異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第45話 妹は意外と器用

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 僕の頭にタライが直撃して何とも言えない空気になるというアクシデントはあったが、探索は順調に進み地図が埋まっていく。特に妹がトラップの件から一層張り切っていて、僕の前を歩き自分で索敵をこなしたうえで見つけたモンスターも遠距離から先手で倒してしまう。……つまり今の僕がやれることは歩きながら地図を描くことだけとなっている。

(楽で良いんだけど地図を描いているだけなのは……なんか暇だな)

 今までは地図を描いている途中にモンスターとの戦闘を挟んでいたのが良い気分転換になっていたのか、それがなくなり地図を描いているだけだと正直に言って飽きてきてしまった。

「おにぃ、地図を描くの交代する?」

 おそらく飽き始めてきたことが表情に出ていたのだろう、先ほど倒したモンスターからのドロップ品を拾って帰ってきた妹が気を使って役割の交代を提案してくる。

「……いいや。瑠璃が疲れたなら交代してもいいけど、そうじゃないならこのまま進もうか」

「それならこのままでいいけど……嫌になったら教えてね」

 妹からの折角の提案であったがここは断っておくことにした。理由は今の状況は妹にとって試験の予行練習になると考えたからである。

 本来の昇級試験では事前に探索ルートなどを計画してからダンジョン探索に望むらしいが、先ほどざっくりとした未探索エリアの探索ルートを説明したので、現状は試験の状況と酷似していると考えられる。それならば自分は手を出さずに後ろで楽をさせてもらい、妹に経験を積ませたほうが良いだろう。

(戦闘能力は言わずもがな、スライムの感知範囲に入る前より先に相手に気が付いているし、瑠璃は索敵能力も問題なさそうだな)

 昇級試験という考えに引っ張られ試験官の真似事をするように妹の冒険者としての評価をつけてみる。兄として贔屓目に見たとしても、妹は見習い冒険者という枠組みは十分に越えているように思える。危機管理能力という点においては先ほどのトラップの件があるが、そこはすみれちゃんが同じパーティーにいるのできっと大丈夫だろう。

 まともな状況で昇級試験を受けることが出来れば合格できるだろうと確信を持ちながら妹の後ろをついていくと、とある部屋ルームの中を確認した妹が声を上げる。

「あっ!あれ、宝箱じゃないかな!」

「お~。本当だ。運が良いな」

 妹の後ろから部屋ルームの中を確認すると、部屋ルームの中央に宝箱が鎮座していた。……このような光景を以前も見たことがあるような気がするが、前回と違って部屋ルームの中を3体のスライムが徘徊していた。

「先にスライムを片付けないとだね!おにぃは前衛をお願いね!」

「はい、了解」

 スライム同士の距離が近いため、同時に戦闘になると判断した妹は僕に前衛の要請をしてくる。返事をしながら手に持っていた地図とペンをポーチに片づけ、代わりにメイスを右手に取り出す。妹の戦闘準備が完了しているのをアイコンタクトで確認した後にスライムの感知範囲に飛び込んでいく。久しぶりの戦闘に気分を上げながらも、頭は冷静を保ち3体のスライムとの戦闘に挑んでいった。

 ……久々の戦闘に気合を入れたのだが戦闘自体はあっさりと終ってしまった。簡潔に言うと初めに飛び込んできたスライムをバックラーで横に弾き、残りの飛び込んできた2体のスライムに順番にメイスを振りぬいただけである。もちろんバックラーで弾いたスライムは妹がクロスボウでトドメを刺している。

 スライムとの戦闘は大分安定してきたのでそろそろ2階層に挑戦してよい頃合だと考えるが、来週からは霜月さんとパーティーを組んでダンジョン探索をするため、まだしばらくは1階層を探索することになるだろう。パーティーでの連携確認や彼女に戦闘慣れをしてもらう意味でも、1階層の探索をする時間は必要なので仕方ないことではある。

「おにぃ!宝箱だよ、宝箱!開けてみていいかな!」

「開けてみるか?よし、じゃあこれを使っていいよ」

 宝箱が気になっている妹はスライムのドロップ品の回収もせずに宝箱に近づいていく。ざっくりと宝箱の周囲を確認して外側に罠がないことを確認した後、ポーチの中から宝箱の罠解除キットを取り出し妹に手渡す。実は次に宝箱を見つけた際に必要になるかもしれないと思い、資金に少しは余裕があるうちに購買で購入しておいたのだ。

 自分が考えうる罠に対しての注意点を妹に説明した後、キットを使用させて宝箱の罠の解除に挑戦させてみる。始めて宝箱を見たということなので解除には時間がかかるだろう。その間に先ほど倒したスライムのドロップ品を回収しておこうと、妹から目を離した瞬間に何かが外れたような音が鳴る。慌てて妹のほうに視線を戻すと、ちょうど宝箱の蓋を開けているところであった。

「えっ?開けるの早くない?」

「なんかこれっぽいな、って思うやつを使ったら開いちゃった」

 どうやら妹は解除キットの中から適切なツールをなんとなくで選び取り、罠を解除して宝箱を開いたようだ。その証拠に宝箱の蓋の裏側には何かの気体が入っていると思われる袋が取り付けられているのが見える。本来であれば宝箱を開くとこの袋が破れ、ガスが出てくる罠だったのだろうが見事に解除に成功していた。……正直なところもう少し手こずると予想していたが、あっさりと宝箱を開錠してしまった妹の器用さと勘の良さに驚きを隠せなかった。

「何が出てくるかなぁ~。なんかのポーションと……これは腕輪かな?あ!これおにぃと同じナイフだ!」

 宝箱の中身を物色した妹は宝箱の中から見たことがあるような液体が入っている試験管と金属製の腕輪、そして僕がベルトに取り付けているものと同じ形状のナイフを取り出す。前回僕が見つけた宝箱とは腕輪と指輪の違いはあるが、ほぼ同じような中身であった。

「ねえねえ、おにぃ……」

「……宝箱の中身は瑠璃が持っていっていいよ」

「ほんと!?やった~!おにぃ、ありがと!」

 最後まで話を聞かずとも妹の言わんとすることが予想できたので、先んじて返事をしておく。効果が不明なポーションや腕輪は売ることしかできないし、今のナイフと使い心地が同じになる投擲用のナイフは魅力的ではあるがそこまで必要なものではない。

「やった!おにぃとお揃いのナイフだ。今度投げる時のコツを教えて!」

「ああ、もちろん。今度訓練場で練習してみようか」

「うん。約束だよ!」

 腰のベルトに取り付けた新しいナイフが嬉しいのか、上機嫌になっている妹と投擲の練習をみる約束をする。僕も新しい装備を手に入れた時はテンションが上がっていたので、こういう似たところを見ると兄妹なんだと実感する。

 その後、宝箱から手に入れた戦利品と床に転がったままであったスライムのドロップ品をポーチに仕舞い部屋ルームを後にする。前を歩いていた僕は瑠璃が振り返って奥側の壁を見つめていたことに気が付くことはなかった。
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