上目遣いで繰り出すお願いを断れるわけがなかったのである。

「……やったー!おにぃとダンジョンだ!ねえねえ、明日何時に行くの?」

「お昼前に学園につくように家を出るつもりだから、いつも学園に行くときより少し遅いくらいかな」

 要求が通ったことでいつもの調子に戻った瑠璃と明日について話し合い、予定を決め終わったところで妹の口から謎の発言が飛び出てくる。

「美銀さんが言ってたんだけど、おにぃはお淑やかな女性のお願いに弱いの?」

「え、何それ?」

「美銀さんが、おにぃはお淑やかな女性のお願いはなんだかんだ最後には聞いてくれるって教えてくれたの。だから私もお淑やかな感じをイメージしてお願いしてみたんだけど……」

「うん、それは関係ないから忘れなさい」

 どうやら妹に最初は元気がないように見られたことや扉をノックして待っていたことも、妹なりにお淑やかな女性をイメージした結果なのだろう。そもそもお淑やかな女性のお願いに弱いという情報を霜月さんは何処から手に入れたのだろうか。

 ……もしかすると霜月さんは自分のことをお淑やかな女性と認識しており、僕に対してお願いが通ってることを元に、そのような結論に行きついたのかもしれない。残念ながら僕から見た霜月さんはお淑やか枠ではなく、どちらかというと不思議ちゃん枠だ。

「ふ~ん。……でも本当に効果なかった?」

「……なかったよ」

「え~。今の間は怪しい!」

 妹の追求に否定の言葉を口にしたが、直前の沈黙が答えのようなものであり妹にもそれを見破られる。お淑やかというのは置いておいても、上目遣いのお願いには弱いのかもしれないと考えてしまったのだ。

 結局妹の追求は母親が瑠璃の明日の昼食が必要かどうかを確認しに来るまで続いたのであった。
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