異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第65話 王子様はか弱い女の子

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 インターバル走を3セット終わらせ休憩を挟んだ後に次のメニューである素振りが始まる。今回は前回と違い3セット分を走ったためか休憩を挟んだとしても疲れはとり切れず、体に疲労が蓄積しているのを感じながらの素振りである。

(騎士団でも素振りは疲れている時にやらされたなぁ……)

 かつて異世界の騎士団に訓練をつけてもらっていた時には、必ずと言っていいほど走り込みをした後の疲れた状態で素振りを行っていたのを思い出す。これは騎士団長の方針であり、彼曰く「疲れている時にこそ本領を発揮できるように訓練を積まなければ意味がない」とのことであった。

 確かにいつでも万全な状態で戦闘を行えることはあり得ないので、疲労している時の戦い方というものを身に付けるのは大事なことである。ましてや適度な休憩を取ることが難しいダンジョン探索を生業とする冒険者にとってはなおさらだろう。そのことを栗林さんも意識しているのか素振りの前に走り込みをさせているのかもしれない。……それでも騎士団の訓練を経験した僕にとっては大分楽である。

 ふと横目で霜月さんのほうを確認してみると先ほどのインターバル走で体力を使い果たしていたのか、ヘロヘロな様子で素振りをしている彼女の姿が目に入る。疲労によって身体に力が入っていないか、もしくは彼女にとって剣が重いのかはわからないが、一振りごとに体が持っていかれそうになっている姿を見ると怪我をしてしまいそうでハラハラしてしまう。

 霜月さんの様子を眺めながら素振りを続けていると、その様子に気づいたのか隣にいる洋平君がにやけた様子で声をかけてくる。

「なんだ?彼女が心配なのか?」

「うん。なんか怪我しちゃいそうで……もう少し軽い剣とかないのかな?」

「……どちらかというとオカンだな」

 素振りでは訓練場に配備されている鉄剣を使用しているのだが、力に自信のない人は刀身が短い、所謂ショートソードを使用することで対応している。しかしこの配備されている鉄剣は訳アリ品なのか重量や大きさがまちまちであるため、今彼女が振っている剣よりもう少し軽いものがあるかもしれない。次の休憩時間で探す価値はあるだろう。

 何故か肩をすくめた様子の洋平君とそのやり取りをじっと見ていた亀井君の3人で競い合うように素振りの回数を重ねていく。いち早く100本の素振りを終えた僕は訓練場に置いてある装備から少しでも軽い剣を探すために急いでその場を飛び出していく。

「……あの様子じゃ面倒見がいいだけで付き合ってるわけではなさそうだな」

「そうだな。……洋平も霜月さんを狙ってるのか?」

「いや?綺麗な人だとは思うけど俺の好みじゃないな」

「……大人の魅力だっけか?ただの年上好きなだけだろ」

「それがわからないようじゃまだまだお子様だな。俺たちももう高校生で大人なんだから、やっぱ恋愛も大人な感じにならないと!」

 実に思春期の高校生らしい雑談を繰り広げていたふたりであったが、霜月さんの武器を探すことに夢中になっている僕にその会話が届くことはなかった。



「小鳥遊君……ありがと」

「それで少しはやりやすくなるといいけど……」

 先ほど装備置き場から漁ってきた剣を疲れ切った様子の霜月さんに手渡す。結局素振りに大きい影響が出そうなほど軽い剣は見つからなかったため、重心が柄側に寄っている剣を選んできた。全体的な剣の重量は増えているかもしれないが、重心が手元側にあれば素振りの際に武器に振り回されるようなことはなくなるはずである。

 実は身体強化エンハンスを使えばそんなに苦労もなく素振りを終わらせることが出来るのだが、霜月さんは魔法に頼ることなく自力でやり切ることを選んだ。

「小鳥遊君も、使ってないから。それに体力をつけるには、必要ない」

 事前に言っていた体力をつけたいという言葉に真剣に向き合っているようで、そのような覚悟を見せられてしまっては僕には応援するしかなく、とりあえず怪我と無理はしないようにと注意するだけに留めることにする。

「おや?もしかすると兄君に先を越されてしまったかな?」

 栗林さんの声を聞いて後ろを振り返ると彼女は手に2本の剣を持ってこちらの様子を見ていた。どうやら彼女も霜月さんが素振りをしやすいような剣を探して持って来てくれたようであった。

「ごめん、勝手な真似をしちゃって」

「そんなことないさ。その調子で他の子も気にかけてくれるとこっちとしては助かるけどね」

 栗林さんの気遣いを無駄にしてしまった事を謝った際の彼女の返事がチクりと胸にささる。霜月さん以外のクラスメイトで話ができる人は3人を除いてほとんどいないため難しい相談である。どうにも彼女は僕を指導側に引き込もうとしているように思えてならない。

「冗談はさておき、兄君がどんな剣を選んだか見せてくれないかい?」

 霜月さんから剣を受け取った栗林さんは査定をするかのように剣を調べた後、軽く2、3回素振りをして満足したのか霜月さんに剣を返す。

「少し重量はあるが重心が安定しているな。君はその重さで問題なさそうかな?」

「大丈夫」

「よし、それじゃあ残りの2セットを始めて行こうか」

 栗林さんの言葉を聞いて皆が素振りを開始していく。元居た場所に剣を置いてきているので素振りをするために戻ろうとしたところに栗林さんから声をかけられる。

「助かったよ兄君。次回彼女が参加する時には手になじみそうなものを準備しておくよ」

「こちらこそありがとう。……準備をしておくって、備品を増やすってこと?」

「いや、私のお古になるが私物を持ってこようと思ってね。私も力はからっきしだからね」

「そ、そうなんだね」

 おどけた様子で非力だとのたまう栗林さんであるが、単純な膂力ではないとしても模擬戦の際に盾を抉る突きを放ってきた人の言葉とは到底思えない。しかし、否定の言葉を返すのは危険だと判断をして何とか肯定の返事をすることに成功した。

「そうなんだよ。王子様プリンスなんて呼ばれているが、か弱い女の子だからね」

 栗林さんの発言に年下の女子であった事を思い出しながらもどのような返事をするのが正解なのか判断できず、曖昧に笑顔を返すことしかできなかった。
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