異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第60話 レベルのズレとちょっとしたトラブル

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「お~。光ってる」

「おめでとう。それがレベルアップだよ」

 刃のついていない木製の杖でスライムを両断する稀代の剣豪っぷりを後ろから眺めていると霜月さんの体がレベルアップの光に包まれる。彼女は初めてのレベルアップの光に驚いている様子であったが、すぐに慣れたのか普段通りの様子にもどる。

「これで……2階層に行ける」

「そうだね、まだ時間もあることだし早速だけど行ってみようか」

 先ほど僕が出した条件を満たしたことで霜月さんは2階層に向かおうとする気持ちが抑えられないようだ。探索が安定するのであれば2階層以降のほうが稼ぎの効率が良くはなるので、その気持ちもわからなくもない。

(霜月さんは思ったより好戦的だよなぁ……魔力が有り余ってるのかな?)

 先ほどから使用している身体強化エンハンスの強度を見ていたところ、霜月さんの魔力量は相当多いということが分かった。常人であればあの強度の身体強化エンハンスを何度も使用するとすでに魔力が尽きてしまいそうだが、まだまだ余裕があるのか彼女の顔色は全く変わっていない。その溢れるほどの魔力で自身と装備を強化してしまえばスライムでは相手にならないのも納得である。

 膨大な魔力を使った身体強化エンハンスという裏技ありきではあるが、霜月さんには予想外の近接戦闘能力の高さと戦闘のセンスがあることが判明したので2階層に行っても問題ないだろう。……正直に言うと僕が守る必要もないのかもしれないが、前衛の仕事はしっかりとやらせてもらおう。

「デバイスでレベルが確認できるの?」

「プロフィール欄に記載されてるよ。一回ダンジョンの外に出ないと他の人からは確認できないみたいだけどね」

「レベルが2になってる」

「僕のデバイスから霜月さんのプロフィールを確認すると……ほら」

「レベルが1になってる」

 2階層に繋がる正規のルートに向かいながら僕が知っているレベルに関する情報を霜月さんに教える。プロフィールに登録されているレベルの表記がダンジョンを出た際に更新されるというのは、自分ひとりでは確認するすべがなかったため仮説の域を出なかったがどうやら間違っていなかったようで内心安堵する。

「小鳥遊君もレベル2なんだ。……お揃い」

「えっ?あ……そ、そうだね。同じレベルだね」

 霜月さんはデバイスに僕のプロフィール欄を表示してこちらに見せてくる。そこにはどう見てもレベル2の表示がされているが、自分のデバイスで確認したプロフィール欄にはレベル7の表記がされていた。

(あれ?どうしてだ?そもそも今日はレベルが上がっていないから表記のズレがあるのはおかしいよな?それにレベル7になった記憶が全くないんだけど)

 身に覚えのない事態に表面上は冷静を装うが内心は大混乱である。こういう時は落ち着いて情報を一つずつ整理するのが良いだろう。

 まずレベルが7となっているが、僕の覚えている限りでは1階層の地図を作成していた時に倒したスライムで1回レベルアップしたことがあっただけである。……そうなると考えられるのは悪魔型モンスターを倒した時にレベルが上がったことに気が付かなかった、ということになるであろう。

 確かにあの時は他にも様々なことが起こったので、レベルアップに気が付かなかったということにしておこう。そうだとしても現在のレベルから逆算すると一気に5レベル上がったということになり、あのモンスターの存在に関しては謎が深まるばかりである。……隠し扉の情報の扱いに関しては本格的に注意をしなければならないだろう。

 そうなるとプロフィール欄の表記のズレに関しては、あの時はデバイスが壊れていたためうまく情報の処理が出来ていなかったのかもしれない。そうなると今後僕のレベルは5レベル低い状態で皆に公開されるようになるが……レベルで見栄を張るわけでもないので特に問題はないだろう。

 落ち着いて情報を整理したことで予想ではあるが、ある程度納得感のある答えを導き出すことが出来たのでここで考えるのを終わらせる。隠し扉と悪魔型のモンスターに繋がってしまうため、霜月さんに話すことのできない秘密が増えたことを申し訳なく思いながらも2階層を目指していると、通路にまで届く大声が近くの部屋ルームから響いてきた。

「おい!狩場の独占は終わりだ!上から作戦の終了が告げられた!」

「なんだと!?適当な事を言ってるんじゃないだろうな?」

「そう思うのなら自分で確かめるんだな。タイミングの良いことにお前には招集命令がかかっているぞ」

「チッ……用事が済んだのならさっさと行けよ」

「フッ……そうさせてもらおう。私は負け犬の姿を見続ける趣味はないからな」

「なんだと!てめぇ!」

 大声が響いてきた部屋ルームからフードを被った人物が出てきてすれ違う。気になる単語が聞こえてきたので行儀が悪いことを承知で彼らの話に聞き耳を立てていたのだが、上位クラスのパーティーは狩場の独占を諦めたようである。

「てめぇは入学式の……おいさっきの話聞いてたんじゃねぇのか?」

 先ほどの人物と言い争っていたと思われる男子が部屋ルームから飛び出してくるが、僕の顔を見た後に何故か怒りの矛先をこちらに向けてくる。見覚えのある顔だと思っていたが、目の前の男子は入学式でこちらに絡んできたヤンキーAこと御子柴君であることが判明する。

「別に答えなくてもいいぜ。その代わり俺たちのストレス発散に協力してくれよ!」

 御子柴君の後に続いて入学式の時にもいた愉快な仲間が僕たちを囲んでくる。こちらを囲んできてはいるが直接手を出してくるとは思えないので、人数差で圧力をかけることで僕の情けない姿でも拝もうと思っているのだろうか?

 関わるのは面倒なのでさっさと無視して進んでしまおうと思っていると、周りの空気が急激に冷えていくのを肌で感じる。冷気の発生源を追うと霜月さんの体から魔力と冷気が発せられていた。僕も魔力を視覚的にとらえることは出来ないので、今彼女から感じている魔力は冷気という形をもった魔法であると考えられる。

「……邪魔しないで」

 魔法の暴走かもしれないと身構えたが、彼女が一言発すると彼らの足元から氷が上がっていき脛あたりまでを氷で覆ってしまう。どうやら足止め用の魔法のようだが、対象とする範囲が広かったため周りの空気が冷えていったように感じたのだろう。

「なんだ!?動けねえ!」

「小鳥遊君、行こう?」

「そうだね。それにしてもすごい魔法だね」

「止まってって考えたら出来た。1分くらいはもつ」

 どうやら霜月さんの魔法は理論ではなく感覚で使っているようである。うまく説明が出来ないだけかもしれないが、魔法のイメージの固め方は人それぞれなので問題はないだろう。

 そうして動けなくなった彼らを置いて2階層に続く階段に向かっていると霜月さんの背中に向かって火の玉が飛んでくる。彼女に迫る魔法を振り向きざまに右手で握りつぶし、魔法を放った相手に急接近して投擲用のナイフを首元に突きつける。

「次に同じことをしたら……容赦しないよ?」

「な、なんなんだよ……お前」

 魔法を撃ってきた御子柴君にだけ聞こえるような声で脅しの言葉を告げる。返事はないが驚愕の表情をして怯えている彼を見た限りでは同じようなことはもうしてこないだろう。

 ナイフを腰の定位置に戻し2階層へ続く階段へ進むが、今度は足止めをされることはなかった。背後にはひとりを除いて呆然とした表情の男子たちが微動だにせず立っていた。
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